75話 これは嗅ぐものじゃあ無い。履くもの。
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
更正する時間がとれなくなりつつあります。
文章が野暮ったいかもしれません。
「――という訳で全滅です」
生き残った者のお勤め。一人、木工芸商の所長に報告した。
いや無残な光景だったよ。
執事服と甲冑が踊り舞い、鎌とか剣とか振るう中で勢いよく飛び交う肉塊。そして血しぶき。
さらに灰色オオカミが加われば、荒くれ者風の冒険者10名なんて一瞬で溶けるわ。
俺はただ、僧侶の子の目を塞ぐだけだった。
最後には、残ったシチダンカと青騎士と灰色オオカミ八頭で睨み合ったけど、青騎士がこれから仕事だからとそそくさと帰ってしまいお開きになった。
途中の帰り道、灰色オオカミが茂みの影でしゃーってしてる女の子を発見して引き剥がすのに苦労した。
武士の情けだ見ないふり見ないふり。
シチダンカと僧侶の子とはジキタリスの門でお別れだ。灰色オオカミはクレマチス支部へ預けてきた。マンリョウさん不在につき番頭さんに押し付けるかたちに。すまん。
その後、もう一度ジキタリスの外に出た。
一日に何度も出入りしてりゃ、門番とも顔馴染みにもなる。
森林迷宮の入り口で目的のものを探した。
歌うような野鳥の囀りが、耳の奥で反響する。本当に鳥か、或いは鳥を真似た別の何かか。
どこの辺境にも擬態する厄介者が居る。
一番危険と言われるのは女の姿に化ける奴だが、その評価は否定したい。あいつらは化けて無くても厄介だ。
さて、どこに居るか。
神経を集中する。
梢があざ笑うように鳴る。
木々たちが、無知な俺に囁く。
死神なら、ほうら、
――お前の後ろに居るぞ。
頭の隅でぱちんと鳴った。
肢体をそらし無理に反転する。片手は既にストレージの中だ。
頭上に降る初太刀はかわせた。次は無い。
右手を奴に突き付ける。
ストレージから抜き出したもの。
青騎士の動きが止まった。
俺の手が突き出している物を見ていた。
フリルをあしらった布地。女性物のパンツだ。
「ちなみに俺の予備だ」
「敵の施しなど……。」
「間に合ったのかね?」
「少しだけ……フライングした」
「だろうな」
「知っていたの? アオイの尿道が、ちょっぴりだけ緩んだって」
「いいや」
帰りに茂みで見かけた少女。
チラリとしか見えなかったが、ベソをかいていた。
だったら或いは、と思ったまでだ。
青騎士は俺からパンツを受け取ると、
「スーーーーーッ」
渾身の力を込め、フルヘルム越しに吸っていた。
「そんな事をしても無駄だ」
「無駄? この世に無駄な事象など一つも無い。結果の評価は常に過程で上書きされる」
そういうのは別の挙動で成し遂げて欲しかった。
再び布地にフルヘルムを押し当てる。
「むむ。意外と淡白」
「未使用品だからな」
女将さんの譲渡品ではない。
買った。
その、つい可愛らしかったので。これからも使うから数揃えろってマリーが言うから。
買ってしまってから後悔した。
「裏切られた。おのれ」
「そもそも渡した用途が違ーよ!? これは嗅ぐものじゃあ無い。履くもの。Hakumono」
「でも、新品じゃ意味ない……。」
「使用済みに意味を見出しちゃ駄目だろ」
「……主観の相違に絶望」
「君の主観はラジカルなんだね」
そういやマリーの師匠からも女性ものの下着を預かってたな。あっちもまだ未使用だ。俺は使う気はないが、流石に世界の危機に使えと託された物を彼女の姉妹に渡すのも気が引ける。
「分かった。この借りはいずれ」
青騎士がぎゅっとパンツを握りしめる絵面よ。
「ところで。この後、ギルドに?」
「クライアントの出方次第だな」
「……来て」
来て、か。行けじゃないんだ。
俺としては、そうならない事を願うんだが。
そして現在。
木工芸商に着いた時は灯点し頃である。
まだ日は長い。夕映が窓枠を茜色に染めていた。
暫くデスクで頭を抱えていた所長だが、
「どうして、こんな事に……。」
少し老けたように見えた。
「えぇ、本当に。順調にエリアボス狩りを進めていたのですが彼らの怯懦な資質が裏目に出ました。甚だ遺憾です」
はっ、として俺を見るが、また頭を抱えてしまった。
「彼らの努力は理解もできましょうが、いかんせん夏炉冬扇と申しましょうか。要するに足手纏いでした」
そういや、しきりに俺の身体を触ってたが、あれは何だったのだろう?
