64話 思えば大所帯
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今話で道中編は終わります。
開静時に馬の世話を始めた。
マンリョウさん、まだ休んでるな。ロッジに気配は無い。
「ユリもおいで」
俺の影からこげ茶の縞模様がモフモフっとなって持ち上がる。
「ところ変わればこれが幻獣とは」
呆れた口調で彼より一回りも大きいユリを撫でていた。
そんな黒衣の美貌を、俺はアホ面で見つめていた。
「火輪が顔を出したっていうのに。朝暉を浴びて何もないなんて」
「期待を外したかね?」
「ただの胸算用ですよ」
「紅鏡で滅びる化け物とでも思われたか」
「いえ、節操の無い化け物だとは思ってますが」
「結構」
いや、いいのか?
「幻獣の正体をご存知なのですか?」
「レッサーパンダ――この巨体は妥当では無いが」
「鵺の別名ですね。呼称だけなら存じています」
「故郷では生態観察向けに飼育されたていたが、本来の鵺はもっと別の、魑魅魍魎たる存在であったろうな」
何かを懐かしむような視線だ。
「雷獣を飼育……よく懐きますね」
いや、ユリも凄く懐くけど。
「容姿と名は同じであれ、生物としては一線を画すのやも。いや明らかに違うのだが。向こうで言うそれはキメラに相当する」
小型のキメラならカサブランカの最下層にも居たな。
「随分と印象が変わりますね。ああ、それで所変われば、て話しですか。影に住みその質量を同化させるのはアサシンとして有能ですが、これって幻獣故か、雷獣に依存した特徴かな」
「そのような訳なかろう」
あ、全否定された。
「あの女が娘に仕込んだ術が発端だな。小娘の影響が従魔に及んだ結果だ。もっとも、息子には受け継がなかったようだが」
そういや彼女の母君とは既知の仲だったか。口調から随分親しいようだけど。
ん? 息子?
「しばらく眠る。どこまで歩み寄れるかわからんが、こちらの妥協点まで早々に持ち込まねばオレの身がもたん」
三女神と彼女か。
「サクラさん、あの子の事が苦手なんですね」
「羨望の眼差しで見られる謂われは無いのだが」
「失礼。夢で会えるだけでも羨まし――。」
「毎晩だぞ?」
「ご愁傷様です」
「それと、魅了のスキルだがな。上位に進化した姿は、魔性ぞ」
「え?」
サクラさんと入れ違いに、ロッジの玄関が開いた。
「すみません、お世話を掛けてしまった様で!!」
ロングスカートとブランドもののブラウスに昨日のカーデガンを引っ掛けたマンリョウさんは、こんな場所だというのに深窓の令嬢に見えた。
ふと違和感を覚えた。今、俺は誰と話をしていた?
「構わないさ。朝食の準備、そちらでお願いしても?」
「材料ならわたしのを消費して下さい。ジキタリスまでには身軽にしておきたいです。30分程度でしたら簡単な物でよろしければ」
「予定まで猶予はあるから。貴女の納得がいく程度で宜しく頼む」
「了解です」
「喋り方、な」
「あ、と……慣れる物では無いわね。リクエストがあれば善処するけど」
「どっちのだよ?」
俺の疑問がわからなかったのか、マンリョウさんは一瞬キョトンとしたが、直ぐに細い右腕でガッツポーズを見せた。
「わかった。それじゃあ、気まぐれシェフのお勧めメニューで」
朝食後に思い出した。
そうだ。言ってなかった。
「昨夜、哨戒活動中にゴブリンの小隊と遭遇し、これを討伐した。連中の生息域が点在する可能性を鑑みると――。」
「ゴブリン!?」
マンリョウさんが、すっとんきょうな声を上げた。
「ああ、すまない。不快な名を朝から聞かせた。やり手の行商人もヤツらには抵抗があるか」
だよな。
朝っぱらから女性に聞かせていい話じゃ無いか。
「だってゴブリンですよ!? ウンコ投げて来るんですよ!? ウンコですよウンコ!! 信じられますかウンコ投げてくるんですよ!!」
むしろ貴女が信じられない。
何故に朝っぱらから美少女のウンコ発言を聞かされてるんだ?
