96話 思えば長い一日だった
ブックマーク評価などを頂きまして、誠にありがとう御座います。
残念なお知らせをさせて頂きます。
次々回は温泉回を予定していますが男湯限定になります。
「さて、アレだな」
今にもぶっ殺しそうな目つきで鉄紺に半顔を染めたメイドが、巨大エビ巨人を睨め付ける。
あぁ、くびれの凹凸が激しい肢体の正面で縦に突き立てる妖剣よ。名を弥生と呼んだ。薄桜の刃紋から放たれる奔流こそ死の剣技。それを握る不動の美影身は既に異国の騎士王の風格だ。メイドなのに。
……。
……。
待って、人の家の屋根に刺さってるからねソレ?
あんまり自然に居るから一瞬ポエム詠んじまったじゃねーか。
「……魔法で牽制するから……その隙に」
背後の屋根でクランが杖を構える。
「……好きにしても……いいかも?」
「何で俺がイタズラする前提なんだよ!?」
キョトンと小首を傾げる。
「……極大魔法を撃つと……魔力切れで身動きができなくなる。チャンスタイム?」
「嘘をつけ!! いつもピンピンしてたじゃねーか!!」
「……ちっ」
おいこら。
ていうか、牽制とか言って全力で行く気かよ。
「サザちゃん……フォローをお願い……。」
会話のバトンを投げるな。せめて渡せ。
「光線は任せて。あたしのヒールでアレするぐらい余裕よ」
何言ってんだ?
まさか光線と拳で語り合う気か?
こいつのヒールは直撃すると敵は死ぬ。
「ぐだっても詮ない。リーダー、号令」
「テメェが仕切るな――野郎ども刈るぞ!!」
「おう!!」と全員が応えた。
ギガンエビの口から迫り出した砲芯から二射目が放たれた。大口径だけあって再充填まで時間が掛かる。或いは排熱に問題があるのか。
サザンカが前に出て重心を下ろす。
「せい!!」
と一声。突き出された拳が迫る閃光を霧散させた。
え? 何それ?
「反射盾じゃねーのかよ!!」
「どこに反射させる気よ!!」
……ごもっとも。
俺、結構危険な事やってたんだな。
って、レーザー突きで相殺させるって、お前のヒールどうなってんだ!?
「……大技は隙が大きい……『彼岸の通り道』」
水平に向けた杖の先端に、円形の魔法陣が浮き上がる。
同じものが、その先にも。そして同じものが、さらに先にも――幾重にも幾重にも魔法陣が直列する。
最後に『たいへんよくできました』と花丸の魔法陣が浮かんだ。
「……シュート」
「シュートじゃねーよ!! 自分が大技過ぎんだろ!?」
巨大エビレーザーを上回る火線が、無数の魔法陣を次々とぶち抜き威力を乗算させた。
圧倒的な出力で以って、ギガンエビの右肩から先を吹き飛ばす。
どの口が牽制とか言った?
