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94話 オダマキの人々

 閃光一閃。

 大衆が浴びる直前に防いだものは、無数に展開された立体積層型の魔法陣、所謂(いわゆる)障壁であった。


「法術ですっ」


 大規模な合体魔法にコデマリくんが興奮する。同じ僧侶職だもんな。

 それも進行中の教会騎士総員だ。


「防壁一辺倒になるな。ま、アタッカーにサザンカが居るなら」


 オダマキ領民を人質に取られたようなものだが、防壁に彼女は参加しない。

 分かる。

 どんな時も攻める女だ。


『エメイラの性能、とくと見たか!! これが正しく行政を行うと言う事だ!! この地を占領するアザレア人は一掃され、在国ラァビシュによる本来あるべき領土に是正されるのだ!!』


 いやまだ攻め手に彼女が居るんだってば。

 よし、民衆の希望だ。

 サザンカを巨大ビジョンに写そう。


『ちょっと見た目が変態だからって何さ!! うちの元パーティメンバーのサツキなんてね、クエスト中に密着してあげただけで髪の匂い嗅いだり鎖骨の匂いを嗅いだり、さっきなんて、あたしの脱ぎたてブーツの匂いを嗅いでうっとりするぐらい変態なんだから!!』


 全然脈絡ない事で引き合いに出すなや!!

 っていうかアレ意識してやってたの!?

 追放される前、「この女、俺のこと好きだろ」って勘違いして告白までしちまったじゃねーか!!


「なんて変態なんだ……。」

「おぞましいっ、そいつやべぇよ!!」

「ママぁ、あのお姉ちゃんなんて言ってるの?」

「え、えぇとね、帰ったらパパに聞いてみましょうね」

「美少女僧侶様の匂いを嗅ぎ放題だと!? うらやま、いや、けしからん!!」


 民衆にすげー飛び火してるよ!!

 あ、待って、コデマリくん。なんでそんな距離をとるの?


『それだけじゃないわ!! ダンジョンでキャンプした時とかパーティで一箇所に纏って休息をとるんだけど――。』


 だーっ!! それ以上は喋るんじゃねー!!


 映像を偽監査官に切り替えた。

 瞬間、


「チェンネル変えんなー!!」

「続きは!? 続きはどうなったのよ!?」

「女僧侶様……お可哀想」

「ねぇ、これってギルドに訴えた方がいいんじゃないの?」


 やべぇ事になった!?


『今こそ徴用されたラァビシュに謝罪をすべきだ!! そして今日が貴様ら差別主義者どもの最期だ!!』


 おっさんおっさん。一掃してから何を謝罪させようってんだ?

 ていうか、もう誰も聞いてないな……。


 ただ、エビが光線を放ち、そのたびに教会騎士団が魔法陣で防壁を張っていた。


 誰か、彼らの努力を理解してやれよ。

 流石に不憫に思えて、彼らにチェンネルを向ける。


『断じて民衆に当てさせるな!! 法陣を厚くしろ!!』

『最後の隊も合流!! 支援に回ります!!』

『全隊、広域展開!! 合わせていくぞ!!』

『おう!! 全ては――。』


『『『お嬢の晴れ舞台の為に!!』』』


 台無しじゃねーか!!


 再びサザンカにビジョンが切り替わった。

 アレ? 俺は操作してないぞ?

 そして彼女は彼女でなんかステージ上に居る。いつの間にかマイクを握っていた。


『そしてあの人はあたしにこう言ったわ』


 挑むような目つきでカメラ目線になる。


『――お前のタイツ少し匂うぞ、と』


「何て奴だ!!」

「女僧侶様かわいそう!!」

「俺、知ってるぞ。確かグリーンガーデンを追放された野郎だ」

「パーティ追放されてんのか? そりゃ正解だわ!!」

「それでも羨まし過ぎるわ!!」

「ママぁ、羨ましいの?」


 おい、そこの子連れ。子供に何聴かせてんだ。

 ていうか、俺の話題になってないか?


『お前らが抵抗するせいで埒があかんではないか!! これはお前らの責任問題だぞ!! ならば!!』


 偽監査官が左手を上げ合図する。誰も見てなかった。


 左右に展開した四体が、ずしんと、目測の質量通りの一歩を踏み出した。

 物理で来やがったか。


「教会の連中は法術防御陣が崩せない。こちらで回り込むか、防御にスイッチするか――君は今のうちに北側ゲートから領都を離れたまえ」

「どうするんですか!?」

「俺が前に出て領民の盾になる!! いずれまた会おう!!」


 塔のヘリに足を掛けた時だ。

 暗雲が立ち込めた。

 来る!? と思った瞬間、上空に無数の魔法陣が浮き上がる。


「目を瞑りな!!」


 我ながら甲高(かんだか)い声を張り上げた。

 刹那、

 踏み出した巨人の頭上(エビ)に、赤光を煮詰めた紅蓮の槍が雷雨の如く降り注いだ。

 空気を裂く残響と、着弾の轟音が街並みを震わせる。

 広域攻撃魔法。

 生唾を飲み込んだ。

 足元がふらふらする。俺が恐怖していると?

