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22 中日(なかび)八日目は天覧(てんらん)相撲

有名な天覧相撲を、御存じでしょうか?

 不知火大神殿の魔法陣から、光を纏った模様が浮かび上がった。エドワードの横に控えたボリスは蹲踞をした。次々と力士達が蹲踞をする。取り囲む親方衆は首を垂れて、右手を胸に当てた騎士の取る礼だ。行司と呼出は跪いていた。

 魔法陣の前で、ジェイドが手を掲げた。かなり強力で膨大な魔力を使っているようだ。ジェイドの瞳が翡翠の色を帯びた。

 美しさに息を詰め、目を奪われる。

 向かいのビルヘルムが小さく苦笑した。

 呆けた顔を引き締めて、ボリスは前を向いた。

 魔法陣の中に人影が浮かんだ。ゆらりと動いた途端に、光が霧散し、フルフェイスマスクをした人物が現れた。王族特有の竜獣人は、美しく煌めく鱗を見せた。国王のコニアスだ。コニアスの後ろに数名が続いた。ドレス姿も見える。

 親方衆の中から、砂漠部屋のジルムンドが一歩前に出た。

「コニアス国王陛下に御臨席を賜り、恐悦至極に存じます。相撲に携わる全ての者が畏れ多いことと喜んでおります」

 声に合わせて、皆が深く一礼をする。

「皆、面を上げてほしい。今日は相撲をする同志として赴いている。蹲踞を解いて立つのだ。皆の励みを、毎日見ている。さあ、しっかと土俵を務めて欲しい」

 番付の下の力士たちから下がっていく。

「コニアス国王陛下も息災であるな。口幅ったい宰相が見えぬ。肩の力が抜けるのう」

 羽織袴のレギオンが軽く手を挙げた。

「レギオン公爵の名解説を今日は生で聞く。王宮を空っぽにはできぬ。置いてきたイーサンは、『鏡カメラ』の正面の特等席を譲った。文句はないだろうよ。ジェイドも、魔法陣の引き寄せ大儀であった」

 ジェイドが優雅なカーテシーで応じた。

「まあ、立派な淑女ね。ジェイドたら、何度話しても顔を見ない日々は寂しいわ。今日は割れ顎が一緒じゃなくて、ほんとに安心だった。見たくないのよ。ほら、尻顎って苦手。トーマスと直ぐに噛み合って煩いのよ」

「母様も、遠くからお疲れ様です。私はいつも楽しく過ごしています」

「ボリス関も勝ち進んで調子に乗って、熊主砦城も賑やかでしょうね。横綱だってぶちかますでしょうね。今日はゆっくり話ができる。そうそう、アイテムボックスに荷物を入れて欲しいのよ」

 エドワードが何度も振り返っている。

 アデレイドの後ろから、背丈と変わらない荷物とトーマスが現れた。

「父様の姿がやっと現れました」

 ジェイドとその家族に深く一礼をして、ボリスは下がった。

 中日は国王が臨席する天覧相撲となった。

 横綱の土俵入りの直ぐ後に、力士が花道を埋めた。三役力士と親方衆が土俵に上がった。行司や呼出は土俵の周囲をびっしりと埋める。皆がコニアスを見詰めた。

 コニアスがレギオンの側で陶器のコップを持った。

 声がはっきりと聞こえるためにジェイドが造った、集音の機器だ。『マイクコップ』と名付けられた機器は、話す音を明確に拾い上げ、『鏡カメラ』に届けた。

「会場の皆々様。『鏡カメラ』の前にお集りのレスラリー王国全土の皆様。コニアス国王陛下より、お言葉を賜ります」

 泰然とした様子でコニアスが前を向いた。

「ウルスラウス領の辺境の地で、長く続いた戦いが終わった。余も、この地で共に戦った。今は共に相撲を見て、応援し、力士を讃える側となった」

 コニアスの目がボリスを捉えた。

「戦士だった者が、力士となって土俵に上がっている。力士は己の研鑽を土俵で示し、平和と平安を願って神に相撲を奉納する。レスラリー王国の安寧を示す相撲を、共に手を汗握って見る。『鏡カメラ』が全土に相撲を伝えている。素晴らしき出来事だ。相撲に携わる全ての者達に、感謝を伝えたい」

 コニアスが会場に向けて両手を差し出した。

「先の戦いで、誰もが巻き込まれ突き付けられた辛酸と辛苦と悲嘆と悲哀の全てに、相撲は捧げられる。戦いは終わった」

 レギオンが目を押さえた。会場でも啜り泣きが聞こえる。

「余も毎日『鏡カメラ』の前で、相撲を観戦しておる。今日は、楽しもうぞ」

 万雷の拍手と、コニアスの名前を呼ぶ声が鳴り止まなかった。

「コニアス国王陛下のお迎えした八日目の、土俵が進みました。海峡部屋のサクラーラは前頭十二枚目。対するキキリンは、御当地ウルスラウス領の出身で前頭十七枚目で辺境部屋所属です。両者は共に上背はありません」

