69話 ナツメの夏
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
どこかの怪奇小説みたいなサブタイですが、
内容はいつもの私のSSです。
街中を調べ終えると世界は蒼然暮色に揺蕩っていた。
退勤時間だ。
商業区から人々が影絵のように我が家へ帰る。或いは一杯ひっかけようと料理屋に姿をしていた。待ち合わせの噴水広場も、屋台と出店の賑わいだ。
噴水前。既に、髪を下ろしたお姉さんがいる。予定より早いな。
事務服姿も素敵だが、私服の清楚なブラウスと丈長のスカートが上品で好ましい。年上の女性って感じだ。
もっと早目に移動するんだった。遠目に男どもの視線に晒すのが忍びない。声、掛けられたりしたのかな。こんな綺麗な人が待ち合わせだもんな。
「時間、まだ早いですね?」
「気持ちが逸るだなんて、年甲斐もなくて恥ずかしいわ。サツキさんこそ早かったのですね」
俺が声を掛けると、周囲から「おぉっ」と感嘆の声が上がった。
何でだよ?
待て待て。誰だ今、美少女同士とか言った奴は?
確かにナツメさんの私服姿は上品さが先立って、言う程より若く見える。だが、そこに俺を混ぜるな!! 俺を女の子の枠に嵌めるな!!
「先に来て迎えようと思いましたが、待たせてしまったようですね」
「いえ、私も今来た所ですので。ふふ、一度言ってみたかった台詞。昔、弟を相手に練習した甲斐がありました」
何やってんのこの子?(38歳)
「何だか照れてしまいますね」
「私で良かったのですか?」
「普段の言葉遣いで大丈夫ですよ?」
「あ」
見破られてたか。
それでも付き合ってくれるあたり、大人の余裕なんだろうな。
同じ年上でも、脱ぎ立てを嗅がせてくるどこかの魔法使いとは大違いだ。
卸商区のクレマチス支部に戻ると、目つきの悪い兄ちゃんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいやせ、サツキの旦那。ご飯にしやす御風呂にしやす――いいや!! ここはお嬢一択でしょうや!!」
「番頭さん、こっちへ来てたんだ」
「お!! じょ!! うっ!!」
「いやうん、まぁ……うん?」
「あの、私なんかが着いてきて本当に良かったのでしょうか……?」
「かぁーっ!! うちの若旦那に負けず劣らずでさぁ。サツキの旦那、ちょいと目を離すとこぉんな別嬪さんを連れ込んでぇ!!」
「い、いえ、こんなおばさん、そんな褒められるほどじゃ」
制服の凛とした不自然に張り詰めた感が無かった。ナチュラルメイクがとても馴染んでおり、物腰の柔らかさが際立って見える。本人には言えないけど深窓の令嬢みたい。
「ナツメさんはとても素敵ですよ。こちらはお世話になってるクレマチス商会オオグルマ出張所の――。」
「へぇ、あっしの事は番頭とお呼び下せぇ」
「ナツメと申します。木工芸商会で事務を任されています」
「なるほど。そりゃぁサツキの旦那に感謝です。良い縁をお引き合わせてくださいやしたぁ。少々お待ち下せぇ」
番頭さんが商館の奥へ消える。
流石大手だけあって三階建の派手さだ。二階から上が幹部向け居住区も兼ねており、俺も滞在時に使用を薦められていた。
「お嬢ぉ!! サツキの旦那がえらい弁天さんをお連れしましたぜ!! お嬢!!」
秒で裏切りやがった!?