 威力にではない。何度も見てきた。

 分かる。

 これを放った奴が近くに居る。


 あぁ、出てきやがったか。


 エビ巨人が何体か直撃を受け動きを止めた。

 こんなマップ兵器。


「サツキさん。多分、術者です。あのトロピカルな看板の高い建物?」


 コデマリくんが先に見つけた。魔力の残滓を追うのは彼に分がある。

 一際背のある建物は商業施設だな。

 その屋上に、黒い影があった。


 細身な肢体に不釣り合いな長い杖は、先端で幾重にも金色の装飾と宝石が輝きを弾いていた。

 あんな霊装まで持ち出しやがっ――て、いや誰だよ?


 色素の薄い髪は、男の子と見紛うほど短い。ベリーショートの限界に挑んだか。

 カットする美容師も、彼女のオーダーには恐らく恐怖に慄いただろう。

 本当にやっちゃっていいの? と。


 小さな顔は、ゴーグルタイプのサングラスで隠され表情までは読めない。それでも、可憐な唇から吐き出される熱がここまで伝わってきそうだ。


 そして首から下。

 赤い魔法使いと呼ばれた彼女とはまるで違う。黒いぴっちりした衣装は、薄い胸のシルエットと剥き出しにした肩から腕の線と相まって、それこそ少年の様だった。

 腰には黒地に赤い模様の入ったオーバースカートを巻いている。その下はエナメルに輝くショートパンツだが、中のアレはレオタードなのかもしれない。


 ……え? クランさん?


 もっとよく見ようと、彼女にフォーカスし拡大した。

 楚楚としたたおやかさに中性的な艶麗が相まって、背筋が震えるほどの色気へ変容を遂げていた。


「まるで……魔性ですね」


 隣の小さな呟きを俺は聞き流していた。

 それだけ、ビジョンに映った彼女への民衆の賛辞が大きかった。


「魔法使い様!! 魔法使い様が守ってくださったのよ!!」

「なんて凛々しくもお美しい姿なの!!」

「白いふとともも……やべぇ。じゅるり」

「ママぁ、よだれいっぱい出てるよ?」


 おいそこの子連れ!! おい!! なんか邪悪な何かになりつつあるぞ!?

 ていうか、なんで女性からの声が多いんだ?


 しかし、随分と変わったな。

 ある意味、メイドになった俺やワイルド以上だ。

 驚いたけど、同時に安堵もする。

 ショートパンツにしろレオタードにしろ、迂闊に脱ぐのは困難だろう。

 つまり、


「今回は嗅がされなくて済むk――。」

『私だって……脱ぎたてのパンツを……サツキくんに嗅いでもらった事がある』


 再び静寂が落ちた。

 軋むような夕焼けが戻った空で、カラスがおうちに帰っていく。

 つか何言い出してんのあの子も!?

 あと焼きたてのパンみたいに言うな!!


「って、女魔法使い様まで嗅いだのかよ!!」

「え? 女の子!? あんなに可愛いのに!?」

「アタシは知ってたわ!! でもそこがいいのよ!!」

「なのに、そんな魔法使い様まで嗅いだだなんて!! それも脱ぎたて!!」

「そうよ許されないわ!! どれだけ変態なのよ!!」

「ママぁ、パパもママが脱いだパンツ嗅いでたのあたち見たよー?」

「!? まぁあの人ったら、もう、言ってくれればいいのに、ふふふ///」


 俺は誹謗中傷されたけど、なんか子連れの人が丸く収まったようでなにより。


『なのに……あの人は私のもとを去った……。』


「そこまでしたのに!? なんて酷い人なの!!」

「魔法使い様、お可哀そう!!」

「どこのどいつだ、そんな鬼畜な奴は!!」

「引きずり出してやろうぜ!!」

「おう!! なるべく生きたままな!!」


『……その人は……あの人』


 商業施設の人影が塔の上の俺を指した。

 同時に、巨大ビジョンにメイドが映った。俺だ。


 今度こそ全ての音が消えた。

 エビメラの進撃も、教会騎士団の鋼の軋みも、サザンカのMCも、そして民衆の――。


「「「うぉーーーーーっ!!」」」

「「「きゃーーーーーっ!!」」」


 引いた波が津波となって押し寄せるように、彼らの絶叫は俺の居る塔までも揺るがさんとした。

 って何事だよ!?

 どう反応したらいいんだよ!?


「「「さーつーきぃ!! さーつーきぃ!!」」」


「……う、うん……ありがと」


 野郎どもの歓声と女性の黄色い悲鳴を浴び、俺はただ俯く事しか出来なかった。耳が熱い。


 現場からは以上です。

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