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78話 消えた灯火、点く明かり。

「お傍に、失礼つかまつる」


 さささ、とすり足でシチダンカが耳打ちする。武士かよ。


「提案ですが、サツキの姉さ兄さんもこれでいて人見知りをなさる。なら、任務の前にお互いを知っておけば今後の戦略も組みやすいかと」


 有り得ない事を言い出した。


「? クエスト外で護衛対象と慣れ合えと?」

「住まいに不自由はさせませんので」


 冒険者は規範に基づき依頼に準じる。俺達を襲った連中だって本来の受注から改変されたとは言え、『改変された依頼』に準じたものだ。彼らを犯罪者として処罰したのは別の公的機関『執行役』であり、訴状を上げたのは商業ギルドだ。この時点で冒険者という枠組みの手から離れていた。

 シチダンカの提案は根本が違う。


「待て待て、今から一緒に暮らせって言ってるの? え? 何言い出しちゃってるの? え? 大丈夫? おっぱい揉む?」

「へ、へへぇー!!」


 両膝を付いて平伏した。

 うっかりアオイさんの台詞が写ったばかりに。

 そもそも揉めるほど無いけどな。うるさい、ほっとけ。

 あと、こそこそ話していた執事服が突然平伏したので僧侶の少女がびびってる。


「お、おそれ多くも!! あっしごときが我が最高神様の胸を揉みしだくなど!! 断じて……断じて!!」

「え!? お胸、揉むの!?」


 僧侶が椅子から転げ落ちるように窓際まで下がった。

 おい一緒に暮らさせる奴。話進める前に警戒させてどうする?


「そもそも男の胸を揉んでも楽しくないよな。ごめんな」


 女性の胸だったらいいとは限らんが。

 いやむしろ恐怖心が先だつな。


「聖女さんも怖がらないで。俺の失言だった」

「え、と、大丈夫です……主神様にだったら……僕、揉まれても」


 何言ってんのこの子?


「では、こうしては如何でしょう? お互い揉んで揉まれて手打ちにする、と」

「何もかもがおかしい」


 何故、おっぱいの蘊奥(うんおう)を極めんと欲するのか。


「まぁまぁ。それついては、これから擦り合わせるという事で」


 一応、下で確認してみた。

 顔色の悪い職員を捕まえる。アオイさんの姿は無い。今日は退勤か。

 職員の説明では、クライアントの好意に基づく待遇改善に限りギルドの規約に抵触しないとの事。ちっ、断る理由を失ったか。


「宿泊所まではご一緒します。場所は――。」


 シチダンカが新たに取ったのは、ジキタリスの中でも高ランクのホテルだった。

 宿屋じゃない。ホテルだ。


「って、あそこのグループ、貴族向けじゃねーか!!」

「支払いはお気になさらず」

「羽振りがいいな」


 ジト目で睨むと、


「夜の明かりに寄り付く羽虫の如く、聖女様を拉致しようって不埒者が多かったもので」

「お前なら返り討ちも容易だろう」

「お陰で懐事情と生贄には不自由しませんでした」


 それ、俺に捧げられたんだよな……。

 あと俺、侮られてる?


「ここに来て(たばか)るか。金を積んだ程度で冒険者風情に戸口を開くと本気で思ってるのか?」

「うっ」

「お前、何処と繋がってる?」

「たはは……。」


 なるほど。ギルド程度じゃないな。貴族か、教会か、騎士団か。さて。

 貴族向けのホテル。ましてや、街の名士に睨まれた一行だ。裏でどんな力が働いたか。


「両断卿は、次はないと念を押したはずだ。アレは約束を(たが)えれば地の果てまでも追ってくる」

「ひぃっっ」


 めっちゃびびってる。


「黒騎士にトラウマを(こうむ)った割に、青騎士にはそうでもなかったな」

「それは、あの方のお陰で目が覚めました。払う敬意はわきまえております。叶うなら、俺がこの子の代わりになりたい……。」


 叶わんでくれ。


「いいさ。今は見逃してやるよ」


 コイツ、本気で言ってるもん。狂信者並みに俺を信奉してるもん。ちょっと怖いよ?


「ご高配に預かり感謝に堪えません、サツキの姉さ兄さん」


 優雅に礼をするけど、アレだよ? 結構ダメな人だよ?


