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7話 拒絶と横顔

ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。

感謝です。

「出るんだとよ」

「何が……出るって?」


 カタバミは赤ら顔を真剣に歪めて。


「痴女が徘徊してるって話だ」


 恐ろしげにそう言うと別の集団に絡みに行った。入れ違いで、と言うよりタイミングを伺ってたのだろうが料理と酒が来た。

 肉と香辛料とスープのいい匂いを嗅ぎながら、木で組まれたジョッキを掲げる。


「じゃあ乾杯しよう」

「何にでしょう?」

「ん? あー、じゃあ……可愛いらしい我が奥様に」

「ちょっと意地悪だけど素敵な旦那様に」


 ジョッキを軽くぶつける。

 返すようになってきたな。余裕が出てきたようだ。

 酒と料理が進み、お互い軽口を言い合い、時折り周囲の喧騒に耳を傾け、


「何だか久しぶりだな」

「?」


 クロユリさんが首を傾げる。

 彼女のフードを外してやりたい衝動に駆られる。


「こんな風に穏やかな心で過ごす夜なんて、ほんといつ以来だか」

「そうですね。昼間来られた時、数日振りにお会いしたら、とても張り詰めた顔されておいででしたもの」


 告白してフラれてパーティを追放されてパンツを嗅がされて。いやこれ、穏やか無理だわ。殺伐となるわ。

 それでも、今はこの時間が気に入っている。何だか長い旅をしてきたような感覚だ。


「そう言えばカタバミさんのお話し。出るって仰ってましたね」


 うん、今その話はいいよね?

 何故か汗が滝のように出ていた。


「私たちが居た時は、その様な不審人物とは遭遇しませんでしたね。ラッキーでしたね」


 むしろあのボス部屋、不審人物しか居なかったと思うぞ。

 と、調度隣の組みの冒険者たちがその話しで盛り上がっていた。余計な事を。


「おう、今ギルドで聞いてきたんだが、迷宮に黒騎士の姿をした変質者が出るらしいぞ」

「あぁ、さっきあそこのベテランさんが言ってたな」

「噂じゃ若い男たちを追い回してたって話だ」

「かぁ、恐ろしいねぇ」


 クロユリさんが固まった。フードを被っても口の端がヒクヒクしてるのがわかる。

 俺はと言うと、さっきから嫌な汗が止まらない。


「私たちはその様な人物とは遭遇しませんでしたね。ラッキーでしたね」

「……。」

「……お願いですから何とか言ってください!! え? どう言う事ですか? 私の事じゃないですよね!?」

「考えてもみたまえ。これで魔王直属としての行動は詮索されずに済む」

「その魔王様の直属(私たち)が変質者みたいに見られてるんですよ!?」

「君たちがではない。君たちを模した痴女が若手冒険者の青い果実を追いかけ回していたと言うだけだ」

「変な属性を付けないで下さい!!」

「それに、俺は知っているから」

「何をです!? あ、私の体!? 私の体ですね!?」


 周囲が途端にザワってなった。

 全裸を見たのは爆然と覚えてるのだが、凄かったという意外、記憶が曖昧だ。むしろあの一撃を受けてよく生きてたな俺。

 コホンと咳払いをし、


「貴女がとても誇り高く騎士としても女性としても尊敬できる人物だと」

「え?」


 フードの奥で目をパチクリする。

 それから俯き、固まったかと思うとジョッキを煽った。

 静かにテーブルへ置くと、


「……おかわり、です」


 俺が指を上げくるくる振ると、フロアスタッフが追加の酒をすかさず運んできた。彼女は口を付けづ、指先でそっとジョッキのフチをなぞっていた。

 なんて声をかけたらいいのかわからない。


「貴方は……ずるいです」


 拗ねたような口調は、とてもか細かった。


「卑怯です。ずるいです」

「お、おう?」

「呑みます」

「おう」

「貴方も呑むです」


 オレ、呑む。オマエ、呑む。ナカマ。みたいになっていた。

 穏やかな夜はどこへやら。




「すみません、不覚でした」


 クロユリさんに腕を貸しながら自室へ登った。覚束ない足取りに階段は危うい。

 なるべく目立たないよう移動したかった。こうした宿はありていに言って連れ込みにも使われた。まぁ、男女二人で酔っ払っていればそんな目でも見られる。この人をそんな視線に晒すのが嫌だった。

