73話 死神の鎌
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執事服の黒瞳が戸惑いに細まる。
俺の姿。
腕を荒くれ者に押さえられ体をぎゅってされていた。こんな格好、弟子に見せていいものか。ましてや彼の隣に居るのは、見目形にあどけない僧侶の娘だ。やだ見ないで。
一般的な女僧侶の服を基調にしたのか。上に羽織ったフードは長めだが奥の、ワンピース型の聖衣の丈が短い。白い太ももの輝きよ。だがその手足は細く病的で、百合の花の様でいて儚く見えた。
目深に被ったフードの奥で、大きな瞳が見開かれる。
ああ、そうか。端麗な顔立ちなのに幼さのせいで可愛らしさが先だってしまうのか。これは確かに。
庇護欲をそそる。
ジロリと彼を睨むと、執事服は森の奥へ目をやった。
「――先を越されたか」
「って、お前もボス狩りかよ!!」
荒くれ者の腕の中で叫んだ。
彼の視線の先。
狂った様に生い茂る深緑の奥――ボスエリアだ。
俺の声にはっとなる。
「そ、そのキレのあるツッコミの美声は、まさしくサツキの姉さ兄さん!?」
「どういう立ち位置の人だよ俺?」
「何という悩ましいお姿に!! いや既にご降臨召されたとは!! これまでせっせと奴らの首を狩っては祭壇に捧げた甲斐があったというもの!!」
「俺、そんな事されてたの!?」
「この奥に玉椿がドロップすると聞き、ついでに聖女殿を匿おうと訪れた甲斐があり申した!!」
「え!? 僕、ついでだったの!?」
やべぇなコイツ。
カサブランカ以来だが、何か宗教にハマったのか?
俺たちのやりとりに、荒くれ者共が一瞬困惑する。
俺を見る。黒衣の若者を見る。女僧侶の少女を見る。
「へへへ、お前だってもうその気じゃねーか!!」
「だったらここでよぉ、頂いちまおうぜ!!」
俺の体に群がってきやがった。
こっちかよ!!
こっちを選んじゃったのかよ!!
ごっつい手が俺の脚や胸に這い寄って来た。くそっ、俺を無力化して自分らだけでボス戦に挑む気か!!
『案内ご苦労だったなお前はもう用済みだぜ』みたいな!!
「俺のことは最初からエリアボス目当てだったんだな!!」
「ちげーよ!! お前の体だ!! か・ら・だ!!」
「俺のだと!? 何を言ってる頭大丈夫か!?」
「オメーがな!!」
くそ、よく分からん!!
「あの……シチダンカさん? あのお姉さんがお話ししてくれたお師匠様……?」
「ああそうだぜ聖女様!! 一度は裏切った俺を救ってくれた我が破壊と再生を司る主神!! サツキの姉さ兄さんだ!!」
「姉さんか兄さんかどっちだよ!!」
思わず荒くれさんが吠えた。
俺も吠えたい。
「ぴぃ……ご、ごめんなさい!!」
「貴様ら!! 聖女様に対してなんたる不遜!!」
「オメーに言ったんだよ!!」
「おのれ!! 言い訳ばかり達者になりおって!!」
「聞けや!!」
「言い訳など虚しいだけだ。だから俺はサツキの姉さ兄さんの為だけに生きると誓った!!」
「……あの、そのお姉さんが、捕まっちゃってるけど」
「あれは捕まってるのでは無いぞ聖女様!!」
「……え?」
「そういうプレイだ!!」
「プ、プレイ!?」
女僧侶が蒼白になり男たちを見渡す。
どいつもこいつも、
俺に群がっていた。
「どういうプレイなのこれ!?」
「いや……姫プレイ?」
「お姫様なの!? 何でそんな掴まれて体触られちゃって……え? ええ? お姫様って一体!?」
「ちょっとそこのお前!! おうそこの黒服、お前だよ!! 小さい子の前で何言ってんだよ!!」
「サツキの姉さ兄さん!! 吾輩の事はシチダンカとお呼びください!!」
「変なキャラ付けしてんな!!」
「ぬぬ、では俺はこれからどうすれば!!」
黒い執事が歯噛みする。
