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58話 灰色オオカミ

ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。

 養花天の如き日差しの元、黒塗りの馬車が背に轣轆(れきろく)の尾を引いた。

 車輪が平地の柔らかな土を荒々しく抉る。

 並走させた三頭に無理が無いようユリが疾走した。繋いだだけの馬を馳騁(ちてい)するのは、ユリがリーダーとしてコントロールしてるおかげだ。偉い。


『足の速いのと目のいいのが居るわ!! 5分後に並びます!! ――どうしてあの体格でスタミナがもつのよ?」


 ヘッドセットがマンリョウさんの悲鳴と素朴な疑問を漏らす。

 了解している。サイドミラーに後方から迫る灰色オオカミの群れがあった。

 安全な道と言ったが、それは野盗やジキタリスからの刺客との接触を回避――対人戦に関してだ。トレーダーの流通路じゃないってだけだもんな。


『ごめんなさい、安全と言いながらこんな事になって。わたしが出て迎撃するわ!!』

「その提案がさ!! 受け入れられないってのよ!! そこから動くな!!」


 この車輌が灰色オオカミの牙を通すはずが無い。だったら中に居ろ。

 そして雷獣が野生の魔獣に引けを取ることも。


 灰色オオカミ。狼種の魔獣属だ。


 イヌ科イヌ属のハイイロオオカミとは別種だ。体が一回り大きく知恵もある。群れを大事にするのは普通の狼と同じだな。

 毛並みは言うほど灰色じゃない。日差しを銀光に弾くのをミラー越しにも見た。その下の筋肉の躍動に沿って流れる美しさが胸を打つ。

 八頭。撃退は可能だ。俺とユリで立ち回れば……いやユリだけでも余裕かな。何せ幻獣だ。雷獣だ。

 だが――。


『目眩程度なら車輌の設備だけでどうにかな』


 ヘッドセットに男性の声が混じる。気だるげだが、寝起きかな。

 棺からの通信は、マンリョウさんには聞こえない。


『オレとしては奴らの原動力が気になるが。随分とご執心の様子だ』


 そこから見えるの?


『不可解だな。()ばかり摂理に反するならば』

「こうして追ってきてるじゃないのよ!!」

『サツキさん?』

『狩のレンジでもないのに異質だと言っている。獲物は囲んで仕留めるものだ』

「アレが狩猟行動じゃない別の意図によるものだって!?」

『……なるほど。その見方もあったか。君に心酔されたなら分かる話でもあるな』

「ちゃかさないで下さい!!」

『あの、何を、話してるのかしら?』


 おっと、俺の声はマンリョウさんに聞こえてるのか。ややこしい。


「ちょっとした混線!! 距離、引きつけるから!!」

『え? あ、はい。了解したわ』

『承知した』


 ミラー越しに狼の群れを見た。あ、馬車の後部が光った。目眩しか。一瞬でもこちらを見失ったかな。それから白い煙幕。風上だから、匂いまでは分からない。


『そしてこれらに合わせて超音波だ。耳がとびきりいいのは野生の魔獣の特権ではないからな』


 棺の声に眉を寄せた。

 いたせりつくせりのこの機能。対人戦を想定してのものか。


「それじゃ今のうちに距離をとるよー」


 ユリの引く馬車はそのまま走り抜けた。

 煙幕を割って追い縋る影は無かった。




「避けられて良かったわね、戦闘」


 昼の休憩ポイントで、マンリョウさんが馬三頭の世話をしながらこちらに顔を向けた。

 旅の間、可能な限り元の口調に戻してもらうよう要請している。


「魔獣とはいえ狼種に危害を加える際に働く抵抗感はな。何の心理が作用してるのやら」

「高ランクの冒険者ほど特に、ね。実の所、兄とわたしも抵抗があったわ。熊の系統なら問題無いのだけれど」

「さて、何の因果か」


 馬車を見た。

 先程の功労者。棺に眠る者なら或いは。


「方角はこのまま?」


 とりあえず黒衣の美影身を脳の隅に追いやる。


「開けた所がお望みなら、この速度なら夕刻前には。でも本当に向くと思われて? 野営に障害物が無いのは視認もされ易いってことよ?」

「そこはコツがあるから。提示する安全策には従ってもらう。互いの為と心得てくれ」

「それは……承知してるけど」


 彼女も馬車に目をやった。

 そうだよな。こんな物まで持ち出してりゃ不審にも思うよな。


「準備してるというお話だけれど、設備に関してもオーソライズされてないお品物がぞくぞくと?」


 商人らしい言い方だが、視線が粘っこいのは何でだ?


「それで了解してもらって構わんよ。大抵の希望は叶えられる筈だ」

「密着で出てくる希望なんて、知れているわ。だからこそ、期待して下さい」


 急に不安になった。

 あと密着はしないと思う。


「器量には多少の自負が御座います。決して失望はさせません」


 不安が大きくなった。

 あんたセンリョウさんと初めてがどうこう言ってたろ?




