8話 裏切りの爪
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召喚された勇者が、というより異世界人が最初に感じる違和感は、男女間のパワーバランスだったという。単純に女性が強いだけでなく、彼らの国と比べ、こと恋愛ごとに関しては女性側に優先権があるようだ。正しくは、女がすぐ無茶をする。そこまでするか、てくらいだ。
それでも世の中どうにかなってる辺り、やはり女性は強いのだろう。
……それにしても、そうか。異世界人から見ても、やっぱり無茶だったか。
三条の斬撃が襲った。
咄嗟にステップを踏み回避盾(踊り)を発動する。身構えてなければ間に合わなかった。黒騎士は慣れてるのか余裕そうだな。
目の前に迫った巨大な影が、一瞬で後方へ飛ぶ。俺が放った剣撃は虚しく空を斬った。
ちきしょう。余裕を見せてるのかペロっと舐めた手で耳の後ろから前へ頭を撫でていた。
扉の向こうには――猫が居た。
毛の模様からして三毛猫だな。
但し、巨大だ。俺よりも大きい。2メートルはあるぞ。体重は……いかん、猫の体重って目測でどう測るんだ?
猫見て、こいつ100キロありやがるっ!! とか普通無いよな? 普段の生活でそんな心配すること無いよな?
「にゃ! クロ様にゃ!! にゃーに会いにきたにゃ!!」
……会話によるコミュニケーションできるじゃねーか。何だよ、バイニャンガルとか言ってたの。
ていうか、主人かどうかも確認せずに攻撃してきたのか?
確認ぐらいしろよ。味方かどうかも分からず取り敢えず攻撃してみるとか、頭おかしいぞ? む? 最近そんな事言ってたヤツがいた気がする。
「こいつ、ほんとに猫か? 猫に近い形をした何かじゃないのか? 魔物とか」
「にゃーは猫にゃ。立派な猫にゃ。猫以外に見えるようなら眼医者に行けにゃ」
むぅ、意外と毒舌。
「そうか、すまんかった」
「分かればいいにゃ」
「その子、どちらかと言えば上位精霊のようなものですよ?」
「猫じゃねーじゃん!! 眼医者どこ行ったコラ!!」
「にゃ!? にゃーは、猫じゃなかったのにゃ……?」
「自分の正体分かってなかったのかよ!?」
「わかる訳ないにゃ!! にゃーはにゃーになった時からにゃーだったにゃ!! わかる訳ないにゃ!!」
いやもう、何言ってるのかわからんようになってきたぞ?
「にゃぁは、仔猫の時にお父様が保護して私の所に来たんです。だから出自は誰からも教われなくて、私も、まぁ猫のままでいいかな、とつい猫として育ててしまって」
「あんたのせいかよ!!」
「!? そうにゃ!! クロ様に応えるべく立派な猫とにゃって、猫として生き猫として死ぬって決めたんにゃ!!」
「にゃぁ……あなたという人は、そこまで私のことを……。」
「いや人じゃないじゃん」「にゃ、人じゃにゃいにゃ」
「二人とも、意地悪です」
しかし、猫とは言ってたが予想以上に猫だな。
尻尾は一本。上位精霊とはね。化け猫の類では無いようだが。
「クロ様はにゃーの事が大事にゃ! やっぱりにゃーの所に来てくれるにゃ!」
「当然です。出会って三ヵ月とはいえ、にゃぁはもう家族なんですから」
「って三ヵ月しか育ててないのかよ!? めっちゃ感動的になってるけど、え? 何? 仔猫からここまで一気に成長したの?」
「うるさい人類にゃ。こと家族の絆というエネルギーにおいて、時間と質量と光速度は関係無いにゃ」
いや、もう何もかもが関係無い話になってるぞ?
ていうか人間に嫌気がさして世界滅ぼすみたいになってる。
「それよりも、まずはご挨拶ですよ、にゃぁ?」
と黒騎士に促され、
「にゃーはニャ次郎にゃ」
「サツキはサツキにゃ」
猫語を発揮した。
お互いドンと胸を張る。
何かの間違いかと隣を見ると、黒騎士が「よくできました」と小さく呟いていました。親バカな飼い主か?
