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86話 十年に一度のあたり年

「情報屋はまだ営業中か?」


 俺の言葉に赤騎士が可愛らしく小首を傾げる。フルヘルムだと不気味だな……。


「特別報酬が条件ね」

「この身で出来る事なら」

「え!? 何でも!?」

「何でもは出来ないな。出来ることだけ出来るんだよ」

「この前のカフェ」

「ん――あぁ、最初に会った店か。後からナツメさんに聞いたが名物があるらしい」

「ギガンテスパフェ」


 甘味か。


「その程度でいいの?」

「あーん、してくれるなら」


 ちきしょう、一気にハードル上げてきた。


「善処はするが」

「いいわ」


 甲冑が再び右手を突き出す。

 ふと、彼女はその先を見た。黒服は既にフロアに降り立っていた。


「今度は邪魔しないで下さいましね」


 念押しに、サクラさんの細面の顎が頷く。

 生き生きとした羽ばたきが周囲を巡る。

 得られた姿とそれに見合った仮初の生を唄うように。


「ほんとに生きてるようだな……。」

「オレの故郷では、動物植物に関わらず無生物にも精霊や神が宿り、諸現象の因果に帰結する風習があった」

「それは……信仰のようなものでしょうか」

「単なるアニミズムじゃないのは認める。道祖神や馬頭尊なんて、道端に石を立てて祈ったらしい」

「らしい?」

「オレが居た時代(平成)では大分廃れていたな」


 何かを懐かしむ黒曜石の瞳が、なんだか急に愛おしく見えた。

 赤騎士が、さらに紙を摘まんだ手を振る。

 二羽目の羽ばたきが産まれた。

 白い鳥は戯れながら床に影を落とし、何かを察したように破れた壁から飛び立って行った。

 二羽放ったのは戻りと追尾を並行させる為か?


「パフェをあーん。シア姉ぇを拘束して目隠しした上で。あーん」

「ひゃんっ!?」


 耳元で青騎士が低い声で囁くんだもんな。恐怖のあまり女の子みたいな悲鳴が出ちまった。おのれ。


「あ、あ、貴女ねぇ!! 前にアンスリウムでクロにそれやって入店禁止になったじゃないのよ!!」


 お前ら何やってんだ……?


「教会の保守だとするなら、このまま王都か中央都市か、ポーチュカラになるか。いずれにしろ、遠征軍相手だ。報酬の件はツケで頼む」

「普通で。普通でいいから。ね?」


 あーんは決定事項か。


「アオイさんも世話になった」

「体で払ってもらう。いつもニコニコ肉体払い」

「う、うん……うん?」


 シチダンカが一敗に喫した時点でコデマリくんは教会の手の中か。ただの聖騎士相手ならいいが、単純に戦闘で彼を一蹴するとなると……。

 いずれにせよここに戻れるとは限らない。


「アオイも縛られてみたい」


 うん。うるさいよ?


「こんな所で娘の嗜好を知ることになろうとは……男親とは複雑なものだ」


 心中察してあまりあるな。


「女の子は度し難いんだよ」

「時にサツキくん。オレには年頃で器量もよく拘束願望のある娘が居るのだが、どうかね?」

「どうもこうも無いよ。ああ、聞いておかなきゃ。今後こちら側が共和国とで何らかのコミュニケがあるって思います?」

「アレを相手に? 論じるまでも無い」


 心底嫌そうだな。


「あれらは客観的な意味内容の判断が雑過ぎるのだ。その否定ですら共に、正しい論理的推論で得られることは無い」

「言ってる事、ころころ変わる連中は信用できませんからね。アオイさんに冒険者ギルドを通してもらっても?」


 サクラさんが青騎士を見ると、彼女は小さく頷いた。


「そっちのお姉さんが証拠を押さえてくれたから。それで以て国境を越えられる前に手配は回せるわ」


 ほんと、君も出来る女だよ。




 クレマチスの商館に戻ると、正面玄関が派手に破壊されていた。


「破城槌を持ち出された時はどうしようかと思いましたよ、ははは」


 笑っとるでおい。

 しかし攻城戦か。教会騎士の中のトレーダーって一体……?

 番頭さんが先立ってシチダンカのもとに案内する。中も荒らされてるな。装飾品や壁がぼろぼろだ。


 ……。

 ……。


 ついさっきまで、キバナジキタリスの館でも同じ事やってたんだよな。悪魔かよ。


 通された部屋の中央には簡易ベッドが置かれ、一体のミイラ男が寝せられていた。


「……この匂いは……サツキの姉さ兄さん……?」

「え? 俺ってそんなに匂うの?」

「清香でありながら芳醇な香気は、絹のようにしなやか。しかも輝かしいまでに瑞々しく。まさにサツキの姉さ兄さん」

「何ソムリエだよ!?」


 急に弁舌になるなよ。怖ぇーよ。


「君、絶対安静だよ本当に」


 初老のヒーラーがミイラ男の関節をキメに掛かった。


「待ってくれ、回復師さん!! コイツには聞きたいことがあるんだ!!」

「命に別状が無い程度に頼むよ」


 ……このヒーラー大丈夫か?


