68話 クエスト開始
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
「ごめんください。探し人の依頼で来ました」
「え? ええ!?」
事務服の若い男がびびってる。
木工芸工場の事務所だ。引き戸を開けると事務卓が整列していた。
「カサブランカ経由でこちらから受注したの者です」
「あ、そうですか、びっくりした。うちに探し人の依頼に来たのかと思いましたよ」
それは予想外だった。
工芸商にマンサーチャーの依頼とか頭おかしいもんな。
「お伺いいたします」
固まってる若い職員を押し退け、女性の事務員が出てきた。
30代後半程の綺麗なお姉さんだ。
「どういったご用件でしょうか?」
「こちらの木工芸商から私が所属するカサブランカ支部に、人探しの依頼が御座いまして、その対応に伺いました」
わざと丁寧語で。
冒険者は王族相手でもなけりゃ丁寧語、尊敬語、謙譲語なんてものは使わない。この商売、舐められたら終わりだ。
だから、ここから先は舐められておこう。
「そうですか、事務の方では伺っておりませんでしたので所長に確認を取ります。お掛けになってお待ちください」
名前を告げず身分や目的だけで取り次ぐのも冒険者の常だ。秘匿性を含むクエストが存在するから。
事務脇の応接セットに通された。
皮張りのソファだ。流石にいいものを備えてる。
最初の事務の兄ちゃんがお茶を淹れてくれた。所謂敵地で口を着ける愚行もあるまいて。
「遠い所、すみません。連絡が不徹底で。こちらにはお一人で来られたのですか?」
「いえ、もとは別の冒険者二人組が請け負っていたのですが、オオグルマを目の前にして賊の襲撃に会い命を落とすことになりまして。偶然同道していたのですが、巡り合わせというものでしょうか。私がクエストを引き継がせて頂く事に」
「それは、なんとも……お悔やみ申し上げます。落命された冒険者さんにはご不幸でしたが、貴女が生き残っただけでも幸運といえましょう」
「と仰られますと?」
「パーティを襲った賊の情報は誰かが持ち帰らねばなりません。亡くなられた方のご遺体や遺品だってそうです。それが叶ったとすれば、貴女が生還したからこそです」
あ、マジメな人だ。
ごめんな。頭おかしいとか思って、ごめんな。
でもこの感触は想定通りだ。
さっきのお姉さんもそうだけど、今回の件。事務員らは蚊帳の外みたい。
あと、
「お兄さんは、とても優しい方なのですね」
「え……そんな、優しいだなんて、そんな」
シナを作って微笑むと赤面するの、ちょっと面白い。ちゃんとした格好してくるんだった。
……。
……。
ちゃんとした格好って、何だ?
やっぱり足くらい出した方がいいのかな?
暫く待たされた後、先ほどのお姉さんが戻って来た。
「大変お待たせしました。所長が直接お話ししたいと申しております。どうぞ執務室までご案内します」
キリ、とした佇まい。カッコイイな。
事務室の奥に通される。
通路を進みながら、
「お仕事の手を止めさせてしまってすみません」
「お気になさらずに。お客様のお世話をするのも、我々の大切な仕事ですから」
穏やかな笑顔。いいな。なんかいい匂いもする。
「……サツキっていいます」
「申し遅れました、ナツメと申します」
ナツメさんか。きっちりと事務服を着こなす姿は、仕事の出来る女みたいで素敵だな。それに物腰や言葉遣いが柔らかで落ち着く。
後ろで纏めた黒髪に、花の飾りをあしらった髪留め。ここの製品じゃない。例の三国だな。国交が無い国家の特産品とはね。
「その、なんと申しましょうか、そんなに見つめられて、そんなに熱い視線を向けられては、私……。」
「ああ、すみません、綺麗だったので気になって」
髪留め。何故一介の事務職員が交易の無い国の一品を所持しているのか。センリョウさんの例もあるし、流通経路でもあるのかな。
「どうしましょう。私、年下の女の子から辱めを受けてしまったわ」
「辱めてませんよ?」
「三八にもなって、こんな可愛らしい子から口説かれてしまうだなんて」
「口説いてませんよ?」
「やっぱり、今時の女の子は、その、そういうものなんですの?」
どういうものなの?
俺の周りが余りにも参考にならないので、その、回答に困る。
「あの、いいお店があるんです。今夜お食事でもご一緒に……?」
「ナツメさん、積極的なんですね」
「はしたないおばさんで御免なさいね」
イジケた風にするの、なんか子供っぽくて可愛い。ずるいな。美人の上に可愛いって。
「せっかくのお誘いですが、夜は友人の所でと約束がありまして。あ、ナツメさんさえよろしければ、ご一緒に如何です?」
「え!? さ、三人で!? そんな、三人でだなんて、私、困っちゃうわ……。」
食事をするのに?
マンリョウさんなら気にしないと思うし、名士の情報も探れるかと思ったけど。何か感づかれたかな?
