82話 ハリエンジュ
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
会社のノルマ(持ち帰り教育・サビ残)がどんどん増えて
私は何のために生きて、どこからきて、どこへ向かおうというのか…
「ハリエンジュ、さん?」
「さん付はゴロが悪いわ」
「最近お会いしたかな?」
「ふぅん」
「え? 何?」
「ナンパと受け取ってもよろしいのかしら?」
「よろしく無いよ? よろしくないからそのガッツポーズはやめよ?」
「むむ」
鼻眼鏡で判別しずらいが、恐らくは美しいであろう顔を歪めた。
言動が誰かに似てる。
それにしても――。
「受付で情報屋と聞いたが、これほど若いお嬢さんだったとは」
「わ、若い!?」
「見目麗しい女性だったとは」
「麗しい!?」
「佳麗な女の子だったとは」
「女の子!?」
反応するの、そこか?
いかん、これ以上はハラスメントか。
「失礼した。侮辱する意図は無かったさ」
「い、いいわ。悪い気分じゃないし」
ちょろいの?
改めて容姿を見ると、視線を意識したのか婉転のように身じろぎする。腰から上と下が別の生き物のようで艶かしい。
蠢く肢体から目を背けつつ、喉の渇きを覚えた。
何者だ?
日盛りの窓辺を背にする姿は一見して佳趣でありながら、どうしてこうも毒毒しいのか。
鼻眼鏡のせいか?
「いい情報屋の条件って知ってます?」
あ、能力を疑われてると思ったのか。
「該博である事」
つい反射神経で答えた。
「それは確かにそうだけど」
と右手を差し出す。
白い鳥が羽を休めている。
「知識も含めてそれらを使いこなす事だって大事だわ」
手を振った。
ばさり、と一際大きな羽ばたきの音と共に、空中で一枚の紙片に変わった。
ひらめくそれを美しい指が摘む。
「それは――見て来られたのか?」
「ご明察」
紙片を折り曲げ、赤いワンピースの胸元へ仕舞った。ていうか挟んだ? 挟んだ!?
「ジロジロ見過ぎ……。」
「いかん。余りにも衝撃的だったので」
「これぐらいの薄さになれば、別段驚くほどのものでも無いでしょう」
わざとらしく両腕で谷間を強調して見せる。
自分から見られに行くのはいいらしい。
「いや雑霊をそんな所に仕舞うのは流石に無いな」
女は少しだけ目を見開いて、あら、と漏らした。
「東方と懇意にする行商人から話には聞いたが、そこまで利便性がいいとは驚きだ」
「なぁんだ、タネはバレてるのね」
胸の間から顔を覗かせた鳥が、くるっぽーと囀った。
……俺、鳥類的な何かにおちょくられてる?
「アザリアに来る前に同じパーティだった子が使っていたのよ。勝手に居なくなっちゃって、次に再会したら驚嘆させようってね。上手く習得できたわ」
いや、何者だよそれ。
「俺も素質があるって言われたが、ついぞ手に馴染まなかったな。おかげで見る目は養えたけどさ」
式。式神。式王子。言い方は様々だが、雑霊を使役する術だ。
「ならご教授しましょうか? サツキさんなら、手取り足取りでも何でもしてあげるわよ?」
「何でもはいらないかな」
「むぅ。ガードが固いのね」
「彼女の連れ去られた先、見えたんだよな?」
鼻眼鏡が唇を尖らすのを無視し、話を進めた。
今はマンリョウさんが最優先だ。
「ジキタリスの商業区を仕切る分限者はご存知?」
「大手トレーダーの代表代理を連れ去る程度には。名士の子飼いの衛兵と言っていたが、ただの私兵だろう」
「彼の屋敷よ」
行動がストレートだな。
足が付くとか、もう関係無い世界なのかな。
「私邸にいきなりか」
「キバナジギタリス邸ね。領都への資金提供の目途が滞った所に卸が停滞するれば焦りもするわ。森林都市だって言っても外貨に頼ってたら、そりゃあね」
「トレーダーに口実を与えたのが芋ずるになったと?」
いや、地味にシチダンカによる消耗も大きい。
結果的に直衛しか残らず、それで確保したトレーダーの代表を私邸にか。
「それと小さな問題が起きたわね」
「そりゃ、クレマチスの幹部だもんな。ただでさえ、連中の仕出かしで商業区と小売りが経営維持の困窮を受けて――そうか。商工を統括したって言ったって、手に余る面倒は背負いこめないから」
「んー、ちょっと違うわね」
違うんか。
「奥さんと口論になって、出て行かれたみたい」
「夫婦喧嘩かよ!!」
「旗色が悪くなった所に若い女連れ込んだら、そりゃあね」
「なるほど。若い女には気を付けろって教訓か」
「大丈夫よ? 若い女、怖くないわよ? ほら怖くない。触ってみる?」
あ、気を遣わせちゃったかな。
「場所、教えてくれるか。今から仕掛ける」