 ぴったり寄せてくる温もりと柔らかな感触に、アルコールのせいか上気した眼差しで見つめてくる。あ、コレそんな視線に晒されるヤツだ。

 ……。

 ……。

 いや、さっきから凄く見られてるな。

 そしてぎゅうぎゅうと密着してくる。歩きづらい。


「いやなんと言うか、もう少し」

「何か?」


 ちょっと離れて欲しかった。このボリュームはよく無い。とてもよく無い。

 視線を逸らすことなく、見上げてくる。

 まだ拗ねているらしい。

 どうやら、部屋までこのままのようだ。

 ……。

 ……。

 部屋までだよね?

 そのままのろのろと歩き、狭い廊下を進んだ。間もなく奥の部屋に到着する。


「どうぞ」


 セキュリティを解錠しドアを開け促す。

 物理的な鍵でのロックと、魔術による施錠の二重構造だ。高級宿屋になると、さらに扉や壁面に対魔法障壁まで施される。

 と、ことんと、頭を俺の胸に押し付けてきた。


「ふふ……。」

「どうした?」

「ここから二人の初めての共同作業が始まるのですね」

「いいから入れよ!!」


 駄目だ。この人、深酒させちゃ駄目だ。

 歩いてるうちに、酔いが回ったらしい。

 ベッドへ座らせ水を飲ませる。とにかく水だ。おら、もっと飲め。


「もう飲めません」

「瓶とコップ、ここに置いておくから」

「すみません、お手数ばかりかけます……。」


 ふぅ、とフード付きマントを脱いだ。彼女の甘い香りが広がった。


「えぇと、明日、そういや明日探索に潜るが、ギルドの仕事はいいのか? 転属したばかりで欠勤は対面も悪いだろ?」


 無理に話題を振る。言ってから他に話すことがある気がした。


「抜かりはありません。何といっても敏腕ですから、しっかり外堀は埋めてきました」

「そ、そうか」


 上体を傾け、にこやかな目でこちらを見てくる。これは、戸惑うな。

 ちなみに「外堀を埋める」は、かつて勇者が広めた言い回しだ。攻城戦に関わる何かだったようだが、勇者の故郷の言葉だという。


「気分が落ち着いたら、横になるといい」

「はい。さ、どうぞ」


 と、隣をぽんぽんする。こっちに来いと言ってるらしい。そりゃそうだ。一つしか無いもんな。他に寝るところ無いもんな。


「俺は、体洗ってくる。あ、お前は落ち着くまで駄目だからな。明日、朝食前にしなよ?」


 ちょっと間が持たなくなって、まぁ要するに、逃げたわけだ。

 そそくさと備え付けのタオルを持って出ていく俺を、クロユリさんは楽しそうな視線で見送っていた。

 扉を閉める時、


「アナタ様は……本当に可愛らしい男の子ですね」


 みたいな台詞が聞こえた。



 部屋に戻ると、クロユリさんはベッドに体を放り出すように眠ってた。

 衣服がそのままだが手を出す訳にはいかない。とりあえず毛布を掛けてやる。しかし、無防備だな。

 無性にその黒髪を撫でてみたくなった。

 ちょっとした好奇心だ。本来、眠る女性に触れる事など恥ずべき行為だろう。

 だが、相手は魔族だ。敵だ。小さな口元から安心し切ったような寝息が聞こえてるが敵の最高幹部の一角だ。

 調査せねば。

 この、照明の明かりをキューティクルとなって反射するさらさらヘアを、調査せねば。

 指を伸ばしかけ、


「そうはならんやろっ!!」


 壁に激しく頭を打ち付けた。

 これが壁ドンか。

 やべぇ。今までパーティメンバに女性は居たが、二人っきりは無かった。

 酔いはとっくに抜けていた。

 つまり正気だ。

 正気で会ったばかりの女の髪を撫でようとしていた。

 う、気持ち悪い。駄目じゃん。これ相当やばいやん。

 目を瞑り呼吸を整える。

