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17 様々な初めて

本場所!

 ポーラがジェイドの手を握った。

「おおきにな。女将は部屋に残るのが、役目やんか。相撲が見られへんって諦めてましたわ。初日から『鏡カメラ』の前に座って相撲観戦とは、えらい剛毅や。カメラって初めて聞く言葉やし、よう分からん」

 天井近くに、試験用に設置した『鏡カメラ』がある。会場の人いきれとざわめきが、興奮を伝える。呼出が、土俵の上に美しい箒の目を残して掃いていく。慌てた行司が何度も花道を行き来する。

「見ているだけで、会場に行ったようです。して、カメラとは何でしょうか?」

 アニョーがポーラの横で感嘆の声を上げた。周囲が同意の頷きをする。

「不知火神殿だけに設置すると、王宮で豪語しましたの。不具合はないと思いますが、ここの『鏡カメラ』は試作です。製作者の特権です」

 日本だったらテレビになるが、さすがに名称には使えなかった。ジェイドの中の翠が苦笑する。

 映像を取るカメラと映像を受信するテレビを、全て鏡の中に魔力で押し込んだ。イメージすると、魔力が勝手に動いてくれる。ジェイドの持つチートだ。

「鏡はそのままの姿を写します。カメラは、映したものを遠くに運ぶって考えてください。『鏡カメラ』で遠くの物をそのまま映しています」

 全く説明になっていない言葉だが、皆が感心して頷いた。

 騙した気分で、ジェイドは全方向へ頭を下げた。

 辺境部屋の土俵の前に、辺境騎士団の団員が詰め掛けていた。熊主砦城の使用人も多い。誰もが相撲を待っていた。

「本日より、ウルスラウス領の不知火大神殿より十五日間に渡って相撲の本場所が始まります」

 声がした。

「もう始まっておるのか? 苦しゅうない。ベンジャミンは存分に実況をせよ。ちゃんと聞こえておるのか? ああ、会場から拍手が返って来た。素晴らしき眺めだ」

 辺境部屋に拍手が続く。賑やかな騎士団員は互いに声を押さえて、喜びあっている。

「声が届いていますでしょうか。『鏡カメラ』の前の皆様。会場の皆様、いよいよ相撲が始まります。参加するのは五部屋の五十人の力士です。レスラリー王国三公爵の筆頭で、横綱を務められました御年八十歳のレギオン公爵様を相撲解説にお迎えしております。拍手を有難うございます」

 一際大きい歓声が、部屋の窓を揺らした。

 幕内の土俵入りが始まった。東西に分かれた前頭から大関までの力士が土俵に上がった。最後がボリスだった。『鏡カメラ』がボリスの姿を追う。

「グレイが忖度していますわ」

「当然です。ジェイドお嬢様がいなかったら、ベンジャミンもグレイも役がなかったのです。すみません。ニーナもジェイドお嬢様が頼みです」

 きのねが響いた。刹那、会場が静まり万雷の拍手が鳴り響いた。

「横綱の土俵入りだ」

 使用人が手を叩く。

「おきばりやす」

 ポーラの掛け声に、辺境部屋が湧きかえった。

「横綱は、海峡部屋のカンガルー獣人のエドワード関です。太刀持ちは、前頭四枚目猫獣人のガルル関。露払いは十三枚目の黒豹獣人のネイトが勤めております」

 少しだけ『鏡カメラ』の映像が揺れる。会場に人が多く設置した『鏡カメラ』が僅かに不安になったようだ。ジェイドは改善点を頭の中に叩き込む。

「太刀持ちは露払いよりも番付が上の力士が勤めるのが慣例だ。横に三人が並ぶと、ほれ、化粧廻しが三つ揃えになっておる。太刀持ちは、横綱の右側に控えて、大刀を持つ右腕が肩と水平になるように肘を張る。横綱を外敵から守っておる。ベンジャミンは露払いの意味は分かるか?」

 目の前の『鏡カメラ』の中に、土俵入りをする三人の姿がバランスよく収まっている。グレイの操作力も向上している。

「土俵への入退場時に、横綱の前を歩いて道を拓き先導しています。合っているでしょうか?」

「良く学んでおる」

「レギオン公爵様からもお墨付きを頂きました。実況は行司のベンジャミンでございます。『鏡カメラ』の操作は、呼出のグレイが絶え間なく行っています。より鮮明で、迫力のある相撲をお届けいたします。横綱の土俵入りが続いております」