「ニャ次郎……? 語感は東方に近いようだが」
「恐れ多くも、魔王様が名付けてくれたにゃ。イカすにゃ」
魔王、向こうの出身なのかもしれないな。
よし、ここからコミュニケーションを重ねるぞ。
「最初に聞きたい。貴公は……雄か、雌か?」
「ニャ次郎なんて名付けるのに、雄じゃ無かったら何だというにゃ。違ってたら名付けたヤツの正気を疑うにゃ」
ほんと口が悪いな。
「あの、その子、女の子ですよ?」
「疑えよ!! 魔王の正気、疑えよ!!」
「魔王様には深い考えがあってのことにゃ!! これでも魔王軍・黒騎士団団長代理にゃ!!」
「アンスリウムのギルドマスター代理みたいになってんじゃねーか!!」
「知ってるにゃ!! 彼奴は見込みのある雄にゃ!!」
ええい、一貫性の無いヤツだ。猫だからか? くそ、こんな事ならもっと猫の知り合い作っておくんだった。
……いかん、人間の知り合いも居ない。
隣りで黒騎士が「黒騎士団ニャン長……いけるかも」とか呟いていた。
……ほんと、人間の知り合い居ないよな、俺。
「何落ち込んでるにゃ? これでも食べて元気だすにゃ」
猫の情けが身に染みる。
「って、骨っこじゃねーか!! 食い物じゃねーよ!! ていうか、せめて猫用の何かにしろよ!!」
「上の階層で冒険者が置いていったから、人間はこれが好きなのかと思ったにゃ」
ああ、そういうことか。犬型の魔物の囮用ってわけか。これはちょっと盲点だったな。
「そんな太い物を……人間の女の子は、無茶しますね。わ、私は……そういうのは、ちょっと」
そこの黒騎士。絶対用途違うからモジモジするな。
「ていうか、君はいい加減本題に入れ」
「え……あ、はい、本題ですね、そうですね、その為にご足労を頂いたのですから」
「本題にゃ。クロ様がずっと話していた雄の子を紹介するにゃ」
「ちょっと待って下さい!! にゃぁ? その話しはここですることではありませんよ?」
「どうしてにゃ? サツキにゃはクロ様とつがいになる雄じゃないのかにゃ?」
「ま、待って下さい!! にゃぁ!! もうこの話しはここまでということで!! お願い……もう、これ以上は……。」
「にゃ?」
凄いな。まったく本題に入る気配が無いや。
よし、助け舟を出そう。
「俺と黒騎士の中の人はそういう関係じゃないぞ」
「え? え、えぇ、ほら、ね? 明らかに違う、じゃ、ないですか……。」
「クロ様、動揺してるにゃ。わかったにゃ。サツキにゃは敵にゃ。にゃーとクロ様の敵にゃ」
シャーっと毛を逆立てる。
一度は言ってみたかった台詞。今こそ言おう。
――やれやれだぜ。
「すまない黒騎士殿、どうやら俺はここまでの様だ」
「にゃ!?」
「黒騎士殿の為にとここまで来たのだが、どうやら俺は信頼に足らなかったようだ」
「早まるにゃ! 自分の可能性を信じるにゃ!」
この飼い主にしてこの猫ありだな。
「力が、欲しいかにゃ?」
「過ぎた力は時として不幸を生む」
「サツキにゃは可愛そうなのにゃ」
「君、ずっと上から来るね?」
あと、すまないクロユリさん。助け舟、無理だわこれ。
「一つお頼み申したい義がある」
「にゃーは寛大にゃ。何でもいうにゃ」
正攻法で言ってみた。
「黒騎士さんから奪ったもの、そろそろ返して差し上げたらどうだ?」
「返すにゃ」
「即答かよ!」
「クロ様、にゃーの所に来てくれるにゃ。だからもう悪戯はおしまいにゃ」
ヤベェ。ここ数週間で一番物分かりいいぞ、このにゃん。話が通じる。
「さぁ受け取るにゃ。うぬにはこれを持つ資格があるにゃ」
話は通じるけど上からなんだよな。
しかし、黒騎士がここまで拘るアイテムか。どんな付加効力があるのや……ら?
にゃーから受け取った物。広げて見る。黒いスケスケのネグリジェだった。
「ってどうしてサツキさんに渡しちゃうんですか!?」
一瞬で俺の手からひったくる。
まずいな。少し格上ぐらいに思ってたけど――反応すらできなかった。
四騎士の底どころか、まだ表面すら見えてなかったんじゃないか?