 踊り子スキル。深呼吸(踊り)一ノ型――現実逃避。

 考えるのが面倒になった。なるべくクロユリさんから体を離してベッドに入った。いい匂いのせいか、敵が隣に居るってのに、眠りは深かった。



 翌朝、微睡(まどろみ)の中で温もりを感じていた。

 まだはっきりと意識が目覚めない。このまま目覚めないでいたい。有り得ない。いっぱしの冒険者なら眠りが深くても違和感を感じた瞬間に飛び起きる。飛び起きて剣を抜く。

 敵味方の判断はそれからすればいい。

 場合によっては、判断もしなくていい。

 いや、なるべくした方がいい。

 だが、この違和感は凄く、温かい。とても、いい匂いがする。軟からかくて人を駄目にする――。

 一気に脳が覚醒した。

 はっと起き上がる。不覚。完全に寝入っていた。

 隣り。密着するように全裸のクロユリさんが眠っていた。今さっきまで、めっちゃ抱きしめていた。あと、揉んだかもしれない。すっごい揉んでたかもしれない。

 とっさに毛布を掛け、グラマラスな体を視界から追いやる。

 ――忘れろ、俺の右手。今の感触、忘れろ。静まれ、我が左手よ。

 あ、なんか心理的に暗黒に染まる精神的疾患みたいになってきた。伝承では、勇者の故郷の言葉でチュウニ病って言ったか。

 え? ていうか、何で脱いでるの、この子? 何で向こうからも抱き着いてたの? あと俺、何気に両手使ってたの?

 俺が飛び起きたことで、彼女の長い睫毛が揺れた。ゆっくりと瞼が上がりそうになり、力尽きたようにまた下がった。


「って、寝るなよ!!」

「……ん……ふ、ぅん……。」


 色っぽい声で、猫のように伸びをする。こらこら、せっかく隠したのに見えてしまう。

 とっさに毛布を掛け直す。

 とろんとした瞳がおもむろに(←ゆっくりの意)こちらを見上げてきた。


「……あなたは……サツキさん」

「お、おうサツキさんです」

「……ふふ、サツキさんです」


 力の無い声で微笑む。意外だ。黒騎士の中身ともあろう者が、ここまで朝が弱いとは。

 ベッドの温もりを楽しむように、うつ伏せになり、個人で持ち込んだ枕に頭をぐりぐりしていた。持ち込みはアイテムボックスの恩恵だ。お揃いのを買おうと誘われていた。しばらくして彼女の動きが固まる。自分の姿に心当たりがあったようだ。


「……から」

「ん?」

「……して……から」


 か細い声で何かを繰り返す。枕に顔を埋めてるせいで聞き取れない。

 不意に起き上がり、


「まだしていないから!!」


 目をぎゅっとして叫んだ。


「この部屋にある物体Xには、まだ何もしてないから!!」


 絶叫だった。後で知ったが、宿中に響くくらいの大声だった。


「いいから隠せよ!!」

「隠せ? えぇ、そうでしょう。ミス・ベリーのスマートなスタイルに比べたら私の体なんて!!」

「何の話だよ!!」

「じゃあ何で見たくないんですか!!」

「いやお前、絶対まだ寝てるだろ?」


 昨日はちゃんと恥じらっていた。この反応は普通じゃない。朝はポンコツらしい。

 何とか(なだ)めようとしたが、ヤツが腰だめに拳を握った。闘気のようなものが集中する。


「サツキさんのぉぉ……バカ!!」


 魔力の乗ったいい拳が、一発腹に入れられた。

 おかげで、その時の記憶が曖昧になった。ただ先日と同様、なんか凄く凄いという、漠然とした威圧感だけが残った。


 ◆


 食堂で朝食を済ませた。

 朝番のスタッフが妙によそよそしい。他の冒険者も少数居たが、どうも遠巻きに視線を受けている。宿屋のオーナーに至っては「昨夜はお愉しみ……損ないましたね」とか言ってきた。

 確かに何も楽しんじゃいねー。

 何故、そんな悲しみに暮れたような顔で俺を見る?

