61話 万両転じて桜咲く?
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「何故……貴女がここに? ていうか何で貴方まで出てきちゃったの? え? 何? これ、今から俺が処理しなきゃならないの?」
サクラさんの気配。委縮もするだろう。でもね、その艶姿は目のやり場に困るな。
やっぱよろしくないな、その衣装。肌面積が多過ぎだ。視線誘導が目的にしろ色々見えちゃってね?
片や黒い礼装の紳士だ、黒髪の美影身だ。人ならざる美しさが闇の姿を纏ったモノが彼だ。
……いや何の集まりだよ。サバトかよ。
「そうだぞ、何でこっちに来ちゃったんだね?」
「いえ、サクラさんは黙ってて下さい。むしろ事態をややこしくしてる自覚を持つべきです」
何で俺に乗っかろうとしてるんだ、この人?
「あ、あの……サツキさんを、慰めて差し上げようかと……。」
「なぁに!? 慰めるだと!?」
「ひぃぃっ!?」
「だから威嚇してんじゃねーよ!! サクラさんどうしちゃったの!?」
「サツキくんを慰めるのはオレの役割だと言っているのだよ!?」
「ひぃぃっ!?」
「いやもうあんた黙れよ!!」
サクラさん、普通にしても尋常じゃ無いんだから。変に波動出すと戦闘職じゃない子には相当効くよ。恐慌状態だよ。
「……昂然として来たらこんな事に」
君もその姿でよく言えるな。
「そもそも、サクラさんも何で棺から出てきちゃったんです?」
「君が留守と知らずに訪問してこられたのでな。接待と当社を志望した動機を聞いていた。君も共に聞くと良い」
本当に圧迫面接だったの!?
「あ、あの、わたしは……。」
必死に言葉を紡ごうとする。このあたり、流石やり手の商人だ。
「終身雇用を望みます」
おい商人!! 何言い出しちゃってんだよ!!
「なるほど、大体は読めた。そうか。そうくるか」
納得してるようで何も分かってないでしょ?
「ご理解、頂けたでしょうか……?」
これで理解できるのか?
「八割がたはな」
残り二割はどうした?
「だが、根拠となる心情真理においてはまだまだだな。君の行動は任務等における責任感によるもでは無く、それこそ感情に依存したものと見受けるが?」
マンリョウさんが、目を見開いた。
目の前の黒衣の美貌が底知れぬ存在と気づいたか。
紅い唇が熱を帯びる。
彼女の、唇が。
あぁ、と漏らす。
魅了に濡れた瞳を恥じらうように――って、何でそれを俺に向けてくる!?
「凡俗では御座いますが、その、扱いが……初めてだったのです」
普段の凜とした彼女とは思えない。か細い声だった。
「自分の中に生まれた居心地の悪さのような揺らぎは、昨日お会いした時から感じていました。今朝がたそれを内観能力のひとつが自意識の対比として認識したと、一つの昇華を見ました」
「それでスカートであるか」
「いいえ、そちらは兄からの達しで、私も同意の上ですが……。ですが、もし貴方様の仰せの通りであるなら、わたしは今朝、あの場所でこの衣装でサツキ様に、なんて言いましょうか、猛アタック? を仕掛けていたかと存知ます――先ほどこの扉を開けた時の覚悟を以て」
うん。何言ってんだこの人。
「センリョウさんが俺を取り込みたがっていたって感じはしたよ? だからって恋慕の情を抱くに至る経緯には牽強付会だ。承服いたしかねる」
「女心の分からぬやつめ」「女心の分からない人」
俺が悪いの?
「サツキくんは、君に優しかったのかね」
「はい……初めて、年頃の娘として、女の子として接して頂きました」
事務的に接したはずだが……?
「待ってマンリョウさん、今朝のオオグルマの反応だと貴女、ファン多いよ? それこそクレマチス小町だ」
「遠目に奇異の目では見られる意識はありましたが……。」
綺麗過ぎて仕事も的確で限定的に露出もするで人気はあれど、冷たい美貌と口調が気後れを生んだのか。怜悧な所が近寄り難いってのは分かる話だけど。
……。
……。
……露出が駄目なんじゃないか?
