95話 再集結
謎の歓声は、俺を赤面させ硬直させた。
好意的……なの?
「え、えーと……。」
髪を弄りながらモジモジしちゃう。
やば、反応に困るわ。
え? そんなに? 俺、そんなに?
『いくら言っても貴様らは独裁主義に固執するか!! だったらそのメイドも含め、我々に謝罪せねばなるまい!! そんな事もわからんから!!」
偽監査官の号令で、三体のエビ巨人がゆっくりと進み出す。
クランの広域魔法で一体は再起不能みたい。稼働可能な三体も被弾を逃れず動きが緩慢だ。相当ダメージ入ったかな。
健在は偽監査官の乗る最初の一体か。
街頭ビジョンがクランに変わった。
右手の錫杖の先を前方に向け、
『人々よ……恐れることなかれ……。』
「いや怖ぇーよ!! あんたの元パーティメンバー!!」
「むしろ魔法使い様が恐れないのかよ!?」
「私はありだと思うわ!!」
「そうだこの尊さがわからんのか!!」
「あたしだったら脱ぎ立てを嗅がれるなんて耐えられないわよ!!」
「え? ワタシは別にそれほどでも……。」
「ママぁ、もじもじしてどうしたの?」
『……あの……そういう意味じゃ、なくて……みんな、ね? 落ち着こう?』
民衆の反応にクランが困惑していた。派閥ができつつある。
あと子連れの人。お宅の旦那、大丈夫か?
『えぇと……あの……全軍、突撃で』
本当は何かセリフ考えてたんだろうな。
情けない声――というより投げやりな号令がかかった。
途端に、街中で待ってましたとばかりに雄叫びが湧く。
これは、進軍の合図!?
見ると、各商業施設や店舗の壁が内側から崩れ、ベリー領軍の甲冑姿がわらわらと現れやがった。
それだけじゃない。樽の中から、木箱の中から、幌馬車の中から。
そして、それをひく馬さえも(前足と後ろ足で二人づつ居た)ベリー領軍の変装だったとは!!
あと鉢植え!! 立ち上がったと思ったら鉢植えの下(全身黒タイツ)が地面に隠れてた!!
……え? 何で誰も気づかなかったの?
今回結託したクレマチスは市場最大手だけでなく、商工ギルドの親元であるパイナスの常任理事だが。
そっち経由での計らいなんだろうけど。予めこれだけの軍を潜ませるだなんて……。
『みんな……頑張って。頑張って……サツキくんを生かしたまま私の前に引き連れて』
「領軍私物化してんじゃねーよ!!」
チャンネルがエビ巨人に突撃するベリー領騎士の各隊に切り替わった。
『怯むなーッ!! オダマキの、ひいてはアザレアの興廃!! 我らの一戦に掛かると思え!!』
『侵略者は生かしたまま捕らえろ!! それ以外は蹂躙せよ!! この地をアザレアの国民に取り戻せ!!』
『粗悪なキマイラ如き、遅れをとる辺境騎士ではないと知らしめよ!!』
『すべては――!!』
『『『我らが姫様のために!!』』』
「オメーらもかよ!!」
叫ばずにはいられなかった。コイツら……。
だが、流石は辺境の騎士だ。いずれも一騎当千。伊達に魔獣や迷宮の魔物を相手にしちゃいないぜ。
緩慢なのエビ巨人に次々と取り付き、片っ端から切り刻んでいく。
連携、凄いな。
魔術部隊もいい仕事してる。
揉みくちゃにされつつも、三体のエビ巨人は活動を停止した。
残りは偽監査官の居る一体。
『貴様ら……貴様ら、この排他主義の独裁者どもが!!』
どんだけ独裁とか好きなんだよ。そればっかだな。
顔を真っ赤にし地団駄を踏んでいる。
かと思えば、
『これはお前たちのせいだ……お前たちの責任なのだ……。』
不気味に呟く。
でも誰も見てない。民衆も教会騎士も、もとよりベリー領軍も。
支離滅裂が過ぎて、もはや相手にすらされないんだ。
奴の背後に、急速に質量が沸き上がるのを感じた。
空気の奔流を巻き、黒々とした影がせり上がる。
エビ巨人の倍、八メートルはあろうか。その巨体の上にある物。やはりエビだった。
『これぞエビ型最終決戦エビ!! エビィンゲリげふん、ギガンエビだ!! もはや誰にも止められぬぞ!! これは貴様ら階級主義者が我々の言葉に耳を傾けなかったせいだ!! 今こそ謝罪するがいい!!』
あまりの無茶振りに、人々がざわついた。
皆、同じ思いだっただろう。
誰にも止められない?
それってつまり――。
『ま、待て!! 何をする俺はお前の生みの親だぞ!?』
言わんこっちゃない。
ギガンエビとやらが前のめりになると、そこにあった偽監査官のエビ巨人の頭部を捕食した。ぱくんと。
……共食いかよ。
って、ギガンが口を上下に開けた。駄目だ!!
