57話 旅の道連れ
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
つくづく緊張感が続かないですね、自分。
最後の方、疲れてコント始まってます。
センリョウさんの囁きに背筋がゾクゾクとなった。
あと、思わず「ん、んん」って鼻を鳴らしてしまった。
声と吐息だけじゃない。その内容だ。
何を言ってるのか理解出来なかった。
気づくと、彼の顔が離れていた。
咄嗟に顔を隠す。多分、今とろんと蕩けてる。見られたくない。
「えぇと……本気、ですか?」
思わず敬語が出た。
「はい。全身全霊を掛けてお約束しましょう。証文も契約書も立会人も御座いません。正真正銘、このセンリョウとの口約束でぇございます」
言い切りやがった。
抜け抜けと。
破格な提案。背景に潜む想像も付かない企み。
「んー」
本人の前で妙な呻きをあげるのもどうかと思うけど、眉根を寄せる。
マンリョウさんがユリを解放し近寄ってきた。
俺を覗き込む。
見つめ返す。
何故か、よしよしと頭を撫でられた。
答えは出た。
「あ、あ、あり……ありったけの馬車持ってきやがれっ!!」
うおぉぉっ、と地を割らんばかりの歓声が上がった。ドンドンドンと手持ち太鼓を叩くヤツも居る。さぁ盛り上がってきました。朝っぱらから。
「「「さーつーきぃ!! さーつーきぃ!!」」」
「ダーッッッ!!」
そして朝っぱらからテーブルに乗り右手を振りかざす馬鹿が居た。俺だ。
「ご高配いただきまして、感謝に堪えません。えぇ、本当に、サツキさんには無理ばかり」
褐色のイケメンが何か言っている。
色々あって出発の時。
マンリョウさんが当然のように御者台へ潜り込んでくる。
何故こっちへ来る?
「……何か?」
俺の視線に、小首を傾げる。綺麗な黒髪が絹のようにさらりと揺れた。
「気にせず車内でくつろいでくれ」
敢えてぶっきら棒に告げたら、大きな瞳をさらに大きく見開かれてしまった。
直ぐに、失礼な態度だったと思い直したように、
「せっかくでは御座いますが、わたしがお客さんで居るわけには参りません」
「迂回路のルートの指示だけなら、中からでもできるから」
「不詳では御座いますが、旅のお供の話相手ぐらいは」
「それも中からでもできるから」
「むぅー」
頬をぷくーと膨らませて、拗ねたように睨んできた。
人の頭を撫でておいて子供かよ。
……いや、無表情で頬膨らませてるよ、この子。
「そんな顔をしてもだめだよ。万が一ってことだってあるでしょ、安全な抜け道って言ったってさ」
「自分の身一つぐらいは守れます。少々心得があるんです。剣と魔法よ」
「センリョウ氏との契約を反故にする、と言ったら?」
「はっ!?」
初めて人間らしく表情を崩したが、それが眉を顰めて抗議する顔だとは。
「私のせいでお兄ちゃんの契約を無効にするっていうんですか?」
詰め寄ってきた。
表情に乏しいからお人形のような印象だったが、至近距離だと美貌が際立って見えた。
御者台で少しだけ尻を動かし距離を取る。
「芥蔕は早めに解消したいからこんな物言いにもなったが、貴女には移動以外での役割を任せたい」
あと、今お兄ちゃんって言った。
「役割……移動以外……それはつまり、そういう事、なの?」
「どういう事、なの?」
「……そこまで仰るのなら、こちらも望むところよ」
何を納得したのか不安だが。
「修めてくれて助かる。それに如何なる心得があっても、例え40にも余る敵を屠ったSランクでも、たった一本の矢で命を失う事だってある」
あ、余計な事言ったかな。
なんか、唇の端をぐっと噛みしめるような顔になった。
直ぐさま哀愍の顔になり、
「心中を察することができず、申し訳ありません」
勢い良く頭を下げた。
勢い良すぎて、黒髪が跳ね上がりヘッドバッキングみたいになっていた。
「サツキ様におかれましては、さぞ泪に沈んだ事かとお慰め申し上げます」
「お、おう……?」
マリーの事、分かってくれたようだ。
「わたしで良ければ、お慰めいたします。なんでもおっしゃってください」
顔を上げた時、やっぱり瞳に星が輝いていたし、最後の方が全部ひらがなだった。
「お気持ちだけで充分だ」
だから余計な気は回さないで欲しい。
「大丈夫です。貴方の好きなようにして頂いても大丈夫です。兄が愛するものはわたしも愛していますので、大丈夫です」
どうしよう。大丈夫な所が一つも無い。理が非でも、何かさせようって腹か。
番頭さんに視線で救いを求めた。
……いかん、目を背けられた。
「何を戸惑う事がありましょう。だってほら私、スカートですから簡単ですよ?」
宗教みたいなこと言い出してる。
「そ、その、ボク喪中なので」
自分も何言ってるんだろ。
ていうか怖いだろ? 御者台で女性のスカートをどうにかしながら馬車が進んできたら怖いだろ? なんの企画ものだよ。
想像するだに、蓋し危険人物と言えよう。
「いやぁ、そうなれば遅かれ早かれ幻妻同士で乳繰り合ってる風にしか見えませんなぁ」
貴方は黙れ。
あ、待って。遅かれ早かれ? ん?
