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56話 献、花(ささぐ、ハナ)

用語解説:詫びパンツ(詫びパン)

召喚者(召喚勇者)とは別に女神たちの不手際げふん何らかの事故により日本より転移または転生された者へ配られる。

品質は最上級で脱ぎたてほやほやだが、キャンペーン時は特盛りになり軽く地獄絵図になる。


 事がスムーズすぎるから猜疑心だって芽生える。昨夜の刺客も本当は商人ギルドが誘導したんじゃないのか。

 実はドッキリだったり。

 ……順当に考えてまんまと口実に利用されたと見るべきか。

 俺じゃない。マリーだ。彼女の死だ。この憤りは不条理と思うか?


「さて、当面の筋書きですが先発でマンリョウがジキタリス入りし、ギルド参加の商会に対し音頭を取ります」


 空気が変になったのを感じたか。

 だが、もう遅い。

 最近よく耳にする、『〇〇だけどもう遅い。こちらは自由にやりますそちらもどうぞご勝手に』ってやつだ。

 ……いかん、勝手にやられた分だけこっちにとばっちりが来る。


「傘下の会社組織ならびに商業施設のリスクヘッジを第一に考慮します。その旨、ご理解頂けるとサツキさんも動きやすいかと」


 全商社撤退は卸も小売りも荒れる。商人側は荷物も人も迅速に移動できるかが鍵だ。それは分かるんだが。何だろ? 恣意行動にしては双方共に看過できない損害が見込まれる。ましてやコイツらは現地スタッフとその家族を危険に晒す事態だ。


「荷役の規模が大部隊に相当するんだよな? 一度に動かせるものか?」

「無理でしょうな。こちらからも逐次空荷を送る必要がありますから、タイミング次第ではあちらで足止めを受ける事も」

「動きを止めたら即、例の名士が出てくるぞ?」

「出てくるでしょうなぁ。私兵やゴロツキなんざ向けられたら、抗いませんね。商人は金には強いが物理にゃ弱い」


 承知の上か。


「ですので、カサブランカをはじめ近隣都市にも支援要請を打っております。休みなく人と物流が動けば、少なくとも追っ手を差し向けるのに限界を迎えましょう」


 並行してオオグルマが中継基地となれば、荷物も人も足跡は追えまい。

 向こうはこのどさくさで領有地に侵入する他貴族も牽制する必要があるからな。

 例えば、コイツらの黒幕とか。




「そうでした、例のものですが入荷していますよ。日差しが照る前に裏手に回しました。ご案内します」

「待ってください、お二人とも。少々確認を」


 マンリョウさんが慌てて止める。


「リンゴが好物と伺いました。差し上げてもよろしくて?」


 振り向くと、めちゃくちゃモフられていた。

 ユリ……されるがままだな。


「限度が分からないが、存分に」


 頷くとマンリョウさんが「やった!!」と表情を輝かせた。

 クールな子かと思ったけど、ユリの魅力には抗えないらしい。

 今までの落ち着いた声とは異質の歓声を上げながら鵺に絡む彼女を置いて、センリョウさんに案内されつつ裏手に回った。

 曲がった先で、鮮やかな色彩が飛び込んできた。

 花だ。

 瓶や壺に入れられた無数の切り花が、花弁の森のように一角を彩っていた。


「各商会から昨夜のうちに、是非に献花をと。昨夜のお代の方は今回の助成金という名目で受け取って頂きました。ほんのしるしでは御座いますが、納めてやってぇくださいな」


 誇らかなセンリョウさんの声が、朝の澄んだ空気に熱を帯びた。


「加盟商会には重大な決断を迫る為、お亡くなりになられたお嬢様の情報を公開させて頂きました。勝手な事とお叱りもありましょうが、パイナス傘下であればこそと、ご理解頂ければと存じます」


 縷々(るる)として紡がれる説明をよそに、量と種類を見て今の季節は草花が豊富だと改めて知った。植物なんてサバイバルに役立つ知識しか無かったもんな。


「では暫時、支度と段取りのチェックをしておりますので」


 センリョウさんが一礼し、背を向けた。

 ゆっくりしていいって事か。

 去ろうとする背に一言、声を掛ける。


「これだけでなく――。」

「さて」


 掛けなくてはならないと思った。


「お心遣いをいただき、お礼の言葉もない」


 あれ? 俺ちょろい?

 我ながら驟雨(しゅうう)のようだな。

 センリョウさんも振り向いた顔の中で目を開いている。

 が、直ぐにいつもの表情になった。


「いえいえ、こちらこそ薫陶(くんとう)をいただきました。真なる利益を得る為には、目先の多寡は問わないものです。サツキさんにおかれましては――。」


 向き直り、頭を下げた。


「このたびはご愛顧いただきまして、誠にありがとう御座います。そして――。」


 さらに深々と頭を下げた。


「甥か姪の顔を早く見せて頂きたいものです」

「うるせーよ!!」


 何でこの人はいちいち台無しにするのだろう?




