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71話 パン屋さんです

ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。

 清涼な空気が、窓の向こうの街路樹の葉から朝露(あさつゆ)の輝きとなって漂う。

 最初は頭痛だ。次に何かこう、わさわさする感触で目が覚めた。

 酒は強くない。舐める程度に嗜むぐらい。いつもは限度を弁えるが、いや散々飲まされたよ?

 あの後、何があったのか。

 左に、猫さん着ぐるみパジャマを着たナツメさんが眠っていた。

 可愛いな、38歳。

 はっとなって右を向く。

 マンリョウさんの健康的な肌が、金鴉(きんあ)の煌めきに負けじと晒されている。衣装はサンバダンサーのそれだ。

 ……。

 ……。

 そっか。さっきのわさわさは孔雀の羽根か。密接する身にもなって見ろ。出勤時間帯の満員馬車だと迷惑になる。

 恐らく奴だ。どれもこれも奴の仕業だろう。

 そっとベッドから抜け出し、裸足でシャワーを浴びに出た。

 いつか、

 彼女らの(かたき)は俺が取ってやろう。




 商館は、一階の裏手にシャワー施設を完備していた。温水だ。流石に風呂までは無くとも業務上、商談も有り得る為、組織的に身だしなみには配慮する意向だった。


「おいおい、嬢ちゃん!! そっちは男湯だぞ!!」


 担当員のおっさんに呼び止められた。

 マズイ。流石にこの誤解は等閑(とうかん)に付しちゃ駄目だ。


「あの、自分よく間違われますけど男の――。」

「はいはい、痴女は皆んなそう言うだよ。ほら女湯はそっちだ。さっさと行っておくれ」

「いや、断じて男の子d」

「最近じゃこんなのが流行ってんのかねぇ。今さっきも若い娘が男湯に入ろうとして問答になったんだよ」

「何それ怖い!?」

「この後、混雑する時間帯だから手間掛けさせないでくれよ。頼むよ」

「え、あ、待っ――。」


 無理矢理、女側の脱衣所に押し込められてしまった。

 今さっきもって事は……居る!! ちょうど白いお尻が、曙光(しょうこう)の様に輝くブロンドを揺らしシャワーボックスに入る所だ。

 ボックスは開閉ドアが有るけど、せいぜい胸から太腿の位置までしか隠れない。湿気を逃す通気性と安全面での配慮から密封は避けられたらしい。

 だから先客の肩周りの筋肉とか脹脛(ふくらはぎ)の筋肉とか、狭い脱衣所から丸見えなわけで。

 はぁー。いいな。綺麗な筋肉。鍛えてるなぁ。

 細身の嬌姿(きょうし)でありながら、出る所は出てる。(背筋が)

 なのに、さっき見えたお尻は丸くて柔らかそうだった。


「――何か?」


 いかん、過度に見過ぎた。

 こちらに背を向けたまま、金髪の女性は手で泡をモミモミしていた。長い髪、洗うの大変そう。


「すみません。よく鍛えられてるご様子でしたので、つい」

「つい?」

「……見惚れてしまいました。羨ましくて」


 隣りのボックスへ入り、ダイヤルを捻り噴出口から適温のお湯を浴びる。

 備え付けのシャンプー。この国ではあまり知られて無いが、もう一つのリンス仕上げと合わせると髪がサラサラツヤツヤになる。

 本来はアザレア王国をはじめ列国で取り扱われない品だ。

 俺もロッジに置いてるが、古い馴染みの商人から購入していた。師のカタバミから紹介された個人トレーダーである。前にカサブランカで使った水切りの結界も、その彼から仕入れていた。

 ゼラニウムの澄んだ香りが心地い。


「そちらこそ、がっちりした体形で羨ましい。バランスがいいわ」


 意外。声を掛けてきた。

 お互いシャンプーでわしゃわしゃしてるのが救いだ。横目で彼女の玉姿(ぎょくし)をチラ見する。うん上腕筋もなかなか。


「ありがとう御座います。でも、まだ鍛えかたが足りないかな。せめて、魔王の四騎士(フォーカード)と切り結べる程度には」


 これは本音。

 黒騎士の奥義。殺意も殺気も無い、ただうっかり繰り出したあの剣技。本気で来られたら、反射盾も回避盾も通用しない。

 ずっと気に病んでいた課題だ。


「貴女、剣をやられてるんですの?」

「いえ、踊り子です」

「……そう、ですか」


 あ、反応に困ってる。


「ほ、ほら、そういう剣術とか好きって男のかたも居ますし、嗜み程度で……。」


 こんな言い訳が通るものかよ。

 彼氏の趣味に合わせる女かよ。

 趣味に合わせて四騎士討伐すんのかよ。


「ふふ、もうっ。将来何になる気なんですか」


 通ったよ。


「……パン屋さんです」


 調子に乗って何言ってるんだろ?


「本当に何になる気なんです!?」

「え、えぇと、昼は貞淑なパン屋さんで、夜は剣も使える女豹、的な……?」


 どうしよう、このキャラメイク。

 朝から何言ってんだ?