「わたしの為に、傾国の美女を連れて来たというのね。流石はサツキさんだわ。さすサツだわ」
「お嬢!? 意識をしっかり持ってくだせぇ!!」
「それで番頭さん、その言語の花とはどんなお人かしら?」
「へぇ、そりゃもう、どこぞの紅裙かと思うほどの別嬪さんでさあ」
「そんなに美しいお人なのね」
どっかで聞いたやりとりが聞こえて来た。
「あの……私、大丈夫なのでしょうか?」
隣りで凄く不安そうにしてる。うん、分かる。
「と、いけませんお嬢。お客さんをお待たせしちゃあ、いけませんよ」
「それはそれは、お目に掛かるのが楽しみだわ。それと、お客様を外にお待たせしたのは減点ね」
「ああっ!! 確かに、とんだご無礼をしてしまいやしたぁ!!」
「ここはいいから、貴方は裏手の倉庫に回って頂戴。夜の便は次が最終になるから、現場を回しきったら今日は上がらせなさい」
「へい、かしこまりました!!」
番頭さんの威勢のいい声と同時に、開けっ放しの入り口から事務服姿のマンリョウさんが現れた。
ナツメさんをちらりと見て、まずはと言わんばかりに、
「お帰りなさいサツキさん。食事にします? ご飯にします? それとも、ゆ・う・げ?」
「要するに食べるんだな……。」
「そうね。やけ食いかしら」
じろりと俺を睨んでから、
「ようこそクレマチス商会へ。ジキタリスの支部長代行を務めておりますマンリョウと申します」
凄い営業スマイル。普段表情が乏しいから、尚の事びびるわ。
「始めまして、お会いできて光栄です。私は木工芸商会の事務頭をさせて頂いています、ナツメと申します。夜分に突然の訪問をお許しください」
「いえ、まずはお入りになって。お茶を淹れて参りますので、ごゆるりとお寛ぎ下さい」
名刺交換が済むと、一階の観葉植物に囲まれたスペースに案内された。
商談用の椅子とテーブルがある。
っていうか、こんな所で名刺交換って。
その後、お茶とお茶菓子で雑談に花が咲いた。
マンリョウさん、ナツメさんに合わせて質素で品のある私服に着替えてた。
こういう気配りは見習いたい。
あぁ、それにしても、
婉容な二人が並ぶと、楚々とした艶やかさに場違いを感じる。
けどマンリョウさん、ちらりちらりとナツメさんの胸に視線が行ってるな。
そうだよな。
大きいもんな。
でも、いくら女の子同士だからってガン見は駄目だよ?
「代行様、お待たせしました。食堂から準備が整ったとの事です」
丁稚奉公のような少年だ。
オオグルマ同様、こうした職員を何人も見掛ける。
通された食堂は、貸し切りだった。マンリョウさん、根回ししてるなぁ。
「ナツメさんにおかれましてはサツキさんにジキタリスの穴場をご案内しようと思案されたことでしょうが、それはまた別の夜の機会に。今宵は、当商会が備える各地の珍しい食材をお楽しみ頂ければと存じます」
マンリョウさんが美しい姿勢で一礼する。
確かに、テーブルに並ぶ大皿の数々には眩い料理が並んでいた。
ナツメさんも目を輝かせてる。
でもね、俺、知っちゃってるから……。
ここぞとばかりに出荷に負担になる食材をつぎ込んできたな。
正しくは、近日中に卸を目当てに入荷した食材を、だ。多分、番頭さんや丁稚くんらもノルマ課せられてる。
「何か?」
彼女にしては珍しいにこにこ顔。怖い。
「わ、わぁ、おいしそう」
ナツメさんとマンリョウさんを席にエスコートして、俺もいそいそと席に着いた。
実際、美味しかった。
アイテムボックスを一定数整備しているのだろう。肉が新鮮だ。ワインでしっかり煮込んでる。
そして珍しいお酒。
不思議なスパイスの調味料。香ばしい香りのスープ。
そして珍しいお酒。
瑞々しいサラダと、これも変わったドレッシング。
そして珍しいお酒。
そして珍しいお酒。
……。
……。
「って、酒ばっかじゃねーか!!」
何かがおかしいと気づいた時、俺たちは食堂に居なかった。
商館の一室だ。
どーん、とベッドに押し倒された瞬間に窓から見えた景色。察するに最上階だな。最高幹部向けのフロアか。
「ふふふ、サツキさんったらいけない人ね。そんな無防備になってわたし達を誘うだなんて」
「……おい? 酔っていらっしゃいます?」
俺をここまで担いで来やがった。
呑んで激しい運動は危険だぞ?
