表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/381

9話 泡と捕われの姫(略してはいけない)

 巨蟹の甲羅の上で真紅のローブにあずき色のマントの小さな影が震えていた。(あか)い魔法使い。こちらに気づくと、すくっと立ち上がった。


「我が秘宝を求めし愚か者どもよ……よくぞここまでたどり着いた……。」


 ファラオみたいな事言いだした。秘宝ってのはそれか? 右のハサミに引っ掛かってるライトグリーンのパンツに酷似した布地か。

 ……。

 ……。

 いや何で待てなかったんだよ? 何で来る前に脱いじゃってんのこの子? 俺が来るって保証、無かったよね?


「べ、別に……サツキくんにあげようと思って脱いだわけじゃないんだかね」


 おいファラオどこ行った。何デレだよ、おめーはよ。

 状況がはっきりした。巨蟹にパンツが引っ掛かり取りに登ったら降りられなくなったといった所か。


「さて、どうするか」

「え? 助けるという選択肢しかありませんよね?」

「俺だって自分の身が可愛い」

「それは、まぁそうでしょうけど」

「サツキにゃは白寿だにゃ!!」


 それだと俺、お爺ちゃんになるよね?


「薄情と言いたいのか? お前はヤツを知らない。知らな過ぎるのだ」

「にゃーは知ってるにゃ! あれは捕われの姫にゃ!!」

「捕われの姫は自分からパンツを脱いだりしない」

「いえ、するかも知れませんよ?」


 うるせーよ。


「普段と違う開放感が刺激的でちょっと冒険してもいいかな……な、なんちゃって!! し、知り合いの!! そう、知り合いの赤騎士が言ってました!!」


 そうか。全裸よりはマシか。いやマシか?


「にゃ、来るにゃ」


 かさかさとせわしなく動かしていた足が止まり、蟹が小さくのけ反った。俺はステップを踏んだ。何が来るかわからん。そのまま上に乗ってる奴を発射するとは思えんが、まずは防御だ。それでダメなら躱そう。

 ヤツが頭を下げるのと、俺たちの前に半透明な魔法陣が生まれるのは同時だったろうか。

 勢い良く呼び出したキメの細かい泡は、仮想盾(踊り)で辛うじて防いだ。耐久は少しギリギリだったかも知れない。

 辺りを見回す。周囲の光景で異変はなかった。酸や毒ではなく、ただの泡か。


「サツキにゃ、すごいにゃ。このあわあわが嫌でにゃーはコレの相手が嫌だったにゃ」

「私も嫌でしたね」

「衝撃こそキツかったが、属性付与も無いただの泡のようだが?」


 或いは、魔族や魔物(上級精霊だが)に効果のある攻撃性が含まれてるのか。

 だとしたら、コイツは対魔王戦に向けて多大な価値を与えてくれる。利用できれば最終兵器になり得るぞ。


「気持ち悪いにゃ」

「気持ち悪いですね」


 なるほど。人類もこれ、気持ち悪いな。同じだ。


「皆さんに、残念なお知らせがあります」

「泣き言なんて聞きたくないにゃ。にゃーの為に働くにゃ。表面活性剤はごめんだにゃ」


 そうか。(おまえら)にとって人類は下僕だもんな。


「さっきのマジックシールドな、次の一撃は防げない。今ので限界だ。あと、張り直しにインターバルがあって、まぁ今日は打ち止めと思っていい」


 マジックシールドは、仮想盾(踊り)を分かりやすく表現したものだ。魔法陣から構築される架空の盾だが、許容量を超えれば当然壊れる。張り直しには30分程度の時間が必要だ。30分もあの泡を躱し続けるより、敵を倒した方が当然効率がいい。よって仮想盾(踊り)は打ち止めである。


「もとよりサツキさんだけに負担を強いるつもりではありませんでした。お気になさらず。それより、落ちそうです」


 さっきの蟹の動きで、上に乗ってたクランが足場を崩し、甲羅から滑り落ちまいと踏ん張っていた。

 やがてずり堕ち――る寸前、甲羅のヘリに捕まった。


「これは……いけません!」


 とっさに黒騎士が俺の目を塞ぐ。

 どういうことだ?


「にゃ、丸見えにゃ。なにゆえ、あの人類はスカートの中が剥き出しなのにゃ?」


 そういうことか。


「蟹の右側のハサミに、何か付いているか? わしの目隠しされた目に代って見ておくれ」


 どっかのババ様みたいな事を言ってみた。


「黄緑の何かが引っ付いてるにゃ」

「それがパンツだ」

「にゃ!?」

「そして、俺の唯一の弱点でもある」

「にゃ!?」「なんて事!?」


 ……いや、おい、黒騎士。昨日、お前は何を見ていたんだ?