「え? 触ってもいい場所? 今から触っちゃうの……?」
「違う、そうじゃない」
「どういう、こと? はっ!? ま、まさか味見までしちゃうっていうの!?」
「名士の屋敷、どこ……?」
泣きそうになった。
「何故、そんなにも悲しそうな顔をするの? 分からない。アタシには分からないわ」
「いいから連れ去られた場所、教えてよ!!」
まぁ、下の事務所で聞けば誰かは知ってるだろうけど。
それはそれで、何か負けた気がする。
「いいけど、アタシも行くわよ?」
「着いて来るのかよ」
「ちょっとした用があるのよ。それに、内部構造や私兵の配置を知ってれば、色々と話が早いでしょ?」
さっきの術。術者と視界を共有したなら、それは理由になる。
抵抗があるとすれば、情報屋が前面に出過ぎだ。
「何か企んでいる?」
「大切な人の命がその計画で奪われたっていうのなら。女はいくらでも復讐ができるものよ」
それは彼女の家族か、恋人か。
野暮な事は聞けないか。
「女性の恨みなら十分な根拠だ。スピード勝負になるが案内は頼めるか?」
「なら、先立って確認したいことがあるわ」
彼女は言葉を区切り、俺の爪先から頭まで舐めるように見た。
「どうして女の子の格好をしているの?」
やっぱ気になるか。
「趣味だと思われたら心外だが、言い繕えないな。いや、だからって、そんなに見ないで」
「似合ってるから腹が立つのよ」
「気に食わない?」
正常な判断だ。
鼻眼鏡で変装してなければ、数少ない常識を重んじる人かもしれない。貴重種だ。
「あの子の事が無ければね。今すぐ押し倒してあげたいくらいよ」
あ、コイツも駄目な人だ。
「で、内部構造と私兵の配置が何だって?」
都市中央区画の名士の屋敷。
忍び込んで早々に、頭上から降りた柵に閉じ込められた。
……。
……。
いや、めっちゃシンプルな罠やん。
「檻が降りて来た」
「だな」
「アタシの知らない天井よ」
「俺も知らねーよ」
「おかしいわね。さっきまでこんなトラップは無かったのだけれど」
「確かに急ごしらえの安物だな。正直、どうとでもなるが。まず、そもそもとして何で二人で一緒に捕まったの?」
「何事も付き合いよ。それに言ったでしょ――。」
緩やかな髪をかき上げる。ブロンドが波打った。
所作は艶っぽいが、相変わらずの鼻眼鏡だ。
奥の扉から人影が現れた。
「早速掛かったと思ったら、何だお前らは!!」
細身で長身の男が、メガネの奥で目を吊り上がらせていた。
向こうは本物だ。
本物のメガネだ。
「ね? こっちの方が話が早いでしょ?」
神経質そうな男から、つまらなそうにハリエンジュは目線を逸らした。
ようやく会えたな名士。
確かに、囚われた方が話は早いわ。
「何なんだお前らは!! なぜそんな所に引っ掛かっている!? せっかく急ぎで仕掛けたのに何故台無しにするのだ!?」
「あ、いや、すいません……。」
相手の剣幕に一歩押された。
まさか、罠を仕掛けた本人に罠に掛かった事を責められるとは。
「何故だ!! 何故何もかも邪魔が入る!!」
男はよく通る声で、歌うように叫んだ。
ヒステリックさは微塵もない。ただ、己のさだめを嘆くオペラの如く。
「あぁ、ワタシはただ、戻ってきた妻を捕らえるために仕掛けたというのに!!」
「出て行った奥さん捕まえる為に設置したのかよ!!」
何この人? 何でそんな所に労力使うの?
「ほら!! ほらね!! アタシの式が戻った時に設置されたんだから!!」
わかった。わかったから君はちょっと待て。
「ここまでプラグマティックに反したリフォームも珍しいが、ちゃんと奥さんと話し合うところから初めてはどうだ?」
「なんだと!? 貴様に何が分かる!! ワタシが妻をどれほど想っていた事か!!」
知りとうないわ!!
「喧嘩の原因があるんだろう? それを解放して見せれば、交渉のテーブルに着く事だってさ」
「貴様までワタシの不貞を疑うのか!! おのれ!! ワタシをキバナジギタリスと知っての狼藉か!!」
「貴方、そんな風だから奥さんに逃げられるのよ?」
うるせーよ。お前は何で煽る方向に全力なんだよ? 少しはマンリョウさんの安全を優先しろよ?
ていうか名士の名前、初めて知ったわ。大丈夫か俺?
「小娘風情がワタシを厭世と言い切れるものか!! お前に新婚からずっとレスだったワタシの気持ちが分かるか!!」
「オメーはオメーで浮気疑えよ!!」
……あ、しまった。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
評価★など頂けましたら嬉しいです。