「雲竜型の土俵入りだ。横綱が巻いている綱の輪が一つ。不知火型は輪が二つになる」

 ()()(くち)を上がって、エドワードが柏手と塵手水をする。土俵の中央に進んだ。正面を向いて柏手を打ち、四股を踏む。左腕は曲げて腹に当てて、右腕を前に広げてせり上がる。

「左腕は守りを、右腕は攻めを表すと言われておる。せり上がる足の運びが良い」

 右、左の順で四股を踏んで土俵際に戻った。柏手と塵手水を治めて横綱が下がっていく。会場の歓声が、辺境部屋にも広がっていった。

「ジェイドお嬢様は、初日を辺境部屋で過ごして良かったのでしょうか? てっきり不知火大神殿に駆けつけると思っていました。ボリス関も残念がってましたね」

 アニョーの目が少しだけ気遣わし気に動いた。

「気になることが多いのですが、初日は『鏡カメラ』を選びました。今のところは順調で、安堵しています」

「これって、レスラリー王国全土で見られるんだろう? 砂漠部屋や海峡部屋は遠いからな。懐かしい顔が見えた」

 騎士団員が画面を差して盛り上がった。

 レギオンが含み笑いをしている顔が映った。

「いつも美味しい魚や蠍の唐揚げを、いろいろな地域から送ってもらっておる。有難い話だ」

「美味しい物の御紹介もありました。さて、露払いを務めました豹獣人のネイトは黒豹と珍しい獣人ですね」

 ネイトの全身を『鏡カメラ』が収める。

「豹獣人は、雪豹や黒豹と種類が一目瞭然だ。黒豹の毛並みの美しさは廻しに映える」

「廻しには魔道具が組み込まれていると、各相撲部屋で話題になっておりました」

「王立魔法師団が開発を手掛けた。尻尾の収納を可能とした廻しだ」

 レギオンの姿が映る。

「狼獣人のレギオン公爵様ですが、尻尾には何か、苦い思い出があるようですね」

 見事な銀に輝く尻尾を、レギオンが撫でた。

「余の若い頃は、魔道具を仕込んだ廻しがなかったから、尻尾が廻しの上に出る。それが土俵について、何度負けたか。普段は自慢の尻尾だが、土俵の上で何度斬ろうと思ったか。今、思い出しても慙愧に堪えん」

「辛酸をなめたのですね。そんな歴史を重ねて、レギオン公爵様は横綱までなったんですね」

「戦いもあったから、横綱として土俵に上がったのは短い時間だった」

「ベンジャミン。余の声が、会場でも聞こえておるらしいな」

 手を振り拍手を送る観客にレギオンが鷹揚に手を挙げて応じた。公爵の名前に相応しい振舞いに、辺境部屋でも称賛の声が上がる。

「立派でございます。レギオン公爵様が嬉しそうです」

 アニョーの言葉に賛同の頷きが広がる。

「会場の升席や椅子席の全てに、魔道具付きの手摺が設置されています。握りますと、音声が流れます。お好みでお聞きいただけます。また、会場には大型の『鏡カメラ』もあります。全国の不知火神殿で御覧いただいているのと同じ映像が、流れております」

「レスラリー王国の全てに行き渡っておると聞いた。コニアス国王陛下の恩寵である。有難い話だ。退役した騎士団の団員が、各相撲部屋に親方となっておる。今は、審判として土俵下を守っておる」

「戦いが終わったと、実感する姿ですね」

「ベンジャミンも良い話をする」

 土俵が箒で浄められ、最初の取り組みが始まった。会場は割れんばかりの歓声になった。土俵が盛り上がると、解説も実況も聞き取れない。

「改善点です。雷と風の魔法を使って、そう、マイクを作れば良いかしら。明日には届けましょう」

 ニーナのメモが止まって、『鏡カメラ』に目が釘付けになっている。

「相撲って素晴らしいです。血が滾ります」

 ニーナの声に辺りの騎士団員が応えた。

「やっぱり、俺も力士を目指すか。四十歳も半ばを過ぎたから無理だ」

「息子がいるずら。確か、十五歳だったけ。ほれ『鏡カメラ』を、身を乗り出して見ているじゃん。勧めてみろし」

「馬鹿言っちゃあいけねえ。力士の前に騎士団に入る」

「騎士団より相撲部屋だ。知らんけど」

 言い争いが笑いに変わった。

 相撲を通して、その場が一体となっていった。



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