必殺技はさりげなく
最近、心臓が暴れすぎて持ちそうにない。原因は、何を隠そう付き合い始めたばかりの彼女、アオのせいだ。
初めての彼女であるアオの一挙一動が胸を突き刺してやまない。毎日繰り返されるハードダメージだ。
「ハヤトくん、すごいね!」
そんなことを囁かれればコンボでノックアウト寸前だ。
単純と言うなかれ。帰るころにはふらふらである。
対してアオはいつも涼しそうな顔をして俺を受け流していく。
こちらばかりこんな苦しい思いをしていると思うとシャクだ。何か彼女に刺さりそうなセリフや行動はないか。必殺技みたいな。
妹に聞いてみると、呆れたような目で長々とため息をつかれ「付き合ってられない」と部屋を出ていかれた。真面目な相談だったのに、何故。
歯が浮くようなセリフも、大胆な行動も、自分には似合わなさすぎて笑いしか誘わない気がする。
さりげなくて、身の丈に合っていて、できれば恥ずかしくないもの。
「アオ」
学校からの帰り道。俺は隣を歩いていた彼女に意を決して左手を差し伸べた。
アオは丸くした目でこちらを見上げ、俺の手のひらを見つめる。何度か視線が顔と手を往復したあと、彼女が差し出してきたのは両手だった。
「……」
むぎゅ、と握りこまれる俺の左手。どちらかというと握手のような形に、お互い時が止まる。
それはそれで、初めて触れるアオの細い指にドキドキしながら顔をあげると、ぱちりと目があった。
「……あ、あれ?」
珍しく慌てているらしい彼女が妙に可愛く思えて、繋がった手を縦にシェイクする。
「わ、わ」
「これ、なに?」
「握手? かな、って? 違った?」
もちろんとは言えず、思わず吹き出してしまうとアオの顔がゆでダコのように赤くなってゆく。
ああ、こんな決まらない状況でさえ愛しくてしかたない。
「改めて、繋ぎたいんだけど」
こくこくと、壊れた人形のように頭を前後に振る彼女の手のひらを、そっと剥がしてから繋ぎ直す。
まだ耳も赤いアオは目が合うと空いている手の方で自分の頬を覆った。
「あのね、ハヤトくんっていつも難しそうな顔してるから、ちょっと不安だったの」
胸の苦しさに何とか耐えている表情が険しく見えていたらしい。
「……そんな、ことない。楽しい」
「へへ。私も」
そうやってアオが笑むだけで、俺の心臓は跳ねあがって暴れだす。苦しいことこの上ない。
ああ、ダメだな。
結局やられるのは俺ばかりだ。
俺はせめてもの足掻きとして、手のひらの中にある細い指をきゅっと握りしめた。