「俺はな、アイツのパンツを顔に擦りつけられ匂いを嗅がされると、麻痺と吐き気に襲われるのだ」

「サツキにゃは可哀そうな人だにゃ」

「そう、俺は可哀そう――え? それどっちの意味で?」

「いくら人類でも、年頃の若い雌がそんな変質的なことをするはずが無いにゃ。サツキは夢を見すぎにゃ」

「やめて、めっちゃ可哀そうな人みたいだから、正論だけはやめて」


 いや、にゃーの感覚の方が正常だと思うのだが。


「にゃぁ? ミス・ベリーを舐めてもらっては困ります」


 変な理解者がここに居た。


「彼女のサツキさんに嗅がれたいという気持ち……同じ女性としてわかる気がします」


 わかっちゃ駄目だろ。あと女性に謝れ。


「ですが、お尻丸出しは感心しませんね」


 全裸になったヤツが何か言っている。


「クランを回収できればいいんだが。ていうか、今どうなってるの? 俺、このまま目隠し状態なの?」」


 これ、黒騎士も両手が塞がってるから、反撃も何もできないんだよな。


「ミス・ベリーが下半身を丸出しでぶらさっがています。なんとか堪えていますね――にゃぁ」

「にゃ! 了解にゃクロ様!」


 俺の隣で大きな気配が動き、一瞬で消えた。

 前方からさらに大きな質量が動く気配がした。いかん、次弾装填が終わったか。


「黒騎士、手を放せ」

「ですが、先ほどのマジックシールドは」


 言いかけて、視界を封じていた手が離された。泡を回避する手段が俺にしかないのを承知していたのだ。

 ヤツが仰け反っていた。先ほどと同じ。上体が一気に振り下ろされる。

 タイミングを見る。

 見極める。

 巨大な口元が乳白色に霞んだ。

 すぐに到達するぞ――何となく、ここ!!


「あぁ」と黒騎士が呻いた。

 六角形の半透明な陣が浮かび上がると、押し寄せる泡を防いで跳ね返したのだ。


「これは、リフレクション……。」

「タイミング、割とシビアだったな。シールドと違って貼りっぱなしにもできない。ヤツの泡が表面と接触する瞬間に生成する必要あったが、後は、まぁ慣れでいこう」


 いわゆるカウンター技である。

 反射盾(踊り)。耐久は保ってくれたらしい。常備出来ないが代わりに反復した使用を目的とする。受けて防ぐのではなく、当てに行くところがミソだ。

 こと、盾に関して踊り子は有利だ。既に3つも敵の前に晒しているが。


「なんか、一方的に奥の手を晒させられてる気がする……。」

「大丈夫です。知らなかった事にしますから。どこかでサツキさんが使っても、な、なにー!! てしますから」


 それは、果たして優しさの一種なのだろうか?


「どんまい!」


 無茶言うな。


「ただいまだにゃ」


 背にクランを乗せたニャ次郎が戻ってきた。ちっ、リフレクションの巻き添えには及ぼなかったか。


「なに舌打ちするにゃ、人類」

「何……舌打ちした、人類よ」


 君は何でさっきから超越者みたいになってるの?


「お前だけか」

「二層で待ち合わせる予定……門番の盗賊さんに、今日も来てるって……聞いたから」


 俺の手を取り、とん、とニャ次郎から降りる。

 体重を感じさせない。小柄とばかり思っていたが、こんなに小さかったのか。


「よくここまで一人で潜ってきたな?」

「ん……少し、無茶をしました」

「向こうの扉から?」

「ボス部屋だったけど……倒してもサツキくんが出ないから……調べたらここに」

「俺はドロップアイテムかよ!!」


 言われてクランは蟹へと視線をやり、


「そうでした……私のドロップアイテムがあそこに」


 蟹の右手のハサミ。まだひっついてやがる。


「あれは……良いもの」


 拘りがあったらしい。匠の拘りか?


「諦めろ」

「善処……して?」


 俺かよ!?


