51話 サクラ
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ここ数話、男性同士で絡むシーンばかりですね。おかしいですね。
冒険者たちの隔たりを結んだのは声なき声――苦悶に歪んだ絶叫だ。
影を縫いとめたものは、刺さったその位置にも同等の痛みを与えたもうか。
実態を切れば影も切れる。影を切れば実体もまた――。
東方では忍法と伝え聞く。
魔法魔術とは異なる外法とも。
「彼女と……どういった関係だって?」
探るように視線を巡らす。
マリーもこんな術使えたのか……。
「いや聞きたいことは他にもありますけど……まず、何なんだ? 貴方は何なんだ?」
大雑把になってしまった。
「ようやく名乗れるか。待ち遠しかったぞ――咲良という。綴りはハイエンシェントで花咲き良しと書く」
柔らかい響きが返ってきた。
感じた通りの人だ。百花が乱れる蜃気楼のようで居て、春雷の激しさで朧月夜の雲間を裂くような。
「あの子の、身内なのですか?」
俺の質問に、少しだけ困惑の表情を見せた気がする。
「お身内は君の方だが。それより、まずは官警を呼んできたまえ。この者どもからはオレが事情を聞いておこう。もっとも――。」
金縛りの冒険者らを一瞥し、
「事情が話せたならな」
なんかドヤってる。
「いや、コイツらは俺に用があるらしいから」
「恐らく、今の君に任せてはならないと感じるが。それに彼女の仇を打ちたいのはオレも等しい」
それ、あんたにも任せちゃ駄目って事だよね!?
「ここは年長者の顔を立てるところだよ」
「……わかった。納得はいかないが、なんかわかった」
少なくとも、俺が何を言っても無駄ってことが。
役人を連れ戻ると、冒険者達は昏倒していた。影にクナイは無い。一通り聴き終えたか。
「8割といった所か。しかし迷妄に陥った事に気づかぬのは、不幸であるな」
黒い湖のような瞳が、彼らを哀れむように見下ろした。
宵闇に佇む影法師。誰もが息を呑んだ。
説明とともに連中の身柄を役人に預けると、黒衣の騎士が無遠慮に俺の腰に手を回した。
またもすっぽり収まる。
周囲からざわめきが湧いた。驚嘆。そして羨望。待て羨望?
「かぁー、なんだべ。すげーもん見ただなぁ」
「んだんだ」
ギャラリーが感心して見てる。
「こら、見せ物じゃ無い。見るな。サクラさんも離して下さい」
「ここでの用が済んだのなら戻ろう。いい銘柄が手に入った」
マントの内側――俺の目の前からワインのボトルを出して見せる。
「今のは……。」
アイテムボックスじゃない。俺のと同じか。
なら、この人も彼女らに会ったのだろうか。
その意味するところは――ひゃわわっ!?
迂闊。
うっかり可愛らしい悲鳴を上げてしまった。
彼が俺を小脇に抱いたまま跳躍したのだ。
枝を広く出した大樹に着地すると、すぐ次の跳躍に移った。
「はぁー、まるでお姫さんを拐う騎士のようだべ」
「まんずまんず」
眼下からそんな感嘆の声が聞こえたが、それも小さくなった。
顔に風を感じながら、向かう方角を見定める。
判らない訳がない。
彼の向かう先。黒い馬車を隠した茂みだ。
馬車の前で軽やかに着地する。
……。
……。
「どうしたのかね?」
視線に不満を絡めると、不用意に顔を覗き込んできた。
夜闇も恥じらう黒瞳に吸い込まれそうになり、瞬間、呼吸が荒ぶった。
「どうしてここが……?」
なんか怖い。
ていうか、いつまで俺の腰に手を回してるんだ?
