表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/43

21 ホークハウゼ侯爵家の引き籠り令嬢

王都にて

 玄関ホールに現れた大きな箱を、トーマスは大口を開けて見上げた。

「獣人は力持ちだって知っているが、アデレイドの細腕で持って行くのかい?」

 嫣然とアデレイドが、有無を言わせぬ微笑みを崩さない。

「勿論、荷物はお任せいたします。トーマスはまだ、拗ねているのかしら。私は不知火大神殿に行きますわよ。息子も娘も、彼の地で努力しているのです。応援するのが親の役目です。食べ物も生物(なまもの)も荷物には入ってない。ほとんどがジェイドのドレス」

 服装に頓着しないジェイドをアデレイドは嘆いた。

「しなやかな手足を美麗に装うブラウスにスカートもある。美しい黒髪を飾ってあげます。楽しみだわ。ビルヘルムを一緒に応援するの」

 ジェイドが熊主砦城に滞在してから、アデレイドはせっせと服を新調していた。全てがジェイドへの土産となったのだろう。

 黄金の獣耳と尻尾がゆったりと揺れて、御機嫌な様子だ。

「コニアス国王陛下が同行をお許し下さったが、でも、ほら、気に入らない」

 相撲の視察が決まった。『鏡カメラ』の齎した効果で、相撲はレスラリー王国を席巻している。王都の不知火神殿の各支部には、連日、獣人も人間も大勢が詰め掛けている。相撲を神事としたコニアスの目論見は果たされつつある。

「イーサンは来ないわよ。王城で鉢合わせしても、顔を見ないようにトーマスの後ろで控えています。大人しい振舞いは、得意ですわ」

 相撲を解説するレギオンの名調子に、コニアスは浮足立った。如何しても不知火大神殿に出向くと、精力的に動き始めた。

 コニアスが王宮を長くは空けられない。魔法陣を使っての移動となる。ジェイドの力に頼っての相撲視察計画は、初日が終わった夕方から王宮で始まった。

「コニアス国王陛下が堪えられなかった気持ちも、理解している」

「土俵の上でビルヘルムの黄金の獣耳は、煌めいているわ。何を案じているのかしら? ジェイドなら憂慮はないはずよ」

 トーマスの抱える卑屈な嫉妬も、憐れな焦燥も、アデレイドは全て受け止めてくれる。嘆きが零れ出た。

「心配ばかりが募るよ。私は弱い」

 アデレイドを抱きしめた。背に廻った腕が温もりがトーマスを慰める。

「決めたのは、私たち。トーマス一人に背負わせない」

 決然とした声に、アデレイドの決意が滲む。

「経過を話すんだろう? 私の決断はジェイドを気付付けた。褒賞なんて望むべきではなかった。どんな理由があっても、デビュタントを台無しにしたボリス閣下を、責めたくなるよ」

 出した声が、思いがけず小さくて情けない。

 デビュタントの失敗は、ホークハウゼ家には激震だった。

「時期が悪かったの。デビュタントと相撲の本場所の開催が、近すぎたの。功を焦ったイーサンの失体ね。全く、割れ顎は詰めが甘いのよ」

 アデレイドの軽口がトーマスを励ます。

「予期せぬ出来事があっても、挽回はできます。ジェイドが熊主砦城に行ったことを、二人で喜んだ。私たちの思いは決まっている。トーマスは間違っていない」

「引き籠りを推奨した」

 お茶会にも連れて行かなかった、同じ年頃の令嬢と交わる機会は、悉く潰した。令息との出会いは握り潰した。

「邸に居てくれて、楽しかったわ。今は家族がバラバラに暮らす。でも、家族よ。トーマスはジェイドに甘いから、どんな魔石でも用意した」

 魔法の精錬を教えてのが楽しかった。トーマスはジェイドと共に様々な魔道具を作り上げた。

「アデレイドだって、文献を惜しみなく揃えただろ? 別荘が買えるほど散財したのを、私は知っている。助かったよ。私一人がジェイドを甘やかしたわけじゃないからね。おまけにビルヘルムは片っ端から男を寄せ付けなかった」

「婚約が破棄になったら、ジェイドの邸を敷地に建てるって言い出したのよ。ビルヘルムが一番、ジェイド離れが出来ていないかしら?」

 ジェイドの笑顔が邸には常にあった。新たな魔道具や魔法薬にトーマスは狂喜した。手放しで褒めると、幼いジェイドは研究に没頭した。

 次々と生み出される魔道具に慄いたのは、ジェイドが八歳を迎えた頃だった。

「熊主砦城から連れ帰ってくる算段もしたい」

 咎めるように、トーマスの背をアデレイドの手がポンっと叩いた。

「トーマスが計略を企んだら、誰も止められない。参謀にならずに、宰相も蹴って、王立魔法師団を選択したのを私は誇りに思っているの。父親としての最善の守りだった。ジェイドの力は、家族が一番身に染みている」

 ジェイドを物騒だと評したイーサンは間違っていない。不穏な魔道具や危険な魔法薬を、ジェイドなら作り出せる。

 ジェイドを利用させたいために、トーマスは今まで全力を尽くした。侯爵家の権力も財力も、惜しみなく守りに活用した。政敵も取り込み、王宮へも分け入った。

「今でも信じられないほど驚いたよ。『鏡カメラ』は魔法の構築さえ分析できない」

 よくぞ王宮で卒倒しなかったと、アデレイドに零したほどの衝撃だった。

「ジェイドが自ら『鏡カメラ』を王宮に持ち込んだ。もう、此処まで来たの。ジェイドはすでに引き籠っていない」

「ああ、嫁に行ってしまう」

 今日一番の情けない声が出た。

 アデレイドがポカスカッと背を乱打する。

「私もホークハウゼ侯爵家に十六歳で押しかけました」

「あれは、私がアデレイドを攫ったんだ」

 抱き締め合う腕が、互いの身体に絡み合った。

「一緒に歩いて来たわ。トーマス、一緒にウルスラウス領に行きましょう。貴方のいた戦いの地に行くの」

「アデレイドは素晴らしい伴侶だ」

 トーマスは荷物を持ち上げた。



お読みいただきまして、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