67話 今度あったらご褒美だ
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
クライアントの前に、まずはギルドだな。
到着報告から受注者の変更報告と、カサブランカ支部からの委任状と前任者の死亡報告。それからオオグルマ執行所の執行依頼受領に報告書。身柄問い合わせの回答書。
そして冒険者達の動向だ。
「もう一つ、この子らはこちらでも?」
「えぇ、わたしから提案しようと思っていたわ」
灰色オオカミ達。律儀に整列してお座りしていた。俺とマンリョウさんの表情を見ている。いい子だな。
「……つい数日前まで追撃戦してたとは思えない行儀の良さだな」
「パパの出勤をお見送りしたいのよ」
「お利口にしてママの言うことを聞いてやってくれ」
先頭の一頭(恐らくリーダー格)の頭を撫でると、マンリョウさんが小さな手で口元を押さえ耳を紅潮させた。
「ま、ママだなんて……!!」
え? そういう冗談言い合う流れだったよね?
「じゃ、じゃあ、お帰りの際はご飯にしますかお風呂にしますか悪い事は言わないからつべこべ言わずわたしにしておきなさい、ていうアレをするという事で」
「どれだよ……?」
このまま逃げちゃおうか。
微妙な芥蔕を残すことに一抹の不安もあるけど。
俺の心を読んだのか、
灰色オオカミ達の視線が不安そうだった。
「聞いてくるんだった」
ギルドの場所が分からない。
さっきは卸業区だから、まずはメインストリート……。
工芸区は向こう側かな。無駄に往復させられる。
あ、可愛いカフェがある。
ウメカオルに及ばないまでも、工芸都市を名乗るだけあって店構えや家具調度は凝っててオシャレだ。
いやギルド、行かなきゃ。
誰かに聞こうにも、
えぇと――見回す。
手近のオープンカフェのテーブルに涼む女性が二人。れれ? いつから居た?
「お寛ぎのところ恐れ入る、少々道をお尋ねしてもよろしいか? 冒険者ギルドなのだが」
声を掛けてしまってから、しまったと思った。
「あら? まぁ!!」
梧桐雨に濡れたような、艶やかな声が、意表を突かれたように歓声へ変容していた。
何か、途方もない存在に声を掛けてしまった気がする。
片や日差しの輝きが降り立ったような眩いブロンド。声を上げた人だ。身じろぐ空気が菖蒲東風の香りを思わせた。
目に鮮やかな深紅のワンピースから伸びた足を組み替える度に、白い蛇のような曲線が艶かしくテーブルの下で蠢いた。
そして片や冬霞が寄り添い花束を象った人よ。霜花が咲いたような、碧水の掛かった銀髪の娘だ。
細身のワンピースをなぞる蒼い水底の揺蕩う光は、輝きが屈折し控えめな曲線を露わにしていた。何故だろう。ハイセンスなデザインに反して愛らしく見える。
ん? こちらの小柄な子はどこかで会ったような……?
「あの……何か俺の顔に?」
不信感を抱いたのは、むしろ俺の方だった。
身の危険を感じたのも俺の方だ。
普通は逆だ。でもね、初対面でこうも獲物を狙う猛獣の瞳に晒されては。冗談では無い。
「失礼しました。素敵な紳士からお声を掛けていただいたものですから」
口が上手い。何がある?
いや、しかし。そっか、紳士か。ちゃんと男に見えたか。いやまいったなぁ。てれてれ。
「それは光栄な事だ。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞だなんてそんな。本当に、えぇ本当にこのまま路地裏に連れ込みたいくらい――痛っ」
テーブルの下で、小柄な女性がブロンド美人を蹴っていた。
やべぇのに声掛けちゃったな……。
「アカ姉がっつき過ぎ。それより、ギルドの場所。この通り。行ったらメインストリートに当たる。右折すると直ぐに分かる。だけどアオイ達と行けば、直ぐに路地裏に直――痛い」
赤いワンピースの裾から伸びた足が、テーブルの下で小突いていた。
「えぇと……ご丁寧にありがとう?」
「どうして疑問系ですの?」
「まだ路地裏の説明が不備」
どうしても俺を路地裏に引き摺り込みたいガールか。何か、食虫植物みたいだな。
炯炯とした眼光が怖い。
「ほら、行こ? 今、行こ? アオイと行こ?」
ギルドに……じゃないよな?
