70話 蒼きメイド
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「お前ら息ぴったりだな!!」
「ですが、クレマチスの代表さんに初めてお目に掛かったのは事実です」
唐突だった。怪しげな衣服を手にしたまま、彼女は瞼を閉じていた。
「よろしいんですの? ナツメさん」
「冒険者さんがお二人も亡くなったと聞きました。不確定要素を廃したいのは分かる話しです。なにより元から隠し通そうなど不義理は望みません」
何かを求めるようにマンリョウさんが俺を見る。
俺の采配に任す気か。だったら、
「人の誠意が見れるから冒険者なんてやってられるんだよ。そんな品位は尊重したい」
頷くと彼女は身を引いてナツメさんの後ろに下がった。
ナツメさんはひと呼吸息を吸って、
「カサブランカの冒険者ギルドに依頼を提出したのは、私の弟でした」
関係者かよ。
納得。それであの時、若造を押しのけて俺の対応に来てくれたのか。
「ジキタリスはクレマチス社のような外資を除いては、ほぼ名士様の独占市場で通ってます。新規事業など発足もままなりません。既存の商業施設や地場の大手は直営か傘下であり小売り業もその独占に下った状態でした」
「わかるよ。商人なら閉じた市場の開放を望むのは自然だね。そこに憤りを感じなきゃ、それこそ停滞だ」
気付かれないよう、着衣の乱れを整えつつ話を促した。
「未だに尾を引くのは商人だけでありません。職人さんだって現状のモダニズムから解離した傾向には反発します」
「芸術家のようなものだから、伝統を消化した上でそれらを脱却したいのは好感に値するが。伝統的権威とかさ、旧来の思想を否定するのとは訳が違うし。マンリョウさんも?」
「ただの啓蒙思想でさえなければ、それは支援もしたくなるわ」
商会の思想が街の人間生活の進歩や改善を望み、そこに寄り添うのは自然な話だ。忌避するから名士の独占が邪魔か。なら俺の出る幕じゃないな。
「で、人探しとどんな関係が?」
「弟は、例の粗暴な冒険者風の男と所長の会話を偶然聞いてしまったのです。サツキさんはこのたびの要保護対象者をどこまでご存知ですか?」
「年の頃は10代前半の少女。名前は不明」
「……あの、他には?」
「これで全てだ」
「え? ええー!? それだけの情報でどうしようっていうんですか!!」
ナツメさん、こんな擬声語みたいな悲鳴も上げちゃうんだ。
婉容で大人の女性って感じなのに、なんか可愛いな。
「はは、どうにでもなるのが冒険者だよ」
「そんな……す、すみませんっ!! うちの弟が大雑把なせいで、こんな事になってしまって!!」
「姉の方は俺を脱がしてバニーにしようとしてたがな」
「こ、これは、その――尊いんです!!」
悪びれる様子もないのな。
「で、その他の特徴は? そっちが騒動の原因なんでしょ?」
「は、はい。その少女は僧侶なのですが、最上級回復術が使えるそうなのです」
「またレアな……。」
「そこに目をつけたのが、ジキタリスの名士様だと」
「それで貴女の弟さんか。マンリョウさんも知ってたの?」
「えぇ。ナツメさんや弟さんとは面識は無いけれど、当商会が情報提供を受けていたのは事実よ。私も接触を図る予定だったから、こうしてサツキさんに性的趣向をぶつけるには都合が良かったのよ」
「あれ? 最後、明らかにおかしいよね? おかしいよね?」
「何のことかしら?」
しかし繋がってきたな。
クレマチスの狙いはジキタリスじゃない。本来は違う。恐らくオダマキ領だ。
ジキタリスの名士に何らかの関係性を見出したところに、カサブランカから調査依頼と情報共有の要請を受けた――と見せかけて、本来の発端はクレマチス商会のオオグルマ支部と、その背後に居る地方貴族か。
名士を打倒したい勢力からしたら、渡りに船だったろう。
「ああ、それとナツメさんの弟さんはポーチュラカの支部で保護しているわ。カサブランカやオオグルマじゃ追っ手が迫る可能性だってあるもの。足取りを消す必要があったのよ」
最悪、死んだものとも思ってくれれば、か。
やってる事、俺と同じだな……。
「私が話せるのは、これで全てです」
「わたしが話せるのも、ここまでよ」
「そうか。じゃあ、今日はここでお開きということで」
がっ、と再び俺の両腕が掴まれた。
マンリョウさん。
今さっきまでナツメさんの背後に下がっていたのに、まさか縮地を使うとは。
「何を仰られて? これでようやく続きができるというものじゃない?」
「何で続けられるって思うんだよ!?」
「ごめんなさい、サツキさんっ。おばさん、どうしてもサツキさんにこの可愛らしい衣装を着てもらいたくて!!」
いそいそと俺のシャツを脱がしにきやがった!?
名士に対抗する話しの後だと、二人の結託は事態の縮図に思えて来た。
いや、駄目だ。
ナツメさん。何でこんな服脱がせるの手際いいんだ?
