表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

結末 アリス ハッカー







 「ねえ王子ぃ。どうしてそうなったの?だっておかしいよね、王子はあたしを好きなのに。これって公爵の陰謀じゃないの?」


 不満顔そのままにそう発したアリスの言葉遣いは、とても両陛下臨席の公式な場とは思えず、その内容も相まってシリルは驚愕の余り目を見開きそうになってしまった。




 凄くないか!?


 ここ、父上も母上も居る公式の場だぞ!?


 しかも、本人が居る目の前で公爵の陰謀、って言い切るとか!


 


 シリルは、驚き仰け反りそうになりながらドリューウェット公爵夫妻を見るも、ふたり共に特段何の反応も無い。


 今のアリスの言葉が聞こえなかった筈も無いのに、その表情は涼しいまま。




 こ、怖い。


 もしここでアリスが暴走してミュリエルを貶めるようなことを言って、僕が対処を間違えれば、即婚約破棄されるんじゃないのか。




 「アリス。それは、公爵家への不敬となるよ。言葉を慎むように」


 「ええぇ。でも、お妃様に相応しいのは、真に可愛いあたしなんだから、間違ったこと言ってないもん」


 婚約破棄、絶対に嫌。


 そんな恐怖に引き攣りつつ窘めたシリルに、アリスは益々不満そうな顔になって、自分こそが妃に相応しいと言い切った。


 しかもその理由が、真に可愛いから。


 そして当然のように、だから公爵の陰謀だ、というのも正しいと言い切るアリスに、何とも言えない空気が漂う。


 


 ああもう、ほら。


 みんな呆れ過ぎて、もはや楽しんでいるじゃないか。




 父である国王も、母である王妃も、そして議長であるラフォレ公爵まで、常軌を逸脱したとしか思えないアリスの発言を既にして楽しんでいる節がある。


 しかし、ドリューウェット公爵夫妻の瞳には、笑みの欠片も無い。


 これは、己への試験続行なのだ、とシリルは、自分へと向けられるドリューウェット公爵夫妻の視線を真摯に受け止めた。


 「ねえ、王子ぃ。王子のほんとの気持ち、教えて?」


 ことり、と首を傾げて、アリスは甘えるような上目でシリルを見つめる。


 「僕の気持ち、か。この間も言っただろう?アリスの趣味と僕の趣味は違うようだから、考え直す必要がある、って」


 「うん。言ってた。やっとあたしに相応しい物が判ってくれたんだ、って嬉しかったよ?」


 瞳を輝かせ言うアリスの言葉は、ある意味正しい、とシリルはアリスを見つめ返した。




 そう、そうなんだよ!


 お前の趣味がおもちゃの石だ、ってやっと判ったんだよ!




 あの時の、目から鱗が落ちたような感覚を思い出し、本当に良かった、と大きく内心で頷いてしまう。


 「うん、でもね。アリスが好きだ、っていう、そういう大きな飾り。僕は余り評価できないんだ」




 当たり前だよね!


 だってそれ、おもちゃだから!


 いや別に、自分が好きで集める分にはいいよ?


 でも、本物の宝飾より価値があるとか思ってちゃ、妃なんて務まらないからね!




 などという内心の叫びはおくびにも出さず、シリルはアリスとの趣味が合わないことを残念で仕方ない、というように眉を下げた。


 「でもそれ、王子だけじゃないよ?高位貴族って大体そうだから。王子は判ってくれたんだから、これから直してくれればいいと思う」


 「僕だけじゃない?」


 「うん。他のひと、上位の貴族になればなるほどそう言うの。本物をあげるよ、なんて言ってちっさい屑みたいな石くれたりとか、酷いひとなんて、何もくれないのに、場を弁えろ、って貶すだけ、なんてこともあるし。あたしの趣味が良い、見る目がある、って判ってくれるのはお父様だけよ」




