54話 朝靄に煙る市場
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
今更思ったのですが、
……追放ものなのに悲壮感が無いな。
しかし結句、王族であるか。
それも他国。単身でふらふらして大丈夫なの?
そしてパンツの話ばかりで大丈夫なの?
「少しパンツから距離を置いて考えてみよう」
最初から距離を置いて欲しかった。
「連中であるが、各々に発注された別の依頼内容で受理する所まではいいが、詳細が現場レベルで変更されていたぞ。一部は改竄ともとれる酷いありさまだ」
一瞬、何の話か分からなかった。
少しだけ目を瞬き、
「有り得ない!! ギルドの条約違反だぞ!?」
うっかり敬語を忘れた。
依頼について仔細を確認検証する義務を負うギルドからすれば、詐称問題に発展する行為だ。規約上、禁止事項の筆頭とされている。そしてこの規約は国家と正式な条約として締結していた。
これにより冒険者ギルドは国家規模の兵力を持ちながら貴族や領主の私兵に置き換わることなく、独立した組織体制を維持できた。
マンリョウさんからの報告、違和感があったのコレだわ。
「そう憤りたもうな」
「事実なら大罪だっていうんですよ!! 自由を唄う冒険者とアナーキズムは同格ではありません。貴方はそれを知って放置されたのですか!?」
「規約条約の重要性は他国のオレでも理解に及ぶ。この国の王とて甲斐性なしでは無いゆえ、諌言されずとも手は打つだろう。いいや、裏技で言ったら相当にキレものだぞ? 雇われママと揶揄し悪戯に批判を弄する輩が居るが、アレらは本質を理解していないか、或いは知っていて大声を張り上げる悪辣か。後者はまるで狂騒だ。とうに、この国の民からも嫌われておるわ。果たして誰の事であろうな」
皮肉に唇を歪める目の前の美貌が、畏怖の塊のように見えた。
あまりにも綺麗すぎて背筋が凍る。
暗影が美意識を得て創造の神の手から離れたら、或いはこんな男が産まれるのかもな。
これが先程までパンツを熱弁したヒトの顔か。
「何れ、あの王も動こうて。ならば心せよ。真の仇を討つまで猶予は無いぞ」
「それは……貴方も、ですか」
「無論だ。ここからは早い者勝ちになる」
「意趣返しの早い者勝ちですか……。」
どこかおかしな人だが、彼の赤心だけは伝わる。
「だからって俺なんかに拘るものか」
「紫蘭玉樹となり得るなら、構いたくもなる。究竟な事に君は仇敵の喉元に一歩だけ近くなるだろう。では投資とでも思ってくれ」
この人の俺への評価は、もはや手の付けようが無いとでもいうのか。
車両の移動は白白明けの頃を選んだ。幻獣・鵺は悪目立ちすぎる。
暁闇から準備をしていたのだが、ストリートに見える人影の多さから商人を舐めていたと知った。
朝まだきだというのに、市場は早朝出立組みの作業で賑わっていた。
そんな中、朝靄を割ってユリと黒い馬車が現れれば騒然ともなろう。
彼らが口々に言う。
「おいおい見ろよ、あの御者台の」
「かぁー、えらい別嬪さんだねぇ」
「目が覚める愛らしさって言うのかねぇ。どこの行商人だい」
「何でもクレマチスさんの所のお取引先らしいな。いやぁそれにしてもなんという佳人だろうね」
「あそこはマンリョウ嬢が名花として知られるが、いやはや、こちらは契情とでも言おうか」
……。
……。
え? 俺っすか?
いや、いやいや、それよりこっち!! 鵺だよ? 雷獣や幻獣って言われたアレだよ?
当のユリは、俺が褒められたとでも思ったか上機嫌で馬車を引いてる。
見せ物になりつつ、クレマチス商会に到着した。
「なんとまぁ、珍しい。変わった馬ですねぇ」
馬に見えるのか?
