83話 援軍、壁を越えて
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「つ、妻が、浮気だと……そんな、そんな事が……。」
「あ、いや、言葉の綾というか」
「はっ!? まさか真実の愛に目覚めたとか言い出して桃色の髪のなんぞふわふわした男爵令嬢なぞ連れてくるのか、うちの妻!?」
「どこで見つけてくんだよ!?」
ていうか男爵令嬢、人類か?
あと男爵令嬢相手に真実の愛に目覚めるあんたの奥さん何者だよ?
「だが、お前らが掛かったのは好都合とも言えよう!! 特にお前だ、お前!! いや、お前のことだそこの鼻眼鏡? 貴様には随分と計画を邪魔されたものだ!!」
「そちらこそ」
そう言って鼻眼鏡を取る。
背筋が凍るほどの美貌は、先日カフェテリアで会った女達の片割れだった。
ハリエンジュと名乗った。
だが、あの女性と親密であるならば、この女の正体は――。
「咲く花が虚ろうともいずれマリーさんとの永訣が、たかだか都市の沿革にとって変わるだなんて容認させはしないわ。この落とし前、どう着けさせてやろうかしらね」
青い瞳から感情が引く。
冷気が肌を舐めた。
違う。
床に張り付く水滴。空気が、急速に熱を奪われていく。あぁ、
その名はどこで聞いたか。
ハリエンジュ。その花の名は。
燃えるような紅蓮の甲冑が、俺の顔を反射した。
突如現れた質量と振動に、囲む檻が粉々に吹き飛んだ。「ひぃぃっ!?」という名士の悲鳴が、鉄くずの残骸に埋もれ反響する。
甲冑を瞬時に装着したのは、クロユリさんに同じくアイテムボックスの効果か。コイツらの標準装備かも。
「な、な、なんなんだお前は!? ただのスパイじゃないのか!? その鎧はよもや!?」
「卑しい口。アタシの名を告げる事は許されないわ」
「――赤騎士」
代わりに俺が言ってやった。
甲冑が困った風にこっちを見ていた。いや、悪かったって。そんな顔で見るなよ。
「赤騎士だと!? 何故だ!! 何故、魔王軍最高幹部がワタシの邪魔をするのだ!? たかだか一都市の財政防衛施策を阻むのだ!?」
「ほんとに何でだろうな……。」
思わず同意した。
「ん? ていうか、防衛?」
「あぁそうだ!! あの監査官めが!! 森林都市が領都を出し抜くなどと勝っ手を言い、あげく特別課税とジキタリスの税率を引き上げおった!!」
うわぁ……。
「それをワタシが支援金を回す事で抑止していたのだ!! なのにどうだ!! 連中の要求は増えるばかりだ!!」
「一度テロの要求を呑むとさらに高い要求を強いられる、ていうアレか。聞くに、オダマキに入り込んでる高官連中、アザリアの人間じゃないらしいな」
「聖女がこちらの庇護下に入りさえすれば、こんな事には!! 上級回復術の加護の独占さえ有れば、たかが在留者の成り上がりに横暴を振われる事も無かった筈だ!! それが分からん貴様らが、簡単に妨害をしてくれる!! 貴様ら、ジキタリスに何の恨みがあるというのだ!?」
「カサブランカから来た冒険者を襲わせたのは、貴方かしら?」
澄んだ空気に注ぐ木漏れ日のような、静かな声だった。
ごついフルヘルムがくぐもった女性の声を発する光景の不気味さよ。
「オオグルマの執行騒動から調査を進めたが、一通り足跡を消された後だったぞ!!」
ああ、それじゃ遅いな。
「ギルド所属の中級以上がまとめて縲絏など、単なる暴走と捨てられるものか。おかげで卸業から締め付けを受け、あげく教会の介入を許すことになった。誰があのような悪手を打つ? ジキタリスは陥れられたのだ!! そうだあの女だ!! 地に根付かぬトレーダーが街を守る大儀を知らぬから!!」
「そう」と彼女は小さく呟いた。
「物分かりがいいな?」
「擦り合わせに来ただけだから」
「名を偽ってまで俺と接触したな。それが理由か。あの子が世話になったな」
「……本当に、こんな時に言うのね」
ヘルヘルムの声は、微妙に掠れていた。
あの美貌が、今はどんな表情をしているのだろう。
「木工芸商が勝手に雇った連中が自壊する分にはいい!!」
「あ、いいんだ」
「その結果、小売業と卸が反発しては、信頼の回復だって!! 荷役業を掌握してまでワタシが特産に心血を注いだ結果が、これではナンセンスだ!!」
ていうか荒くれさん達、名士? えぇとキバナジキタリス氏? とは無関係だったのかよ。
「ああ、それはアオイね。実行部隊の荒くれ連中は始末したって。数が情報より少なかったのは気になるけど」
少ないのはシチダンカのせいだ。
コイツら二人で天稟を発揮させやがったから。
『ふふふ。アオイは仕事のできる女』
抑揚のない声がフロアに響いた。
「何奴だ!?」
名士の叫びは、次の破壊音にかき消えた。
フロアホールの壁が破裂したのだ。
奥から現れる蒼穹の輝きよ。
フルヘルムで覆った顔から覗く、次縹の湖面を思わす眼光よ。
「何だ貴様は!! 我が家の壁を何と心得てる!?」
「……ごめん」
青騎士素直だな!!