苦笑を強いらると、それに気づいたのかはっとして、
「ま、まぁ、わたしはその、ウンコとかしないですけどね!!」
モデル立ちになって宣言していた。
貴女の消化器官はどうなってるんだ?
「確かに、想像し難いが……。」
「!? ま、まさか、サツキさんは、そういうのが好み……なの?」
「俺に何の十字架を背負わせる気だね? 先の警告、今後の商隊の運用に役立ててくれ」
いい加減切り上げたかった。
既にロッジと柵は収納済みだ。
「準備がいいならこのまま発つが」
「おかげ様で身軽なものだわ」
「では乗り給え」
肩をすくめて見せたマンリョウさんが御者台に乗り込んでくる。
少しだけ非難めいた視線を送ると、ずいっと顔を近づけて来た。
「察して?」
そっか。棺に彼が居るもんな。
場所を開けて、乗り込む際に手を貸し引き上げる。
勢い余って抱きつかれてしまう。潤んだ瞳が見上げてきた。また泣かれるかと思ったが、わずかにまつ毛を振るわせるだけに留まった。セーフ。
「クッション性はいいが、疲れたら早目に申し出てくれ」
「その時は、寄り掛からせて頂くわ」
「既にそうしているが?」
「男の子って女の子と密着すると、お尻を触りたくなるそうよ?」
「迂闊に触られないようガードするのはいい女の嗜みと聞く」
「え、えぇそうよ。そう簡単に触れるとは思わないことね――あれ?」
いまいち意図がはっきりしない。どうしたいんだ、この人は?
「でも、受けた恩義にはこたえなくちゃね。いい女だから」
「同行の件? 市場最大手との強固なコネクションだったら、そりゃあね。既に等価という事で一つ」
「あのね……昨夜はありがと」
あ、そっちじゃないのね。
「気持ちが晴れて、おかげで今は驟雨を浴びたような爽快な気分よ?」
逆に濡れとるやん?
「顔、少し近いかな」
「距離感がまだ掴めないの」
見つめる瞳よ。俺を写すか。
そっか。試行錯誤か。
「でも、もっと近くなるかも、知れないわね……?」
褐色の肌の中で赤く濡れる唇。そこから漏れる熱が、耳をくすぐる。
これがバイノーラルか!? おのれ!!
「わかった。いざとなったら力ずくで馬車に放り込もう」
「もう!!」
今度は彼女が非難めいた顔になった。面白い子だな。
馬車をスタートさせる。
風は穏やかだった。
ユリがゆっくりと進み、
三頭の馬が牽引ロープを弛ませ続き、
八頭の灰色オオカミがしれっと続いた。待てや。
「ちょ、ま、何? え? 増えてるんだけど?」
「増えてるわね」
「馬車の中へ、急いで」
彼女の身の安全が最優先だ。
「強襲する様子でもないわ。ここで観測させて」
「降りてくるなよ」
念を押し、御者台から飛び降りる。
灰色オオカミ達がお座りをする。
「……。」
「……。」
「……伏せ」
見つめ合った末、小さく声を掛けると一斉に伏せた。
ちょっとドキドキした。
「統率の取れ方、相当な練度よ。匂いだけでここを特定したのかしら?」
まさか――と言い掛けて昨夜の出来事を思い出す。あ、これ俺のせいだわ。
「足が付いたんじゃ何の哨戒行動だったのか……。」
「裏目になったのね」
「森からここまで匂いを辿られた」
「わたしも」
「? 貴女に落ち度は無いよ」
「いえ、わたしもサツキさんの匂い、好きよ?」
「……ありがと」
真顔で言われるの、こそばゆいんですけど。
真剣に見つめてくる彼女に、どう答えたものか。
「まぁ危害が無ければ重畳だ。倒さなくて済むっていうなら」
「私はいいわよ? サツキさんがどうしてもっていうなら」
「いや貴女を押し倒すとか言ってないから」
「え? 灰色オオカミの話しよね?」
「……。」
「……。」
どうしよう。どう証左を示せばいいのだろう?