 いや、ここは掘り下げちゃ駄目なところだ。

 カウンターで弁当を受け取る。出勤していたのは女将さんだった。

 あんたら早いねぇ、なんて声を掛けられ、2、3世間話しをし、宿を出る時には優しい顔で送り出してくれた。


「何か嬉しいことでもあったのか?」


 去り際に聞いてみた。

 特に他意は無かったが、女将さんは一瞬虚を突かれたようになり、すぐ呆れたように笑った。自分らの距離感を今は大事におし、と。

 そんな大したもんじゃないよ、と返してやった。



 ダンジョンに潜る前にギルドに申告に来た。依頼の受注でなくてもダインジョン探索の場合、受付で簡単な申請を行うのが習わしだ。カサブランカの場合はパーティでの探索が条件だった。

 クロユリさんが入り口で佇まいを直す。フードを深く被り口元を藤色のスカーフで覆った。流石にここで身分を偽る必要はないと思ったが、フロアに入るとその理由が分かった。

 静まりかえった空気は、かつて勇者が提唱し広めた葬儀の流儀――お通夜を思わせた。


「何だか暗いな」


 主に男の冒険者が。


「あっ、サツキさん、昨日は貴重な情報を有難う御座いました」


 大きな資料の束を抱えた、ゆるふわな受付嬢が慌ただしく横切り立ち止まった。

 ぴくり、と後ろのクロユリさんが反応する。


「ほうほう、貴重な情報ですか」


 ジトっとこちらを見る。思わずそっぽを向いた。

 この人の目の表情は多彩でかなわないな。


「あぁ、おはよう。どうということは無いよ。それよりギルドの雰囲気、少し妙に感じるのだが? 国からの活動助成金の横領でもバレたか?」

「そんな不正はしてませんよ!! 不正は駄目です!! ……もう。ちょっとバタバタしてるんです」


 回答になってないと思ったが、


「数日で辞めちゃった受付の子が居まして」


 ハッとしてクロユリさんを見る。そっぽを向いていた。

 いや、いやいや。


「それもなんと、寿退職だって話しなんです。それで皆さん、落ち込んでおられるのかと。着任して数日でしたが、皆さんに慕われていましたから」


 いや! いやいやいや!! 何やってんのこの子!?


「すごく可愛らしい子だったのですが」

「いえ、それほどでもありません」

「おまえは喋んなやっ!! ちょっと黙っとき!!」

「? そちらは?」

「あ、こ、最近コンビを組んでる、えぇと……。」

「はじめまして、サツキさんとコンビを結成させて頂きましたクロ――。」

「ぶッ!!」

「ッカスです」

「って、そっちかーい!!」

「はじめましてユーフォルビア・ダイアモンドフロストと言います」

「って、そんな名前だったの!?」「そんな豪奢なお名前でしたのね!?」

「ってお前は知っとけよ!!」

「三日ですよ!? 冒険者のお名前を覚えるだけでいっぱいいっぱいだったんですよ!?」

「ふふ。クロッカスさんは楽しい方ですのね。なんだか冒険者じゃないコンビみたいになってます」

「当然です。コンビというより、むしろ限りなくマイ・ダーリンに近いですね」

「ほんともう喋らないで!!」



 何かがバレる前に、そそくさと逃げるように迷宮へ向かった。

 実際、逃げていた。

 ていうか、あそこまで喋って気づかれないの凄いな、ある意味。

 ゆるふわ嬢。懐が広いな。


「何か、張り合ってたよな?」

「お姉さんポジションの危機を感じましたので。少々、大人げなかったかもしれません」

「そうか……。」


 迷宮への道のりは、舗装こそはないが街道として整備されいる為、徒歩での移動も苦にならない。

 街から4キロ程度の近場だ。所々関所の様に門が建っているのは、溢れた魔物の進行を遅らせる為だ。

 迷宮の入り口前は広場になっており、詰所や簡易の雑貨屋、武器防具屋、鍛冶屋、乗合路線馬車の停留所が並んでいる。土産屋もあるが、これは第1層から2層の体験コース向けだ。立派な観光事業である。