 切り花はストレージに入る。生き物とみなさないのだろう。彼女と同じだ。

 人形のように瞼を伏せる少女に、花を敷き詰める。花弁の海に体を沈めるように。色とりどりの色彩に溺れるが如く、ストレージの中で彼女は弔花と共に永遠となる。

 このまま朽ちる事なく。美しいまま俺の傍で溺死する。


 ……うわ、やばい人の考えになった。

 早急に故郷へ埋葬してやらないとな。


「失礼」


 ストレージの中で彼女の、いまだ桜色の頬に指を這わす。あの時の温もりは消えない。寧ろ、俺の指の方が青白く見えた。

 そういや、まだ言ってなかったな。

 多分、俺は受け入れられないのだろう。意外と物分かりが悪い。

 朝な夕な、鳥鳴花咲(鳥が鳴き花が笑う)ような彼女と過ごす事を疑わなかった。


「君の花笑みには随分と救われた。可愛いマリー、大好きだよ」




 表に戻ると、従業員が(せわ)しなく行き来する中でユリの毛並みに顔からめり込むマンリョウさんが居た。


「え? どうしたのコレ?」


 人の妹さんをコレとか言っちゃったよ。


「おや、もうよろしいので?」

「お陰でいい供養になったよ。で、マンリョウさんは?」

「なんでも、人間をダメにする毛並みだそうで」


 どうやらお気づきになられたか。


 ……。

 ……。


 その後、作業の手を止めみんなでユリの巨体に顔を埋めた。




 マンリョウさんの馬車を見上げる。


「空の車両なら入るな」


 トレーダーが一般的に運用する幌車だ。


「よろしいんで?」


 察したセンリョウさんが控え目に聞いてきた。

 これで遠回りの分時間が稼げれば、拒否する理由はない。


「馬は三頭とも並走させ負担を減らそう。いざという時は単独で逃がせる」


 馬車をストレージに入れてみた。余裕だな。

 周囲からどよめきが沸いた。

 改めて見たら、番頭さんやクレマチスの丁稚さんだけでなく、他所の商会の人らも囲んでた。

 センリョウさんの台詞、そう言うことか。ぬかったわ。


「すげーな姉ちゃん!! 馬車を収納しちまうだなんて!!」


 いや姉ちゃんじゃなくて……。


「かぁー、やっぱ別嬪さんは一味違うねー!!」


 だから男だっつってんだろーが……。


「いやぁサツキさん大人気ですね」

「こういう人気は求めてない……あと、ボク男の子だからね?」

「えぇえぇ、存じてます」


 あんたは知ってるだけタチが悪いだろ。


「昨日も拝見しましたが馬車ごと入るとは」

「まぁ効率重視ということで一つ」


 拠点ごとイケるのは内緒だ。


「もしや、もう少し余裕はございますかねぇ?」


 ほら来た。


「モノによると思うけど、どうだろうな」

「大変厚かましくて恐縮なのですが、もしご負担にならないようでしたら空の馬車をもう二輌追加させては頂けないでしょうか。そのかわりと言ってはなんですが、相応の報酬をご用意致しますのですが」


 ほら来た。

 さっきの話し。どれだけ初動で搬出できるかが鍵だ。場合によってはジキタリスからの通行封鎖だってありうる。


「金銭なら間に合ってるかな」

「勿論、お金や貴金属では変えられないモノです」


 そこまで言うか。

 最大手クレマチス商会のターミナル市場最高責任者がどんなカードを切ってくるのか、興味があった。


「お耳を拝借しても?」


 わくわくしながら従った。つま先立ちで彼の顔に側頭部を近づけると、向こうから腰を下げてくれた。

 ……俺、交渉事とか下手だろ。

 キラン、と光った。

 ユリの毛並みに酔いしれていたはずのマンリョウさんが、ネコ科の猛獣のような視線を送ってる。

 貴女は何を捕食しようというのか。

 きらりん、と光った。

 俺の顔の位置まで降ろしたセンリョウさんの瞳と目が合った。貴方も何を捕食しようというのか。


「センリョウ様!! そこまでですよ!!」


 番頭さんの張り上げた声に我に帰った。

 ……やべぇ。危なかった。うっかりちゅーしそうになった。


「おや、それは残念」


 残念じゃねーよ!!


「では、改めてお耳を……おや? 随分と可愛らしい」

「んっ、あぅ」


 何で俺、今甘い声出した?

 あと番頭さんの鋭い眼光がセンリョウさんを貫いた。

 同じくマンリョウさんの眼光も俺を貫いたがな。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。

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