「それはそうと……猫さんありがとう」

「にゃ。せいぜい恩に着るんだにゃ。どうしてもお礼がしたいにゃら、カツオブシを献上するにゃ」

「だからお前は何でそんな上からなんだ?」

「……サツキくんも……見習うべき」

「何が琴線に触れた!?」

「支配されてる……感じが」


 お前、好きだよな。支配とかそういうの。


「でも……カツオブシって、なんでしょう?」

「東方じゃ和刀使いのことを武士と呼ぶらしいぞ?」

「侍クラス……?」

「にゃ。カツオブシは魔王様が広めたお魚の保存法にゃ。大陸の魔族はそれを削って味付けしたオカカを食べるにゃ。にゃーはグルメだからそのまま齧るにゃ。牙応えがいいにゃ」


 こいつは爪応えとか牙応えとか好きだな。


「未知なる食材……。」

「王国が魔大陸と呼ぶサクラサク(くに)には、魔王からもたらされた様々な調味料や料理法があると聞いた」

「ダイズやコメを使うにゃ」

「それも……未知」

「コウイジも使うにゃ」

「いいぞ……もっと吐け」

「コムギにゃ」

「……それは知ってる」

「モロミにゃ」

「……未知」

「コメにゃ」

「……さっき聞きました」

「イモにゃ」

「……王国にもあります」

「ショウチュウになるにゃ」

「……むむ」

「にゃぁ? 大雑把な手順でショウチュウを作るのはやめてください。おコメとモロミから察するに途中からミリンを作る話になってるようですが」

「それも知らない名前……すごい……未知なる食材がたくさん……。」

「コメダとスタバもあるにゃ」

「ミス・ベリーは随分と食いつきがいいのですね?」

「趣味……お料理」

「わ、女子力高い」


 黒騎士から聞くとは思わなかったな。それ。

 クランは、旅の間の食事当番を一手に引き受けてたから。領主の娘が一番の料理上手って、それはそれで問題だと思うが。


「そのうち……サツキくんを、料理してあげます」

「どういう意味でだよ!?」


 だが、これだけ特産品があるのに王国じゃ噂や伝説でしか知られない。国交が無いからな。これらの流通と卸業を一手に独占したら、とんでもない利益になるぞ。

 もっとも、サクラサク(くに)の民が、それを良しと思わないだろうが。

 魔大陸などと蔑称で呼ぶ国なんか。


「ところで……猫さんは……精霊様? それも格が凄く高い」

「にゃーは猫として生き猫として死ぬと決めたにゃ」

「……その覚悟……天晴れ。猫にさせておくには……惜しいやつ」


 お前も上からだよな。

 っと、次が来た。ステップを踏みリフレクションのタイミングを測る。なんとなく、ここ。いいぞ、だんだん慣れてきた。

 遠距離は泡で、近距離から中距離はハサミってところか。前傾になれば直線で攻めてきそうだが。まさか飛び跳ねたりはしないだろうな?


「ご挨拶が後になりました。昨日振りですね、ミス・ベリー。無事のご様子で何よりです」

「ご機嫌よう……クロお姉さん。この子の……おかげです」

「それにしても、何故あの様な場所に?」


 本当にね。


「サツキくんの匂いを追って……このホールに迷い込んだら、下からポップしてきて……避難する暇も無かったから……いっそこのまま仕留めようとしたら、私の本体が」


 と、蟹のハサミを見る。


「て、アレお前の本体だったのかよ!?」

「左様……この体は意識を憑依させただけの……傀儡人形。故に……幾ら好き放題されようとも問題ない……。」

「よし、じゃあ意識本体に戻せ」

「……幾らでも好きにして頂いても……問題ない……。問題、ないですよ? 怖くないですよ? ほら噛みついたりしませんよ――は!? どうしよう……噛みついちゃいそうなところ……一箇所あるかも?」

「むしろ、お前の頭をあのパンツにこうぐっぐって押し付けて本体に意識戻してやりたい」

「……好きにしてとは言ったけど……思っていたのと何か違う。ぐぬぬ」

「ミス・ベリー、貴女も大変ですね」

「待ってクロお姉さん……その視線は流石に辛いです……。」


 俺は少し考え、コホンと咳払いをし、


「左様、この体は意識を憑依させ――。」

「んー!! んー!!」


 いつものぽそぽそ喋りを忘れて、俺の袖を引っ張ていた。

 あっと、たぶんここ。次の泡を弾く。意外とリフレクショ、使い勝手がいいが、どうせもう見切られてるんだろうな。


「それで、アイツはどうするんだ? 再封印するなり倒すなりしないと、他所様の迷惑になるぞ?」

「倒してしまいましょう」

「ヤツは知り過ぎたにゃ」


 即答かよ。

 ……実はあの蟹、被害者なんじゃないのか?


