77話 依頼少女
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
……気づくと、主人公がのりのりで女装していた。
あらすじ欄にも書きましたが、今後は更新が停滞します。
受付カウンターに何故か長蛇の列が生まれた。
人の欲望が形を得た蛇は、己の性質を露わにすべく、うねりのたうち回る。
もっと。
もっと寄越せと。
「薬草採取、受けさせていただきやす!!」
「いいから行ってこい」
「ありがとう御座います!!」
「迷宮入り口の清掃業務、終わりました!!」
「なら、さっさと報酬受け取りな」
「ありがとう御座います!!」
「姉ちゃん、終わったら食事でもどうだい」
「やかましい一人で食ってろ」
「ありがとう御座います!!」
「おう、何でもいいからよぉ、罵ってくれ」
「黙れモグぞ」
「ありがとう御座います!!」
感謝の絶えない冒険者ギルドだな。
「サツキさん、相変わらず人気ですね」
「やかましい、こんな人気は望んじゃねぇよ」
「ありがとう、なのかな……?」
背にかかる懐かしい声に、色褪せた情景が脳裏を過った。咄嗟に振り向いた。
室内灯が照らす中で、働き蟻のように職員たちが右往左往していた。
ストレージの中は確認できない。怖くて無理。
涙が溢れる寸前で、息を大きく吐く。
この程度で過労ってこともあるまい。
「待たせたわね。先方がすぐにでも始めたいって――どうしたの? いじめられたの? どこか痛いの? おっぱい揉む?」
アオイさんは距離を取ったままだ。
雫が顎から床に落ちるのを感じた。
涙、堪えられなかった。
そうか。近づいてこないのは気遣いか。
「……センチメンタルに浸った」
「受付業務、アオイの時は暇だったのに。感傷に涙するほど満員御礼を迎えるとは」
カウンター越しの列を見る。
「一体どういう訳か」
「急に混み出したな」
「腑に落ちぬ」
「良くないはずなんだがね、愛想なんてもんはさ」
「ちょっとやって見てくれる?」
「おう」
カウンターの先頭は、女の子のスカウトを中心にしたパーティだ。魔法使い娘。剣士風娘。僧侶娘。中核が斥候ってのは用心深いな。
「受注? なら希望の系統を言いなさい」
「え、えぇと」
リーダーの子がもじもじし始めた。
「どうした、さっさと言い給え。お前のその口は飾りか。それとも俺に奪われたいか」
「はうっ!!」
スカウト娘の肩がビクンって跳ねる。
「いい加減にしろ、クエストを受けるか俺に力ずくで受けさせられるか。或いはもっと違うものを望むか」
「!? も、もっと、違うもの……?」
ざわ、ざわ、てなった。
カウンター越しにスカウト娘の顎をクイっと持ち上げる。囁くように、
「ヤ・ク・ソ・ウ、採・取」
「「「俺がやります!!」」」
むさい男どもがカウンターに押し寄せた。
コイツらは……。
「おまぇら!! いい歳した大人が順番も守れないわけ!?」
ゴミを見るよな視線を投げると、
「「「ありがとう御座います!!」」」
いや怖いわ。
男どもだけで無く女の子パーティからも感謝の言葉が飛んでるし。
足元に違和感を感じらたら、アオイさんがタイツに縋りついてるし。
「しゅる……アオイも……ヤクソウ採取しゅる……。」
びくんびくん、てなっていた。
「勝手に採取クエスト受けてんじゃねーぞ、新人!!」
背後の事務方に怒られる。なんかゴメン……。
カウンターにアオイさんを残し、指定された201会議室へ向かう。
自分、受付嬢も性に合ってるな。冒険者廃業してもこれでやってける。
うん、いけるいける。
あ、看板受付嬢とかなったりして。
ふふ、楽しみ。
目的の会議室は階段の手前にあった。
ドアのノックに、男の緊張を含む声が返る。
室内の気配は二名。一人は今の声だ。
一呼吸待ってから入室する。
窓を背にした会議卓に、鼻眼鏡をした男女が顎の前で手を組んで並んでいた。
「やはり来てくれたぜ、聖女様!!」
「う、うん、でもこの変装は必要ないんじゃないかな? かな?」
二人の鼻眼鏡の眉がクイクイっと上下する。
……。
……。
コイツら、勝ちに来てるな。
「まずは掛けたまえ」
執事服の鼻眼鏡が、会議卓より距離を空けたパイプ椅子を促す。
言いたいことはあるが、ひとまず従った。
俺の着席を待って、
「では――サツキくんと言ったかね。SSランクの冒険者」
手元の資料を捲る。何が書いてあるのやら。
「パーティ解散歴があるようだが、当社を志望した理由を言って見たまえ」
「言っとくが、その解散歴の一つはお前が原因だからな? それと、お前は面接する側じゃない」
隣の僧侶服の鼻眼鏡を見ると、真っ青な顔でオロオロしていた。
この少女は巻き込んだというより、既に巻き込まれた側なんだな……。
執事服――シチダンカに視線を戻し、
「お前は面接をされる側だ」
威圧すると、硬い音を立てて鼻眼鏡が落ちた。
「……流石はサツキの姉さ兄さん……これが圧迫面接か!!」
やかましいわ。
「指名自体は納得できるが、護衛任務? お前で十分だろうが。何だって改めて発注しようと思った?」
「ちょいと元締めを絶って来ようと思いまして」
元栓閉めるみたいに言うな。
「聖女様を連れ回すわけにもいきません。俺の居ない間、サツキの姉さ兄さんならと。準備があるので護衛の開始期日は二日後からとさせて頂ければ」
元締めね。名士の事じゃないな。
シチダンカ。お前、どこと繋がってる?