「サツキにゃに着せて貰うにゃ」
「どうしてそうなるんですか!! あ、ち、違うんです! 普段かこんなの着てるとかじゃなくて、なんていうか勝負下着とでも言いますか……あの? このようなのは、好みではないのでしょうか?」
「さてな。どこかの黒髪が美しい受付嬢にはよく似合うとは思うが」
「脈アリにゃ!! クロ様!! 脈アリにゃ!!」
やかましい。気取った言い方した俺がアホみたいじゃん。
「脈アリなんですか!? 本当に、脈アリなんですか!?」
うん、ほんと俺、アホみたいだ。
黒騎士が落ち着きを取り戻すまで、にゃーをモフって過ごした。凄いなこれ。全身で味わうモフ味とか。
にゃーのゴロゴロ音も心地い。なんか眠くなってきた……。
「隙ありにゃ!!」
「ば!?」
この馬鹿!? めっちゃ腕に引っ掻いてきやがった!?
「にゃにゃにゃっ!!」
「ちょ、痛いから!! ほんと痛いから!!」
「サツキにゃが悪いんにゃ!! にゃーに野生を思い出させたサツキにゃが悪いんにゃ!!」
「離せっ!! 血ぃ出てる!! 血、出てるから!!」
「にゃにゃにゃ!!」
「信じてたのにー!! 信じてたのにー!!」
「爪ごたえのあるヤツにゃー!!」
「おのれー!! おのれー!!」
思わなかったな。こんな所でタイトル回収するなんて……。
落ち着くまで、暫くかかった。この飼い主にしてこの猫だ。
「これを回収できたのは重畳です」
黒騎士が復活した。胸の前で黒のスケスケを大事そうに握りしめる。はよ仕舞えよ。
「流石サツキさん、私が見込んだSSランクだけはあります」
「SSランク、関係あるか? ていうかこれ俺、要る?」
「にゃーも見込んでるにゃ」
「お前は少しは爪を引っ込めることを覚えろ」
「ですが、どうして、にゃぁはこんな悪戯をしてしまったのでしょう。とてもいい子だったのに」
「そりゃ、寂しくて拗ねてたんだろ」
「寂しい?」
「大好きなご主人が、ギルド潜入なんかにうつつを抜かして男漁りしてたら」
「なんかに? うつつ? 男漁り!? 私、そんな風に見えてたんですか!?」
「飼い猫なら自分に構って欲しくて気を引こうとしても不思議じゃない」
「いえ、それはいいんですけど、私、そんな風に見えていたんですか!? え? 違いますよね? 言葉の綾ですよね?」
黒騎士が鉄仮面なのに、なぜか口元をひくひくさせて縋り付いてきた。
君はそうやってすぐニャ次郎から違うところに行く。
「そういう所だと思うぞ?」
「どういう所ですか!?」
「にゃ……サツキにゃはにゃーの事をよく分かってるにゃ」
「当然だ。だって俺たちマブダチだろ?」
「あの、私の話は……?」
「サツキにゃ、もっとじゃれるにゃ!! 手を出すにゃ!!」
「だから猫パンチの構えをとるな!!」
そもそも、こいつらは何故か猫パンチを繰り出すことを前提とする。餌をあげてるのに猫パンチされる身にもなってみろ。
あぁ――猫と和解は、無理なのか。
「だが、黒騎士の判断もわかるな」
「にゃ?」
にゃーを連れ歩くのに、大きな問題があった。解決は難しい。
「おまえ、肥え過ぎだ」
「にゃにゃ!? 雌に対して失礼にゃ!!」
「いや、でけーよ!! これ連れて街入ったら入り口で討伐されるぞ!?」
「人類は物分かりが悪いにゃ」
「おまえは諦めが悪いと思うぞ?」
特に黒騎士の王国側での業務は潜入調査のようなものだ。いくらクロユリさんとしての受付嬢の顔があっても、連れてる猫でバレる。こいつの同類がそこかかしこに居れば話は別だが。そもそも上位精霊自体、目撃例が少ないんだ。
「サイズ、小さくはならないのか? マスコットキャラみたいに。いや要るだろ、マスコットキャラ」
「無理にゃ。幻術士なら見た目だけごまかせるかもしれないにゃ、でも実態は質量保存の法則があるからにゃ」
「ああ、アレな!」
「そう、アレにゃ」
「まいったな、それじゃ無理だな」
「わかってるにゃ」
……いかん、全然わからん。
「この大きさが、いいのではありませんか」
ダメだ。飼い主が一番理解してなかった。
「諦めるんにゃ」「諦めるしかありませんね」
問題解決する気ねーだろ、おまえら。
そもそもサイズの問題があって別行動して拗ねたんだろ。同じ過ちを繰り返すのか?
……まさか、そのたびに俺を駆り出す気か?