最初のエビ巨人と同形態の砲身がせり出す。その口径は巨体に比例していた。教会騎士の法術障壁、耐久を越えてる!!
砲身に、光の粒子が収束した。
やばっ、発射する!!
教会勢が民衆の前に法術を展開するのと、第一射が放たれたのは同時だった。
東から蒼くなりつつある街並みを、閃光が白く染めた。
爆風が巻き上がり、途中の建物群の屋根が吹き飛んだ。
結論から言って、民衆は無事だ。
彼らの前に、俺が居た。
発射の直前に体捌きⅡを駆使し、建物の屋根を蹴り壁を蹴り一気に駆け抜けたのだ。
危うく走馬灯まで駆け抜けていきそうになった。
駆け抜けていく、私のメモリアルだ。
間一髪、閃光が届くタイミングに合わせ、踊り子(反射盾)Ⅴで打ち返したが、スカートでやる事じゃない。
全力でおっ広げてた。
あ、踊り子(反射盾)Ⅵになってる。今ので熟練が上昇したのかな?
「メイドさん……? メイドさんが俺達を守って下さったのか?」
「あの光線を弾いたように見えたが」
「す、すげー!! メイドさん、めっちゃスゲーっす!!」
「わたし見たわ!! メイドさんが現れた時、スカートがなびいて綺麗なおみ足が露わになったのを!!」
「きゃーメイド様!! 私のことも嗅いで!!」
いや滅茶苦茶危なかったよ、君たち?
あ、でも奥まで見られなかったのは安心。
「テメェ、今の動きは何だ?」
背後の平家の屋根から聞き慣れた声がした。前方の気配を注意しつつ肩越しに見上げると、濃藍のメイド姿が居た。
澄んだ露草色の瞳は俺ではなく、ギガンエビを睨め付けている。
ギョッとした。
この位置。
スカートのかなり奥まで覗ける!?
俺、さっきはあそこに顔を押しつけてたんだよな。
「何だテメェ?」
「ゲフンゲフン、いえ、別に」
いかん。覗きすぎて挙動不審になった。
「言っておくけど客室での事、あたしの瑕疵だって解釈しちゃいないでしょうね?」
隣に礼装の女僧侶が居た。
「足の蒸れや香りにひとかたならぬ拘泥を見たが、そういう性癖だったのか?」
「……えぇ!! そうよ!!」
「うわぁ……むしろそっちの方が剣呑だよ」
ふん、と鼻を鳴らす。
見た目はお淑やかなのにな。
合わせた拳の中で、指の関節がポキポキ鳴っている。こういう所はセクシーなんだよな。
……いや、そうだろ?
「その前にアレの処置が先決ってだけなんだからね? 別に貴方の為じゃないんだからね?」
「お前のそれは何デレだよ」
ほんともう僧侶とか名乗らない方がいいと思うよ?
「……サザちゃんとばかりお話し……ずるい」
ワイルドと反対側の屋根に、トンと華奢な影が降り立った。
「随分変わったな。あ、髪切った?」
ベリーショートを超越したショートカット。少年の様だ。ただし、頭に「美」が付くが。
タイツ越しとはいえワイルドの股間に顔を埋めた効果か、記憶の改竄が緩んだ為か、彼女への嫌悪感がまるでない。
「こんな風にでもしないと……すぐに縁談を纏められるから……。」
「余計なことは言うんじゃねぇーよ」
ワイルドが嗜める。
そうか。貴族だもんな。簡単に言えば政略結婚か。
貴族の少女らしからぬ姿なら、見合い相手も付かないか。
逆にいえば……。
「サツキ、貴方がそんなんだからこの子、後が無いのよ」
隣からめっちゃ睨まれた。
「聖女奪還・保護の功績を以って騎士称号が授与されるわ。女の身でも充分独立できるの。ま、教会騎士の拉致に関しては邪魔が入ったから、領軍指揮にねじ込んだみたいだけど」
「……嫁になど行きとうない」
「テメェら!! んな話より他に言う事あるだろうが!! ガン首揃えて座談会かよ!!」
「って、どうして貴方までメイドになってるのよ!!」
「テメーこそ何で司祭になってんだコラ!!」
「……兄さんのメイド姿……可愛い」
「潜入任務だっつってんだろ!! ソイツなんて今日、メイドの募集に応募してきやがったんだぞ!!」
「いや、俺は要保護対象を確保できれば」
「サツキくんのメイド姿……可愛い……ハァハァじゅるり」
「おいっ、本当にこんなの嫁に出して大丈夫なのかベリー領!?」
なんかもうグダグダになってきたな。
ほら、周りの住人だって、
「さ、流石SSランクのパーティ。すげー余裕だな……。」
「高ランク冒険者の貫禄だな」
「これならいけそうな気がしてきたぜ!!」
うわぁ、なんぞ評価高いやん。期待されてるやん。
それにしても、
図らずしもグリーンガーデン再集結か。




