99話 芥蔕(かいたい)抱きて
いわば救国の英雄だ。
ワイルドとクランに至っては他領の嫡子と令嬢だもんな。相応の歓待も分かるが。
食事会に合わせ、皆にドレスが用意された。
「サツキは……どうして然様に夜会のドレスが似合うのよ。セクシー過ぎて気持ち悪いわ」
深紅のブレードからたわわな果実が溢れ出しそうなサザンカが、嫌悪に眉を寄せる。
何故か俺とワイルドもドレスを着せられた。コルセットがめっちゃ締まる。
そして君はドレスを着てもドSだった。
「みなさん、とても素敵です」
「いや、コデマリくんは分かるのだが、ガジュマルくんまで何でドレスなの? 君は自領の軍属で性別もちゃんとしてるよね?」
「あ……やっぱり、ボクなんかじゃこんな煌びやかな衣装は似合わないですよね……。」
「もうバッチリ填って似合い過ぎ!!」
俺、何で必死になってんだろ?
ていうか、君は似合ってていいの?
会食は遠慮し、この面子に絞らせた。
領主の息子達や有力者が接待に来ると聞いたが、この情勢で受けるわけにはいかないだろ。
先方から見れば他領の貴族だ。ましてや、大捕物帳の功労者だ。これをもてなさずしては領主の沽券に関わる。
だからって、今は災害復興中だもんな。
ラァビシュが混乱させた経済の立て直し。領事館周辺の建物やインフラの復興。商業施設の修繕。
市井の生活安全に関わる課題ばかりじゃさぁ。
せめて年代物の名酒を開けると水を向けてくれたが、コデマリくんら子供も同伴してるのを口実にこれも断った。
呑んでる場合か。
「ふふふ……サツキくん……ちゃんと飲んでる、の?」
「舌の根も乾かぬうちに!!」
おいこら。誰だコイツに呑ませたヤツは?
「おま、領都の皆んなが大変な時にってコラ抱きつくなっ!!」
空色と淡藤色のグラデーションが鮮やかなサテン地の滑らかさを、迂闊にも全身で感じてしまった。
しなだれ掛かる彼女を抱き止める形になったが……
「って、丸切し酒の匂いがしないが」
「はい。御令嬢がお召し上がりになったのは、こちらの葡萄ジュースと煮付けに御座います」
「そんなんで酔うのかよ!! って、え? 煮付け???」
何で家庭の味で攻めてるの、領主館?
「割といけるわよ? このジャガイモなんて味が染みてて」
……深紅のドレスの女が小鉢を勧めてきた。
「テメェ、俺のおひたしが食えねぇってのか!! あぁん!?」
…… 天色のドレス姿が絡みおひたしになっていた。
「!? えぇと、じゃあ僕は冷やっこをあーんしてあげますね」
…… 月白のドレスを着た聖女様が張り合ってきた。ていうか器用だなおい。
「あ、ならこっちのだし巻き卵もどうぞ」
……浅黄色の愛らしいドレス姿が参戦。君もかよ。
「何でお前ら俺にばっか食わそうとする!? え? 肥えさせてメインディッシュにする気?」
とにかく出された物を無駄にしてはならぬ。全部いただきましたけど。
「ていうか、お酒のつまみばっかじゃねーか!?」
「復興への配慮から節制を提案したのはテメェだろうが。いいや、厨房のシェフの研鑽は尊敬に値するぜ。歓待の質を損なわねぇって、味と技で勝負を仕掛けきやがる!!」
「何で勝敗に拘泥しちゃってるの!?」
「だからこの心づくしが酒のつまみとして形を得たんじゃねーか!!」
「結局、つまみって言ってるじゃん!? ていうか何でお前の妹、酩酊してるんだよ!?」
「待って、今アナライズするから」
サザンカがクランを引き離し顔を覗き込む。
口を開かせ、舌と喉を確認。目を開かせ瞳孔を確認。結果――。
「診断を下します。一時的な魔力欠乏による奇行ね」
「魔力の底をつくと奇行にはしるの!?」
酸素欠乏症かよ。
「どうりでさっきも温泉でおかしな行動に出ると思ったわ」
その割にむっつりスケベとか酷いこと言ってたね君。
だが、今ならいける!!
いけそうな気がする!!
不誠実だって分かるが、記憶の無い状態で彼女らと向き合う事こそが不誠実だ。
クランの瞳を見る。
決心の付け所だ。
「改めてこちらからお願いする」
もう何も怖くない。
「――貴女の穿いてるままのパンツを、直接嗅がせて欲しい」
社運をかけた一声だった。
……。
……。
いや怖いよ!! むしろ俺が怖いよ!! 何言ってんだこれ!? まさか生きてるうちにこんな台詞言うなんて思わなかったよ!? ていうか生き返ってまで言う事かこれ!?