「己の来た場所ぐらい覚えておるわ。見損なうな」
あ、この人ここから来たんだ。
心当たりが、一つだけある。
だったら――。
「何故です?」
「謂れのない非難を受けているような気がするが」
「貴方ほどの人知を超えた技量をお持ちでありながら、何故、娘一人を救ってはくれなかったのです?」
分かっている。
この憤りは、酷く醜くい八つ当たりだと。
「オレとて娘御の為なら弓襖になってやりたかったさ」
「だったら!!」
彼の手を振り解く。
抵抗なく体は抜けた。なのに、
「……だったら」
どうしていいのか分からない。
「しかし、あやつめ。よりにもよって漬物石なんぞ置いたまま飛び出して行きおった。おかげで寝所から抜け出すのに手間取ったぞ」
あ、そうなんだ。
「そもそも寝ていた所を馬車ごと拉致に至るとは思わなんだ」
これではっきりした。
無機物や死骸ならいくらでも放り込めるストレージに、何故この馬車だけは駄目なのか。
そりゃ人が乗ってちゃ無理だよな。
って拉致!?
「確か、アレの見立てでは半世紀は放置されてたと聞いたが……。」
急に雲行きが怪しくなってきたので、アレ呼ばわりに降格していた。
「50年ほど前に放置はしていたな。旅の途中で思い出して仮眠をとるのにアイドリングステータスまでシーケンスを進行させたが、よもやあの子がそのままリスタートするとは。サブランカで家族と落ち合うのに立ち寄ったのが裏目になったか」
「本当にごめんなさい!!」
最後の一言で決まりだ。
悪いの、俺達だ。
それから先は平謝りに謝った。
「君が気に病むことは無い。なに、家族といっても5年前に飛び出して行った娘と落ち合うぐらいの用だ」
「む、娘さん!?」
子供居たの!? お子さんとの再会、邪魔しちゃってたの!?
「恥ずかしい話し、娘の事では妻とも意見がすれ違っててね」
「奥さん居たの!?」
そりゃ子供が居るなら奥さんも居るか、な?
ていうか、奥さんほったらかしで遠い異国の地で、見ず知らずの男の腰を抱いてたのか。
家庭、崩壊しないか?
「それがかえって娘に心配を掛けたようで。3年前から手紙が頻繁に届くようになったんだ。そして1年前。意中の男性が現れたらしく手紙の内容が、彼の詳細なレポートに置き換わっていた……。」
うわぁ……。
「それはもう悩んださ。妻とも話し合ったよ。娘たちを諜報員に育てようかと」
そっちかよ!!
センリョウさんとはまた違った眉目秀麗な顔が、微妙にしかめっ面をしていた。
「口論の末、口をきいてくれなくなってな……。」
「そこは折れてあげなきゃ」
「最大限の譲歩はしたさ。そしたらどうなったと思う?」
「どう、なったのです?」
「あの夜は、いつになく激しかった……。」
「あんたら子供ほったらかして何やってんだよ!?」
ていうか、聞きたくなかった。
「だが、尚のことここでお別れですね。家族との再会を妨げてまで連れ回してしまい、申し訳ありません。心から謝罪します」
深く頭を下げた。
俺のつむじを、彼はどんな顔で見ていたのか。
「時にオレの娘たちだがな」
「はい……。」
「妻たちに似てオレが言うのもなんだが臈長けた上、才にも恵まれている」
「はい……。」
ん? 妻たち?
「君もそろそろ身を固めてもいい頃合いだろう。皆んないい子だ。どうかね?」
「何言ってんだ!?」
「ちっ、通らないか」
今舌打ちしたぞ?
「そこはハイという所だと思うが」
「だから何を言ってるのかと!!」
「こう、すぱぱっと結納決めちまいなよ」
「どうしてどいつもこいつも縁談を進めたがるんだ?」
つい先日目の前で見合い相手を死なせた男に、何でまた縁談なんだよ……。
「立ち話で済ませる訳にもいくまい。そろそろ冷えてきた頃だろう。まずは入りたまえ」
サクラさんが恭しく礼をすると、黒い車両の扉が開いた。
手は触れていない。
本当に彼の持ち物らしい。
そして何故か婦人でもエスコートするかの様に乗車を薦めてくる。
いちいち所作がスマートだ。
「そう警戒せずとも良い。別に棺を共にしようと言う訳ではないぞ?」
「娘さんの縁談候補を棺に誘う父親とか初めて見たわ……。」
「妻たちだったら乗ったか?」
「余計に家庭事情が複雑になるわ!!」
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
サクラのターンがまだ続きます。




