表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

王子妃候補 アリス ハッカー 2







 ん?


 あれは、宝飾品か?




 アリスに何か指示された侍女が持って来たのは、なかなかの大きさの宝石箱と思われるもの。


 そこから、アリスは次々と品物を取り出して行く。


「ああ、ほんっと。高位貴族っつっても渋るよね。もっと金払いのいい男、いないかなあ」


 取り出された品は、品もよく上質な物だと遠目でも判るのに、アリスには不満らしいことがシリルには不思議だった。




 いい品じゃないか。


 あれなんて、細工が本当に見事で・・・って、ちょっと待て。


 高位貴族なのに渋る、ということは、あれはすべて贈らせた、ということか?




 自身、アリスに強請られるまま、かなりの装飾品を贈った、と思い返すシリルの前で、その大きな宝石箱のなかから、もうひとつ緻密な模様が彫られた箱が取り出された。




 あれは、僕が贈った宝石箱。


 


 覚えのあるそれをシリルが見つめていると、アリスは侮蔑の表情でそこからひとつの首飾りを抓み上げる。


「でも、最大のけちは王子よね。もっといいもん寄こせっつのよ。こーんなちっこい宝石なんて、あたしが着けるに値しないっての」


 それは、小粒ではあるけれど最良とされる宝石をあしらった逸品。


 シリルは、それを贈った時のアリスを思い出した。


『王子ぃ!すっごく嬉しい!一生、大事にするね!』


 そう言い、大切そうに両手で持って頬ずりさえした。


 その品を、アリスは今ひゅんひゅんと指先で振り回している。




 僕が贈ったものは、回収しよう。




 シリルは、アリスを冷静に見つめ、そう決意した。


「そこの壁!ちょっと来なさい」


 暫く、すべて贈られたものであろう宝飾類を貶していたアリスは、それにも飽きたように再びソファに寝っ転がり、その体勢のままシリルを手招きした。


「はい」


 それは、犬猫を手招くかの如くであったが、今のシリルに拒む権利は無い。


 仕方なく、しずしずと傍に行けば、前触れも無く、ばちっ、っとケーキナイフで叩かれた。


「遅い!」


「・・・申し訳ありません」




 何だよ!


 部屋の中で走れとでもいうのか!?




 思いつつも頭を下げれば、アリスがテーブルの上のカップに向けて顎をしゃくった。


「お茶、淹れるのが仕事なんだっけ。やらせてあげるわ。ああ、あたしの家が用意したもので、ね」


 にんまりとアリスが笑った時、別の侍女の顔に緊張が奔ったような気がしたシリルだけれど、お茶を淹れろと言うのなら淹れるしかない。


「はい」


 そう言って、シリルは殊更丁寧に茶器を扱う。


 


 もしかしたら、わざと壊れるよう仕向けて、僕に罰を与えるつもりなのかも知れない。




 ここまでのアリスの行動から考えれば、充分に有り得る、とシリルは慎重にお茶を淹れていく。


「失礼いたします」


 シリルが慎重に行動したお蔭か、隙を見いだせなかったらしいアリスから妨害が入ることもなく、シリルは無事にお茶を淹れ終え、アリスの前に丁重にカップを置いた。


「ふっ」


 瞬間、アリスが満足そうな笑みを零す。


 


 何だ?


 この、獲物を捕えた、みたいな目は。




 思えば、王子としてアリスの前に居る時も同じような瞳を見たことがある、とシリルは思うも、その時の自分はアリスを信じ切っていたので、こんな風に思ったことは無かった。


 獲物。


 王子としての自分も、アリスにとっては獲物でしかないのだと実感して、シリルは背筋が寒くなる。


 ばしゃっ


「あつっ!」


 うつむいたまま、考えごとをしていたシリルは、いきなり顔に熱さを感じ、咄嗟に目を瞑った。


「まっずい!」


 アリスが、カップのお茶を自分に掛けたのだ、とシリルが理解するのと、アリスに思い切り突き飛ばされるのは同時で、不意を打たれたシリルは大きくよろけ、部屋の中央まで移動してしまう。


 顔にかかったお茶を拭うことも出来ず、ぽたぽたと落ちるお茶が気持ち悪い。


 けれど、シリルへの罰はそれだけでは済まなかった。


「役立たずのあんたにも、仕事をあげるから感謝しな」


 


 その仕事って、お前の癇癪受け止めることかよ!




