81話 攫われた女
いつもの正面ゲートへ向かうと、路肩に馬車が縦列駐車していた。
クレマチスだけじゃない。トレーダーをまとめて足止めか。乱暴なやり口をしてくれる。
「衛兵!! 行商人の代表は居るか!?」
あえて声を荒げた。
ひょこっと顔を出したのは、馴染みの門番だ。丁稚さん達も居る。
「おう、クレマチスさんとこの姉ちゃんか」
「サツキの旦那さん!!」
「てぇへんですサツキさん!!」
「ちきしょう!! 俺が居ながらマンリョウ嬢をみすみすと!!」
「アレがクレマチスさんとこのいい人かい。何とまぁ端麗な風采だろうねぇ」
「んだ、センリョウさんも隅におけないべさぁ」
他の行商人や衛兵も混ざって勝手を言ってくれる。
ん? マンリョウさんは居ないのか?
「どうした? 何故商隊が出て行かない?」
「お役人からの指示なんです。物資の搬出は凍結だって」
「越権行為だな。後々問題になるぞ」
すると衛兵が、ほとほと困った顔で、
「街としても、このまま行商人に出られちゃ困るんだよ。教会の物資だけじゃ正直まだ足りねぇ」
「自由な交易の阻害が行政の言葉であるのかと聞いている」
国内流通は王家が認めたものだ。
違法性が無い。正当である。そして商品を運ぶ限り、行商人の身柄は保障されなくてはならない。
「彼女が帰らない限り、街に物資は入ってこないぞ。事態が看過できないから商工組合も出てきてる。アナーキズムにおいて冒険者ギルドと同等の保証を国から与えられた彼らに、貴官らにその責を負えると理解していいのだな?」
負えるわけが無い。だから高圧的に出る。効果的なら利用させてもらおう。
本当に市議が関わったかは関係ない。
囁くように、声のトーンを落としてやる。
「貴官らとてセクショナリズムを否定しない限り街に物流が戻らない事ぐらい理解しているはずだが?」
んな訳あるか。
だが、今は誘導してやろう。
割って入ったのは、クレマチスの丁稚くんだった。
「へえ、お嬢もそう申したのですが……。」
「名士の所の連中だ。奴ら俺らとは指揮命令が違いやがる」
門番の衛兵が言葉を継ぐ。
あれれ? 見込みが違ったか?
「ありゃ子飼いの私兵に成り下がってやがる。俺たち都市衛士でさえ押さえがつかないんだ」
「そんな所が流通に? よく出張って来れたものだ。小売は掌握されても卸は独立していたと聞いたが」
「へぇ、それが物流業からクレームがあったようでして。商品の流出が激しいのに仕事が来ないって」
そういやそんな所もあったか。
木工芸商の企業出資でそれが名士の仕切りなら。
「ちきしょう、それで俺たちのマンリョウ嬢を!!」
いや、マンリョウさんはお前らのものじゃないぞ?
「って、マンリョウさんに何かあったのか!?」
「代行の抗議が侮辱に当たるとか難癖つけられて、奴らに連れて行かれやした!!」
「不当な身柄拘束だって?」
衛兵らを睨む。
「待ってくれ姉さん。連中に拘束されたがまだ参考人程度の扱いのはずだ。名士の所、行商人組合の意向と指揮者をしきりに聞いてきやがった。だったら――。」
「女の子が連れてかれてさ!! 今更そんな四角四面な事で気休めになるかよ!!」
考えまいとしてるのは分かる。分かっていて仮初の静寂に一石の波紋を投じた。
「「「どどどどうすっべ!!」」」
急に慌て出した。
何かの効果音かよ。
「姉さん、あんた冒険者だろ。俺たちのような公務兵と違って自由は保障されてんだろ?」
「規律の中での事だ。無法者は晒し首だぞ」
今のオオグルマがそうだ。
「だったら、あっしらが依頼を出します」
クレマチスの丁稚くんだ。
「俺たちもいるぜ」
同業他社のトレーダーだ。
「お前らにだけいい格好をさせられるか」
衛兵だ。
「コーホー」
アオイさんだ。
「こ、これが友情パワーかーッ」
最後に俺だ。
あと、何か居るな。
「じー……。」
めっちゃ見られてるな。
「じー……。」
「あの、いつから?」
「ようよう姉ちゃん可愛いな俺らとちょっと向こうに行こうか、てところ?」
「どこの下りだよ!?」
「褐色娘とかヤベェなおい、て言ってた」
「俺が来る前かよ!! てマンリョウさん拉致られてんじゃん!!」
「儚い」
「儚むなよ。止めろよ」
「今のアオイはギルドの受付嬢」
「サツキの旦那、そちらのお嬢さんは……また連れ込む気ですかい!?」
「ギルドの受付嬢だって言ってんだろう!!」
「てことは――。」
「アオイ、受発注の受付業務ならお手の物」
「マジっすか!!」
「ぶい」
二本指を立てて見せた。
一同から、おぉ、と声が上がる。何これ?