「……サザちゃん」
「はぁい」
サザンカが正拳突きで暴風となった衝撃波の戻りを相殺する。
……もう何も言うまい。
「緋桜剣奥義――。」
気づくと、濃紺のメイドが抜剣しギガンエビに飛びかかっていた。
「『花見』――。」
右肩から袈裟斬りに腹部まで斬り込む。敵の巨大な太ももを蹴り、勢いよく左の肩へと切り抜ける。
「――『Vの字斬り』」
斬られた肉片を桜の花びらに例えたか、或いは飛び散る血飛沫を風花に見立てたか。
どこに声帯があるのか。巨人の怨嗟ともつかぬ絶叫が薄闇に蒼く沈む世界にこだました。
もんどうりを打ち、
体を転げさせ、
そのままのたうち回るかと思われた。
「ちっ、仕留め損なったか」
俺の側に着地したワイルドが吐き捨てた。手応えなんてものは本人にしか分からない。
「掃除が先だったなメイド長?」
「あぁん? こんな所に埃が溜まってんぞ新人メイドぉ?」
それメイド長ちゃう。お姑さんや。
悶絶しながら、ヤツは周囲のエビメラを食べ始めた。四体。再生するには申し分ないだろう。
巨体のあちこちから蒸気が噴出する。
「……復元しそう」
「するわね」
「……魔力……すっかんぴん」
「今よサツキ!! 今ならやりたい放題よ!!」
「俺に何させる気だよ!?」
「テメェのまんまクランに手ぇ出してみろ。先にテメェが一寸刻みだ」
「そう言ってる間にさ!!」
体捌き。跳躍した。
右手が蘇生しきれないのは好機だ。このまま利用させて頂く。
ヤツの左手が空を凪いだ。
構うな。
手前の強大な建造物が飛来する。役場の庁舎だ。
構うな。
直角にこちらを向いた屋根の時計塔。その先端が俺の顔面に衝突する寸前、建物は周囲に纏う瓦礫と共に消失した。一片もなく。
消滅じゃないのが味噌だ。
返す腕が俺の突進を払おうと迫る。
「……バインド」
巨大な左腕に幾重にも魔法陣が絡みつく。
「これで……魔力打ち止め……。」
良くやった。
俺の脇目を掠めるように、瑠璃紺の残像が過る。
見た目は窈窕、中身はマーダー。ワイルド・ベリー。
地を滑るような撫子色の尾を引く一閃が、ヤツの右足を切り裂いた。
巨体の重心が崩れるのを見計らって、近接したサザンカがグラマラスな体を豪快に跳躍させる。
透き通るようなプラチナブロンドをたなびかせ、狙い通り敵の喉元を打ち上げた。
緋桜剣『萌え枝』
カメリア活殺拳『鎧抜き』
上空を仰いだエビ頭は気づいただろうか。
ヤツの体を伝って頭上に跳躍した俺の姿に。
「返すぜ」
と言っても元はオダマキの施設だが。
奴と俺の間に質量が現れた。
ついさっきストレージに収納した建造物一式だ。
ヤツが左腕で防ごうと抗う。
無駄だ。クランのバインドは解けやしないぜ。
「観念しな!! 啓蒙思想ですら無い破滅衝動の具現がさ!!」
一気に加速する。
ギガンエビを圧殺するには充分だったろう。だが――。
プチっといく前に、屋根の時計塔の先端が巨体を貫いた。
轟音は断末魔だっただろうか。
のたうつ事も出来ず、そいつは続く建物に潰され、機能を停止した。
とん、と軽い足取りで奴を押し潰した建物の上に着地する。
「皮肉なものだな……お前らの嫌った秩序と領民のための象徴が決着をつけるんだからさ」
……もっともコイツら、この結果を以って明日からは公共施設を廃止しろとか運動しそうで気持ち悪いんだよな。
喧騒が滑らかに落ち着き、寄り添うように砂塵が収まった。
今か今かと待ち侘びたように、教会騎士やベリー軍や民衆から、ようやく人のざわめきが湧いた。
弥生を鞘に収めるワイルドを見る。クイっと顎をしゃくられた。
俺かよ。
周囲を見る。
サザンカとクランが頷く。
俺かよ。
グリーンガーデンのルール。
最後のシメは、トドメを刺したものの役割だ。
「その格好、似合ってんぞ」
ワイルドが意外にも誉めてきt……いや、誉めてるのかこれ?
しょうがない。
新人メイドはメイド長に頭が上がらんのだ。
人々の期待の視線を浴びる中、軽くスカートの両端を摘み膝を折り一礼する。
さて、どちら様も。
「討伐、完了いたしました」
なんとも淑やかな勝ちどきだが、
おぉーっ、という雄叫びが一斉に応えた。
逆さまに突き刺さった建造物から降りると、民衆たちが押し寄せる。
代わる代わる握手を求められた。
見ると、列の先でベリー領の騎士が「最後尾」と書かれたプラカードを持たされていた。
思えば長い一日だったな。
……え? まだ夕方だろって? え?
「くくく、アレを倒してくれるとは、ご苦労な事であったな」
聞き覚えのある男の声に振り向くと、綺麗に背筋を伸ばした、矍鑠たる執事長が居た。
お付き合いいただきまして、大変ありがとうございます。