 その後は、何のトラブルも無く野営地に入った。

 棺からも声はかからなかった。

 馬も、逃走時に全力疾走させたとはいえ疲労は無いみたい。トレーダー向けに鍛えただけはある。


「薄暮までは時間が余るが、設営しちまおう」

「手伝うわ、何からかかろうかしら?」


 猫柳のようなしなやか体を弾ませ馬車から飛び降りたマンリョウさんが、羽織ったカーデガンを脱いだ。

 ほんと、働き者は好感が持てる。

 肩をすくめてユリを見る。


「何は無くともリンゴだろうな。ブラッシングも任せても?」

「邪魔ならそう言って。気に病まなくてもいいのに」

「いや、このままだと先に俺が食われそう」


「え」と漏らし俺の視線を追った。

 なんか、ユリがでんぐり返ししてる。


「雑食なの? まさか」

「リンゴが好物だからって肉を食わないとは限らない」

「オッケー、蜂蜜もあったわね。リンゴしか食べれない体にしてあげる」

「ヒデキ感激ってやつだな」

「ヒデキ感激ってやつだわ」


 (いにしえ)から伝わる格言だったか(ことわざ)だったか。

 マンリョウさんが早速と、自分のアイテムボックスに手を入れる。瑞々しいリンゴだ。大量に詰め込んだという。

 俺もストレージに手を入れる。瑞々しいロッジを取り出す。そのまま設置する。

 ユリが二本足で立ってロッジの横でバンザイした。よし完成。

 同時にブシュッとマンリョウさんがリンゴを握りつぶした。

 美しい繊指のどこにこれほどの握力が潜んでいたのか。


「な、何事なの!? え? 家? え?」

「え? 拠点だけど?」

「拠点!???」

「あれ? 俺、また何かやっちゃいました?」


 いや、やっちゃってるんだが。二階建てロッジを出してるんだが。

 この辺のくだりは面倒なので、ちゃっちゃと進めよう。


「ほらリンゴ、手ベタベタでしょ」


 ハンカチを渡すと、ユリがのそのそと来てマンリョウさんに鼻を近づける。


「拠点ごと……持ち歩く人が居るだねんて」


 納得いかないという風に、搾りたてのリンゴを差し出す。

 ま、折り合いをつけてもらうしかないんだが。


「♪」


 ユリが搾りたてリンゴを嬉しそうに食べていた。

 今日一日でだいぶ懐いたな。


 ……。

 ……。


 褐色美少女の(握力で)搾りたてリンゴって需要はあるだろうか?『あなたのために搾ったの、た・べ・て』みたいなノリで。

 うん、無いな。

 それより拠点構築だ。

 マンリョウさんが次の赤々と輝くリンゴを取り出すのを横目に、ほいほい、ほい、と周囲に背の高い柵を埋め込んでいく。

 同時にブシュッとマンリョウさんがそのリンゴも握りつぶした。


「え!? 今度は何!? 何してるの!?」

「え? 柵だけど?」

「柵!!」

「♪」


 ユリがすかさずマンリョウさんの搾りたてを食べる。

 流れ作業で次のリンゴが装填された。


「ああ、防犯上有った方がいいだろ?」

「防犯!!」


 同時にブシュッとマンリョウさんの搾りたてが汁を飛び散らせた。


「♪」


 ユリがご機嫌にマンリョウさんの搾りたてを食べている。




 罠と警報も含め一通り設営を終えたころ、マンリョウさんも一通り搾りたてを食べさせ終えた。

 斜陽の光りを反射し、果汁の汁に輝く麗人。健康美に溢れる褐色の肌に、思わず目をそらした。


「?」


 マンリョウさんが小首を傾げると黒い髪がさらりと肩に落ち、腕に着いたリンゴ汁に張り付いた。


「中はスリッパに履き替えて生活してくれ。奥に風呂があるからまずは汁と汗を流すといいだろう。キッチンも自由に使ってくれて構わない。ベッドは一階の個室だが、二階は使わないで欲しい」

「少々お待ちを」


 俺の説明を戸惑いが遮った。

 ああ、そうか。先に言わなきゃな。


「入ったら玄関の鍵を内側から閉めてもらっていいから」

「ですから!! 待って下さいって言ってるんです!! どうして貴方はわたしの話を聞かないのよ」


 胸の前で小さな手をふんふん縦に振っていた。

 子供っぽい仕草、可愛いな。


「今の説明だと、わたしが一人でこの拠点を使うみたいじゃない。そんなこと、わたしが許すとでも思ってるの?」

「貴女の誠意を問いてはいないさ」

「サツキさんの所有物を同道を無理強いした側が占有できないって話しよ」

「俺が自己効力感を律するのに必要なだけだから、それに乗っかっちゃえばいいんだよ。ああ、いや欺瞞のつもりじゃないから、そんな事に気をもまないでくれ。ましてやマリーとの愛別離苦なんかじゃ」


 なら、何故俺は二階への立ち入りを注意した?

 そこには、彼女の部屋がそのままある。


「あのね、そんなセンチメンタルを言ってるんじゃないわ。わたし達のような社内ベンチャーの担当は独立してるからこそ外部の資産を享受するなんて真似ができないのよ!! わかってよ!!」


 あぁ、この人はあくまで商人道に忠実なのか。

 だったら――。


「俺だって標榜(ひょうぼう)を求めてるんじゃないのにさ。ただ単に『そういうこと』なのを理性と矜持の相克(そうこく)って見え方になって、それを侮辱と捉えられるんじゃ面倒だ」

「そこまで言うなんて!!」


 顔を真っ赤にして、ぶっ殺しそうな視線で睨んできた。


「だったら、ここでわたしにハレンチな事をしてみせなさいよ!?」


 どういう切れ方だそれ!?


「あなた今朝からおかしいよ!? センリョウさん一筋だったでしょうに!!」

「わたしのカウンターパートになってって迷惑なの? こんな所で揚げ足取りだなんて惨めになるだけだわ!!」

「え? こわっ、何で家を使えって話しから、そういう風になるんだよ!!」

「そういう風な事を――最初から企んでると言っているのよ!! 柄にもなくこんなのだって穿いてきてるんだから!!」


 ちょっ、だからってスカートを捲るな、スカートを!! つか商人道どこ行った!?

 まさかこれがワークライフバランスか……?

 花影(かえい)のような褐色の姿に、フリルをふんだんに取り入れた白い布地が、ただ眩しかった。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。

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