「……ちゃうねん」
「いいわよ。受けて立つんだから」
「だからスカート捲るんじゃねーよ!!」
くそ!! こんな所で予期せぬ足止めとは!!
「ふふ、いいわ。こちらは今夜に取っておくという事で。今はまず、あ、待って、そっちへ行くから」
と自然に動くものだから、つい右手を差し出しエスコートしちまった。昨夜もそれで失敗した。
俺の手を取り、マンリョウさんがひょいっと御者台から降りる。
「無茶だけは」
「承知してるから。任せて」
軽い足取りで灰色オオカミの前に立つ。
「さぁみんな、お腹は空いていないかしら。今からお姉さんがいいものをあげるわよ? 食べたい子は、ちゃんとお座りして待つのよ? ガウって来ちゃ嫌よ?」
理解してるのか。言語化されたただの人類語だぞ? 最初から主人を持つユリやアセビと訳が違うって思いたいのは俺の我儘か。
……灰色オオカミ、めっちゃ尻尾振ってるやん。
マンリョウさんは自分のアイテムボックスから肉の塊を取り出し、それぞれ八頭の前に置いた。
「いい、まだよ? まだだからね?」
食用肉だ。
トレーダーはトラブルを考慮し、水食糧を行程の倍以上に想定しストックする。襲ってくるのはむしろ人間の方が多い。加えて、同業者の救助も有り得るからだ。
ちらっと俺の方を見て、
「誰がボスかわからせるの、最初が肝心でしょ?」
「君が彼らを統率するのか」
そうと決めたのなら計画性は期待してもいいか。だが、
「飼育に維持経費をもっていかれるぞ?」
そもそもこの子らが付きまとった原因。俺の新スキルだ。
群れ主体の野生種には受動的に効果が出るみたい。
……あの、違うよね? マンリョウさんは本当に違うよね?
「飼い慣らせるか評価と観測を兼ねて同行させても? 上手くいけば護衛に最適かしら」
「テイマー職なんてあるくらいだから、有りって言えば有りなんだろう」
「経費でご迷惑はかけないわ。ただ、それだとわたしの主動になるけど?」
上手くいったら儲けもの、程度か。
「目標に達しない時は、自然に帰そう。道中の調教プランは一任する」
「ふふ、嬉しい。それじゃあみんな、よくマテができたわね。偉いわよ。さぁ、おーたぁーべ」
号令と同時に一斉に食いだした。
わしゅわしゅわしゅ、と自分に与えられた分だけ食べる。
お代わりをおねだりしない。
君ら、本当に灰色オオカミか? 犬じゃなく魔物寄りの存在なはずだが。
その後、一頭ずつブラッシング。お座り、伏せの芸。移動の訓練。
「慣れるまでは桃三李四も覚悟をしていたわ。三十分でこんなになるなんて……。」
「あ、うん……どんまい?」
いや、俺も納得いかないんだが……。
今日の野営地まで灰色オオカミを後方にして進めることに。
隊列、マンリョウさんに押し切られた形になった。
意外と動物好きだったか。あと君らも尻尾振ってるんじゃ無いよ。
魔獣系魔物とかいって、曠劫を経て魔物化した狼種じゃないのかよ?
……。
……。
よし、熟練度が達したら広範囲で哨戒ならびに防衛にあたらせるか。
それより問題は、御者台にあった。
ぴったりくっ付くマンリョウさんだ。
腕に体を絡めてくる。
どうにかならないかと視線を向けると、顔を上げ、逆に潤んだ視線が這い寄ってきた。
少しだけ風が出てきた。
うち靡く若葉の波と、滑らかに指が通る黒髪よ。
ユリの歩みは穏やかだった。
「本当に何が気に入ったのやら」
「打算で迎合しないって姿は、好きよ?」
さいですか。
「ふふ」
と褐色の少女が笑い、繰り返す。「好きよ」と。
彼女の温もりを体の左側で感じ、
金烏の照るもと、馬車は穏やかに進んだ。
やがて眼下に広がる、雪月風花を楽しむ余裕すら出て来た。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
次回、閑話伏線回。
次々回、ジキタリス編になります。