「げへへ、そこでじっと見てな。後でそっちの聖女も同じ目に合わせてやらぁ」
「なるほど」
「え!? シチダンカさん納得しちゃうの!?」
「聖女様!!」
「は、はい!!」
「何事も人生経験だぜ!!」
「こんな経験したく無いよ!? 無いよ!?」
「いや待てお前ら。ボス討伐ぐらいは経験しておけ」
「さ、流石はサツキの姉さ兄さん!! これぞ我らが主神の慈悲!! さぁもの共よ!! 明かし持て振り降臨を祝い給え!!」
「俺らを勝手に変な宗派に帰依させんな!!」
「では、何故に貴様らは我が主神の御御足に頬を擦り寄せるか!!」
あ、気づいたらめっちゃ脚にスリスリされていた。少し気持ち悪いかな。
俺の意に反してエセ執事は血走った目で、
「これぞ救い!! 喜びける諸人よ!! もう泣くことなかれ!! 我らが真の主はこの地に降り立ったのだ!!」
両手を掲げて、なんか父の元に召されるだろうみたいなポーズになっていた。
隣の女僧侶の子が、凄く困った顔で見てくる。
男たちが好き勝手に弄ってくる。
「……これ、俺が処理しなきゃならないのか?」
唐突に、
茂みの揺れる音と金属の擦れる音を感じた。遅れて質量が生まれた。
背後。
男達のずっと奥だ。
気づいたのは、俺と執事服だけだった。眉を寄せてその正体を探ろうとしている。
気配が陽炎となって揺らいだ――瞬間、彼は獲物であろうデスサイズを構えていた。
どこから出した? いや、それ以前に、
「ふーん、俺のあげた剣じゃないんだ」
ちょっと拗ねた様に言ってやる。
「業物でしたが俺よりもアマチャが使いこなします」
「お前らつうつうの仲だったな」
アマチャ……どっちだ?
「あれは剣士の家系なれば」
真面目に返された。
黒服の只ならぬ声色に、僧侶の子も男達もそちらを向く。
「何者かは存じぬが、我が主神は渡さぬぞ」
地を滑る低い声で威嚇していた。
「何者かも分からん人に何言ってんだか……。」
むしろ何者かも分からん人がこの状況を見たらどう思うのだろうか。
「そんなぁ」
間延びした、なんぞふわふわした声が梢の影から返った。
鈍い、青い輝きが木漏れ日の列を反射する。
ぞっとした。
何でこんな化け物がうろついてるんだ。
楽しいダンジョン攻略だったはずだ。ボスエリアも目の前だ。
なのに、
あぁ、月に叢雲、花に風。
「どうして、意地悪を言うの?」
フルフェイスの仮面から響く苛立った音色に、黒い影が怪鳥の様に飛び掛かった。
空を斬る鎌の格調が、玲瓏な輝きへと振り降ろされる。
雨垂れの様な死の囁きは、その速度から微音であったはずだ。彼の繊細な指捌きに、誰もがそう思った。
大収穫。
並みの者なら距離が詰まったと知った時、死の翼に首を刈り飛ばされ果てただろう。後を追うのは豊作を祝う鮮血の迸りか。
重厚な左手が上がった。
旋回しつつ襲う刃が、まさか甲冑の手のひらに届く寸前で弾かれようとは。
瞬間、迫る勢いよりも早く黒服は後退していた。
「……悪夢とばかり思っていたが、これ程まで遼遠であったか」
言辞がおかしいが、彼だって同格者と遭遇していた。
カサブランカの迷宮。第11階層フロアボスの部屋だ。
「果たして、この実力差は我が信仰心を上まるものか」
いやおかしい。比較の対象がおかしい。
対して、間延びした韻律が応える。
「アオイも――サツキくんのスカートに潜りたい」
狙い、俺かよ!!
フルヘルムからフシューって大きく息をする。
さっきの左手。
甲冑の指の動きが見えたのは、流石に俺だけか。
刃先が到達する前に、何か光ったというか浮んだというか。
「潜っても、いい?」
小首を傾げる。
あの人と同格。
俺に拒む術は無い。
魔王の四騎士。深縹に天色にと輝く青騎士だった。
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