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王子妃候補 ドロシア アップルトン








「今日は、ドロシアの所か」


 くすくす笑いの止まらない母王妃に魔法をかけられ、今日は金髪碧眼の美少女へと変貌を遂げたシリルは、あくびを噛み殺しながら朝の王城。


 その一角にある客間が並ぶ棟を歩く。


 その棟は、己が寝起きをしている王子宮からは結構な距離があるうえに、母王妃の元へ行って魔法をかけてもらう、という作業があったため、いつもよりかなり朝が早く、シリルは既に不機嫌だった。


 尤も、王子としてはシリルの普段の朝が遅すぎるのだけれど、当然シリルにその自覚は無い。


 


 まったく、面倒だよな。


 こんなことが無ければ、もっと寝ていられたのに。




 シリルとしては、王子妃にアリスを迎え、ふたりで怠惰な生活を送るのが第一希望で最終要望でもあったのだが、それが潰えた今、シリルのなかでの第二候補であるドロシアが妃で問題無いと思っている。


 シリルから見たドロシア、というよりも一般貴族の評価として、ドロシアは、良く言えば気高く、悪く言えば気位が高くて有名な侯爵令嬢で、その貞淑さは貴族令嬢の鑑とさえ言われている。


 しかしながら、シリルはそんなドロシアが、余り妃としての教育に乗り気でない事を知っている。


 平たく言ってしまえば、政務に興味が無い。


 興味があるのは、王子妃として社交界に君臨することのように見える。


 ドロシアと結婚すれば、貞淑な令嬢の鑑であるドロシアに、女性関係で煩く言われることがあろうとも、政務について勤勉であれと言われることは無い。


 そう確信するシリルは、ドロシアと婚姻すれば、政務をさぼっても煩く言われないだろう、と判断した。


 シリルのなかでの一番の妃候補であったアリスが、有り得ないほどの裏の顔を持っていたことは悲劇であったが、未だドロシアが居る。


 どれほど堅物であろうとも、政務に関して言われないだけでもまし、とシリルはまだ朝早い王城内を歩き、ドロシアに与えられている客間まで辿り着いた。


 流石というか、その部屋はアリスの部屋とは結構な距離を保たれている。




 まさか、またクッションが飛んで来ることは無いだろうが。




 思いつつ、ドロシアに与えられている部屋の扉をノックし、そっと開いたシリルは、そのままそこで固まった。


 「ああ、なんて素敵なの」


 聞こえたのは、何とも色めいた声。


 そして、見えたのは未だ寝巻姿のドロシア。


 確かに、未だ朝と区分される時刻である。


 だがしかし、貴族令嬢として、自邸から連れて来た侍女により朝の支度を終えた頃、として送り出されたシリルは、未だドロシアが寝巻姿でいるなど想像もしなかった。


 しかも、寝室ではない、客も招き入れる居間でドロシアはソファに座っていた。


 正確に言えば、ソファに座る男の上、足を大きく開き男に跨った状態で座っている。


 襟元が大きく開き、透けるほどに薄い布でできた寝巻姿は酷く妖艶で、何も着ていないよりもいやらしさを醸しているのではないかと思うほど。


 そして、その寝巻の短い裾から男の手が入り込み、腿のあたりを撫でまわしているのが判る。


 更にソファの傍には男がふたりいて、ソファで絡み合うふたりを見つめている。




 貞淑な令嬢、どこに行った!




 叫びたい思いで、シリルが固まっていると、ドロシア付きと思われる侍女が静かに近寄って来た。


「王城の侍女ですね。姫様は、お取込み中です。控えなさい」


 侯爵家に仕える侍女とはいえ、王城の侍女に対し余りな物言いである。


 だがしかし、アリスの部屋を経験済みのシリルは、そっと膝を折って無礼と思われる侍女にも丁寧な礼をした。


「まさか、朝からこのようなこととは思いもせず、失礼いたしました」


 言ってから、ん?朝からじゃなく朝まで?ともシリルは思ったが、それは些末なことだろう。


「王城の侍女といっても、大したことはないのね。いいからそこにさがっていなさい」


 引き際を弁えた応えを返すシリルを見下すように睨めつけ言いつけると、侍女はソファ傍まで近づき、ドロシアの指示を待つように控える。




 有り得ねえ。




 侯爵家とはいえ、王城に仮住まいの身である。


 しかも侍女は侍女でしかない。


 当然、序列は王家の方が上である。


 それなのに、あの対応。


 アップルトン侯爵家は、王家を下に見ている。


 そう判断するに相応しい扱いを受けたシリルは、それでも静かに壁際に寄った。


 そうして、うつむきつつ瞳だけを動かして観察すること暫し。


 


 なんか、壁際で見るのが一番な気がして来た。


 


 やがて、傍に居たふたりも参戦し、ドロシアを中心にソファで絡み合っているのを、気持ちごと遠くに眺めながら、シリルは覚醒したかの如く、部屋の状況を見つめ続けた。








 あれ?