いや、名花だって話もあったな。花は花でも高嶺の花って事で。
「ていうか優しく、いや普通に取引先という立ち位置で接したつもりだったが。でもそれって迂闊だよ? これで傾慕を募らせるとか、君ちょっと心配だよ?」
「!? サツキさんが、わたしを心配してくれている……!!」
両手で口元を押さえ震えてる。これ、世に放って大丈夫なんですかセンリョウさん?
「しかし、相手がサツキ君とは言え、君ほどの奥ゆかしい女性が己から一歩踏み出すからには他にもあるのだろうね」
ていうか一歩踏み外してるよな。
「サツキさんと過ごして、とても頼り甲斐のある人だな、と」
「ふむ、否定はせぬが」
何であんたが肯定するの?
「それでいて先ほどは、何て申しますか不謹慎では御座いますが、弱さを見せられて、こう、御座いますでしょう? キュンキュンって鳴ると申しますか…。」
「ふむ、否定はせぬが」
だから何であんたが肯定するの? イエスマンなの?
「マンリョウ君といったか。君の感情の吐露は実に正しい。兄上に傾慕するなどとヘテロドックスを唄うよりマシだ。だったら仮に次善策であったとして、今宵いい感じに仕上っちゃおうかって点は外野ながら応援もしたくなろう」
「あ、あの、仕上がってる姿を応援されても、ちょっと困りますが……。」
俺だって困るよ?
「だからこそ、君が知らない理の存在を告げねばならない」
「自然律、で御座いましょうか」
「そう捉えてもらって結構だ。心して聞くがよい」
「……はい」
マンリョウさんが決意と知性の光りを湛えた眼差しで、正面から黒衣の紳士を見据える。
「サツキ君と交際するには、脱ぎ立てのパンツを彼に嗅がせてぐぼら――。」
反射的に、彼の鳩尾に一発右を入れていた。
何言い出してんだ、この人は!?
「ぱ、パンツを嗅がせてくぼら? そ、その後は、その後はどうすればいいのですか!?」
何でそんな食いつき方してるの?
サクラさんは言葉を殺し、静かに右手を上げて見せた。親指が立っていた。何でサムズアップだよ?
「はっ!? つまり……その後はヤレってことですか」
「何をヤル気だね君は?」
いや、貴方が煽ったんでしょ?
「いいかね? ここからは年寄りの忠告だ。まずは着用時の姿を誉めさせる。淑女のスタートラインはそこからだ」
めっちゃ偏ってるな、あんたの淑女像。
「こ、こうですか……?」
「ちょ、だから捲るなっ!! って、え? ええ!?」
「あ……すみません、この衣装、パンツ穿かない前程の服でした」
「だったら隠せや!! サクラさんも見ちゃ駄目ですよ!? あんた妻帯者なんだから!!」
「ほう、オレには最初から瞼の裏しか見えぬがな」
「あんた紳士だよ!!」
「うぅ……一念発起だったのに。さっきお見せしたの、凄く気に入ってたんです。でもこの衣装だとスリット深いから」
「そうか!! じゃあ、スカートは自分から捲っちゃ駄目だな!!」
俺、何でヤケクソになってんの? つか臧否の区別くらいつけや。
「娘よ。彼もこう言っているのだ。今夜は引き上げ時かと進言するが?」
「はい、ご高配いただき、感謝いたします」
「次からは――。」
「サツキ様に捲って頂きます」
「うむ、そうするがよい」
何で意気投合しちゃってるの?
あと俺、捲らないからね?
「それではサツキ様」
「道中の条件」
「あ」
いつの間にか様付けだし、丁寧語だし。そういうのはいいから。
「ん、んん。サツキさん、今宵のところは失礼するわ」
拍子抜けするほど引き際がいい。食いつきの良さから警戒してたが。
あ、そうか。最大手でやり手のトレーダーの矜持か。
ん? 今夜のところは?
「では」と、サクラさんの方に向き直り、
「今宵はアポイントも無しに大変失礼しました。また、薫陶をいただきお礼の言葉も御座いません」
慇懃に挨拶してるけど、結局最後はパンツだからね?
「畏まらずともよい。いずれ君ならできる事だ。ならばやるといい」
え? これ以上この子に何をさせようっていうの?
「天地神明に誓って」
だから何する気なの!?
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