「だから男の俺をバニーにしてどうしようってのさ!!」
「別にわたしはバニーに拘らないわ。肌を重ねてしまえばこちらのものよ。このまま頂くわ」
「待って下さいっ、え、男の子!? 男の子……私は今、自分を出していいものか躊躇ってるわ!!」
「躊躇うぐらいだったら、その俺の胸を撫で回す手を止めてくれたっていいでしょ!?」
「凄い……これが男の子の肌触り……クレマチス商会の代表が啓蒙するのもわかります」
「ちょっ、人の胸を撫でくりまわすな!!」
「ナツメさんにだけいい格好はさせられないわ」
「あんたも何で一緒になって撫で回すんだよ!! 淫猥だって分かってんのか!?」
「分かるから、憧れてもいるのよ」
するすると、蛇のようなしなやかな動きで俺の右側に潜り込む。
同時に、ナツメさんも俺の左に寄せてくる。
左右から、白と褐色の繊指が、執拗に体を弄ってきた。
「否定するなら、拒んで見せなさい?」
マンリョウさんの赤い唇が、耳元で囁いた。
「男の子の匂い……。」
ナツメさんがくんかくんかする。
そして――。
『待ってください!! 今、上の者は取り込み中で!!』
『後生です!! せめて明日の朝までは!! せめてお嬢に本懐を遂げさせてくだせぇ!!』
『駄目だ、あっしらじゃ抑えられない!!』
何か下の方から騒ぎが登ってくるんだが?
『ここか――。』
ドアの向こう。
つい今さっき響いていた番頭さんや丁稚さんの声が消えた。
代わりに、低い声と共にとんでもない殺気が吹き付けた。
ドアノブは回らなかった。
コトリ、と硬い音がした。
解錠する響きじゃない。床からだ。
「だ、誰よ……?」
たまらずマンリョウさんが誰何する。
問いかけなのか、自問なのか。
掛けた鍵ごと、ドアノブが床に落ちていた。
「ちょっと!!」
言いかけて固まった。
ゆっくりとこちらへ開く扉から目が離せない。俺もだ。
風に押されたような力の無い動きで、俺の唯一の突破口は開かれた。
逃げ道だった筈だ。
そこに向かおうという気力が立たない。
「ひゃぅ」と女二人が悲鳴を上げた。鬼気が押し寄せた。部屋に溢れんと戸愚呂を巻いた。
「お前ら……何を、ヤッテ……イる」
己の怒気を力づくで抑えた、低い怨嗟を伴って現れたのは、編み込んだ金髪を後部で綺麗に巻いた娘だった。纏っているのは、どういう訳か濃紺のメイド服だ。エプロンドレスだ。
「……誰だ?」
「誰かしら?」
「な、何なんですか?」
三人で首を傾げる。
心当たりのない少女に、出会い頭に怒られたのが今の俺たちだ。
「お前ら、何をイカガワシイことを、してるん、だ? いたいけな少年に、いい歳した、女が、何をしてる、んだ?」
切りすぎ。
そして切れすぎ。
元は凛玲な美貌の持ち主だったのだろう。けど、鈴を張ったような蒼い瞳は狂気に窄まり、額に青筋がメキメキと音を立て浮かんでいた。
艶やかな唇も、今はへの字に歪み風雅な美貌であったが故、異形の美しさに我々の魂を恐怖に震わせた。
「サツ、」キ
蒼眼からの紫電で、さらに切れすぎた俺の名前が、もう鉤括弧にすら収まらない。
「どっから声出してんだよ!!」
むしろ声も出せず固まるマンリョウさんとナツキさんが、俺に目を見開いた。
瞳が、この子何で動けるの? と訴えている。
「現場を、確認しに来、て見レバま、たお前は」
再び鬼気が正面から吹き付ける。
音無き音が、ごうっと顔を打った。
咄嗟にストレージから和刀を抜き出す。抜き身。鍔鳴りが二人の空間が繋いだ。
額から垂れる血が、俺の右目を遮る。
奴の頭部に巻いた編み込んだ金髪が、ふさぁと解け空間に煌めきを放つ。
剣の腕前は――向こうが格上。
そして何より、メイド服と剣の親和性。問題は奴が持つ剣だ。あれは、紛れもなく――。
「アイツが弥生を手放すはずがない。その顔。声。お前がさ!!」
二人を庇うように前に出る。俺の刀だって技物だが、正真正銘の妖剣には及ばない。ましてやそこから繰り出される死の銀線は緋桜剣。
「コノ、しれ者、ガッ」
ヤバイやばい、ほんとマジ切れしてるし。これ、俺ごと後ろの二人を斬っちまう。
「斬るなら俺だけにしろ!!」
思わず二人の命乞いをしちまったぜ。
「ナ、ニ、を言ってい、ル」
うぉ!? 綺麗な顔が青筋まみれになった!?
付き合いは長いがこんだけブチキレてる所、初めてだわ。
「オレ、の用ハ、ソイツ、らだ」
剣を鞘に収めるのと一歩踏み出すのと、俺の横を通り過ぎるのと、全ての動作が同時なんだもんな。本当に敵わない。
「来イ」
短く言い捨てると、二人の襟首を掴んで引きずるようにドアへ向かった。
ノブに手を伸ばし掛けて、ドアノブが斬首されたように床に転がってる事に気づく。
そのまま開け放ち、蒼いメイド服は廊下へ消えていった。
……。
……。
「よし寝るか」
悪い夢だとでも思って諦めた。
とりあえずベッドに潜ると、ひょい、と奴が開けっ放しのドアから顔を出した。びびった。
「……。」
「……何んだよ?」
「うん」
「?」
「……お休みなさい、ご主人様」
「ぶっ!?」
頬を赤く染める美貌に、今日、一番の恐怖が走った。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