「変わった馬だわ」
兄も兄なら妹も妹だ。
俺が到着した頃には、一通り支度が出来ていた。
通常業務の荷造り用の馬車とは別に、馬二頭立ての荷役馬車とフリーの馬が一頭、プラットホーム正面で丁稚さん達に世話をされている。
「……一応、鵺って種類だ。馬の品種かどうかは寡聞にして判別できないけど」
申し訳なさそうに言ってやったら、ユリが後ろ足で立ち上がってご挨拶をした。
どうしよう、ますます馬から離れたな。
「何と!? なるほど、これが伝説に聞く幻獣ですかい。いやぁ流石はサツキさん、ひとかたならぬ冒険者さんは違いますなぁ。えぇえぇ、度肝を抜かれました」
「驚いて見せなくてもいいよ。この子も気にして無い様子だし」
「いえいえ本心から驚愕の至りでして。そもそも私らは幻獣の類にお目にかかった事がござんせん。もし街中を歩いてても、なんぞふわふわした馬が居るなって程度でして」
「参考までに聞くが、商人としては価値を見出せない?」
「はなっから扱いに困ります。だって幻獣ですよ? 雷獣ですよ? とっ捕まえて売る事もままならず、運搬用に世話をする事も不可能でしょう。価値が高過ぎて手に余る上、制御できずに暴走なんて事になったら破滅に一直線ですからね」
センリョウさんに限らず、ここの商人達はこういう所が潔い。
ユリじゃなく俺に注目が集まったのは、俺込みでの値踏みだったか。
「兄さん」
話が長くなりそうなのを察してか、マンリョウさんがセンリョウさんの裾を引く。
仕草は幼いのに、会話にズケズケと割って入らない辺り、彼女の人となりが伺える。
「あぁ、そうだね」
小さく言ってマンリョウさんの背を優しく押す。
背筋を伸ばした彼女が一歩前に出て、ロングスカートを摘んで一例した。
ん? スカート? 行商人のパンツルックじゃ無いのか?
「この度は御同行並びに道中の護衛依頼をご勘案を頂き、誠にありがとう御座います。改めましてご挨拶申し上げます。クレマチス商会幹部補佐のマンリョウと申します。僭越ながらジキタリスまでの道案内と道案内と、それと道案内をさせて頂きます」
道案内ばっかだよ。
「マンリョウ」
「はい……えぇと、道案内とその旅のお供をさせて頂き、ます」
褐色の美貌を朱色に染めて、ロングスカートをにぎにぎしながらモジモジしていた。
何があった?
センリョウさんを見る。
ぐって親指を立ててきやがった。
だから何があったんだよ?
おっと、挨拶。
「こちらこそ、無粋な冒険者なれど精一杯気を配ろうと思う。何か気づいたなら忌憚なき意見を言ってくれ」
「私の方こそ!!」
うお!? びびった。
俺が怯むと、自分の声のトーンにマンリョウさんはさらに頬に熱を帯び、
「あ、すみま、えぇ、はい、私の方こそ不躾とは存じますが何でも仰ってください。何でもします」
「ではお聞きするがマンリョウ嬢。随分とガーリー風に纏めているが、行商人の装備では無いのだね?」
「あ、これは、兄さんがこの方がサツキさんも喜ぶだろうって」
「ほう、センリョウさんがね」
センリョウさんを睨む。
にこやかな笑顔がさっさと出発しろと語っている。
「それに、スカートだと、その、色々するのに手間が省ける、と兄さんが」
「なるほど、センリョウさんがね」
センリョウさんを睨む。
あ、目を逸らした。
「あの、既成事実さえ作ってしまえば、あとはどうとでもなると兄さ――。」
「あんた自分の妹に何させようってんだ!?」
流石に吠えた。
忸怩たる思いだ。最初からこれが狙いか。
この子が極度なブラコンなのは昨日の会話と態度で分かりきっていた。俺に色目使う理由が無いんだよ。
そして彼らの中で意思決定はセンリョウさんにある。
「サツキさん、この期に及んでおとぼけになっちゃぁかないませんよ。私らだってとっくに調べはついてるんですからねぇ」
センリョウさんの細めた目がいやらしい光を湛える。
わざわざマンリョウさんに因果を含めたんだ。手を替え品を替えの商人が、何を出してくるのやら。
「サツキさんが年上好きだってことを」
「あんたもか!!」
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。