「さ、サツキさん!?」「どうしちゃったんですか!?」
ほら。事情の知らないコデマリくんとガジュマルくんが狼狽している。
「……やだ」
告白の結果は、拒絶だった。
俺も何でいけると思ったんだよ……。
「待って、俺だって忸怩たる思いだけどさ!! けれど!! 君だって俺に脱ぎたてホヤホヤのを嗅がせたりしてたじゃん!?」
「……あれだって……凄く恥ずかしかった。……なのに、直接なんて……死んじゃう」
無表情で顔を伏せる。せめて耳を染めるくらいしろ。
酩酊とは違った意味で、小さな体が震えていた。
そういやこの子、羞恥が限界突破すると表情がフラットになるんだった。
俯いたのは最も変化の現れる瞳を隠す為か。つまり、それほど振り切っちゃってるって事だ。
「こっちだって色んな感情が相克してるってのにっ」
やばい。
今、めっちゃこの子の細い肩を抱き締めたい。
彼女を震撼させる原因が俺だってのにさ。
「クランが駄目なら俺にしておくか? どうせさっきはタイツ越しに顔を埋めたんだからよぉ」
「「「何ぃぃぃ!?」」」
サザンカ、コデマリくん、ガジュマルくんが一斉に声を上げる。
良かった。
さっきの街頭ビジョンで言われなくて。
「え、どういう事ですか? ワイルドお兄さん、男の人なんですよね?」
「あたしはダメでどうしてリーダーならいいのよ!!」
「ふぁ……SSランクのパーティ、乱れてます……。あれ? じゃあ昨夜コデマリちゃんが毒牙に掛かったって話も事実?」
「「「何ぃぃぃ!?」」」
今度はうちの面子だ。
「テメェ、こんな小さい子に何してやがんだ!!」
「え? あたし負けたの? 告白までされてるのに男の子に負けたの?」
「……サツキくんが、ケダモノに……。これで直接嗅がれたら……どうなっちゃうんだろ?」
みんなどん引きしていた。
あとお前はとりあえずおひたし食うのやめろ。
あ、執事や給仕のメイドさんまで距離を取ってる……。
「あの、クランさん……?」
「ひぃ……。」
後退られてしまった。
うわ、やばい泣きそう。俺が。
「ていうか、君こそ俺を散々追い詰めてたじゃねぇーか」
「……え? 何それ? 私が悪いっていうの?」
ヤバイ。
クランお姉ちゃんが面倒な女のモードに入った。
いや君だって、カサブランカのダンジョンじゃ脱ぎたての片手に追いかけ回してたじゃん。
恥ずかしくて死にそうで、壁ぶち抜いてまでダンジョン走り回るか?
「ならば今こそ、一方的に追い詰められる恐怖を知るがいい」
にじり寄る。絵面と言ってる事が最低だ。
「駄目……今は……。まだ魔力が……!!」
涙目で、というか半分泣き顔で走り出した。
しまった、調子に乗り過ぎた!!
「あんたねぇ!!」
スパーンと後頭部が殴打される。
この感触。
まさかヒールで殴ったのかこの女?
いやそれよりもクランだ。
不覚だ。
泣かせてしまった。
「情緒が不安定だって言ったでしょうに!! 理解が及ばないのよ、男って!!」
「あの子、魔力欠乏になった事無かったじゃねーか!! 分かれってのかよ!!」
「だからって今のは無いでしょ!!」
「本当にね!!」
自分でもそう思う。
それと、不気味なくらいワイルドが何も言ってこないな。あ、おひたし食べてるのね。
クランが逃げた先は、会食場から外に突き出したテラスだった。
まさか叫ぶ気か!?
外に向かって叫ぶ気か!!
私は今この人にパンツ越しに股間を嗅がれようとしているのよ、と。領都オダマキの街並みに向かって!!
そうそう、こう手すりに足を掛けて――って何やってんの!?
「待てや早まるな!!」
「来ないで!!」
「何んで追い詰められた犯人みたいになってんだよ!?」
「だって……急に迫ったり、するから……心の準備が」
……。
……。
「え? 普段のアレ、心の準備が出来ててアレなの?」
「……。」
クランの顔色が蒼白になる。
「そんなに、酷い?」
「言いにくいのだが」
「……。」
「……。」
「……ね?」
何が「ね?」なんだ?
「まったく分からんが、とりあえずそこから降りよう?」
「うん」
こちらに向かって両手を広げる。
え?
俺が降ろすの?
周囲を見る。
皆んなが頷く。執事や給仕のメイド達も――お前が治めろ、と。
「いや、やらないからね」
「……少しは、譲歩してもいいとおm」
セリフの途中でぐらついた
何バランス崩してんだよっ!!
彼女の姿が、ゆっくりと後ろへと傾いていった。