所長がこめかみを抑えながら首を横に振った。
そのままピタリと動かずに、
「よし、お前をクビにしよう」
社運を賭けた一声だった。
こうして俺は追放としては二度目。パーティ解散としては三度目の苦渋を味わうのだった。
ギルドにクエスト失敗の報告へ行くと、ちょうど人と怒声で溢れていた。
冒険者じゃない。身なりからして一般ジキタリス民。市井だ。
「納得がいくかっ!! こちとら大事な家族を奪われてるんだ!!」
「うちの人が野盗だなんて何かの間違いよ!! 責任者出しなさいよ!!」
「どうして魔獣の討伐依頼が行商人の襲撃になってんだよ!!」
「ギルドの怠慢じゃねーか!! 何で俺の息子が晒し首に会ってんだ!!」
……あー、俺達を襲った連中の関係者か。
クエストで命を落とした場合、冒険者として埋葬され碑に名前が刻まれる。戒名代わりの二つ名と共に。
勿論、二つ名を持ってる奴なんて稀だ。俺も何か呼ばれてるみたいだが、嫌がらせとしか思えない。
生前二つ名を持たない冒険者は、葬儀で付けられる。本人が拒めないってんだからタチが悪い。
そして特筆は遺族への慶弔見舞金だ。冒険者ギルドと町役場、つまり王国から支払われる。これが馬鹿にならない。だから死亡通知には検察官とAランクの冒険者で検証の義務が発生する。死亡詐欺が横行するから。
犯罪者はその限りではない。
執行役による公式な晒し首がその境界であった。今回は商業ギルドからの訴状でもある。
「お話はこちらで伺います!! 恐れ入りますが一般の受付は塞がないで下さい!! カウンターには冒険者を優先して通して下さい!! だからそっちへ押しかけんなって言ってるだろうが!!」
ギルドも大変だな。
家族を失い頑迷固陋になった者に、本当の敵は見えないか。
仮に真実を知っても、彼らは名士や領主ではなくギルドに歯を剥くだろう。
牙を向けやすい所に牙を向く。弱いと思えたら責め立てる。そんな性格でもなきゃ、こんな光景は生まれないよ。
「ギルド長を出せよ!! 責任者に謝罪させろよ!!」
「ギルドは遺族に恒久的に保証しろ!!」
「冒険者を犯罪者にするな!! 遺族に配慮しろ!!」
「お話はこちらで伺います!! 一般の来場者と他の冒険者に迷惑をかけな――って、だからそっちを塞ぐんじゃねーよ!!」
随分と狷介だが。ほんとギルド職員も大変だ。
混乱を横目に受付カウンターへ向かう。
昨日の顔色の悪い男ではなく、若い娘がいた。
カウンターから辛うじて顔が出てる。かなり小柄だ。
碧水の掛かった銀髪は、相変わらず霜花が咲いたように艶やかで華やかだった。
少し子生意気な猫のような瞳が「あら」と俺を見上げてくる。
蒼い水底を思わすワンピースではなく、ギルドの制服をきっちり着こなしていた。
やはり。
「また会ったわね」
「昨日はお茶を楽しんでおられた所、失礼した」
やはり会っている。最近だ。
カフェテラスで会う前から。
「ううん。よく来たわね」
「職員だったのか」
「臨時雇用。昨夜からトラブルの対応で。オオグルマから戻った人の情報でご覧の通り」
「個人のトレーダーが強襲されたんだ。やったのがここの冒険者の上、死んだ冒険者もジキタリスが出所の依頼中なら」
「そうなの?」
とろんと眠そうな瞳で、小首を傾げられた。
あれ? 俺、やらかしちゃった?
「極秘事項か?」
「んーん、アオイも昨日配属したばかり」
「昨日居た男の職員じゃ無いわけだ」
「彼は――召された」
「!? そうか。随分と顔色悪っかもんな。過労か持病か?」
「いい加減な事言ってるな新人!! 仕事しろ!!」
慌しいバックヤードから怒鳴られた。昨日の彼が資料を抱えて走り回る姿がそこにはあった。
「息災そうで何よりだな」
カウンターから声を掛けると、
「司法関係なんて滅多に無いもの掘り返すもんだから、裏方が足りないんですよ!! 今、前代未聞の状況でして!!」
「お噂はかねがね」
「クエスト発注しますから、手伝ってくれませんかねぇ」
肩をすくめるに留めた。
男は別の職員に呼ばれ、すぐに奥の部屋へ消えた。
こりゃ通常の発注業務どころじゃ無いな。
「まず報告だ。受注中の依頼が失敗した。ごめんなさい」
「待って照合する。ああ、ウンコの人」
「違う。多分それ俺じゃ無い」
「なら人探しの方ね」
「何でその二択なんだ? どうなってんだこのギルド?」
ていうか、何で最初にウンコの人持ってきた?
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
評価★など頂けましたら嬉しいです。




