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王妃と王子と妃候補達のお茶会 3

誤字報告へのお返事は、活動報告にあります。






 


 シリルが五歳の時、将来の妃選びの基礎となる茶会が王城の庭園で開かれた。


 シリルと同年代の令嬢ばかりが招かれたその茶会には、当然のようにミュリエルもおり、公爵家の令嬢として一番にシリルと同席することになった。


 


 かわいい!


 すっごくかわいい!




 未だ幼く、茶会というものをよく理解出来ていなかったシリルは、ミュリエルの可愛さにひと目で心惹かれてしまい、あれほど言い聞かされた筈の、今日の自分の役目というものもすっかり忘れてしまった。


 結果、シリルはミュリエルの傍から離れようとせず、他の令嬢など顧みようともしない、という状況に陥り、終にはミュリエル本人から、席を移動するよう言われてしまうほど。


 『でんか。ほかのみなさまにも、おこえがけをなさいませ』


 『どうして?ぼくは、みゅるぅといるのがいいのに』


 『ですが、それではほかのごれいじょうが』


 『いいの!みゅるぅはかわいいねえ。ようせいでてんしだ!』








 ああああああ。


 あれが、原因か。


 あれで、僕はミュリエルに見限られたのか。




 妖精天使、ミュリエルとの出会いを思い出し、シリルはがっくりと肩を落とした。


 


 でも仕方ないじゃないか!


 ミュリエルは一等可愛かったんだから!




 あの時のミュリエルは今のように自分を偽ることなく、可愛さ全開のドレス姿だった。


 思うシリルの視界に入るのは、今のミュリエルの冴えないドレス。


 そろそろ茶会も終わりだと王妃が席を立ち、それに全員が倣う。


 「ミュリエル。明日にでも、ふたりだけで話がしたい」


 アリスとドロシアに気づかれないよう囁けば、ミュリエルは驚いたように目を瞠るも静かに頷いた。


 「ありがとう。後で、使いを出す」


 この場で言い出せば、揉めるわけにもいかず了承してくれる、そう思った自分を姑息だと思いつつ、ミュリエルが頷いてくれたことに安堵して、シリルは母王妃と共にその場を後にする。


 「ちゃんと段階を踏んでね」


 そんなシリルに、母王妃は揶揄うような声をかけた。


 「段階、って・・・何を」


 「襲っちゃ駄目よ、ってこと」


 「僕で遊ばないでください」


 振り返れば、きれいな礼をとったままシリルと王妃を見送るミュリエルの姿が見える。


 「ほら、こういうところも、違うでしょう?」


 高位の者を見送るのは、下位の者の役目。


 それだというのに、既にしてアリスとドロシアは礼の形を取っていない。


 心から敬う、ということ。


 それをミュリエルの態度から感じて、シリルは彼女にだけ向けて、小さく手を振った。


 「あらあら」


 そんなシリルに元気よく手を振り返したのはアリスで、肝心のミュリエルは礼を深くしただけ、という状況に母王妃が楽しそうな声をあげる。


 「これからです」


 それに憮然として答えたシリルは、ドロシアが素早くひとりの近衛に何かを渡そうとして拒絶されているのを見た。


 「大胆ねえ」


 「監査を急がせます」


 不快なものを見た、というように目を眇める母王妃にシリルは頷き、胸に手を当てて誓いの形を取る。


 「シリル。あの娘がアップルトン侯爵夫妻の実子でないことは知っているでしょう?では、その出自については?」


 シリルが、息子としてではなく王子として王妃に対する礼を取ったことを嬉しく見つめ、更にその知識の補填を図るべく王妃はその言葉を口にした。


 「ドロシアの父は現アップルトン侯爵の実兄で、母親は下女として働いていたと聞いています」


 「そう。父親は、アップルトン侯爵家の長男だったけれど、その才は弟に遠く及ばないばかりか、快楽にしか興味が無い愚か者、と有名でね。終には下女に手を出して孕ませてしまった、という訳。下女の方も、向上心旺盛で侯爵夫人になる気満々だったのだけれど、前アップルトン侯爵がそんなこと許す筈も無く。下女が男爵家の長女だったことから、その家をふたりに継がせていたのよ」


 「え?男爵令嬢なのに下女だったのですか?」


 下位貴族の令嬢が高位貴族の家に侍女として仕えるのは珍しくないが、下女というのは聞いたことがない、とシリルが言えば王妃が薄く笑った。


 「侍女どころかメイドとしての作法もなっていないから、下女としてしか使えなかった、というのは当時の社交界では有名な話よ」


 「では、ドロシアの教育は誰が?」


 「現アップルトン侯爵夫人よ。長男夫妻が亡くなる前から、義理の姪にあたるドロシア嬢のことは気に掛けていたらしいわ。尤も、ドロシア嬢は現アップルトン侯爵夫妻に感謝するどころか、侯爵位を奪った盗人、だと言っているけれど」


 「社交界では、随分うまく立ち回っていた、ということですね」


 令嬢の鑑、とまで言われているドロシアを思い、シリルがしみじみ言えば。


 「貴方は本当に、社交の上辺だけで生きて来たのねえ」


 母王妃が心底呆れたように言った。


 「それはつまり。気づいている人間は気づいている、ということですか?」


 もしや、まさかと声を掛けるシリルに王妃は動じることなく大きく頷く。


 「もちろんよ。まず、長男夫妻がそう言っていたの。メイドにもなれない作法でどうやって侯爵夫人を務めるつもりだったのか謎だけれど、本当なら自分が侯爵夫人だった、と言い募っていたわ。長男も同じく。とにかく、義務は果たさないのに権利ばかり主張する人達で。ドロシア嬢は、その母親にそっくりよ」


 きっぱりと言い切る王妃の瞳は深く、まるで社交界の真髄まで見抜いているようで、未だ拙いシリルは吸い込まれそうになる。




 流石、社交界の生き字引。




 「母上。これからご指導、よろしくお願いします」


 自分もこれからは、俯瞰して物事を見られるように。


 そんな思いを込めて頭を下げるシリルに、王妃も大きく頷き答えた。




 



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