えぇと、やんわり断るには、
「検討を重ねましたが、今回は見送らせて頂きたい」
「うん。じゃあ、いつがいい?」
断られてるって気づけや!!
「アオ、いい女は引き際も肝心よ?」
「いい女の役回りはシロっ子に譲った。アオイはガッツリ肉食系で生きていきたい」
木星帰りみたいな名前だな。
「その時は、アカ姉に一番槍を譲ってもいい」
「路地裏と言わずいっそこの場で!!」
「槍は槍でも、刺される方だけど。ふふ、うふふふ」
ほんとやばいな。
「氏より育ちとは言ったものか」
「え? あ、え、と、違くて……。」
急にブロンド美女のトーンが落ち着いた。れ? 落ち込んでる?
何かまずい事、言っちゃったかな。
確か、勇者の誰かが伝えた言葉だったけど。
「お姉さんね、今、忸怩たる思いだわ」
「いや思いとどまってくれたのなら有難い。提案だが見なかった事にしよう。お互いに」
「気の利く男の子は、尊いわよ?」
俺の事じゃなきゃいいな。
「では、失礼する。ご機嫌よう」
一礼し、早々に立ち去ろうとした俺の背に、
「次はちゃんと誘って頂く事を期待しているわ。あたしたちの旦那様」
何!?
咄嗟に振り向いた。
カフェテラスのテーブル席には、誰も居なかった。
ギルドに到着。
看板。何だこの閉店売り尽くしセールとか三割り四割り五割り引き、て文句は。
何屋さんだろ?
中は……閑散としてる。人、少ない。
受付前に設置された掲示板が目立った。
見るとクエストの張り出しの様だが。異例だな。
受付カウンターには、顔色の悪い痩せた男が姿勢良く座っていた。
頬が痩けてて死にそう。ていうか……死体じゃないよね?
「貼り出しなんて珍しいな」
「他所のタウンからですか? でしたらどれか引き取って下さいよ」
羽ペンでとんとんと、窓口の掲示物を指す。
ほとほと困ってる様で。
「飽和状態とは――中級以上が不在ならそうもなるか」
男が顎を引くと、眼鏡の奥に怪しい光が宿った。値踏みされてる?
「もう噂にでも?」
「今は受注済みでね。引継ぎ案件と到着の報告だ」
冒険者カードを提示すると、職員は緊張を解く様に深く息を吐いた。
「SSランクのサツキさん。貴方でしたか。はい確認しました――オオグルマから一昨日夜に早馬が到着しており事情は。執行役所は規律に則り『処置』を執行したようですね。早ければ今日中には動揺並びに騒擾が予想されますが、何分歯止めが居ない状態で」
「襲撃の件、こちらの支部は把握していなかったと?」
「今、事実関係を洗い出しています。彼らの足取りがバラバラでして、ただ各々接触者は依頼人も含め存在しています。本来ならあり得ません」
この点に関してはギルドは被害者だ。追求もできまい。
「カサブランカからの委任状だ。引き継ぎに関してはオオグルマの出張所が受領書を発行している。こちらが決済になる。それと、執行役関連の手続きその他もろもろ――ここで出しても構わないのか?」
「一旦、私の方で受領します。さっきも言いましたが、ギルマスの決済が押される頃には大騒ぎになるでしょうね」
「暫くは寄り付かない様にするさ」
「いえ、クエストの報告は受けなくてはなりませんから」
「ギルドも辛いところではあるな。了解した。共同体が得る情報の有用性はこちらも理解している」
職員の男に微笑んでやると、バツが悪そうに目を逸らした。
さっきから視線を感じているのだが、違ったかな?