「承知している。シチダンカ、コデマリくんは聖騎士の連中が?」

「……誠に、不甲斐ないです。奴らの中に、一人だけ、とんでもないモンスターが……。手も足も出ませんでした……。」

「それは困ったな」

「……誠に」

「舎弟の落とし前は取らなきゃ。あぁ、本当に困った――顔は覚えてるな?」

「高位神官の衣装を着た……アレは……あの化け物は……雌ゴリラ!!」

「うわぁ……。」


 教会、やばいの送り込んで来たな。

 そうか。親父さん騎士派だったか。


「圧倒的でした」


 と番頭さんが引き継いだ。


「手前共を庇いさえしなければ、僧侶のお嬢様を奪われる事もなかったのに」

「聞き捨てできないな。損害評価は見積もってるんだろう? 聞いても?」

「シチダンカさんのお陰様で、あっしらに人的被害は皆無でして、えぇ、本当に有難い事で。それ以外はご覧の通りですが、在庫は丸ごと搬出済みでしたので、総合しても損害は最小かと。何もかもこの方お一人で盾となって頂いたおかげでして」


 番頭さんの言葉が終わらない内に、上半身を起こしたシチダンカを抱きしめていた。


「サツキの姉さ兄さん……?」


 この見通しの甘さ、恥じるしかない。

 頂門の一針のようなものを期待していたのは、彼ではなく俺の方だ。

 騎士派が捜索していたんだ。教会に属するSSランクが従軍しないって断言できるもんか。


「お前を薬籠中の物にしたつもりはないが、それでも――。」


 胸に抱いた彼の頭を撫でる。


「ほんと、自慢の弟子だよ」


 あぁ、心から。

 失わなくて良かったと。


「サツキの姉さ兄さん……意外と胸、無いんすね」


 あってたまるか。


「ですが、こうしていると不安も怒りも、罪の意識さえ洗い流されるような、不思議な温もりです」


 うるさい、俺のおっぱいで精神の浄化(カタルシス)を得るんじゃない。


「すまないが番頭さん。オオグルマの商工業ギルドに伝令をお願いできるかね?」

「へい、何なりと」

「ジキタリスの冒険者に何ら瑕疵(かし)は無い。当事者の俺が保証する」

「よろしいんで?」

「ああ。真実はジキタリスの商業統括者から公表される。それを以って対応にあたられる事を望むと」

「左様で」


 番頭さんはただ恭しく頭を下げるだけだった。

 その表情はよく見えなかった。




「クレマチスさん所のお客人!! マンリョウ嬢は無事だったか!? ていうかそれ乗れるのかよ!?」


 ユリに跨り街道へ出る所で止められた。いつもの門番だ。


「保護されてる。マンリョウさんの味方だ。彼女に関してなら誰よりも信用できるな」


 彼女の兄以上にな。あの人の覚えがめでたいのは、商人として伸び代が高い。


「教会の連中がで出て行っただろ?」

「すぐに分岐を北に折れた。馬車が二輌。聖騎士が随伴してたぞ?」

「そいつらだ。中にゴリラっぽいのが混ざっていたはずだ」

「え? 何っぽい?」

「最高の女だ」

「教会相手に検分は無理だ。昼前に騒動を起こした連中は聞いた。まさか教会が?」


 年長者の門番が眉を顰める。

 街に物資をもたらした教会が最大手のトレーダーを襲撃してちゃ世話がない。

 そうか。

 いくらシチダンカでもあの程度で済まされたんだ。この強行。逆に派閥の不利を煽りに行ったか。


「他に坊主どもの車輌が出て行くようなら気に留めてくれ」


 門番の二人に銀貨を握らせる。

 奮発しすぎだけど、金で買える協力なら糸目はつけない。




 外門を抜けユリを疾走させる。

 情報通り街道を折れると、風と共に俺の顔を羽ばたきが叩いた。

 ハリエンジュの式の一羽。もう引き返して来た。

 って、痛い。痛いから突っつくな。待て、そこはダメだ。

 何だコイツ? 絶妙な強弱だぞ?

 何か訴えたいのか。


「お前は……翻訳できないよな」


 俺を乗せるユリが困った顔で振り向いた。

 うん。知ってた。

 意思が通じないと知ると、白い鳥は先頭になって羽ばたいた。

 間も無くして前方に縦に伸びる筋が見えた。狼煙のような煙は火炎系魔法の残滓だ。


「深刻だな。急いでくれ」


 ユリの速度を上げる。

 最悪の事態だ。式が急かす理由。

 教会の連中。何だって襲撃されてんだよ!!

 わざわざ教会騎士を狙う野盗は居ない。面が割れる時点でリスクしかない。

 だったら――。


「聖騎士だって言ったって不意打ちされてちゃさぁ」


 どっちだ?

 オダマキ側か共和国側か。

 経路の追跡が途絶えたら。ましてや国外に拉致されたら事だ。

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