御者台から彼女を追い出し、馬車にしては豪壮極まりないドアへ回らせた。
「さ、どうぞ」
扉に負けじと豪華な内装に、褐色の肌の中でこれだけは赤い唇が驚嘆の吐息を漏らした。
本来の持ち主が他国の王族だもんな。車窓のカーテンなんかウメカオル国の特上だし、椅子に至ってはもはやソファだ。ふかふかだ。
直ぐに瞼を瞬いて、彼女の瞳が、ある一点に吸い寄せられる。
「……あの、この棺は」
「ああ、ちょっと邪魔かもしれないが」
「!? じゃ、邪魔だなんてそんな!! サツキさんの大切なお仲間をぞんざいに思うはずがありません!!」
「? ま、まぁ、そんな気負わないで。ほら、ちょうど真ん中にあってテーブルとして使い勝手がいいから」
「て、テーブル!? め、め、滅相もありません!! 40人もの野盗を屠ったお方を、て、テーブルだなんて!!」
「? いや、これはそれ程、活躍してないと思うが」
「で、でも、お二人ともこの仲にいらっしゃるんですよね!?」
「? いや、一人だぞ?」
「え? いえ、カサブランカからジキタリスの依頼を受理された冒険者さんはお二人と聞かされてましたが」
あぁ、もう一人って俺の事だったか。
「お二人とも亡くなられて、さぞお辛かった事でしょう。わたしったら、そんなサツキさんの想いを察せず、先ほどは大変失礼なことを」
「Eランクの方はぴんぴんしてるぞ」
「ぴんぴんですか!? お二人とも亡くなられたんじゃないんですか!?」
あー、生きてちゃ駄目なんだっけ。
「いや、二人とも死んだ。ぴんぴんは……一部がぴんぴんしてる」
「一部が!? お、女の子って聞いてたんですけど、ぴんぴんですか!? そんな所、あるんですか!?」
マンリョウさんが思わず自分の体を見回した。
最終的に、ロングカートに視線が行ってるが、多分違う。
「いや、何ていうか、ぴんぴんに死んでる、というか。生きがいいというか」
「イキがいい!?」
「あー、あと静かに眠らせてやって欲しい」
俺の一言に、頬を桜にした褐色の美貌がはっとなり、口に手を当てた。指先、細くて綺麗だな。
「す、すみません、私ったら……。」
いや、彼が起きると面倒なので。
それに、昨夜はうなされてたからな。女神どもがまた何かやらかしたらしい。
俺の意図とは別に、マンリョウさんは少しだけ視線を漂わせ、何か思い当たったように、
「えぇと、こういう時は――そうだ!!」
何が「そうだ」なのか知らないが、棺に向かって、ぱんぱんと柏手を打ちだした。
そういう埋葬じゃ無い。
根本的な意識の齟齬がある気がする。ま、いいか。そろそろ面倒になってきた。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います(本当に……。)