「その日に発つのか? 行動範囲が五日。ってことは、ここの子飼いじゃないな。本邸に残ったわずかな戦力は最初から警戒してないとすると――地方領の監査官あたりで収支込みの動きが派手と聞いたが」
すっとぼけてみた。
「仰せの通りジキタリスの方はもう。圧政からの解放に向かいつつ商人らが動いてるのも分かりますがね」
嫌味っぽい言い方だな。
「行商人の所に身を寄せている。そう毛嫌いしてやるな」
「賊に襲われた聖女様を見捨てるような連中ですよ」
「道中なら分かる話でもあるが」
「サツキの姉さ兄さん!!」
「彼らは彼らの命と財産を守る義務に忠実ってだけだ」
「だからって、こんな子供を荒野に放ったらかしになんて!!」
ああ、そうだよな。
彼をここまで誠実に歪めてしまった。あの時の俺に、ツッコミのセンスが無かったばかりに。
「あの、僕を守ってくれる為に、シチダンカさんはキャラバンの護衛職を解雇されたんです」
「恐らく彼にとっても良い巡り合わせだったろうな」
僧侶の娘に頷いて見せる。
もう、そういうことにしておきたい。いい話しで終わらせたい。
「それからずっと僕の事を守ってくれて。襲いにくる人の首を片っ端から刈っていました……。僕じゃもう止められなくて」
途方に暮れていたらしい。
「言われてみれば昼間、君を連れてボス戦挑みに来てたな」
「あ、あれは、僕も納得の上です。ダンジョンボスエリアなら主神様が降臨召されるだろうって」
「どこの預言者だよ……。」
「僕自身、信仰心はあんまりなんですけどね」
「俺は神じゃないし、神を名乗る連中にろくなのが居なかったからなぁ。待って、確か君が追われる理由って」
僧侶がシチダンカを見る。
彼は小さく頷くと、
「へい、聖女様は最上級回復術の使い手なんで」
「何をやっても最上級回復術になっちゃうんです……。」
ホイホイそんなの放ってたら、彼女を囲い込もうって奴も出てくるか。
あれ? ちょっと待って。
「エクストラヒールについて一つ、おかしな相談をしてもいいかね?」
「うん、お姉さんの為だったらいくらでもエクストらる(エクストラヒールによる施術の略)よ?」
「それはありがたい。君のエクヒル(エクストラヒールの略)は死亡状態でも身体機能の欠損が回復したら蘇生に持ち込めるのかね?」
「え? えぇと……。」
可愛らしく瞳で宙をを仰ぐ。
彼女の記憶をたぐり寄せた光景に何を見たのか。
「鮮度によると思います。以前、お腹から下をドラゴンに吹き飛ばされた人を蘇生した事があるから――ぶっ!?」
突然吹き出した。
顔が蒼白だ。
「え、えぇと……。」
ガクガクと、
鼻眼鏡の眉が小刻みに上下する。
……いや、それもう取れよ。
「あの……ひ、ヒール……ヒールできるんですけど……。」
「どうした? 何に怯える? やはり禁忌に抵触するか」
「いえ……いえいえいえいえっ!! って!? ひぃぃぃ!!」
挙動が一気におかしくなった。
威圧はとっくに解除した。それでも俺に怯える。フルフルと顔を横に振っていた。
「そんな、何も、そんな怖い顔しなくたって……。」
「え!? 俺の顔、怯えるほど怖いの!?」
「違っ!! 違います!!」
「そうですぜサツキの姉さ兄さん!! サツキの姉さ兄さんのご尊顔なら無病息災、あらゆる邪気を祓いその神々しさはもはや人類の比では無いと言っても――。」
「俺の顔どうなってんだよ!?」
いや分かる。ていうか分かってしまった。
僧侶の少女が怯えてるの。俺の背後だ。何か存在る。それも壮絶に禍々しいの。
「おい、俺の後ろ、何が見える……?」
シチダンカに聞いた。
「すみません、俺にはサツキの姉さ兄さんから目を離すだなんて、とても――。」
聞いた俺が馬鹿だった。
僧侶を見ると、恐怖状態に陥ったように震えてる。エクストラヒールの使い手でさえこれだ。小刻みだ。
うん? エクストラヒール?
ああ、そうか。
「分かった。もうエクストラヒールとか言わない」
俺、誰に弁明してるんだろうな。
空気に満ちた緊張と均衡が溶けた。
娘の小さな唇から安堵のため息が零れる。
それから、数度目をしばたき、
「あ、マr――え? 言っちゃダメ? え? ウンコ? 違う? ウンコは置いておいて? 置いておかない?」
俺の一言で双方が落ち着いたのか、僧侶娘が背後の存在とコミュニケーションを試みていた。
「聖女さん、それ多分ウンコは違うって言っていないか?」
「!? あ、はい、そうみたいです!!」
何となく、背後にいる奴が哀れに思えた。
その後、ある程度コミュニケーションを経てお互い落とし所を見たのだろう。
「うん、僕頑張る」
僧侶さんが可愛らしくガッツポーズを取っていた。
振り向くと、
そこには何も無かった。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