 門番はギルド発注の依頼制だ。報酬は討伐系よりも低いが、詰所などの施設を優先的に使用できる等特典もある。定期連絡便での報告義務があったが、無論、その逆――ギルドからの業務連絡もあった。

 既に噂が飛び交っているな。門番役の冒険者数名が落ち込んでいた。空気が重い。


「大変そうだな」


 女盗賊風の一人に声をかける。会話の感触から影響度を測りたい。


「えぇ本当に。男の子って、どうしてこうなのかしら。どうせ今のままでも受付業務でしか話さないでしょ」


 女盗賊が肩を竦めた。

 盗賊といっても冒険者としてのクラスだ。悪党の野盗とは違う。罠解除や偵察、宝箱探索、近接戦闘など特技の幅も広い。


「俺達には唯一の癒しだったんだ!! たった数日でも心のオアシスだったんだ!! 何だよ、それが前触れもなく!!」


 幼い顔の剣士が叫ぶ。他の冒険者らもうなづくが、女性冒険者たちからはどん引きされていた。気づかんのか?

 ただ一人、女盗賊を除いて。


「何よ、さっきからそればっかり。クロユリ姉さんだけが世の中の癒しってわけじゃ無いでしょ? 冒険者みんなとはいかないけど、あ、あんただけの癒しになら、アタシだって……。」


 あ、これ以上聞いちゃダメな奴だ。

 と思いきや、女性冒険者達からは「頑張れー頑張れー」ってエールが上がってる。

 うん、なんかこう……。


「そろそろ参りましょう、アナタ様」


 クロユリさんが先を促してきた。

 自分の事が噂されるのを嫌った風ではない。既に彼らには興味を失せていた。冷めた感じだった。


「じゃあ俺たち、探索に入るから」


 現場では受付も何も無い。ギルドへの報告も自己申告だけだ。注意点を促されるのは冒険者が自分の身の安全を確保する為の施策だった。

 地上層は人工的に作られた門になっている。背後で若い冒険者たちの黄色い声を聴きながら、俺たちは足を踏み入れた。



 基本、魔族と魔物と魔獣と野生の肉食獣は全く別物だ。

 王国はこれらを一緒くたに扱い、魔大陸のものは人間を害する悪であると国民と冒険者に刷り込んだ――というのが、ダンジョンを下層へ下りながら彼女から聞いた話しだ。


「私たち魔族は、確かに種族は人類系人間とは違いますが、魔物たちの親玉という訳ではありません。エルフ族やドワーフ族といった、そちらから見た他種族の一種に過ぎないんです。御伽噺のように魔界を行き来できる訳でもありません」

「そう、それ。魔界は実在するのか? ざっと伝聞を聞くと悪魔が住う異世界に相当するが」

「確認はされてませんね。私たちの側でもロマンチストの夢想の域を出ません。遺跡がある訳でも無いですし」

「悪魔召喚は?」

「それこそ勇者召喚の方が現実的です。あちらはニホン国という異世界ながらも実在する土地からの転移ですから」


 召喚術式は各国が安定化を求める急務事項だ。召喚者を英雄と祀り上げれば、一国に匹敵する戦力を得たも同義だ。だが、大抵は失敗する。勇者を独占して反感を買った国が、その後に繁栄することは無かった。その頃には、馬鹿な人間たちに愛想が尽きているからだ。

 勇者がこちらの世界で後天的に増える事は無い。勇者の力が子孫には継承されないらしい。つまり一代限りのワンマンアーミーだな。

 召喚の成功例は三度記録されていた。その三度とも召喚者は表舞台から姿を消している。それらの反省から、どう抱き込むか各国は召喚の儀式と共に研究に余念が無いだろう。


「それと、王国では私たちの大陸を魔大陸と呼びますが、ちゃんとした国の名前があるんですよ?」

「あぁ、なんか綺麗な響きの名だったような」


 俺も魔大陸で統一してた。すまん。


「もう、ちゃんと覚えて下さいね――サクラサク(くに)って言うんです」


 妙に懐かしさのある、変わった名前だった。


「あ、でも魔物や魔獣を使役することもあるから、それについては否定できませんね」

「よく考えたら、それってテイマーの通常スキルだよな」

「えぇ、同じ事ができる方なら王国の冒険者にもいらっしゃいますね。ただ魔族がそれをするのとは、やはり刷り込まれているイメージがありますから、印象操作はしやすいのでしょう」