熱い視線の先は、俺の唇だ。
「ご期待に添えられず恐縮ですが、件の手工芸工場からも工芸商会の事務所からも、それに関しては知らされていませんでした」
「こちらの支部を通していない?」
「直接カサブランカに行ってるようですが。その後の足取りは掴めていないのが現状です」
「報酬は?」
「本来なら取り下げ案件になるはずです。あちらの支部で前金が受領されており……伺っていないのですか?」
伺っていなかった……。
やべぇ。あの時、マリーが居たもんな。なんか余計なこと色々やってた気がする。
「残りは教会の共通金庫の手形になります。こちらも信用が保障できるので、支払い義務は果たされてるんですよ」
「つまり後は、成果に対する評価だけか」
「カサブランカのギルドが委任していますが?」
「は?」
「そちらもまだ? 発注の条件にあったと。だから皆んな気味悪がったと聞いてますが」
「そりゃ、だって――。」
行方不明者の捜索案件だ。依頼の時点で成果を自分が確認できないって、それってつまり、
発注者は既に消されてる?
「……森林迷宮行きたい」
「逃避したいのはこちらの方ですよ」
「お互い、易きに流れたい所だな」
その後、書類に一通りのサインして手続きを済ませた。
帰り際、入れ違いで数名の冒険者が慌ただしく入ってきた。
ギルドを出る俺の背に、騒然とした怒声が波のように押し寄せる。
オオグルマで所属の冒険者が何かやらかしたらしい。
メインストリートへ戻る。
人通り、多くなってきたな。店舗前や露店、大分混雑してる。
居住区からの買い物客。卸商業区からの行商人。初級の冒険者。メイド姿の娘。メイド姿のおっさん。ちらほら教会の人間も見えるが、一緒に居る私服姿は聖騎士だな。あの婆さんは多分知った顔だ。地方貴族お抱えの諜報員か。
色々混ざってんなぁ。
……。
……。
それにしても暑い。日差しが強いというより、ここは蒸し暑い。
じんわりと汗ばむの。なんか嫌。
……いっそスカートでもいいかな。
宿屋プリムラの女将さんからのお下がりだ。ただタイツは汗ばむからなぁ。どうしよ? 素足でもいいかな。
そういや、冒険者や行商人の女の子ってこういう蒸れ対策ってどうしてるんだろ? ブーツ履いてる子なんか特に。
通りの奥から、騒ぎが迫って来た。
人をかき分け迫る一団が見えた。トップ集団か?
先頭は若い男。執事服のような黒服だが、何か見覚えがある。あれ? 最近そんなんばっかだな。
んー……ん? ここまで出かかってるが思い出せない。
少女の手を引いている。シスターか僧侶の姿。教会から拐ってきたにしては、追ってる連中も物騒だ。ありゃ暴力専門職、裏街道の荒くれ者ってヤツだな。
あ。思い出した。
先頭のアイツ。カサブランカの三人組に居たリーダーか。
そっか、息災そうで何よりだ。
クロユリさんに半殺しにされてないか心配してたんだよ。
「よう――。」
声を掛ける。
そのまま走り去られる。
……。
……。
うん、
忙しいんだろうな。
その後、ゴロツキ達がドタドタと続く。
四馬身ってところか……いつ見てもデットヒートしてんな、彼。
お?
おー?
やるじゃん。
だったら――。
頭上を見上げ視線を巡らす。
あの辺がいいかな。
壁を蹴り、一際高い建物の上へ。ギルド庁舎のてっぺんだ。
……スカートじゃなくて良かったよ。
見晴らしがいい。遠くにはジキタリス名物の森林迷宮が霞んでいる。何であそこだけ霧になってんだろ。あとメインストリート沿いも一望できた。今度、マンリョウさんを誘ってみようかな。
さて、
喧騒を目で追う。うまい具合に人混みに分け入ったな。
追っ手はそのまま、うん真っ直ぐだ。
だとすると……そこから、さらに脇道にそれて、別の場所。
路地裏。
そっか路地裏。
角を僧侶のスカーフが靡いて消えた。
ひゅぅ、やるじゃん。
流石は我が弟子だ。今度会ったらご褒美だ。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