 ベッドの上で剣を使うみたいな、おかしな子に思われただろ、これ。


「ふふふ、本当におかしな人。もし独立してお店を持つ予定なら、俺の故郷へ来て見て下さい。歓迎しますよ」

「故郷、ですか?」

「ベリー領は気候も穏やかで凄しやす――。」

「あっ、釜戸の様子見に行かなくちゃ!! 失礼しますね!!」


 リンスもそこそこに、慌てて泡を流し、ボックスを飛び出した。

 すまない、ナツメさん、マンリョウさん……。

 (かたき)は取れなかったよ。




 朝食。

 三人でテーブルを囲んだけど、特に会話が無い。

 気まずい。

 ナツメさんとても可愛らしかったですよ、は流石に地雷踏み抜いてるし。

 今の彼女らの着衣は、落ち着いたデザインのブラウスとタイトスカートだった。昨夜のお詫びにと、マンリョウさんから贈られたらしい。

 俺にも防具と合わせて用意されてる。部屋にあるからそれを着て出勤して欲しいと言われた。

 気を使わなくてもと思ったが、断るのも失礼になるし。有り難く着せてもらおう。


「昨日のアレだけど」


 二人がビクンと反応した。

 気まずいとも言ってられない。これだけは確認しないと。

 この期に及んで陥穽(かんせい)に落ちる事もないだろう。


「一つだけ明確にしたい。アイツは味方、でいいんだよな?」


 今後、現場で鉢合わせても対応に困る。

 先刻は気づかれなかった。今朝の長距離便で出立したのも確認済みだ。


「だ、だ、大丈夫よ。あの(かた)はウラオモテのナイいい方よ」


 ゴーレムみたいなカチコチな喋りになってんぞ?

 マンリョウさんの弁説が流暢でない様は、何か痛々しい。


「私……三十八にもなってあんな格好させられて……。」


 こっちはトラウマになてる。


「オオグルマでセンリョウさんへの報告。あれに出てきたな。やはりナツメさんとも?」

「弟さんの件で便宜をね。後はサツキさんの読み通りよ」

「だからって、あんな!!」


 ナツメさんの口元が悲痛に歪む。

 何て言ったものか。


「猫さん、可愛かったと思うよ」


 俺の馬鹿。


「その前に!! その前に……色々着せられたんです。サツキさんに不用意な事をした(とが)だからって……。」


 一体何があったのだろうか。

 これ以上は聞けなかった。




 昨夜の部屋に戻った。ベッドの上に置かれた衣装箱を開封し、全て装着する。

 姿見の向こうに、ガーリー風な冒険者姿の娘が居た。


「おのれ!! この期に及んで陥穽(かんせい)に嵌めやがったな!!」


 女将さんのお下がりに似た系統だが、ディティールはこちらの方が落ち着いている。

 フリルこそあしらったが派手さを抑えたブラウスにコルセット。鈍い光の胸当て。中に詰め物がある。いらん気をきかせやがって。あと、プリーツを織り込んだミニスカートに厚手の草色のタイツだ。

 ……。

 ……。

 くるんっ。

 鏡の前で回転してみる。

 うん。適度にめくれるな。

 鏡面に顔を近づけて表情を確認する。一応メイクもした。この辺はマリーから教わっていた。


「よし」


 小さくガッツポーズをして振り向いた。

 扉の前で恐ろしい物でも見たようなマンリョウさんとナツメさんと目が合った。

 ……いじわる。




「お、落ち込まないでサツキさん、わたし達もどう声を掛けていいか迷ったのよ」

「そうです、私だって恥ずかしい姿を見られたのですから、ここはお相子という事で。ね?」


 ベッドに座り項垂れる俺を、二人のお姉さんが慰めてくれる。

 俺はただ、スカートの裾をぎゅっと握って耐えるしか無かった。

 何これ?


「それに天稟(てんぴん)を発揮されたと言いますか、凄く可愛いと思います。お化粧も似合ってますし、花の姿とは言ったものです!!」

「……ほんと?」

「えぇ、本当です!! これだったら木工芸商(うち)に居着いた冒険者達(ゴロツキども)もメロメロですよ!!」

「……うん、頑張る」


 何となく元気が出てきた。


「サツキさんは、それでいいのね」


 マンリョウさんが悲しそうな顔をした。




 商館を出る時だ。灰色オオカミ達が総出でお見送りしてくれるのだが。

 ……何でどいつもこいつもスカートの中をくんかくんかしたがる?


「パパの見た目が変われば、確認もしたくなるわよ」

「そもそも何故この衣装なんだ?」

「冒険者風の新モデルって言いつけたのだけれど、どこで間違ったのかしら?」


 そうか。マンリョウさんの選別じゃ無かったのか。

 しかし何だ。めっちゃ嗅がれてるんだが。


「じーーー。」

「あの、マンリョウさん?」

「じーーー。」

「……。」

「じーーー。」

「……マンリョウさんも、嗅ぐ?」

「し、仕方がないわね。この子達にばかり嗅がせてたら、示しが付かないものね」


 灰色オオカミに混ざって俺のスカートの中に頭を突っ込む褐色の艶容。通り過ぎた丁稚くんらがびびってる。


「マンリョウさん……。」

「(すんすん)」

「そろそろ、恥ずかしいのだが?」

「(すんすん)」


 そんなにいいものなのか?

 そういや元パーティメンバーの二人も、やたら顔を押し当ててたな。




 ナツメさんには先に出勤してもらった。

 流石に同伴出勤は良くない。噂になったら恥ずかしいもんな。

 事務ヘ回らず勝手口から入ると、


「……お、おう」


 昨日の荒くれ者なのだが、反応がいまいち違う。


「おはようございます、荒くれさん」

「俺、そんな名じゃ……。」

「そうですか? 荒々しくてカッコいいと思いますけど?」

「俺の事は荒くれと呼んでくれ!!」


 所長室の前で何やってんだか。


「では、参りましょう」

「おう!!」


 くくく、楽しい冒険の始まりだぜ。

 ……いや、俺の衣装の方が冒険し過ぎだと思うが。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。

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