60話 森を行くもの、討伐するもの
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森に入ると銀盆が乱雑に陰る。幽鬼のように伸ばした木々の腕が頭上を覆ていた。
意識を耳へ。視覚よりも信用できた。
背を低く低く。一切の音を消し、振動を殺し、鬱蒼と生い茂る濃緑色の壁へ分け入る。どのみち夜行性の魔獣にはまる丸見だ。気分の問題。
音と気配が反対側から割って迫るのを感じ、咄嗟に大きな幹へ背を預ける。
進行方向だな。
闇が質量を得て現れたかのような巨体が、のっそのっそと茂みを踏みつける。
長い毛足。四本足でゆっくり進む頭部に、小さな二本角が見えた。
珍しい、て訳でもないが貴重種だ。
魔獣系魔物だ。だが、駄目だ。ストレージで握った得物を離す。
アレは駄目だ。戦えない。そもそも狩れない。
――バトルニホンカモシカ。世界共通の天然記念物だ。ヤッたら怒られる奴だ。
なら、今夜の所は見逃してやる。
あれ? 何だあいつ。動かないのか?
首、いや頭。
こっちを向いている。
くそっ、目が合った!? 気づかれたか!!
再度、ストレージに手を突っ込んだ時だ。
「そちら……冒険者?」
声掛けてきやがった!!
え、何? 舌足らずな女の子の声。ていうか、お前、喋れるの!?
「……答えてくれないのね」
今更無駄と知りつつ息を潜めた。
どうする?
相手は天然記念物だ。
下手に答えたら、バトルニホンカモシカと会話した最初の男として歴史に名を残すかも?
「いいわ。ねぇあっち。あっちに変なのが住み着いて駆除したいのだけれど」
と、ヤツの背中から、白くて細い腕が伸び、森の闇を指した。
人間の少女の手だ。
なんだ? 魑魅のような怪異か?
「でもね、あっちからも何かが大勢近付いてくるから、見に行こうと思うの」
一度引っ込むと、反対方向を指し示した。
「どちらかを、任せても……いいかしら、綺麗なお姉さん?」
お前もか!!
え? 俺って野生の魔獣――それも天然記念物にまで女と思われたの?
「よ、と」
のんびりした声と同時に、バトルニホンカモシカの背から、ぴょこん、と人間の顔が出た。
どうやらヤツの背に寝そべっていたらし。
白いローブを着た少女だ。色素の薄い肌と、ショートボブの銀髪が、闇の中で輝いていた。目。おっとりとした瞳が気だるげで、あどけなく、それだけに人間離れして見える。魔物の類か何かか。
「シラネよ。旅の者だけど怪しい者じゃないわよ? ね? ほら、怪しくない」
怪しい要素の塊が何か言っている。
「えぇと、この子は……そう。ビンビン丸。さっきお友達になったの」
「お友達に変な名前付けてんじゃねーよ!!」
いかん、つい声を上げてしまった。
彼女は気にした風も無く、
「じゃあね。シラネはあっちに行くから。バイバイ、綺麗な坊や」
と、大勢が来るっていう方向へ顔を向ける。俺の事、もう興味無いのな。
バトルニホンカモシカがそちらへ向くと、またのっそのっそと歩き出した。
……。
……。
「って、知ってて煽ってんじゃねーよ!!」
揶揄われていたらしい。
研ぎ澄まされた感覚に自分で戸惑いながら、疾走した。
なんか動物系の魔獣も見かけたが無視だ無視。
前方。
ほの明るい。何か居る。気配もする。嫌な匂いと音。
連中の死角になる幹を選定し影に飛び込む。
木陰からそっと覗くと、居る居る。小鬼ども。焚火を囲んでウェーイってしてる。ゴブリンだ。
それで駆除か。
各国共通認識だが、ゴブリンは魔物ではなく害獣と指定されていた。無論、冒険者ギルドの討伐系依頼でも害獣駆除として扱われている。
そりゃ、収穫物を盗む、家畜を盗む、女子供を襲う、うんこ投げてくるってくれば、いくら二本足でも他の魔物と一線を画す。
ましてや、どの魔物魔獣よりも嫌悪される行動があった。畜生にも劣る習性だが、今は割愛しよう。
よし。武器、アレ使っちゃおう。
オオグルマで仕入れたばかりの得物。
ジャマダハル。両手分の二刀。
二本の並行する支柱に渡されたグリップを握る短剣だ。気に入ったのは花を模した装飾と、草花の彫刻で飾られている所だ。可愛い。
商人の話だと、作った匠が刃渡りとバランスと強度にとことん拘ったらしく、同種の武器よりリーチが長いのも面白い。可愛い。
野生の魔獣相手じゃ不利だけど、連中相手で周囲の木々や足場と混戦を予想すると、密集地に適してそう。
じゃ、行ってくりゅ!!