「連れ込んだってことは、もとの場所に逃がすのも可能なんじゃないのか?」

「漁村に食べ物がある事を知ってしまいましたからね。捕獲した理由が被害の訴えに基づくものでしたから」

「そうか、なんかすまん」

「いえ。それで、あれの弱点なのですが、火炎系に弱いはずです。巨大な炎ならよく燃えるでしょう」


 ちなみに、大抵の生物は巨大な炎で焼かれたら死ぬ。

 黒騎士の話は逆位置の攻撃には耐性があることを示していた。


「あとは冷凍や氷結でしょうか。凍らせれば活動を停止します」


 そして大抵の生物は冷凍されれば活動を停止する。

 言わない。逆位置の耐性とか、もう言わない……。


「剣はどうだ?」

「足をすべて落として、それからトドメになります。斬った足は時間で回復するのでアタッカーがもう一人は欲しいですね」

「魔法を中核にした戦法となると……。」

「確か、ミス・ベリーは火炎の最上級魔法まで修めておられていましたね。私とにゃぁが囮になってアレの動きを止めましょう」

「え……待って……。」

「魔力の残存が心許ないのでしょうか? 確か、この最深部までお一人で来られたと仰ってましたね?」

「そうじゃなくて……。」

「黒騎士、ニャ次郎、まずは展開してくれ。俺はここでクランの防壁になる」


 どうにもクランの様子がおかしいが、一か所に固まるのは不利だ。

 俺が射線に陣取ってるうちに、動ける奴が動く。これが第一前提だ。


「では、お願いします」「にゃ!」


「「――散!!」」


 って忍者(くさ)かよ!!

 二人が左右に分かれた。にゃーはまだしも、黒騎士、めっちゃ早い。なんか虫みたいで気持ち悪いな。

 黒騎士は剣で。ニャ次郎は爪で斬り込んでいく。奴がハサミで牽制するが、横には泡は吹けないらしい。

 なるほど、大きいだけにあのハサミは小回りが利かないのか。

 おっと、蟹が仰け反った。来るな。

 ステップを踏み、反射盾(踊り)を展開する。


「防いでる内にスペルを!!」

「……だめ……できない」

「おまえの得意分野だろ!? 今なら周り気にせず燃やし放題だぞ?」

「サツキくん……私のこと何だと思ってるの?」

「パンツさえなければ、可愛い女の子だよ!! つか魔力切れとか無いだろお前は!! あと知らないだろうがお前、冒険者の間じゃファンも多いぞ!? まぁ変な視線を送るヤツはワイルドが再起不能にしちまうがな!!」

「え゛?」


 うわ、すげー嫌そう。


「……サツキ、くん、が……え゛、どういう、こと……。」

「俺の方かよ!!」

「今なんて?」

「そりゃ、可わい……んん!? 俺、今なんて言った!?」

「……よし、ゆっくり思いだせ……ほら、私の顔をちゃんと見て……大丈夫、サツキは出来る子だから。ね?」


 あ、なんか昔の呼び方――あかん、吐き気が。

 駄目だ、堪えろ。

 女の子の顔見て吐き気とか、最悪の反応だよ。これ以上、コイツを気持ち悪いって思っちゃ駄目だ。そうだ、ニャ次郎のことを考えよう。

 ニャ次郎、いいもん食べさせてもらってるんだろうな。綺麗な毛並みだったよな。

 ……。

 ……。


「ふさふさ」


 しまった。


「私……まだ生えてません!!」


 知ってるよ? 見たからね? じゃなくて、


「ち、違うっ!! おまえがじゃなくて、ニャ次郎が――。」

「にゃ? にゃーの事かにゃ?」


 いや、何で君はこっち来てるの?

 黒騎士と一緒に斬り込んだばっかだろ?


「なんだかアイツ、動きが短調だから飽きてきたにゃ」


 これだから猫ってヤツは!!

 ていうか俺、こんな事やってる間もステップ踏んで頑張ってリフレクションしてるんですけど?

 何で皆でご歓談タイムみたいになってんの?


「私も、そっちに行きたいです。せい!!」


 カニの下で黒騎士の剣筋が豪快に円を描くと、足の一本が第一関節から宙を舞った。本当の戦闘だとこれか。両断卿。ギルドでの通り名に恥じない剣技だよ。

 しばらくすれば生えてくるって話だが、これ、無限にカニが食えるんじゃね?


「いや、それより何で火炎魔法が使えないんだよ?」


 小さな声で、


「魔力無限生成のお前が魔力切れってわけでもないだろ。何があった?」


 別に魔力量が通常の数倍とか突出したチートがあるわけではない。いや、それよりもふざけた話しだが、クランは魔力に限っては無制限に湧き出すのだ。

 前にこの話しを聞いた時、「お姉さん……無限に湧き出すのは魔力だけじゃない……かもよ?」と凄いドヤ顔をされたっけな。

 無限に何湧き出させる気だ?