「帰りまでにはご一考頂ければと思います」
「はい、是非――こちらです」
扉には『所長室』とプレートがあった。
ナツメさんがノックをすると、すぐに返事が返る。
彼女に礼を言い、俺だけが入室した。
最初に警戒したのは窓際のデスクのおっさんよりも、ソファでふんぞり返る男にだ。
厳つい顔の冒険者風。さっきメインストリートで見た連中の一人だ。無論、追っていた方だ。
舐め回すような視線で俺を見てくる。そうか。ごめんな。スカートじゃなくて、ごめんな。
正面のデスクには汗かきの中年が居た。
小太りだ。
所長だ。
頭頂が薄いだ。
事前の情報通りの男だ。突っつけば埃も出るだろう。
もっとも、
俺の指先にかかれば違うモノが飛び出しちまうがな、ククク……駄目だこのキャラやっぱ無しで。
「聞いての通り、カサブランカ支部で受注した冒険者のサツキです。この度は――。」
「あーっ、それな。もう用は無いんだわ」
荒くれ者が言葉を遮った。
めっちゃガンたれてくれてるんですが。
「どういう、事でしょう?」
「なんつーの? クエストの発注ミスなんだわ。だから姉ちゃん、もう帰ってもいいぜ」
そんな訳に行くか。
所長へ目を向けると、汗をハンカチで拭きながら困った様に眉を寄せた。
「いやぁ、職員が誤ってご家族の人探しを工場名義で発注したようでして。いえ、ワタシらも事実確認しようにも、誤発注をした本人が退職した後に知ったもので、なんとも裏付けが取れないでいたのです。冒険者ギルドさんには即刻依頼の取り下げをしたのですが、カサブランカが直接受領したっていうじゃありませんか? それで困り果てていた次第で。いやぁなんとも」
準備したセリフを喋るだけの簡単なお仕事かよ。
クエストは誤りで発注者も既に退職している。信じろと?
「カサブランカが受けた以上、公式な契約に基づく受注になります。取り下げには正当な手続きがなくては、現場の不履行になってしまいます。こうした不文律は看過されない旨をどうかご理解頂きたい」
ちょっとだけ食い下がる。やめてもいいよー、て態度を匂わせつつ。
「あのな姉ちゃん、分かんないかなぁ。こっちはギルドの世話になんなくてもいいって言いってんのヨォ!!」
荒くれ者が凄んでくる。
言い方。
ちゃんと考えて喋らないと隙になるってのよ。
所長を見る。あちゃー、て表情で額を押さえていた。うん、分かる。
大丈夫だよ。
後でしっかり利用させてもらうから。ふふふ。
「ではお尋ねします。発注されました元職員の居住ですが、こちらで直接話を伺おうかと。あぁ、依頼元の変更手続きも私の方で進めます。どうぞお気になさらず」
「だから話の分かんねぇ姉ちゃんだな――。」
「それなのですが、困った事に当工房の職員だった者が既に街から出ておりまして。さっきも言いましたが我々も確認が出来ずにいる次第でして」
流石に所長が荒くれ者の言葉を遮った。
ちぇ。
「なるほど、所在がわからないと。衛兵にゲートの入出記録は確認されましたか? まだでしたらこちらで追いましょう」
「そいつは良く無ぇな」
荒くれ者が俺の前に立つ。ちょうど見下ろされる感じだ。
「良く無いとは?」
むしろ頑陋である方が良くないぜ?
「こっちだって会社組織で成り立ってんだ。辞めたとはいえ、元社員のプライベートを詮索されるのを――。」
「ご立派な志に感じます!!」
「何っ!?」
男が一歩引いた。
ここだ。ここがポイントだ。
「近年職員を使い潰す悪徳商社を散見する中、退職者の人権をも守ろうという姿勢にとても感銘を受けました」
「お、おう。おう?」
「つきましては、是非とも御社の方針に賛同させて頂きたく、まずはお試し期間ということでどうでしょう?」
満面の笑みを湛えてやった。
何がどうでしょうなのか、俺にも分からない。
分からないので勝手に解釈してくれ。
「しかしだなぁ、うちらも勝手に人員は増やせんからなぁ。なぁ所長?」
「へ? え、えぇ、そうだな。勝手は良くないなぁ」
二人の男が、無遠慮に粘っこい視線を這わせてくる。
おおっ、足か? そっちがええのんか?
「確か、これぐらいの背丈の女の子でしょうか。せっかく心当たりがあったのに、残念に思います」
連中の目の色が変わった。
さっきの荒くれ者の言葉。探してる人物は実在し、捜索は継続してるって証言しちゃってる。本人だけ気づいてないけど。
あと、図らずしもその現場まで目撃しちゃってる。
黒服に手を引かれたフード姿の奥に見えた可憐な相貌は、カサブランカで聞いた要保護対象者に一致していた。
「まぁ後日、頭取の面接を受けてもらうが、それでいいか所長?」
冒険者風のゴロツキに、所長はただ頷くだけだった。
人事権はこっちか。
だったら攻める方向性も決まったな。
「では、私の働きを見て頂き、お気に召したのなら頭取様に口添えして頂くというのは」
「はん!! 自分の売り込み方を分かってるじゃねーか!!」
シナを作って上目遣いになると、男が厭らしく口元を歪めた。
所長のおっさんも鼻の下を伸ばしている。
耐える。叛意は無いってとこ、見せておかなきゃさ。
しかしアレだな。
こいつら大丈夫か? 俺、今は女装すらしてないぞ?
……。
……。
あれ? 大丈夫じゃないの、俺の方……?
色眼鏡で見られる分にはいいか。
「いいじゃねーか、なぁ所長?」
「いずれにせよ只では認められませんし。ところで、その僧侶の娘とやらはどこで見かけたのです?」
お前もか。聞こえなかった事にするから、まぁ焦るなよ。
「今からでもご案内しますね」
「いえ、大体の場所させ教えていただければ」
「少し入り組んでて、分かりずらい所に潜伏してるんです」
あ、潜伏とか言っちゃったよ。
いや、勝手に僧侶とかバラしちゃうよりマシだ。
「へぇ、そいつはすげーや。で、どこだって言うんだ?」
「森林迷宮です」
即答してやった。
男は、うんうんと頷きながら窓へ顔を向ける。
西の空から差し込む陽光が、俺たちを茜色に照らしていた。
「明日にしよーや」
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