 あいつ、もしかして近衛騎士?




 漸く営みが終わったのだろう。


 四人はそれぞれ、乱れた姿で部屋を後にした。


 恐らくは身体を清めるのだろう、と呼ばれもしなかったシリルは息を吐き出す。




 ああ、もう帰りてえ。




 アリスも酷かったが、ドロシアも酷い。


 このままでは、女性恐怖症になりそうだと思いつつ、壁と同化していたシリルは、ドロシアと共に戻って来た男のひとりを見て目を見開いた。


 自分や両親の傍近い護衛に付いたことは無いから名前は知らないが、その男は近衛隊に所属していた気がする。


 今は近衛の騎士服こそ着用していないが、身体の造りや身のこなしは、かなり洗練された騎士のもので間違いない。


 そして、シリルは怠け者ではあるが、記憶力、特に人物を覚えることには自信がある。


 


 勿体ねえなあ。




 近衛にあがるためには、相当の実力を必要とする。


 殊に現王は、家柄よりも騎士としての腕を重要視しているので、今の近衛には男女問わず下位貴族もかなり居る。


「ふふ。わたくしが王妃になっても、傍に置いてあげるわ。王妃専属の護衛よ。どう?嬉しいでしょう?」


 しな垂れかかりながらドロシアが騎士に告げ、騎士が跪いてドロシアの手にくちづけを落とした。




 なるほど。


 王族の専属護衛、か。




 近衛のなかでも、王族の専属護衛となれる者は限られている。


 名も知らぬ近衛騎士とドロシアの関係を見るに、昨日今日始まったのではないと思われる。


 恐らくは、ドロシアが王城を訪れる際に幾度か護衛を任され、親しくなったのだろう。




 あいつは、解雇だな。


 そして、これを機に近衛内の規律を確認するべきだろう。


 父上に奏上しなければ。




 王家に忠誠を捧げているはずの近衛騎士が、侯爵令嬢に忠誠を誓う現場を見ることになったシリルは、無自覚にもここ数年で一番まともなのではないかという考えに至った。


 これも一種の反面教師といえるのかも知れない。


「そこな侍女。姫様がお呼びです」


 その時、するするとシリルに近づいたドロシア付きの侍女が横柄な態度でシリルを呼んだ。


「はい」




 心の底から行きたくねえ!




 どんなに心のなかで叫んでも、今のシリルに拒否権は無い。


 刑場へ引き出される罪人の気持ちで、けれどシリルは長年の王族人生で培った仮面でそれを微塵も表に出すことなく覆い隠し、顔を伏せたまましずしずとドロシアの傍へ寄った。


「顔をあげなさい」


 ドロシアの命に従い、シリルが顔をあげれば醜く顔を歪ませたドロシアが、いきなりシリルの顎を掴み、無理矢理に上向かせた。


「っ」


 痛みよりも驚きで固まったシリルを満足そうに見つめ、ぎりぎりと顎に指を喰い込ませながら、ドロシアはシリルの顔を右に左に動かす。




 いたっ・・くはないけど、気持ち的に痛いし気持ち悪い!




 思いつつ、シリルは寄りそうになる眉を必死で留めた。


「見事な金髪碧眼なのに残念ね。お前如きでは、近衛騎士様など相手にもしてくれないわ。ねえ?」


 シリルの顎を握りつぶす強さで掴みながら、ドロシアが侮蔑の瞳をシリルに向け、そのまま騎士へと流し目をくれる。


「もとより侍女など相手にするつもりはございません。私にはドロシア様だけです」


 


 なんだこいつら!


 僕だって、お前らなんかお呼びじゃねえよ!


