92話 みんなの陰謀
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「全塔から? だったら――。」
「故障ならさっさと行って修理して来んか!!」
俺のセリフに被せた偽監査官の怒声が、唾と共に衛兵隊長の顔に降りかかった。
修理って、おい。理論、分かってるのか?
ほら、隊長も「え、マジっすか」みたいな顔になってる。
「これは気にせずに。領主様不在の非常時だ。指揮並びに行動の立案はメイドに優先される」
気付いたら自分も滅茶苦茶言い出した。
優先させちゃダメだろ。
こんな重大事メイドに一任させちゃダメだろ。
「へ、へえ、さいですか」
隊長なんで納得してんの? 貴官も大概だと思うよ?
改めて部屋を見渡す。
偽監査官に、偽聖女に、女僧侶(♂)、メイド(♂)。
……虚飾に満ちてんな。
「通信人員を割り振って、手動での連絡網に切り替えて。光信号による暗号通信ぐらいはできるでしょ? 原因は人為的なものと推測するが、貴官らが味方と判断すればそちらを優先して構わないから」
外縁に設置した通信塔での連絡網はどこの都市にもある。隊長が故障と言ったのは揶揄だ。魔導によるものを早々修理なんぞできるか。
了解、と敬礼して出て行く。さっさとこの場から逃げたがってたな。
「メイドがいい加減なことをして迷惑になると分からんのか!! 市民への迷惑行為だ!! 謝罪しろ!!」
なんか、さっきから同じことばかり言ってるな。
くいっくいっとメイド服のスカートが引っ張られる。
振り向くと、婉容な顔が間近にありどきりとした。
「貴方、何かしたの?」
「ここに来るまでに、オオグルマで見た顔ぶれに会った。さっき騒いでた連中にも一人居たな」
「青空市場?」
「お前が襲ったトレーダーの奉公人だ」
ベリー伯と繋がってる。その嫡男が現場指揮とか言ったんだ。
つまり、仕掛けてきたか。
執事長から託された魔道具を思い出した。
今はストレージに放り込んでる。
「報告します!!」
伝令係の少年が飛び込んできた。
「誰が勝手に入っていいと言った!! 貴様、所属はどこだ!? 辺境に飛ばされたいか!!」
「え、あ、申し訳ありm――。」
「監査官役に人事権の采配は無いよ。伝令の腕章があるなら、その報告は何よりも優先される。この場での謝罪は不要だ」
これは本当。
但し、相手が領主や市長、軍の指揮官、大隊長以上の騎士官、衛士官によるが。
「緊急の判断を要する伝令なんだろ? 言ってみたまえ――おや?」
彼の耳元で囁くと、伝令の少年は頬を紅潮させ俯いた。
これじゃ伝令どころじゃない。困ったな。
「サツキ……。」「サツキさん……。」
何故か、ジト目の視線が刺さった。
え? 俺?
「あ、は、はい、あの」
「何を緊張してるんだい。大丈夫、君は君の職務を果たすだけだ。何もヤマシイ事なんてないさ」
「え、あ、はい、えぇと、お伝えします、お姉様」
妙な台詞が聞こえたぞ?
「サツキ……。」「サツキさん……。」
呆れたような視線が刺さる。
え? 俺?
「正面都市ゲートより、大規模な教会騎士団の侵入行為を確認。門番だけでは抑えられず、領事館に向けて進行中との事」
「そうかい。よく伝えてくれた」
「あの、頭を撫でるのは……。」
玉響の間の夢に浸るように、目がとろんとしてる。
「ああ、すまない。子供扱いは失礼だったね」
「いえ!! ……いえ」
「どうしたんだい? そんなに固くなって。おや、こちらの方も硬くなっt」
「いい加減になさい!!」
スパーンとサザンカに後頭部を殴打された。振り向くと脱いだブーツを片手にヒュンヒュンヒュンって振り回してた。
それで叩いたのか?
「あんた、追放されて性癖変わったんじゃ無いの!?」
「むぅ、サツキさん……男の子タラシです……。」
いかん。甘い空気に流される所だった。
「伝令くん、こちらは了解した。恐らくは承知してると思うが念のため領軍参謀部に現状維持と伝えてくれ」
私見の通りなら、彼らには渡に船だ。この気を逃すべくもない。
「貴様っ!! 教会如きに好きにさせようというのか!? ヤツらは過去に近隣国へ侵攻した戦犯だぞ!! 教会など廃止しなくてはならんのだ!! 本来なら教会の利権は我々に差し出されなくてはならんというのに!!」
意味が分からない。あ、伝令くんが困った顔で見てる。ふふ、可愛いな。
「サツぅキさぁん?」
コデマリくんが俺のスカートの裾を小さく引っ張る。何故か拗ねた表情だ。
「コホン。ここはいいから、職務を果たしたまえ」
伝令くんがコクコクと頭を下げ、わたわたと出て行った。
何だろう? 偽監査官ではなくコデマリくんに怯えてたようだが?