「なら早速、サツキの旦那にクエストの依頼を!!」
「うん。まずはギルドの窓口に来て」
「「「使えねー!!」」」
アオイさんとクレマチスの丁稚くんを連れギルドに入った。
他のトレーダーには卸区へ報告に向かってもらった。クレマチス支部への通達も頼んでいる。衛兵には念のため、門番業務と並行し出立する荷車の警戒を依頼した。
「クエスト依頼受け付け。ぽん」
速筆で書類を揃える。
「依頼受領、クエスト発注、指名受領。ぽん」
次々と押印し台帳にまとめると、手元の書類を掲げ奥の事務方へ振り向いた。
「係長。迅速な承認を要求する」
何で偉そうなの?
「緊急クエストか?」
「命が惜しければ決済するがいい」
上司脅す受け付け業務とか初めて見た。
その後、手続きはスムーズに進み、依頼元の丁稚くんは帰された。
「さて。これでサツキくんはアオイのもの」
「そういうクエストだったか?」
「!? そういうクエストを発注すれば」
「公私混同は横暴が過ぎるぞ」
何にせよ、ようやくスタートだ。
「それじゃあ行ってくる」
「せっかちさん、どこに?」
言われて気付いた。
名士の屋敷? 私兵の詰所? 役場? 留置所? 既にジキタリスを出ていたら?
マンリョウさんの無事を思うと情報収拾の時間すら惜しい。
いっそ灰色オオカミ達に匂いを追わせるか。
あ、コレいける気がしてきた。
「情報屋がいるわ」
「この街のか」
「秘密。だが信用に足る。商人が連れ去られたなんて目立つ行為、すぐに広まる。もう把握してる」
アオイさんがそこまで言うとは。
「会ってみる?」
「会わない理由が無い。どこに行けばいい?」
小さな白い指が、真上を指した。
「204ミーティングルーム。今、居るし」
「用意がいいな、おい!!」
「出前迅速、老舗の味が自慢なところ」
「え? それ本当に情報屋なんだよね? 出前の兄ちゃん確保して拘束してるとかじゃ無いよね?」
「!? その手があったか」
「無いよ?」
「のこのこクエスト受注にやってきた美少女の男の子を、こう、こう、204ミーティンルームに監禁して」
「ここの204ミーティングルームどうなってんだよ!!」
つか、そんな面妖な冒険者が居てたまるか。
「じゃ行ってきて」
「いいのか?」
「何が?」
「確認とか」
「どうして?」
「いきなり俺が行ったら警戒しないか? 情報屋本人だよな?」
「むしろ待たせると拗ねる」
「待ってるの!?」
「待機させてた」
「え? いつから?」
「ようよう姉ちゃん可愛いな俺らとちょっと向こうに行こうか、てところ?」
「めちゃくちゃ待たせてるじゃん!? つかマンリョウさん連れ去られてる最中じゃん!?」
「やっと出番かと張り切っていた」
「情報屋……。」
「情報屋」
「今帰っちゃ、駄目か?」
「そういう意地悪しちゃ駄目」
「そうか。駄目か……。」
どのみちマンリョウさんが攫われたアテが無かった。
国家機関を出し抜く商業ギルドなら足取りは追えるだろうが、今は時間が惜しい。
「ならば行かなくてはならないようだな。その204ミーティングルームとやらに」
「いってらー」
最近毎日のように二階に来てるな。
204のプレートの前でノックする。女性の声が部屋に招いた。
返事が返るとは思ってなかったけど女か。
ミーティングルームに入ると、背中まで輝かしいブロンドが垂れる細身の女が、窓を開け遠くを見ていた。
「いらっしゃい。と、こっちも来たわね」
羽ばたきの音が部屋に反響する。背を向ける彼女の手に、いつの間にか白い鳥が停まっていた。
姿は鳩だ。だが白い。アルビノってやつだろうか。
そして白い手。目に鮮やかな深紅のワンピースから伸びた細い腕。
身じろぎするように振り向くと、不釣り合いな大きな胸が揺れた。くそっ。
手足が細いから侮っていたが、胸と腰つきは肉感的だった。おのれ。
「はじめまして。アタシの事はハリエンジュとでも呼んでちょうだい」
艶麗な唇の上で、美貌と素性を隠すように鼻眼鏡の眉が上下に動いていた。
流行ってるのかそれ?