「それでは、地上に戻りましょうか」
黒騎士が促すと、にゃーが背を低くし余所余所しくなった。耳が垂れてる。
「にゃーは行けないにゃ、お達者でなのにゃ」
「ならば俺もこの地に残りましょう」
「え? どういう事ですかにゃぁ? まさか、私ですか? 私がいい歳してろくに男性経験が無い未熟者だから見限られたのですか?」
こんなに面倒とは思わなかったな。ツッコミが不在だと。
「そんな事は無いにゃ。それに、それを言ったら四騎士様はどれもどっこいどっこいにゃ」
「それを聞いて安心しました」
安心してんじゃねーよ!! あと、容赦無いなこの猫。
「それで、理由は教えてくれるんでしょうね?」
「にゃ、にゃーはここが気に入ったにゃ。ずっとここで自堕落にすごしたいんだにゃ」
「それで、本心は?」
「うっかり奥の封印を解いてしまったにゃ!! 復活される前ににゃーが人柱になって抑え込むにゃ!! ――しまったにゃ!?」
黒騎士がはぁ、と溜息を吐く。
「そんな事だろうと思っていましたよ」
とても優しい声だった。
「あなたは責任感の強い子でしたから。ここに籠ったのは私のせいでしょうけど、ここから出ないのには何か理由があると思っていました。上位精霊の性質なのでしょうね」
俺をスカウトした目的も、最初からそこにあったのかもな。何が探索と交渉事だ。
言ってるそばから、足元から違和感が伝わった。
間もなくして地響きが起きた。
「都合よく解けたようですね」
「何を封じてたんだ?」
「誰も相手をしたがらない、厄介なヤツです。もとはシアちゃんの所属にと連れて来られたのですが、制御ができず、かと言って放ってもおけず、迷宮の最深部に空きがあるのをいい事に封印する形で詰め込んでいました」
酷い扱いだな。
「封印、今ので完全に?」
「でしょうね。いえいえ、サツキさんにお付き合い頂くことでもありません」
「はいはい、何事も付き合いだ」
既に諦めている。
「なら乗るにゃ」
にゃーが俺たちに背を向けた。
「……その、刺すやつとか、居ないんだr」
「失礼にゃ!! にゃーにノミなんて居ないにゃ!!」
「そもそも、野生動物でもありませんし。私も何度か乗って遊びましたよ?」
猫に騎乗する騎士か。戦場を駆けたら、さぞ敵味方無差別に戦意を失わせたことだろう。人馬一体ならぬ人猫一体。シュール過ぎる。
「ていうか、猫に乗ろうとか普通思わんだろ」
「楽しいですよ?」
やべぇな、この女。
ボス部屋の奥にさらに通路があった。ここが終着では無かった。この階層、他にもボス部屋があるのかもしれない。
「このまま一直線です」
「にゃ!」
ニャ次郎の背にタンデムで乗り走り出す。黒騎士の後ろにしがみ付く。盗んだ猫で走り出す。いや盗んではいない。
「速度を上げます。もっと……強くつかまって下さい」
「お、おう」
体を前に寄せ甲冑に捕まった。柔らかい感触が伝わった。絶対、金属じゃないコレ。
「あんっ」
「て何、通常の探索者の服になってんだよ!!」
「もっと……もっと強く掴まっていいですよ!!」
「できるか!!」
「チャンスです」
「何がだよ?」
「ハンターチャンスです!!」
「何を狩らせる気だ!! 何を!!」
「ひとの背中でイチャイチャするにゃ人類」
「イチャついとらんわ!!」
「あと何か硬いのが当たってるにゃ」
「まぁ、サツキさんったら」(ふるふる)
「剣だぞ?」「剣だなにゃ」
「……二人とも意地悪です」
広場はまっ平な巨大ホールになっていた。天井が吹き抜けで3階層分はある。壁側は円形に外周を囲んでおり、俺たちが来たような扉が他に五つあった。うち一つが開かれている。にゃーから降りると、クロユリさんも黒騎士に戻っていた。
最初に周囲を把握。敵の確認よりも優先が高いのは、閉鎖空間では環境が生死を左右するからだ。
だからしっかり周りを確認する。大事。よく見よう。この床の敷石なんてイカすぜ。もっと見ようぜ。
……だから決して目を背けてるわけではない。
中央に鎮座する10メートルもあろう巨大な蟹。その甲羅の上で青い顔でプルプル震えるクラン――見なかった事にしたかった!
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
週一の割合での投稿で落ち着きそうです。