「ならクレマチスにだけは一報飛ばさなきゃな」

「可能な限り秘密裏に」

「外泊だけ伝える。捜索でもされたら木阿弥だ。連中、商社の情報収集力なんざ国家を出し抜くぞ」

「ちっ」


 お前、ほんとトレーダー嫌いなのな。




 クレマチスの支部にギルド駐留の伝令を送った。

 郵送通達業務(ピクシーの筆)は、中規模以上の都市なら大抵は行ってる市内限定の簡易配達サービスだ。公共機関お抱えの郵便配達である。


「明日には宿舎に顔を出す。場合によってはお前ごと聖女さんを匿ってもらうが、ホテルの方は問題無いか?」

「信頼できるのですか?」

「お前とは利害が一致してるとしか。ホテルに防御機構を用意してるならそちらを優先したいが」

「一般的な防犯程度です。俺は今夜は開けますので、どうかゆっくりしていらして下さい。護衛もお気になさらず」


 僧侶娘を見る。


「聖女様も今までお一人でしのいでこられました。この街での追っ手もほぼ壊滅した事ですし、護衛は予定通り俺の出立を以て開始ということで」

「あの……まだ名乗ってませんでした。僕はコデマリと言います」


 改めて、僧侶娘が正面を向き背筋を伸ばす。

 生真面目で、可愛らしい子だ。

 なのに、

 楚楚とした立ち振る舞いを裏切るように、時折、艶容な表情を覗かせる。


「サツキだ」

「サツキ、お姉さん……。」

「お姉さんはよせ」

「す、すみませんっ、サツキお姉様!!」


 周囲の冒険者がざわついた。

 さっき受付に居た女の子パーティが、黄色い声を上げていた。タワー? 塔? 塔の話をしてるのか?


「それもやめて」

「じゃぁ……サツキの姉さ兄さん?」


 何でそこに落ち着こうとする?


「他の冒険者の事は何て?」

「さん付け、かなぁ……。」

「ならそれで」

「サツキさん?」

「それで行こう」

「サツキさん」

「おう」

「えへへ、サツキさん」


 はにかんだ笑顔で呼んでくる。

 少しは距離が縮んだろうか。


「サツキさんサツキさんサツキさんサツキさん」

「怖いわ!!」


 一気に詰め寄って来たな。

 コイツらは本当に加減というものをだな――。




 外に出ると夕闇に染まっていた。

 本来ならあり得ない光景だ。

 メインストリートである。何かしら屋台や出店、食事処、酒場、深夜営業の武器道具屋、深夜用の武器道具屋が、人々の気配と共にランプを灯した筈だ。

 今横たわるのは爽籟(そうらい)と違った郷愁だ。


「何だか、街が寂しくなった気がします」


 コデマリさんが自分の肩を抱くように身震いする。こんな小さな子でも寂寞(せきばく)と感じるんだ。

 卸区域はもっと大変な事になってるだろうな。


「品物が入ってこなきゃね。商店街の火も消えるさ」

「サツキの姉さ兄さんは事態を把握されてるんで?」

「昼間の騒ぎは聞こえてたろ?」

「冒険者が商人と護衛を始末したってんなら。ああ、報復ですか」

「意思表示だと捉えてくれ。この件に関わった冒険者は実行犯として執行役に処置された。規約ならそこで手打ちだ」


 もっとも殺されたのは俺の仲間で、本来の依頼はこの少女の捜索だったが。


「?」


 コデマリさんがキョトンと首を傾げる。

 不思議な魅力の子だ。

 幼さが残るのに、おかしな色気がある。

 捜索依頼の主眼は名士側との対立により、連中の戦力を削ぐ事にあった。

 まんまと乗せられた形になったが、結果、これを仕組んだ奴の望む通りに運んだな。


「こんな経済圧力まがいな事、これだから商人ってのは」


 否定はできない。

 彼らの背後関係を知ったら、商人嫌いが加速するんだろうな。


「……街の人、たくさん困っちゃいますね」


 か細い声に、俺とシチダンカの視線が集まる。


「え? どうしたの?」

「聖女様!! どうか聖女様は今のままで居てください!!」

「嫌だよ!! 背とかもっと大きくなりたいよ!!」


 そういう意味ではないぞ。


「コデマリさんも育ち盛りだしね。君の懸念はすぐに解消されるよ」


 ちょうど正面ゲートから歓声が上がった。

 人々が集まっているのが分かる。


「撤退した在庫は何処に流れると思う?」

「ここからだと、オオグルマの青空市場ですかね」

「額面通りなら」

「するってぇと……横流しで荷役を軽減させてる? 大部隊にもなりゃ必要になる金もリスクもべらぼうに掛かります。連中が恣意行為でそんな下手を打つはずが無い」

「今起きてるのはジキタリス外に基づく品不足だ。これがコントロールされたものだとしたら?」

「あの騒ぎは、その為の救済措置……?」

「商業ギルドの意向はあくまでも意思表示だ。住民に瑕疵(かし)が無い上でのな」


 ゲート側がだいぶ賑やかになった。


「なんだか流しのパレードが到着したみたい……。」


 え? コデマリさんそれ何? 流しのタクシーみたいに言ってるけど。


「公的機関なんすかねぇ」

「そんなもんだ。仕入れの量に限りがあるって言ったってさ、ここで名声が売れるんなら。言い値でも物資は引き受けるし、向こうもこの実績を以ってお布施が捗るだろうよ」

「教会がグルになってるんでさ!?」

「救済措置には違いない。物資の出元がどこかってだけだ」


 正しくは聖騎士団様の慈善事業だ。

 それを斡旋してるのが商業ギルドっつーのは、笑えない冗談だが。

 教会に生まれた派閥は商人どもの突き入る隙となった。ジキタリスは今後の転換を判断するいいモデルケースになっただろう。


 そういや、

 アイツの親父さんも聖騎士派だったか。

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