91話 侵略者
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アホやってる場合じゃないし、この子と馴れ合うのも趣旨に反する。
いわば疑獄に晒された末に追放の憂き目に合った。いくら可愛くてもこいつは敵だ。
従前通りにできるかよ。
「ワイルドの動向から僅々たる蓋然性も予覚した。クレマチスを襲ったのがお前だってのは別の確信だな」
ゴリラに例えられる程のイイ女なんて、彼女かクロユリさんぐらいなもんよ。
「話のねじ曲げ方、相変わらず不作法ね」
「会話の変化球だろ?」
「自分じゃ魔球だと思ってるようだけど、貴方のそれデッドボールだから」
「俺の投球を受けて生きて帰ったヤツは居ないさ」
「……毎回キャッチャーが死ぬのね」
「お前らとの関係性で今以上の桎梏に甘んじる訳にはいかないんでね」
「なによ? やろうっていうの?」
サザンカがしゅっ、しゅっ、てシャドーボクシングをして見せる。
高位の僧侶とは思えない。
あと、やっぱ凄く揺れてる。
「思えばカサブランカでクランも正解に辿りついてたな……。」
ワイルドとの会話の中じゃすっかり忘れてた。
この娘っ子ども。直接穿いてるパンツ嗅がせにきたんだった。
「あたしとクランは別行動よ? こっちは教皇様のご下命で動いただけだし」
「はぁ? 騎士派の君がか?」
「あたしは基本冒険者だしー」
後ろ手に手を組んで背を向けた。
緩やかなはずの司祭服が、体のラインを浮き彫りにした。大きなお尻の曲線が目の毒だ。
げふん、いや、企みというより……何か隠してる?
「だからってトレーダーの支部を強襲だなんて。何やってんだよ」
「ふふ」
笑っとるでおい。
利敵行為とみなすには十分過ぎるんだよ。
「ちょっとした落とし前かな?」
「聞きたかねーよ。お前が半殺しにした男。一応は俺の弟子だ」
「敵を打つのかしら?」
……。
……。
何だこの気まずい沈黙は?
「打って欲しいのか?」
「あたしは打ったわ」
気づくと、振り向いていた。瞳が合った。いつから見られていたのか。
半顔に白銀のブロンドが垂れ、もう片方から覗く薄花色の艶が、風も雲も無い透明な空を思わせた。
抜けるような透明度に、刹那的に釘付けになる。
こちらの反応に期待しているのか?
それは――ちょっと虫が良すぎやしないかい。
「君が出しゃばる事じゃないよ」
意固地では無いと理解していた。
むしろ、俺の追放を末葉の転換期と見れば。それぐらい客観的にはな。
「迷宮都市でのこと、聞いたわ」
俺の言葉を遮った。
最初から人の意見は不要か。
「貴方を裏切った彼が許されて、どうしてあたし達は」
ああ、それで鬱陶しく思ったのか。女のジェラシーは執念深いんだっけ?
カサブランカじゃ、俺も意地が悪かったと思う。
でもね、
君は俺の要保護対象に手を出したんだよ? さらには、
「その結果がアレか?」
「あたしの教義は知っていて? ううん、教会じゃないわ。あたしのよ?」
「見敵必殺だろ」
「惜しい。生者必滅」
「破戒僧じゃなくて破壊僧かよ」
艶めかしい指が、彼女の唇をなぞる。
半顔にプラチナブロンドを緩やかに垂らす艶麗と相まって、酷く淫靡に見えた。
「裏切り者はもう二人居たかしら? 一人はカサブランカを出て生家のある里に。もう一人は、あら意外。彼ってば貴族の出なのね。会者定離は世の習いよ」
「!!」
咄嗟にストレージから蛇腹剣を展開する。
刃は分離済みだ。俺の指加減で彼女の肢体に巻き付くだろう。
踊り子スキルと合わせて、この女にどこまで通じるか。
「……やめてよ。怖いわ」
悲しそうな声色なのに、瞳は相変わらず澄んだ蒼穹のようだった。
それを冷たいと感じるかどうか。
その横で、
「これが大人な男と女の会話――!!」
コデマリくん、君はちょっと待っててね。
「連想になるけど、聖女様はサツキと既知の仲とお見受けするわ。どういった関係なのかしら?」
ほら見ろ。矛先がそっちへ行く。
「要保護対象だってだけだ」
「あんたには聞いてないわよ。ねぇ貴女、護衛依頼かなにか締結してるようだけど、少し慣れ慣れしいんじゃないかしら」
「ひぃっ」
「こらこら子供に当たるな」
キッと睨んできた。殺気も鬼気も無い。
艶やかな唇をあどけなく尖らす。
「何よ。何よあたしだけ悪者にしちゃってさ」
いや、強行手段に出てたよね。誘拐したんだから悪者だよね。
って、え? 何? 拗ねてるの?