 思っても、今のシリルには言い返すことも出来ない。


 アリスは、嬉々として手元で幾度も鞭を振るい、そのうなりをシリルに聞かせた。


「怖い?怖いって言ってもやめたげないけど」


 


 やるなら、さっさとやれよ!




 鞭で打たれたことなどないが、きっとかなり痛いのだろう。


 けれど、さっさと終わって欲しいとシリルは思うも、やめるという選択肢など存在しないだろうアリスは、シリルの恐怖を最大引き出そうとしている。




 悪趣味だな!




 父王や母王妃に、愚かだ愚かだと言われているシリルにも判る。


 アリスが王子である自分に見せていたのは、偽り、表層のものに過ぎなかったのだ、と。


 なので、今なら理解できる。


 こうして、侍女として接近させることで、母王妃はシリルにアリスの本質を知らしめようとしたのだ、と。


 だがしかし、ひとつシリルには不満があった。


 今、この状況に陥ったのは、侍女として接近したため。




 母上!


 もっと違う方法で知らしめて欲しかったです!




 その方法については考えも付かないが、シリルは鞭打たれる瞬間を待ちながら、母王妃に心のなかで訴え続けた。


 ひゅんっ


 そうして、鞭が一際大きな唸りをあげ、終にその時は来た。




 っ!


 


 力いっぱいシリルへと振り下ろされる鞭。


 その風を切る音に、シリルは、ぎゅ、と目を瞑り身体に力を込めた。


 しかし。




 あれ?


 痛くない。




 鞭は、確実に身体に当たっている。


 その感触はあるのに、痛みは無い。




 何か、魔法か?




 母王妃が、痛みを感じない魔法もかけてくれたのか、とシリルは、今度は母王妃に感謝する。


 


 母上、ありがとうございます!


 


 その間にも、シリルへと鞭を振り下ろし続けるアリスは、その目を輝かせ、嬉々として力ない獲物をいたぶっている。


 そして、やがて鞭の音が止んだ。


「ふふっ。ぼろぼろの血塗れで、いい気味」


 鞭打ちの痛みを回避でき、ほっとしていたシリルは、そう言ったアリスに再び突き飛ばされた。


「これに懲りたら、二度と来んな」


「・・・・・失礼、いたします」


 


 血塗れ、なのか。


 まあ、あれだけ打たれりゃ当たり前か。


 服も、かなり裂けているみたいな感覚があるしな。


 それで王城の廊下、歩いていいものなのか?


 ってか、魔法が切れたら痛くなるんだろうか。




 首を捻り、痛みを感じるようになるのは嫌だ、と思いつつ、シリルはアリスの部屋を辞した。


「大丈夫か?」


 丁寧に扉を閉め、歩き出そうとしたシリルは、そこで待機している護衛騎士にそう声を掛けられ、驚きつつも頭を下げる。


「はい。なんとか」


「痛むだろう。こんなことしか、出来ないが」


 そう言って、護衛騎士は大きな布をシリルに掛けてくれた。


「ありがとう・・ございます」


 これで、血塗れ服裂け状態を晒したまま王城を歩かなくてよくなった、とシリルは心からほっとした。


「気にしなくていい。君は、王城の侍女だろう?この部屋のご令嬢のお邸の侍女達によれば、鞭打ちなんて日常茶飯事なんだそうだ。何を言われたかは知らないが、気を落とさず、頑張れよ」


「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 


 この護衛騎士、憶えておこう。




 そう心に留め、シリルはゆっくりと歩き出した。







ブクマ、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