「いいだろう!! 壁から出てきたのは置いておこう!!」
名士懐が広いな……。
「貴様もコイツらの仲間か!?」
「サツキくんとは……肝胆相照らす仲?」
俺に聞くなよ。
「合点がいったぞ!! 貴様らだな!? 木工業商会が送り込んだ刺客を葬ったのは!!」
ガシャん、ガシャんと破壊口から甲冑が身を引き抜く。名士を向くと「?」と首を傾げた。
「あの冒険者崩れの荒くれ者たちだ!! お前がヤったんだろう!!」
青いフルヘルムが俺に確認を求めるので、短く頷いてやった。
言っておくが意思疎通なんて出来てないからな?
「アオイだけじゃない。この子もやった。共犯」
青騎士の言葉と同時に、隣の壁が破裂した。
「「「ガウっ、ガウガウガウっ」」」
灰色オオカミだ。
全員来ちゃったか。マンリョウさんが心配だったんだろうな。
「だから何で玄関から入ってこんのだ!? ウチの壁に恨みでもあるのか!?」
さらに、その隣の壁も破裂した。特に説明は無かった。
「(ぬーん)」
幻獣・鵺が、バンザイしていた。
「貴様もか!! 出てきたのなら何か言ったらどうだ!?」
「(ぬーん)」
「ええいっ、両手を上げたまま迫って来るとはどう言う了見だ!?」
「ガウっ、ガウガウっ」
「えぇいっ、お前らはちょっと待て!! 甘噛みするな、ちょっと待て!!」
「(ぬーん)」
「おのれ幻獣!! 煽るのか!? この後に及んでワタシを煽るのか!! この、えぇと、レッサー何だ!!」
「レッサーパンダだ。ていうか鵺だよ? 幻獣だよ?」
「ワタシは何故、幻獣に至近でメンチを切られてるのだ!?」
すまん。それは俺にも何とも……。
ていうか、足に灰色オオカミを群がらせ、鵺にバンザイで迫られるって。どんだけ動物に好かれてるんだよ。
「だが不思議と畏怖嫌厭は抱かぬ!! 何故だ!?」
そうか。嫌じゃないんだ。
接し方が、内攻的じゃないから彼らもそれを感じるのか。
「もう何ゴローか分からないわね」
赤騎士、既に投げやりなのな。
「おっと騎士どもよ、動かぬ事だな。迂闊に動けば、連行したあの女が如何なる目に会うか想像に容易かろう!!」
何!?
「待て、お前マンリョウさんにナニをした!?」
「貴様らの返答によっては、身の安全は保証できないと言っている」
「具体的には!?」
「具体的? そりゃあ、何だ、あれだ。慰めモノになってもらおうか?」
何故に疑問系?
「慰めモノだと!? 卑怯な!!」
「慰めモノだと? アオイなら条件次第で受け入れるかも」
「慰めモノね。そうね、いいんじゃない。ていうかマリーさん殺害の黒幕じゃないならもうどっちでも」
「ちょっと待て!! 貴様ら、いやそこの青いのと赤いの!! そう、お前ら何故そこまで慰めモノに理解があるのだ!?」
いいぞ名士。もっと言ってやれ。
ふと、
頭上のシャンデリアが陰ったように思えた。
違和感かと思った。
やがて、階上に見えた影にそれは確信へと変わった。
あぁ、光が。シャンデリアの灯が。窓から差し込む陽光が。
突如舞台に落とした一雫の影法師に恥じらったのだ。
「その慰めモノとは、果たして誰の事であろうな」
楕円形の階段からゆっくりと降りる黒衣の美影身が、歌うように言った。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