 そりゃそうだろう。


 偽物と本物を見分ける力は、高位貴族ほど求められるわけだし。


 価値の見方の基本だからな。


 精緻な偽物ならともかく、おもちゃを公式な場に着けていきたいなんて理解不能なんだよ、アリス。


 それにしても。


 ハッカー伯爵も同じか。


 そうか。




 「ハッカー伯爵令嬢。今の発言は、王子殿下以外の、他の貴族から贈り物を受け取っていた、ということで間違いないですか?」


 アリスの発言に、ラフォレ公爵が片手を挙げて確認を入れる。


 「うん、そう。けっこう、貰ったわよ。それって、あたしが可愛いからよね・・・ふふ。でも、価値なんて無いものばっかだったけど」


 確かに貰ったが、それがどうかしたのか、と言わぬばかりのアリスにラフォレ公爵は国王へと視線を奔らせた。


 「それは、妃候補が三人に絞られてからも、ですか?」


 「うん、そうよ。むしろ、そうなって王子と仲良くなってから増えたの」


 国王の頷きに目で了承の合図をしたラフォレ公爵の言葉に、揚々と答えるアリス。




 ああ、それ駄目なやつ。


 ってか、収賄に問われることになるから、他貴族からの贈り物を無闇に受け取るのは控えるように、って三家には通達あったはずなんだけれどな。




「判りました」


 ラフォレ公爵はそう言って発言を終えたが、後、何らかの処罰対象として調査されることは確実。


 しかして、そのことを当事者であるアリスは愚か、ハッカー伯爵も理解している様子は無い。




 けっこうな数の贈り物、ねえ。


 アリスが王子妃になる、と予測しての先行投資のつもりだったのか。


 いや、それにしても、贈られた理由が自分が可愛いから、とか言っているんだからあんまり意味は無かったような。




 アリスに、王族とのパイプになってほしくて宝飾を貢いだ連中もいるのだろうに、とシリルは思い、もしや彼等にそのような行動を起こさせたのは自分なのか、と少し心が痛む気もする。




 でもなんだ。


 今回アリスに物を贈ることで便宜を図ってもらおうとした連中は、誰がそういう立場になっても同じ行動をするのだろうから、これで膿出しになった、と思えばいいのか。




 切り替えるように思いつつシリルがアリスを見れば、やはり何も判っていない様子でにこにこと笑っている。


 しかし、説明してやる義理も無いので、さっさと用事を済ませようと、シリルは再びアリスへと声を掛けた。


 「そっか。それだけたくさん貰っても、アリスの趣味を理解してくれるのはハッカー伯爵だけ、だったんだね」


 「うん、そうなの。みんな見る目が無いひとばっかで」


 そう訴えるアリスは、心底残念そうに首を横に振る。


 「そうなんだね。まあ、かくいう僕もそうだしね」


 「え?でも王子、判ったから直してくれるんじゃないの?」


 「言ったよね。判りはしたけれど、評価はやっぱり出来ないんだよ」




 だってそれ、おもちゃだからね!


 確かに、子どもが持つにはいいかも知れないよ?


 でも、子どもだって公式の場には着けていかないレベルだからね!


 


 「そうなんだ。王子なのに、価値が判らないなんて」


 「だからね、アリスはハッカー伯爵のような男性を見つけるべきだよ。伯爵も、そうは思わないか?」


 


 価値が判らないのはお前だよ!




 との叫びは心のなかだけで。


 シリルは、殊更真面目な顔でハッカー伯爵に話を振った。




 ハッカー伯爵も、アリスと同族なら乗って来る筈。


 そうすれば、アリスの新たな嫁ぎ先を探す方向で話が纏まる!


 ・・・・・はず!




 その祈るようなシリルの思惑は当たり、ハッカー伯爵はしたり顔で大きく頷くと、考えるように手で顎を撫で始める。


「確かに。宝飾の価値が判らないだけでなく、殿下も両陛下も、アリスのように素晴らしく可愛い子に、学べ、などと愚かなことを仰っていましたし」


 しかし、ハッカー伯爵が言い出した言葉に、シリルは慌てた。




 え?


 僕、そんな話はしていなかったよね!?


 しかも、両陛下に向かって、愚か、って。


 そこまで言ったら完全に不敬じゃないか!




 水を向けたのは自分だが、教育が不必要なアリスに学べとは愚か、と両陛下に向かって言い切ったハッカー伯爵に、シリルの方が焦って両親を見てしまう。


「そうだな。王子の言う通りだろう。ハッカー伯爵、王子妃になどならぬ方が、ご令嬢は幸せなのではないか?」


 しかし、国王も王妃も怒りの様子は微塵も無く、シリルの言う、アリスに相応しいのはハッカー伯爵のような人物、という話に全力で乗る気なのを隠す様子も無く、むしろシリルに嫁がせるのは、アリスにとって不幸なのではないか、と前のめりで言うのを見て、シリルは何となく複雑な思いがした。