 


 ドロシアとは絶対に婚約しない、そしてこの近衛騎士は解雇決定、と強く誓ってシリルはドロシアを睨み返し・・そうになり寸前で止まった。


「それにしても本当に見事な金髪だこと。結いあげるなんて無粋よ」


 そう言ってシリルの髪に手を伸ばしたドロシアは、いつも貴族令嬢の鑑と言われるに相応しい、あの凛とした瞳を見せたかと思うと、次の瞬間には何故か憎しみに歪んだ笑みを浮かべ、シリルの髪を思い切り掴んで振り回した。


「なっ!」


「金髪が何よ!碧い瞳だからなんだっていうのよ!」


 そして、狂ったように叫びながらシリルの髪を滅茶苦茶に乱す。


 


 なんだこいつ!


 金髪碧眼に恨みでもあんのか!?


 母上、知っていましたね!




 ドロシアの所へ行くときは金髪碧眼、と決めていた母王妃に恨み節を心のなかで叫びつつ、シリルはドロシアの凶行に耐えた。




 ほんっと、癇癪持ちしかいねえんじゃねえのか?


 


 きちんと結い上げた髪を散々に乱され、シリルは小さく息を吐き出した。


 アリスの所の経験で言えば、この無様を自分の目前で晒すな、と部屋から出されるのだと思われる。


 そうしたら、速攻母王妃の所へ報告に行こう、とシリルは考え、ドロシアの傍から離れられる安堵の気持ちで、きちんとドロシアに礼を取った。


「無様ねえ。ねえお前、男は知っている?」


 そして、予想通り無様という言葉を聞いたシリルは、退室を促されたものと思い動こうとして。




 は?


 今、なんつった?




 ドロシアからの予想外の言葉に固まった。


「ふふ。その顔は未だ、ということかしら。まあ、お前如きを抱いてくれるのは三下な男でしょうけれど。でもね、わたくしは違うの。近衛騎士だって跪くのよ。今から、金髪碧眼のお前でも手にできないものがあると教えてあげるから感謝して」


 言いつつ、ドロシアはシリルに見せつけるように近衛騎士の襟を乱し、その素肌に手を滑らせながらゆっくりと晒して行く。


「ああ。本当に素敵」


 


 いや、どうでもいいからお前は脱ぐなよ?




 男の裸など見てもどうということは無いが、ドロシアの肌を見たいとは思えない。


 朝、四人で絡んでいる時も辛うじてドロシアは寝巻を纏っていたし、男が三人も彼女を囲んでいたことで見ることなく済んだのだ。


 今ここで見てしまえば、今までの幸運が水の泡、そうなったら女性不信一直線、とシリルはそうならないことを神に祈る。


「ねえ・・・バルコニーまで運んで」


 うっとりと近衛騎士のはだけた胸にくちづけながら、ドロシアが恐ろしい言葉を吐いた。


「アップルトン侯爵令嬢。ここは王城でございます」


 


 バルコニーで何するつもりだ!


 王城だぞ、ふざけんな、風紀乱すな!


 やるならお前ん家でやれ!


 まあ、もうやってるのかも知れないけどな!




 という心の叫びを何とか王城の侍女としての言葉に変換したシリルだったけれど、そんな言葉を誰ひとり聞くことは無く。


「仰せのままに」


 近衛騎士は、ドロシアを抱き上げると本当にそのままバルコニーへと出て行った。




 この部屋の場所、って。


 


 レースのカーテン越し、ぼんやりと見えるバルコニーの手摺に手を付いたドロシアと、彼女に背後から覆いかぶさる近衛騎士の姿を見るともなく視界に入れながら、シリルは懸命にこの部屋を中心とした王城の地図を頭のなかで思い描く。




 この部屋から見えるのは、庭園のひとつと池?


 向かいには建物も無いし、三階だから庭園にひとが居たとしても見上げられなければ大丈夫、なのか?




 バルコニーからは、布や肌が触れ合う音と、くぐもった声が聞こえて来る。


 人に見られる可能性は低いとはいえ、ゼロではないうえ、外での行為というのがふたりを盛り上げているらしい。




 もう、帰っちゃ駄目かな。




 ドロシアの脳裏から、シリルのことなど消え去っているに決まっている。


 けれど、ドロシア付きの侍女が暗い瞳でシリルを観察している限り、そんな逃亡が叶うことは無い。




 時間が、三倍速で動く魔道具とか無いかな。


 あ、時間関連は違法だから駄目か。




 違法なので作り得ないと知りながら、シリルは遠い目でそんな妄想を繰り広げ、何とかその日の務めを終えた。






ありがとうございます(^^♪

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