「サツキ、あんた……。」
「何故そんな目で俺を見る? 何故3歩退がる?」
顔色、悪くないか?
「ええいっ、貴様ら無能共では話にならん!! 貴様らも教会の者どもも粛清されねばならん!! それを正しく出来るのは我々だけだ!! 誰かおらぬか!! 誰か出て来い!!」
変な叫びを上げながら、偽監察官が出て行った。
何やらかす気だろ?
「教会の方、規模からしてさっきの護衛じゃ無いな?」
「ジキタリスの滞在組にベリー領常駐の隊が合流したのよ」
「ジキタリスのも元は別の都市駐留だったんだろ?」
「ポーチュカラよ。大規模遠征計画は元からあったわ。予算と効果が折り合わずに棚上げになってたの。教皇様も合同演習ならって判を押しやすかったのね」
「聖女の件も合わせて?」
「えぇ……何よ?」
「進軍のタイミング、都合が良すぎやしないか?」
「え、通信塔の不備を知っていた? トレーダーとベリー伯の関与を言っていたわね? あたし達はそこからその子を保護したのよ」
「ものは言いようだな」
「何よ、やるっていうの?」
しゅしゅ、とシャドーボクシングの真似をする。
揺れる揺れる。
「君の立ち場は分かるが、なんだって冒険者籍を部隊指揮に当てるんだよ」
「今になって始まった聖女騒動がそもそも囮っていうの? 教皇様が地方領の領主や商工業組合と結託してまで?」
「そこまでは言わないさ。それら全てを取りなす存在ならあり得るけど……それは……。」
「どういう事? あとサツキ? 胸ばかり見過ぎ」
「むぅ、サツぅキぃさぁん?」
コデマリくんの圧が強くなったな。
お陰で、この名前を飲み込んだ。
――アザレア王。
サクラさんを以てやり手と言わしめた男だ。この騒動が彼の掌の上と言われても驚かないさ。
「どうしたっていうんだ?」
「サツキさんは気が多いんです。いえ、別に駄目じゃないですよ? 駄目じゃ……。」
分からん。
「それより、派手に後頭部をやってくれた」
「あによ、受けて立とうっていうの?」
ひゅん、ひゅん、とブーツの片方をヌンチャクみたいに回す。
肉弾戦を主体にした近接戦闘。所謂、武術において俺もワイルドも一歩及ばない。
……脳筋僧侶とか影で言われてたな。
「あまり言いたくはないがな。お前のそれ――少し匂うぞ」
「蒸れるんだから仕方ないでしょ!!」
「蓋し、発汗量が多いと見受ける」
「女の子に無表情で宣告することじゃないわよ!?」
「よもや女の子の自覚があったとは、ま、まて、落ち着け早まるな、やめろブーツを俺の顔に押し付けるな、こら、そんなの嗅がされたら!!」
「あは、あははは!! 最初からこうしておけば良かったのよ!! どう? 貴方が愛してるとまで言った女の子の匂いは? お ん な の 子 の匂いは!!」
くそっ。この期に及んで捻じ曲げに来やがったか!?
「ていうか、コデマリくんっ!! 君もブーツ脱ぎ始めて何をしようっていうんだ!?」
「え? あ、べ、別に……あんまり汗ばんでないや」
余計な事を言わないで。
「おのれーっ!! おのれーっ!!」
サザンカが涙目でブーツを押し付けてきた。
「女神官様に脱ぎ立ての履物を嗅がされる美少女メイドさん、て凄い光景ですね」
「君が煽らなければ、少しは穏やかだったと思うのだが」
まったりとした青春の香りを嗅ぎながら、足の底に地響きのような振動を感じた。
聖騎士団が到達するには早すぎる。
ワイルドの方か?
或いは、さっきの偽監査官が何かやりだしたか?
「いい加減にしろ。怒るよ?」
「……いいもん」
だから何で拗ねてんだよ。
彼女の方から身を離した。
手にしたブーツを履きながら、
「動きが早いわ。どちらの仕業かしら」
てことは、教会じゃ無いのか。
「俺は要保護対象さえ確保できれば、どっちでもいいんだよ」
「逃げるっていうの?」
「これは俺の祭りじゃねーよ」
尻馬に付くわけには、いかないんでね。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
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