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23 母と娘

短いです。

 アデレイドがドレスをジェイドの身体に当てる。

「ニーナのお陰で、肌も髪も傷んでいないわ。もう、ジェイドったらもっとおしゃれをして欲しいのに、面倒くさいって顔するのね。さあ、次はこの琥珀色のドレスよ」

 ドレスの海がジェイドの周囲を取巻いていた。

「母様、私はこのドレスを、一体、何処に着ていくのでしょうか? 熊主砦城では、もっと動きやすい服装が似合います」

 アイテムボックスに納めた荷物からは、尽きることがない程のドレスが出てきた。

 優美な弧を描いて、アデレイドの口の端が楽し気に上がった。

「あら、不知火大神殿でも王都でも、何処でも出掛けられるわ。ボリス閣下、違うわね。今は本場所中だから、ボリス関って呼ぶのね。ボリス関だって、何も異を唱えないでしょう? ねえ、ジェイド、行司の装束って素晴らしいわね。手に持つのは軍配」

 行司は直垂を纏い、頭に被るのは烏帽子(えぼし)印籠(いんろう)も身に着けている。

 レスラリー王国全土の不知火神殿の神官の中から行司が選ばれて、本場所を務めている。階級もある。序ノ口格から始まり、頂点の立行司まで階級は八つに分かれる。

「厳然とした階級が、装束にも表れているんですよ。今回は、白足袋が許されている行司の皆様が土俵に上がっています。三役格以上は、白足袋に草履を履くのです。立行司は腰に短刀を携えていてます。命を懸けている証と聞きました」

 ベンジャミンは、三段格の行司だ。装束を整えて、実況をした。行司としての覚悟を持って、『鏡カメラ』に向き合い、土俵の様子を伝えている。

「軍配も形が二つあるでしょう?」

 アデレイドの興味は軍配から離れない。軍配を手に持つ仕草をして、窓際に飾られた花を握った。

「途中で少し縊れた形が瓢箪形。丸みを御帯びたのが卵形と呼ぶようです。房の色も階級で決まっていました。確か、幕下格までは黒か青です。今日はベンジャミンから教えて頂きましょうか? 私も聞きたいです」

 行司は、土俵上で東西の力士を立ち会わせて、取り組みをさばく。勝負の判定をするのが大切な役割だ。勝負の後は、勝った力士の登った東西のどちらかに、必ず軍配を上げる。微妙で、判断がつかない相撲にも、必ず軍配を上げる。

「呼出も気になるの。だって、土俵下で色々、細やかに気遣っている」

 手にした花を、今度は振り回す。アデレイドが窓際まで下がったのは、ドレスを濡らさない配慮だろう。絶妙な力加減で、水滴をも制御する。

 ニーナは手早く、アデレイドの近くのドレスを避難させ、皺を残さずに片付けて行く。獣人は体力も運動神経も、人間に優っているとジェイドは実感した。

「母様も、本当に良く御覧になっていますわ。土俵下には、呼出の必須アイテムが満載です。土俵を掃き清める箒に、塩を詰めて塩かご」

 アデレイドが激しく首肯した。

「力士に渡すタオルに口元を拭う紙は、さりげなく、しかし、間髪を入れずに差し出される。獣人が真似できない細やかさよ。ねえ、ニーナも見たでしょう?」

 衣裳部屋から、ニーナが顔だけ出した。

「恐れながら、力水用の水桶と柄杓には常に注目しています。すみません。メモにも書いてあります。力士が飛んで来たら、水を零さないように退けるます。あのタイミングは、難しい見極めです。大切な役目です」

 力士の所作を支える呼出の動きで、相撲が神事だと気付かされる。

「グレイの細やかな『鏡カメラ』の操作は、やはり、呼出の持ち味だと判断していますわ。貴重な人材です」

 連日の熱戦を『鏡カメラ』が余すところなく伝えるのは、グレイの存在があるからだ。

「レギオン公爵様も、日に日に、グレイと息があって来たわね。ゆっくりと確認したい相撲の技の選択が、ぶれなくなっているのよ」

()は、土俵の進めさせます」

 うっとりと目を閉じたアデレイドは、ジェイドとビルヘルムの二人の子供を持つ母親とは思えない若さで、頬を紅潮させた。

「柝は澄んでいて、背筋が伸びて、心地よく緊張もするわ。土俵に向かっていく音色よね」

 アデレイドが手を打った。

「ニーナは、ホークハウゼ領の飛鷹城から馬車が到着したか、確認してきなさい。呼ぶまで戻らないように。ジェイドと話をするわ」

 優雅な姿で椅子にアデレイドが座った。花はまだ手に持ったままだ。

 ジェイドは首を傾げて、アデレイドに向き合った。




お読みいただきまして、ありがとうございます。

「体力の限界」にて、本日は短いです。

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