 もし事実だったら、つくづく救いようが無いな。


「すまない、つまらない話をさせてしまったな」

「でしたら、でしたら、私達の話しなんてどうですか? サツキさんには皆の事を知って頂きたいと思っていたのですよ」


 四騎士のアレやコレや!?

 それ、最も知りたかったやつやん。


「お願いしても?」

「えぇ、任せて下さい。それじゃあ――。」


 顎に白い人差し指を当て考える素振りをし、はにかんだ様に笑った。


「ふふ、アオちゃんとシロちゃんは異母双子なんですよ? とっても可愛らしいんです」


 四騎士にまつわる情報は、国家機関や冒険者ギルドが血眼(ちまなこ)になって収集していた。強大な戦闘力に加え、攻撃魔法、回復魔法の使用も確認されていた。騎士とは言っても実際何なのかは解明されていない。黒騎士に至ってはギルドから<両断卿>なんてあだ名を付けられていたが、最強の騎士と目される黒鉄(くろがね)の戦士に畏敬と憧れの念もあったのだろう。

 そして今、国家レベルの最高機密扱いの内情がさらりと、世間話し程度で明らかになってしまった。いいのか?

 ていうか何!? 今さらっと流しそうになったけど、青騎士と白騎士? え? 何? それどういうアレなの?


「ふふ、ちょっと分かりづらいですよね?」

「分かりづらいというか、まったく分からん」

「えぇとですね、アオちゃんとシロちゃんのですね、お母さんがですね……。」

「おう」

「別人なんです」

「説明する気無いやろ!!」


 分かる。わかるんや。真面目に解説してるのは分かるんや。


「父親が同じの異母姉妹とは違うのか?」

「ちょっとだけ、違いますね。それだと私やシアちゃんも同じになっちゃいます」

「待て待て待てい!!」


 本来は戦力評価や特性、展開する地域や情報伝達手段、他国での補給路など、戦略的に価値のある情報が聞きたかった。こんな話はどうでもいいはずだ。なのに聞き逃せないセリフばかり出てくる。どうなってんだよ魔族? いい加減にしろよ魔王軍。


「今の、アレだ、いやシアさんってのが分からんが君たちは親族関係か何かか?」

「シアちゃんは……そうですね、説明がちょっと難しいのですが」

「いや難しいなら無理にとは言わない、さっきの話の続きを」

「でもシアちゃんの事も話さないと」


 眉を困ったように寄せる。

「ああ、そうです」と何か閃いて、


「端的に言うと、赤騎士です」


 めっちゃ簡潔だった。めっちゃ重要な人だった。


「つまり四騎士は……。」

「はい、赤、白、青そして黒。この構成で魔王軍(ペンタス)を運営しています。今のところは」

「今のところ? 編成が変わるのか?」

「可能性の話しです」


 また可能性か。

 四騎士の可能性。魔王軍の可能性……。その根幹? ん? いや、いやいや。待て。


「まさか、魔王に何かあるのか?」

「いえ、ありませんけど?」

「なら何で」

「この内の黒い子が、ひょっとしたら近々魔王軍(ペンタス)をも寿退職して見せる可能性だって、あるじゃないですか」


 チラ、チラ、とこっちを見てくる。

 黒騎士のフルヘルムならまだしも、今は冒険者装備のクロユリさんだ。マントのフードも外している。迷うな。どうツッコミを入れていいのか。


「それぐらいの事ならやってのける逸材だと思うのですが、サツキさんはどう思われます?」

「祝電ぐらいは贈らせて頂こうと思う」

「……なってみませんか?」

「何?」

「贈られる方に、なってみませんか!! 今すぐ!! いっそ今すぐ!!」


 うるせーよ!!


