62話 星降る可惜夜(あたらよ)
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毛色が違いますが、自分、もとはシリアスメインのSS書きでしたので。
スライド式の扉は、重厚な装甲に反して軽かった。女手のわたしにも簡単に開閉できる。
とん、と。
ステップから叢に小ジャンプ。
服と呼ぶには軽装過ぎる衣装で、足元が大きく捲れる。はしたないと思うけど、どうせ誰も見ちゃいない。
何人たりともわたしを止められない。そして止まらない。
天を仰いだ。
月虹が円を描く周囲で、土砂降りのように星々が月華を大輪に染めていた。
いっそ、飲み込まれてしまいたい。
足の裏から感覚がぼやける。
あぁ、このまま叢に倒れて見上げてしまおうか。
気配がわたしに続いた。
咄嗟に振り向いて、一気に頬に血が登った。
総毛立つ美貌が、直近に居た。
男性とは思えない花のある顔立ちに、少女のような可憐な身のこなし。セミロングの髪を後部で無造作に束ねているけど、それすら可愛らしく写る。
冒険者最高ランクのSSホルダーを思わせない、細身の身体は、なぜか百合の花を連想してしまう。筋肉がついているのかすら怪しい手足が動くたびに、彼の動作を見逃すまいと視線が意に反して追いかけ、儚い輝きに胸が切なさで満ちた。
「え、えぇと」
言葉に詰まった。
業務でしか男性と接したことがないのだ。圧倒的に経験が足りない。
彼の色気は、彼を女性と思い込み接するのに都合が良いいが、それも自分の中に芽生えた別種の不安を認めるまでだ。
「送ろう。玄関までになるけどさ」
ぶっきら棒なのは冒険者界隈の常だ。でもその声色。少女が無理して低い声で話してるみたい。何だか可笑しい。
「お願いするわ」
丁寧語だったら楽なのに。
言葉足らずな自分には、事務的な喋りが重宝した。旅の間は禁じられようとは。
どう話したら良いのか分からない。愛想の無い女と思われただろうか。
わたしは兄ほど放縦には出来ないんだ。
彼が横に立つ。
目の前のロッジまで。
大木を加工した杭打ち壁の中だ。防衛用の罠も見学して把握している。
それでも、こういう気は回るのね。
「出してはくださらないのかしら?」
あ、嫌味っぽく聞こえたかも。良くないな。
でもね。
彼の左腕がくの字になる。
あぁ、
こういう所だ。
「では、お隣を失礼するわね」
腹部の奥がじんじんするのを抑えて、彼の腕にわたしの腕を絡める。
彼の匂いが染み込んでいく。
つい、くんくんって嗅いでしまう。好き。この匂い好き。
囲いの中なのに吹き過ぎる夜風の中、ただ互いの体温が混じり合うのを、うわずった気持ちで感じてしまった。
このまま到着しなければいいのに、と。
佳人がどれだけ男装で隠そうとも、絢爛な花が色彩を失う事は無い。だったら、見上げる彼の横顔から目が背けられなくたって仕方がない筈だ。
見つめれば見つめるほどに、体の熱だけでなく、何もかも溶け合いたい。混ざり合いたいと願う。あぁ、と吐息が漏れてしまう。心臓が跳ね上がるたびに、涙が溢れるのを堪えなくちゃならない。
大丈夫かね? と顔を覗かれた。死んだかと思った。
こんな近くで。ダメだ。これは網膜に灯しては駄目。魔性だ。
目が離せない。
堪えられず、涙が頬を伝った。
「少しだけ、このままでいようか」
言われて、自分が全身で彼に密着していた事に気づいた。
何もかも押し付けられて、歩き辛かっただろうな。
御免なさい、と言いたかったのに。
唇が乾いて、口から出た言葉は「ゴメンなし」だった。どこの生まれだよ。
「気にするな」
「えぇ」
彼の言葉の意図をどう解釈したのか、自分でも分からない。
切に、夜が明けなければいいと願った。
不謹慎なことばかり願ってしまうな。
永劫に縮まらない道も、過ぎる事のない時間の牢獄も、トレーダーの間では要危険地帯として知れ渡っていた。そんな怪異を望みつつ、体を美しい人へ絡めていた。
馬車からロッジの玄関まで、ほんの五メートル。長い距離だった。
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