気配と音を闇に潜ませ、手近の奴に忍び寄る。首元を狙い、えいっ、てする。
鮮血が焚火の影を乱暴に乱す。
そいつがどしゃりと倒れると同時に、身を回転させ隣の奴の首元を掻き切った。
これ、意外と使い勝手がいいな。
ゴブリンたちが騒然となる――いや、ならない。急な襲撃に慌てるのでもなく、逃げるでもなく、斬られた仲間を指差してっ笑ったのだ。
それかよ。
最初にやる事、それかよ。
気持ち悪い。
コイツらが共通認識として畜生にも劣る習性がこれだ。
仲間だろうが、同じ群れだろうが、弱ってる者や不幸な目にあった奴を嘲笑う。
魔物の中でも異例だ。
コボルトは基本的に犬みたいなもので仲間を大事にする。群れ生活重視だ。知能も高いし恩義は絶対に忘れない。
オークも同様だ。イノシシ頭がちょっと怖いが、子供はウリオークとまで言われて愛くるしい。あと割と綺麗好き。
オーガに至っては、アレはもう武人だな。巨体でありながら繊細な刀剣の技は、彼らの潔さを表している。
トロール? 寝てる姿しか見たことがないので分からん。何度か見たが、いつも寝てる。植林のプロフェッショナルって師匠の冒険者が言ってたな。あと18年前、トロールの集団を操り都市の強襲を謀った魔導士が居たが、正気に戻った一匹に返り討ちにされ幕を引いた。
余談だが当時、都市防衛に名乗りを上げた男女の冒険者が居たが、その戦闘が切っ掛けで恋が芽生え後の世にラブロマンスとして記された。
と、こっちだ。ゴブリンだ。
奴らを見て鼻で笑ってやる。
激昂した。地団駄を踏んでる。
他人は馬鹿にするが、馬鹿にされるのがたまらなく嫌だ。これが連中の基本理念だ。
初見で逃がさない為の挑発としては有能。
苔むした地面を蹴る。連中の真ん中へ宙返り。そーれ。
四匹の真ん中でコマのように回転。足から着地と同時に鮮血が舞った。
服にかからないよう配慮して、焚火の向こう側に一気に跳躍。両腕を伸ばし両脇に居た二匹の首を掻き切る。
これで八匹。
状況が不利と見て、残りの二匹が背を向けた。
右手を振る。
しゅいーん、て細い音と共にワイヤーが伸びた。腕だけの操作で先端の短剣を操る。
通常のジャマダハルに無いギミック――有線式ブレード。
「ギャ」と耳障りな悲鳴が上がった。逃げ遅れた一匹の首筋に深々と刺さっていた。
手首のスナップで引き抜き、ワイヤーがしゅるるっ、て巻き取られ手元の本体に収められる。
さて、残り一匹だ。
地面に、小さな光輪が浮かぶ。複雑な図形と文字列が円を描いた。
タイミングを見計らい、えぇと――ここ!!
再び右手を振る。地面に。
有線式ブレードが放たれ、足元の魔法陣に飲み込まれた。
すぐさま闇の奥から「ギャ」と汚らしい悲鳴が上がり、静かになった。
命中したかな。
隙が大きいのと集中力を要するリスクの割に、射程が短い上にこの装備でなきゃ出来ない技。
使い勝手が悪いというか、使えるシーンがあまり無い。
『どこでもジャマダハル』は、言うほどどこでもでは無かった。
久方ぶりの討伐に、一通りの成果を得て満足して帰った俺を待つもの。
馬車の扉を開けるとそこには、腕組みしてふんぞり返るサクラさんと、縮こまってるマンリョウさんが居た。
マンリョウさん。昨日見た露出だらけの衣装であっちこっち健康的な肌が見えちゃってるけど、その顔は滝の如く汗が流れ目がぐるぐるしてる。痛々しいな。
「って圧迫面接かよ!!」
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




