報告 ミュリエル ドリューウェット
「母上!母上は、畜産や植林についてどの程度ご存じですか!?」
「まあ、いきなりなんですか。まずは、落ち着きなさいシリル」
部屋に入るなり、興奮気味に話しだしたシリルにソファを薦めながら、王妃は喜びを隠せずに瞳を輝かせた。
「はい、失礼しました。ですが、僕は初めて聞く言葉で、それに魔獣まで家畜化しようなんて考えたこともなくて」
「その前に。この時間まで戻らなかった、ということは、今日は一日無事に過ごせたのでしょう?ドリューウェット公爵令嬢はどうでした?」
今は、これから夕食、湯あみを控えた時刻で、流石に令嬢の湯あみの手伝いなどするわけにいかないシリルの侍女としての勤務時間はここまで、とされている。
尤も、アリスとドロシアの時は昼食までも部屋に留まることが出来なかったので、一日、侍女としての役目を果たしたのは今日が初めてだった。
そして、これほど楽しく充実した一日を過ごしたのも、シリルにとっては久しぶりのことで。
「ミュリエルは、可愛くて賢いことがよく判りました!」
満面笑みで、大きく頷き報告するシリルに王妃は揶揄うような声を出す。
「まあ。それなのに、ドリューウェット公爵令嬢の話ではなく、畜産や植林のお話なの?」
これまでのシリルなら、絶対にミュリエルの優れた容姿の話に終始する。
その確信がある王妃が試すように言えば、シリルの表情が引き締まったものになった。
「僕は今日、ミュリエルが可愛く賢いと知ると同時に、ミュリエルにとって僕が”無い”ということも実感しました。これまでの僕の所業が、彼女の選択肢から僕を消したのだと思われます。しかしながら、このまま諦めるつもりもありません。ミュリエルは、王子妃、王妃に相応しい考えの持ち主です。一方、怠けていた僕が王子らしくなるためには、これからかなりの研鑽を積む必要があるでしょう。焦る気持ちはありますが、まずはドリューウェット公爵領のやり方を知り、他領、ひいてはこの国全体の状況を知りたいと思います」
シリルの言葉に、王妃は扇を取り落とすほどの驚きを覚える。
これが、怠けることばかり考えていた自分の息子かと思うと、感激に涙が零れそうだが、そこはこのシリルである。
どれほど本気なのか、それは持続するものなのか、見極めるように王妃は真剣な眼差しを向けて来るシリルを見返した。
「この国の状況、と、ひと口に言っても膨大よ?それに、刻々と変化もする。色々な考えの違いもある。貴方は、それらを投げ出さずに対処できますか?」
「それは元々、王子である僕は知っていて当たり前、対処できて当たり前、なことですよね。母上」
王妃の物言いに、シリルは苦笑してこれまでの自分を振り返る。
「そうです。けれど、そのすべてを貴方は投げて来た。つまり、基礎がまるでなっていないのです」
凛とした、きついとも聞こえる母王妃の言葉も、シリルは真摯な態度で受け止めた。
「はい。ですので、すぐに信用してもらえるとは思っていません。ただ、僕は知りたいと、関わっていきたいと思ったのです」
「ドリューウェット公爵令嬢と話をするために?」
王妃が言えば、シリルは考える顔になった。
「少し、違うかもしれません。僕が、色々な知識を身に付けたいと思ったのは、確かにミュリエルと対等に話をしたい、という気持ちがあります。ですが、それ以上、公爵令嬢として自領のことを考えるミュリエルを見て、我と我が身が恥ずかしくなった、というのが正解でしょうか」
考えるべきものを考えていない、見るべきものを見ていない王子。
それが、これまでのシリルだった。
「ミュリエルが、僕に対して思うことを言っていたのです。もちろん、僕と知らずにですが」
「ドリューウェット公爵令嬢は、何と?」
「ミュリエルは、僕のことを見た目を重視する王子だと評していました。そして、僕を嫌いということはないけれど、もう少し物事を見てきちんと考えればいいのに、と思う場面が多々あった、と。それから、政に対して真摯な姿勢を示さない僕と王政を共に、とは思えない、と言っていました」
恥ずかしくも母王妃の目を逸らさず見つめて言い切ったシリルに、王妃は大きく頷いた。
「判りました。これまでの事を厭うても仕方ありません。これから、死に物狂いで頑張りなさい。三日で飽きないことを祈っているわ」
「はい。ご期待に応えるよう、全力を尽くします」
笑いながら言った母王妃に、シリルは真面目に答える。
「それじゃあ、もうドリューウェット公爵令嬢の元へは、セシルとしては行かなくてもいいかしら?」
侍女変更の理由などいくらでもあるわよ、という母王妃に、シリルは首を横に振った。
「いえ、それは期日まで務めさせてください。公爵家の侍女の動きは、勉強にもなりますし」
今のシリルは、ミュリエルに”無い”と言われている存在。
だとすれば、急に態度を変えたとしてもミュリエルに認めてもらえるとは思えない。
なので、まずはきちんとミュリエルのことを知り、そうしてシリルのことも知って欲しいと思う。
だとすれば、ミュリエルの好みを知り尽くしている公爵家の侍女達を見ていることは、ミュリエルの茶器やドレス、食の好みを知るのに最適で、これからシリルとしてミュリエルと距離を縮める手がかりになる、と考えつつシリルが言えば。
「早く、シリルとしてドリューウェット公爵令嬢と楽しくお話できるようになるといいわね。そう。彼女の好みを彼女自身の口から聞けるくらいに」
すべてを見越した笑みで、母王妃は優雅に笑い、扇を操った。
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