 父上、今完全に流れを乗っ取りましたね。


 その、のりのりの顔を見れば判るんですよ。


 しかも何ですか。


 その、オーケーオーケー、このままの流れで行こうか。


 みたいなの。


 まあ、これで丸く収まるなら、文句はありませんけれど。


 確かに、流れを作ったのは僕ですし。


 でも父上、それって、僕の方がアリスに相応しくない、って言っていますよね。


 自分が言う分にはあれですけど、父とは言え他のひとに言われると何だか。


 いや、助かりますから構いませんけれども。


 ・・・・・ほんとに、構いませんけれども。




 確かに、自信満々なハッカー伯爵の様子から、本当の理由であるところの、アリスが王子妃に相応しくない、と言い切ってしまえば、更に面倒なことになったに違いない、とシリルは思うも複雑さは拭えず、救いを求めるようにミュリエルを見てしまう。


 すると、真摯な表情で聞いていたミュリエルが、小さく微笑み、頷いてみせてくれたので、シリルの真意は伝わっているらしい、とシリルの気持ちは一気に急浮上した。




 まあ、ミュリエルも判ってくれているみたいだから、莫迦っぽい役でもいいか。


 でも、ミュリエルには後でちゃんと、僕は価値が判る男だってこと、説明・・・するのは野暮か。


 うーん・・・そうだ!


 ミュリエルに、とっておきの細工物を贈ろう。


 それで、言葉にせずとも示す。


 うん、これだな。




 などとシリルはひとり納得し、この場は道化に徹することを決めた。


 ここはもう、押しに押して、自分より相応しい相手がアリスには居る、とハッカー伯爵に認識させるのが最優先、とシリルは次なるハッカー伯爵の言葉を待つ。


 「・・・そうですね。妃にする、ということは、アリスの価値も判らない場所に嫁がせる、ということになるわけですから・・・しかし、そうなるとこの国は議会も他の貴族連中も、私の意見を是としない愚か者ばかりで、どこに嫁がせてもアリスの価値は認めて貰えないことになります」


 拳を握る勢いで体勢を整えるシリルの前で、何やら独りよがりのことをぶつぶつと呟いていたハッカー伯爵は、愛娘であるアリスを見つめ、やがて決意したように国王へと視線を移した。


 「陛下。私は、今ここで、爵位を返上したく思います」


 そして言った言葉に、シリルは流石にのけぞりそうになるが、両陛下も両公爵も驚いた様子は無い。


 「構わぬが。理由は?」




 父上、早っ。


 伯爵位返上、しかもそれなりに領地も持っている伯爵家なのに、その決断、早くないですか!?




 しかし、その国王の言葉にも焦っているのはシリルだけで、両公爵は当然の話の流れと受け取っている。




 ミュリエル!?


 君も当然の流れ、って思う!?


 結構、かっ飛ばしている気がするんだけど!




 焦りまくり、シリルがミュリエルを見れば、その美しい水色に、僅かではあるが驚きを湛えているのが判り安心した。




 よかった。


 これはもうつまり、場数の違い、ってことかな。


 ミュリエル、これから頑張ろうね。




 心のなか、シリルがミュリエルと誓っていると、ハッカー伯爵が重々しくその理由を告げた。


 「はい。これより他国へ移住し、アリスの素晴らしさを理解してくれる相手を探したく思います。他国の貴族ならば、きっと大丈夫でしょう」




 え!?


 爵位返上の理由がそれなの!?


 うわあ、凄い理由来た。


 でも、他国の貴族だって同じだと思うぞ。


 良識ある奴は、だけどな。




 「判った。ハッカー伯爵家の領地は、王領として預かることとする。心おきなく娘のために励むといい」


 「ありがとうございます」




 え、それだけ?


 本当に娘のことだけで、ハッカー家の使用人とか領民のことはどうでもいいのか?


 少しは、何か引継ぎをどうするか、なんて話はないのか?


 まあ、王領となるなら有能な者が領地経営にあたるだろうし、父上ならハッカー家の使用人のことも無下にはしないだろうけど。




「じゃあ王子。残念だけど、ばいばい」


 そして、まあ領民にとっては領主が変わるというだけのことか、と納得したシリルに、アリスが片手を振ってそう挨拶した。


 「さよなら。二度と会うことは無いと思うけど、元気で」


 そういえばアリスは、国から出ないから異国の言葉なんて必要ない、と言っていたな、などと思いつつシリルも挨拶を返す。


 きっと恐らく絶対、今のアリスは言語のことなど考えてもいないのだろう、とシリルは少しだけアリスの未来を案じた。


 


 

ブクマ、評価、いいね。

ありがとうございます(^^♪


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