「楽しい相撲が見たいのう。期待しておるよ」

 壁に設置した『鏡カメラ』からレギオンの声が聞こえた。

 ボリスは身体を動かしながら、花道の奥から土俵を見た。辺境部屋の力士の取り組みは出来る限り見ていた。隣でフィンが呟いた。

「キキリンは張っていくし」

 頷く。辺境部屋で一番の押し相撲を取るのがキキリンだ。

「時間です」

 行司の声に合わせて、土俵を掃いていた呼出が下がった。

「両者共に、仕切り線から僅かに下がって手を突いています」

 ベンジャミンの目の付け所は流石に細かい。

「ハッキョイ、残った、残った」

「キキリンが腕を回転さて、突っ張っていく。負けじとサクラ―ラも突き返す。突っ張り合いだ。激しい」

 サクラ―ラの押しが勝る。突き出す手がキキリンの顔や頭をぶっつかる。

「キキリンが下がった。おお、キキリンは膝を曲げて、懸命に堪える。足が前に出た。土俵際で、今度はサクラ―ラが下がり出す。二人とも厳しい攻めだ。両者の手が回って、止まらない! 突く! 引かない!」

 下から下から、何度でもめげずにキキリンが突きを繰り出す。

「ああ、サクラ―ラの身体が傾いだ。そこをキキリンの手が襲う。キキリンの足は前に出る。出続ける。サクラ―ラが仰け反った!」

 拍手が沸騰し、歓声は土俵際で悲鳴となった。

「キキリンが押し出した。勝った、キキリンの押出し」

 ベンジャミンの声につられて、今日一番の拍手が会場を揺らした。

「コニアス国王も身を乗り出しておる。見応えがあった」

 レギオンが哄笑した。

「ジェイドもあんなに手を挙げている」

 何度も万歳をしていた。 

「当たり前だし。ジェイドお嬢様は押し相撲が好きだし。押してけえって声を掛けるし」

「押しがすきだと?」

 取り組みが終わって引き上げてきたジークが立ち止まった。

「ええ、知らなかったんですか? 如何見たって、四つ相撲より食いついていますよ。キキリンの相撲より、もっと重くて、どっしり押すのが好みですよ」

 言葉を失い立ち尽くす。ボリスは四つ相撲だ。ジェイドはボリスの相撲を好きだと信じて疑わなかった。四つ相撲と対極にあるのが押し相撲だ。立ち合いから技が違う。そもそも、稽古の力点も異なる。四つ相撲の弱点ともなるのが、押し相撲ともいえる。ジェイドがボリスの相撲を推していない、厳然たる事実が受け入れられない。

 ボリスの後ろから、リカルドがジークに応じる。

「皆が分かっている。聞きたまえ。大人しそうで、小さくて、守ってやりたくなる。相撲の話は食いついてくる。目を輝かせてきく。唯一無二のジェイドお嬢様だ」

 激しく頷くジークがリカルドに顔を寄せた。

「騎士団の奴等とも、楽しく相撲観戦しているって噂です。可愛らしいですよね。技を語り出すと、話が止まらないです。押し相撲ですよ」

「皆の話しから、一番の好みは砂漠部屋のスコーピオン関だと判断した。押しの極意が、垂涎の話題だと承知している」

 二人の頷きに、ボリスは焦った。

「ニーナちゃん情報では、五日目にはエドワード関が口説いてたって聞きました」

 焦燥で、ボリスは身を捩る。知らない間に、ジェイドの人気が急上昇している。

「おお、確かな情報筋だ。『明け荷』の中身って話だ。ボリス関は、地を這うような唸り声に、恐ろしい顔だ。見たまえ。今日は勝ち越しが掛かっているから、無理もない」

 フィンが前に出た。

「黙れ、黙れ。僕は見ていられないし。ボリス関って、ジェイドお嬢様に好かれてるから心配ないし」

「知らなかった」

 やっと声を搾る後ろから、軽快な足音が聞こえた。

「俺を呼んだか? ボリス関にも負けねえぞ。同じ大関だ、今日も盛り上がって行こうぜ」

 ボリスを追い越したスコーピオンの暢気な声に、ボリスは蹲るように蹲踞を解いた。全てを拭い去ってしまいたくて、ボリスは手を柱にぶち当てる刹那――。

「テッポウ厳禁! 通路の標識を読め!」

 複数の親方衆の声が、ボリスを取り囲んだ。

 手を止めたボリスの耳に、レギオンの解説が木霊の如くに遠く聞こえた。


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