76話 寒茜(かんあかね)
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血の気の無い小さな指が、体に不釣り合いな台帳を軽々と捲る。
何もかもが小さい。
背も、手足も。首も。唇さえ。薄浅葱が光の粒となって反射するボブショートの髪が、余計に病的に見えた。
「これね」
あるページで止まる。
人馬族の女性の性奴隷と書かれていた。
「待てや!! 何でそれだと思ったの? さっき人探しって言ったよね? え? ていうか何その依頼? 誰が発注するの?」
「人材探しも人探し。発注は人馬族婦人会。期間限定。年150回。つまり発情期限定ね」
「何で冒険者ギルドに発注しようと思った!?」
「色街じゃ悪い噂がたつから。気持ちはわかるわ」
ていうかジキタリスに人馬族って居たのか。
ん? 150回?
「あ、これは違う。紫丁香花が発注元の依頼だった。なら、こちらの少女捜索かしら。迷宮都市経由の」
「だから何でそっちを先に持ってこなかったの?」
「興味があった」
「……。」
「受ける?」
「拝辞するぜ」
そんな可愛らしく小首を傾げられても。
いやだって、アレでしょ? 何で人間種にこんな依頼出すんだ? 向こうの同族と比べられたら自身無くすよ?
「残念」
「手続きを」
「クエスト失敗。かきかき。ぽん」
専用用紙に必要事項を記入し、ハンコを押す。
「終わり」
「終わり?」
「アオイは仕事のできる女」
「いや、不履行のペナルティとかあるだろ。罰金額だって」
「ばきばき罰金額宮殿」
「うるせーよ」
「クエストの特記事項に失敗時の厳罰化免除とある。太っ腹」
ああ、そっちか。
依頼達成が困難な場合、次の冒険者に発注しやすいよう制限事項を設ける場合がある。ペナルティ不問がその一つだ。
「実は指名依頼があるわ」
「俺?」
「先方たっての依頼よ」
「まさかケンタウルスじゃないだろうな」
「そちらは、まだ」
「おい。まだ、って何だよ?」
「もはや時間の問題」
「お前は、何企てた?」
「見学させてもらうことを条件にゲフンゲフン。案ずること無かれ、今回は護衛依頼」
よし。まともな依頼だ。
待て、見学って何だ?
「依頼者は護衛対象の保護者。受けるなら面談、これからどうかしら。お二人、二階でくつろいで頂いてるから」
断片的な情報だと、珍しくまともな依頼だ。
少女捜索も本来ならまともな依頼なんだけどな……。
「詳細にもよるか。報酬と期間は?」
「これだけ」
パッと両手を広げた。
指、やっぱ小さいな。
「……どっちだ?」
「両方」
「十日で銀10? 拘束期間の割に切り詰められたな」
「五日で金5」
「紛らわしいなおい!!」
一気に破格になった。
「あ、思い出した。その前だ。俺達この前の森で会った……?」
ジャマダハルの試し切り。ゴブリンの小隊を討伐した夜だ。
あれだけ鮮明な出会いなのに、何故か目の前の娘と一致しなかった。
バトルニホンカモシカに乗る女。
「何? ナンパ? そうなのね? ナンパなのね? このままお持ち帰りされちゃう運命か……。」
「このくそ忙しいのに勝手にお持ち帰りされてんじゃねーぞ、新人!!」
あどけない表情で小首を傾げる受付嬢に、背後からスタッフの怒声が響く。
「むむ。世知辛い」
「ひょっとして初めまして、かな?」
「ひょっとしてナンパじゃなかった、のか?」
俺は無言でうなずいた。
「そう……期待させるだけ期待させておいて、そうなの……。」
「いや君、勤務中でしょ?」
「夜間の交代要員は20時だったか――男の人からのお誘いを受けるのは初めて。どうしましょう」
「えー」
ひょっとしてこれ、俺が気の利いたレストランとか予約しなくちゃならない流れ?
よし、回避だな。
「SSランクの冒険者だ。俺の名はサツキという」
「レズランクの受付嬢。アオイの名は内緒」
そもそも名乗って無かった。ウンコの人と勘違いされても申し開きも無い。
あと、妙な単語が聞こえた気がする。
「オオグルマから来たのだが、途中の森でね、アオイさんに似た女性と会った」
「どうしてアオイの名前を!? ……もしや、ストーカー? アオイ、ストカられちゃってる?」
何その活用?
「酷い侮辱を受けた気がする。何だって俺がっ!!」
「アオイも今、酷い侮辱を受けた気がする。ちょっとくらいいいじゃない!!」
無表情で激高しやがる。
「だから仕事の手止めてんじゃねーよ、お前らは!!」
背後でばたばたしてる事務方から怒声が飛んだ。
何故か俺まで怒られた。
「では面談はオウケイって事で」
「オッケー――何でネイティブな発音になった?」
「ん。先方に知らせてくる。留守番よろ」
「え? 俺が受付嬢やる流れなの?」
戸惑ってると奥から、
「すいません、便宜図るんでそいつの代わりにちょっとだけイイっすか!!」
鉢巻を巻いた若い管理職が悲壮な顔で懇願してきた。
肩をすくめるしか無かった。
その前に。
「瞭然としたい」
「えぇ」
「何故、俺だ?」
「傾慕の情だなんて、女の口から言わせないで」
「君らの過剰な固執は手にあまるんだよ。初めからだなんて、だったら経緯ぐらい」
「艶麗でいて偉力に貪欲で、なのに該博な所」
誰だよ?
「でも、そういう所は減滅する」
髪と同じ碧水のかかった銀色の睫毛を伏せる。
気のせいか、彼女の唇が震えてるように見えた。
「分かっていて? 貴方は貴方に恋する女にその理由を尋ねているのよ?」
まるで忌言葉だ。
「人の統制に値するか、いまいち判断がつかないが」
「行動に制限を設けるだなんて、たがをはめるような思想に確執するほど傲慢じゃないわ。そうね。サツキくんにはそれも分からないのね」
泣きそうな顔で言われてもな。
いっそ豪放磊落な性分だったらどれほど楽か。
「常にゼロサム・ゲームじゃ疲れるだけ。貴方、そんな綺麗な顔なのにモテないでしょ? うぅん、言い寄られるのとモテるのは違う」
カウンター脇のバーを潜り、ロビー側に出て来た。
どうやら、本格的に受付業務をやらせる気らしい。
「引継ぎは無いのか?」
「見ての通り。SSランクなら勝手知ったるでしょ? 無理そう?」
「堅忍不抜の精神で精進しよう」
カウンターに手を付き、ひょいっと向こう側に飛び移る。
しまったと思った。
スカートが大胆に捲れたのに気づき、慌てて押さえた。周囲から「おぉ」と声が上がった。
そっちかよ。
せめて捲れた方に声を上げろよ。
アオイさんは少し困ったような顔をしたけど、「すぐ戻るから」と短く言って背を向けた。
「あんたの持論、途中だったな」
背が小さい。背中も小さい。お姉さんぶるのに、本当に作りの小さい子だ。
「ん」
肩越しにこちらを見る。
冬燈。
雪花の中で密やかに咲く灯りが、少女の双眸に宿った。射抜かれて寒茜のように無慈悲に凍える。
あぁ、
四騎士よ。
「提言できるほど大したものじゃないわ。モテるっていうのはね、好かれたいと思う人から好かれることを言うのよ」
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