俺の腕を押さえながら伸し掛かるマンリョウさんの瞳が、怪しい光に潤んでる。
顔に、アルコールの匂いと、なんかこう、熱で温められた少女の体臭が降りかかる。
あ、やばい。
これ、
マンリョウさんの甘い匂い。媚薬のようでドキドキする。
端麗な姿からしどけない佇まいへの異容に、眩暈をもよおした。
「ふふ、旅の間からオアズケされて、やっと今宵を迎えたわ」
俺の上で一度身を起こし、艶やかな黒髪をかき上げる。
あぁ、
何と匂い立つ艶態だろう。
「ナ、ナツメさん――。」
彼女に助けを求めると、ちょうどブラウスのボタンを外していた。
やはり大きい。
あと、婦人向け胸部用下着(乙)が見えているのだが、結構エレガントなのな。
「って、あんたも何脱いでんだよ!?」
「え? あ、ち、違います!! 私はただこう可愛い服をサツキさんに着せたいなって思っただけで、決して厭らしい気持ちがあったわけじゃ……。」
「いや、それで何で自分が脱いでるんだ……って、手に持ってるのバニーガールじゃねーか!! 何着せようとしてたの!?」
「そちらのグッズコーナーで販売されていましたので、つい。それに、私には似合わないから……あ」
パチンと何かホックようなモノが外れる音がした。
いやもうホックなんだけどさ。
風光明媚な隆起の景色は、そこから生まれる渓谷の凶悪さをもって清楚なものから淫靡な魔物へと変容していた。
ゴクリ、と唾を飲み込む音がした。俺の上で。
……マンリョウさん、めっちゃガン見だな。
視線に気づいたナツメさんが、両腕で押さえつけるように胸を隠す。むぎゅう、て音が聞こえそうだ。
盈盈な姿がこうも乱れるの、凄い光景だな。
「もう、こんなおばさんの見ても、楽しくないでしょ?」
「極めて楽しいわ」
マンリョウさん、正直すぎ。
ナツメさん、ふふん、手自慢げに揺らさないで。
俺が羨望したあの優姿は何処へ置いてきた?
「揺れるものなのね……。」
自分のと比べてる。いや貴女のも凄いと思うよ?
「こうもできます」(むぎゅぅぅ)
な!? なんて事を!!
流石にマンリョウさんも目を見開いた。
「くぅっ、適当にやれば後はどうにもでもなると思って!!」
「やめるんだナツメさん!! それは……そういう風にしていいものじゃない!!」
「なら、貴方には使われないと知りつつ武器を磨く女の気持ちが分かって?」
「だからって……じゃあ貴女が今してる事は、それを正当化するって事なのかよ? それが!!」
「ナツメさんを否定させるわけにはいかないわ。この流れ。そのまま使わせて頂く」
いそいそとマンリョウさんも自分のボタンを外し始めた。
「……すまん、状況がほんとわからん。急展開にもほどがあるだろ?」
いや、俺も半分ノリノリだったけどさ。
「そもそも、何故会ったばかりの二人が共謀する?」
マンリョウさんの両肩に手を添え、押し退ける。
細い肩。露になった褐色の肌に目を背けつつ、力を込める。
抵抗も無く、ベッドから引き剥がした。
彼女が右手を伸ばす。
突き出された一枚の紙が、俺の視界を遮った。
「これが何か分かる?」
え? 名刺? ああ、さっき交換してたもんな。ナツメさんの名前と肩書。木工芸商会のものだ。
ひっくり返して見せられる。
「テメェら!! 最初からかよ!!」
裏に書かれた言葉を見て、女の子って怖いって改めて知った。
事態に対する相手の判断を共有する認識。これを表す文法的範疇で、ここまで計画できるのか?
あとナツメさんの字、凄く綺麗だな。
「ごめんなさい、サツキさん。私、サツキさんみたいな娘が欲しかったんです。だから、これを着てる所を見たくて――。」
ぐっ、て突き出されたのは、さっきから握ってる衣装だ。
「って、あんたは自分の娘にバニーガールやらせる気かよ!!」
「だって三八にもなってまだ独身なんです!! 初めてもまだなんです!! 温かい家庭に憧れたっていいじゃないですか!!」
「だからスカートを脱ぐな!! 言ってる事とやってる事が一致してて怖いわ!!」
あと、娘がバニーガールの姿してる温かい家庭って……何?
「ナツメさんのような素敵なお姉様が、まだ、だなんて……。」
口に手を当てて驚愕してるけど、そこじゃないからね?
ナツメさんもマンリョウさんの態度に、はっと気づく。
「貞淑である事は、何も特別な事ではないのよ」
「だったらわたしにだって!!」
お互い見つめ合う。
数秒後、
「「同士よ!!」」
ガッチリと固い握手を交わしていた。
誰か……。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