「俺相手に婚活など、お門違いもいい所だ。恐らくは旧友の想いすら踏みにじっている俺が、誰かの申し出に応えられるだなんて、思い上がりも甚だしい」

「……そう、ですか。いえ、そうですね。すみません、舞い上がってしまって、そうですよね、サツキさんのご事情もおありですよね」


 クロユリさんがフードを被り直した。

 顔を隠したい心境。酷い奴だな、俺というヤツは。今更、お姉ちゃんの事をダシにするだなんて。

 あぁ、一歩踏み出せないのは、彼女との事があるからか。

 あの時、若手三人組の言葉。

 ――よほど思われてなきゃ、簡単にそんな凶行に出れない。

 その狂気である振る舞いに走らせたのは、きっと俺なんだろうな。

 あの子は、きっとお淑やかで。もっと優しくて。ずっと笑顔でいて欲しいと、恐らく過去の俺は願ったはずだ。


 あぁ、分かっている。この10年間。俺は10年前とは別の人の人生を過ごしている。あのババァめ。

 その果てにもう一人の幼馴染を好きになっていた。

 そりゃパーティも追い出されるわ。人の心をこれだけ踏みにじっているんだ。俺はあそこに居ちゃいけないんだ。


 そこからは、しばらく他愛のない会話だった。沈黙こそは無かったが、ただダンジョンを下層に進んだ。

 11層のボスは復活していたが、同じように首を跳ねた。12層から下もSSランク程度なら一人で問題無い。


「さっきの話に戻っていいか?」

「はい、えぇと、シアちゃんが赤騎士という話からでしたわね」

「その前、君らが親族かという話だ」

「少し違いますね。母親違いの姉妹です」

「……。」

「あの、何か……?」


 だから、何でこう世間話しのついでに、最高機密のようなものが飛び出すんだよ。


「その話し、魔族の間では一般的に知れ渡ってるのか?」

「別段、言いふらす事でもありませんし。気づく人は気づくでしょう」

「いいのか? 俺に聞かせて」

「いいか悪いかで言ったら、きっと良いことではないのでしょうね。……あぁ、そうなのですね。サツキさんは心配して下さってるのですね」

「買いかぶりだよ」

「それでも、知って欲しかったのです。私は知って欲しかったので御座いますよ」


 彼女の横顔を見よとしたが、フードのせいで上手くいかない。

 どんな顔をしてるのだろう。

 さっきの俺の答え、

 2週間前のサザンカと同じだ。

 それでも、彼女は、クロユリさんはいじけることが無かった。ただ、ちょっとだけフードで顔を隠した。



 23層近辺になると、敵の強さよりも量が酷かった。戦闘の回数が増えるのだ。

 道中のボスは11層の後は15層、20層だ。クロユリさんの話では他のルートも存在するという。そのコースに関しては不明だ。今進むのは黒騎士の配下が立て籠もる元ボス部屋への最短だった。

 最後のボス戦を考慮した場合、確かに自分一人じゃ厳しいな。だが隣を行く女は、昨日は単独でここまで来ていた。この差は大きい。

 剣だけでなく、攻撃魔法に回復魔法か。本当に、何者なんだろうな。そんなのが4人。一人の父親。異母姉妹。

 子に能力を引き継がない召喚者。だが、これではまるで――。


「ここです」


 行きつく先。

 今までと同じ、一枚岩を切り出したような巨大な扉があった。


「では開けますね。一のタチに気をつけてください」


 何のことか分からんが身構えた。

 クロユリさんが小さな手で押し開ける。重さを感じさせない動きだ。

 開ききると、内部から衝撃が迫った。

 待ち伏せされてたな。

 マントが風圧に飛んだ。中から黒光りする甲冑が現れた。いつの間にか換装していたらしい。

 それにしても、

 部屋の奥。禍々しい一対の金光がこちららを睨んでいた。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。


悲恋や、切ない系を書きたかったのですが難しいですね。おのれ。

ユーフォルビアは、雪華草や白雪姫の名から白騎士向けに使う予定でしたが、今話のどうでもいいネタで使ってしまいました。

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