「頑愚なのはお互い様だが、君がコデマリくんに向ける感情は見当違いだ。そもそもクレマチスで保護していれば俺だってメイドに成らずに済んだ。それを」
「嬌名が物理で響いてきたわ。さぞ美しいおみ足なのでしょうね」
さっきの馬鹿騒ぎの事か。ちっ、余計な事をしたぜ。
「組織が聖女の効果によって今以上の権威を目論むのは分かるが、君のやっている事は――。」
言いかけた所で、ドアが乱雑に開いた。
「貴様らっ何をしている!!」
下品な声に二人の愛らしい顔が眉をひそめた。
主犯格のお出ましか。
「ネズミが忍び込んだと思ったが、くくく、なるほど、なるほど。どうやら新人のメイドだったらしいな」
小太りに頭髪の薄い男だった。
衣装が微妙に派手で悪趣味だ。奴の品格を表しているとしか。
「お前、何だ?」
コイツ、オダマキの監査官じゃ無い。検討違いか? いや、それ以前に同じ人間種に見えないが。無論、亜人種でも魔導人形でもない。
だから「誰だ」ではなく「何だ」になる。
見た目は人間種そっくりなのに、根本が違っちゃね。コデマリくんが不気味がるのも然り。
「お、おま――口の悪いメイドだな!! えぇい、品性の欠片もない!! どうせ教養も成ってないんだろ!!」
「いやいや、あんたにだけは言われたくないから」
「礼儀知らずが!! よぉし、貴様には後でたっぷりと教育をくれてやる。貴様のような役立たずの女は俺たちの、あれだ? 何ていうかいい感じにしてもらわないと生きてなんぞいけないんだからな!!」
「庇護下?」
「そう!! そんな感じだ!!」
何だコイツ?
何だってこんな奴が存在できる?
誰が許した? こんなゲスな生物。
「……サツキさん、思ったよりも言葉が乱暴なんですね」
「理知的な人には敬意も払うよ? だが、アレはダメだ。一言二言で分かる、いいや初見で理解した。自分以外を見下したくてしょうがないってクズだ。下衆な欲求に取り憑かれた顔だ」
「顔ねぇ――そうね。コレと似た輩とは会ってきたわ。確かに一様に同じ顔。そういう顔になっちゃうのかしら」
サザンカも辛辣だな。
「言わせておけば、貴様らは誰を侮辱したと思ってる!? いいか、貴様らが貶していいような我々ではないのだぞ!! 土下座しろ!! 謝罪しろ!! 我々が許すまで謝罪しろ!!」
我々?
こんなのに組織化されちゃたまらんな。
サザンカがどうすんよコレ、みたいな顔で見てきた。
やっぱこの子、可愛いよな。
「そんな可愛いサザンカを荒縄で拘束するなんて、許せる訳ないだろ!!」
「あんたも何暴走してんのよ!!」
「びゃら!?」
赤面して腹に一発入れてきた。
照れ隠しにしては腰が入ってるぞ?
「そ、それに何よ!! カサブランカで折角歩み寄ってあげたら、あんな風に意地悪してきて……。クランと二人で泣いたんだからね!!」
俺は物理で反撃されたけどな!!
だが、そこがいいんだよな、この子は。
……。
……。
あれ?
めっちゃドMな人になってね?
「サツキさんが、お姉さんを泣かせるような人だっただなんて……。」
「そうよ!! 慟哭したのよ!!」
「あ、一気に悲壮感が無くなりました」
「待ってくれコデマリくん!! 最初にパーティを追放したのは彼女らだ。一方的な解雇宣告を受ける精神的苦痛を鑑みて欲しい。どうして彼女たちの言葉を真摯に受けられようか」
ていうか、君を誘拐した人だよ?
シチダンカが半殺しにされたのは俺のせいでもあるが。
「そんな事より貴様!! 我々への謝罪が先だろうが!! この無能どもはそんなことも分からんのか!!」
「今、大事な話をしてるんだ。黙ってろよ」
「な、な、な」
顔を真っ赤にしてどもり出した。
どうにも語彙が貧相だ。それでいてやたら声がでかい。
あ、そうか。
自分の主張を正しく論理的に表現できないんだ。
だから周囲に相手を貶すような見せ方になるし、反感を受ける事に気づかない。
これ、衆人の前に出しちゃダメなヤツじゃねーか。
「あのォ、取り込み中にすいやせん」
開け放たれた入り口から、体格のいい兵士が顔を出した。
装飾からして隊長クラスか。
「なんだ貴様!! 我々がせっかく教育してやろうというのに邪魔するのか!! 恥を知れ!!」
「いや、そう言われてもォ」
嫌そうな顔で俺を見た。
こらこら、こっちに助けを求めるな。
「かまいません。報告してください」
しょうがないので促した。
「女風情が勝っ手をしておるか!! 俺の指示なしで喋るなとわからんのかこの無教養が!!」
流石に衛兵隊長が「いいんですかねぇ?」と不安な視線を送ってくる。
「あ、これは気にしないで」
「は、はあ――四方の通信塔からなんですがね、連絡がまるでつかないんでさぁ。故障かメンテナンスの報告でも上がってないかと思いやして」
さっそく事態が動き始めたか。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
今回の話し、事情を知らない第三者から見たら
捕えた聖女が突然新人メイドの腹に正拳突き繰り出すバイオレンスな光景なんですよね。
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