「……燃えるから」

「え?」

「……私の……パンツも、燃えちゃう……から」


 言われて見た。巨大ハサミの先端でライトグリーンのパンツが儚げに揺れていた。


「……とっておきの、可愛いやつ……あのパンツであれば……サツキくん、きっと嗅いでくれる……。」

「いや形状や色がどうとかじゃなく、パンツって所が駄目なんだと思うぞ?」

「……どいてパンツ、そいつ燃やせない」


 ぐぬぬ、ならば代替案だ。


「パンツぐらい、俺が買ってやるから!!」


 事ここに至っては、店まで付き合う覚悟だ。

 だが、顔を上げたクランの表情は、とても悲痛に満ちていた。何か間違ったか?


「……それは、何か違う」

「なんか違うにゃ」

「何か違いますね――せい」(遠くの方から)


 そんな事言われても。

 それと、もう一本。蟹の脚が宙を舞った。これ、黒騎士だけでどうにかできるんじゃないのか?

 と思ったが、先に斬ったばかりの脚がもう再生されていた。スピード早いなおい。


「サツキくん……あのパンツを見ても、思い出せないの……?」

「いや、遠すぎてよく見えないが」

「二人の……思い出のパンツ……。」

「待て待て!! おかしいだろそんな思い出!? 俺、何やってたの!?」

「……サツキくん……凄かった。でも……言えない……死んじゃうから」

「待て。ほんと待て。この話になった瞬間、めっちゃ吐きそうになったんだが……。いや昨日? 最近も同じことがあったな? 何だこれ、足に力が入らない。これは――。」


 体をよじって嘔吐を堪える。

 鳥肌が立っていた。

 これは、普通じゃない。ただの嫌悪感でこんな風になるものか。


「……え? ……そんな、私……そんなつもりじゃ……。嫌……違うの……。」


 小さな肩が、怖いくらい震えていた。

 クランの頬を涙が伝った。

 だた、「ゴメンナサイ」と途切れ途切れの声で、聞きたくもない言葉で謝罪された。

 小さなクラン。

 俺の胸ほどの背で、手足が細くて、薄い胸、小ぶりな腰。何もかも折れてしまいそうで。壊れてしまいそうで。


「すまないな。俺がさ」


 色素の薄い髪を撫でる。

 少し驚いたような、涙を湛えた瞳で見上げてくる。


「俺がさ、平気で女のパンツに顔を埋められるような男だったら良かったのにな。ごめんな――痛て!?」


 がん、と足を蹴られた。


「サツキくん、それ違う」


 え? 何で怒られてるの? 俺、今めっちゃ頑張ったよね?


「……だれかれ構わず、女の子のパンツを嗅ぐような子に……育てた覚えはない」

「うん、それ変態だね」

「……でも……サザちゃんのだったら、許します」

「え?」


 なんでアイツが出てくる?

 ていうか、君に許されても、たぶんそれやったら死ぬ。そもそも俺、サザンカにはフラれてるしな。


「サツキにゃは、雌のパンツが好きにゃ?」

「いや嫌いだと思うぞ?」


 むしろ先日、トラウマすらできた。

 ん? 脚を蹴られてから気分が回復してきた。前にもあったが一過性の精神的な疾患か?


「つまり、サツキにゃが好きなのは人類のパンツではないということにゃ」

「いや、だから何でパンツ好きな前提なの?」

「にゃーにはわかるにゃ。サツキにゃはパンツが好きなのにゃ。でもそれはパンツじゃないのにゃ」

「……凄い、精霊さん……だいたい合ってる……。」


 え? 合ってるの?


「サツキにゃ」

「いや、にゃーの言ってること、全然わからんぞ?」

「それでも後悔だけはするなよにゃ。きっとサツキにゃだけじゃにゃく、パンツのお姉さんも苦しんでるからにゃ」

「……私、パンツのお姉さんなの? それで決まりなの?」

「にゃーは、ニャ次郎にゃ!」


 と、ニャ次郎が胸を張る。


「……クランは……クランにゃ……です」


 すっごい恥ずかしそう。

 その隣で、


「サザンカはサザにゃんよ!!」


 と、ローブ姿の僧侶が胸を張っていた。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。


万が一にも何か琴線に触れるものが御座いましたら、下の評価欄の★をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