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50話 黒衣の騎士

ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。

 慎ましい食事の後、人気(ひとけ)のない路地を縫いオオグルマを抜けた。

 月夜烏(つきよがらす)どもの喧騒を離れるとすぐに闇夜(あんや)のしとねだ。

 夜目が効けば森林への途中まで畦道がぐねぐねと続くのが分かるだろう。

 そこから先は藪の中を突き抜るしかない。

 片を付けるならその前がいいな。

 足を止める。

 気配を探る。後ろからまぁゾロゾロと。素人かよ。人手があるなら俺だったら円で囲むな。

 ローブ姿、ライトメイルの男、軽装の盗賊風、剣士、槍術士、格闘家風、アックス使い、7名か。


「抜け出てくれて助かったぜ、姉ちゃん。あそこじゃ商人どもが協定だかで下手に動けねぇ」


 ライトメイルが声を発すると、盗賊風と格闘家風が俺の前に回り込む。

 今更だ。ま、そうしてやる為に、道が途切れる前に待ったのだが。


「商業ギルド同士の不可侵協定と相互互助協定だ。さっき見てたのはお前らか? おかげで酒がまずくなった」

「ノリノリで飲んでたじゃねーか!!」


 ……そうだったかな?


「で、何の用だ? あと姉ちゃんじゃないからな? 男の子だからな?」


 暗がりの中で、何人が俺の顔が峭刻(しょうこく)に歪んだと見たか。

 あそこは終夜(よもすがら)灯りが燈ってかなわない。よくぞおびき出されてくれたな。


「ふざけんじゃねぇ!! テメェに仲間を皆殺しにされて黙ってられるかって話しだよぉ――ひゅ」


 俺の手元で「ジャラ」と金属音が鳴った瞬間、銀光が数珠繋ぎに月明りを反射した。

 展開した蛇腹剣(ガリアンソード)が戻った時と、ライトメイルの首が胴からずり落ちたのは同時だったろう。


「そうか、あれらの傍輩(ほうばい)か。よく来たね。あぁ、よく来てくれた。俺の見合い相手の(かたき)たちよ。これからの光景を想うと高鳴るぞ。……ふふ、楽しみ」

「やってくれたな!!」


 ローブ姿が胸の前で指を組む。魔法使いか。なら次の獲物はお前だ。

 背を低くし、右手の剣を後方へ構える。直線技、行くぞ。

 放つ前に、横合いからバトルアックスが迫った。とっさにバックスステップでやり過ごす。避けた先に、格闘家のラッシュが待ち構えていた。

 踊り子(回避盾)Ⅳ。ぎりぎりの間合いで躱す。

 ここぞとばかりに槍が来た。蛇腹剣を放ち鉾を絡め動きを止める。止まったのは俺も同じだ。

 盗賊風が背後に現れた。気配の隠遁、割と上手いなぁ。短剣の二刀流が同時に俺の首を狙う。


「おらぁ!! くたばりやがれ!!」


 双剣が俺の首元で交差した。

 斬られた。

 確実な手ごたえに盗賊が口元を歪めた。盗ったぞ、と。

 俺はそこには居なかった。


 風が出た。

 雲がゆっくりと、ほの明かりに押された。

 月の霜に佇む影法師に、自分が溶け込んでいた事に遅れて気づいた。


 連中から離れた位置で、黒衣の男に抱きすくめられていた。


「な……。」


 驚愕の声は奴らと、俺自身が放ったものだ。

 いつの間に現れたのか。いつ俺の体を抱き寄せたのか。


 囲んでいた奴らも、

 やられた俺も、

 ただ呆然とした。


 彼の腕の中で美影身を見上げる。

 仄かな灯さえ恥じらう澄んだ瞳が見返してきた。俺よりも長身。20代半ばに見えるが、見た目なんてアテにならない。

 黒髪で、とても整った顔をした若者だ。センリョウさんのような野性味と違った色気は、春容(しゅんよう)に花開く大輪の薄桃色を思わせた。


「あの……?」


 何て問いかけていいのか。

 改めて見ると、黒いスリムフィットの正装(タキシード)がさまになっていた。同じ色の夜会用マントを羽織っており、すっぽり俺を包み込むように抱き締めている。

 月人壮士(つきひとをとこ)が地に降り立てば、彼の姿を(かたど)ったかもしれない。


月魄(げっぱく)御身(おんみ)に無断で触れたことを詫びるべきか?」


 言葉を選べずにいると、若者が穏やかな眼差しで尋ねてきた。

 透き通る声が沁みる。声までイケボかよ。ちきしょう。


「いえ。助かりました」


 何で俺、敬語なの?

 理由はわからないが、礼を尽くさなくてはならない気がした。

 あと、なんだろ?

 頬が熱い。


「テメェ、そいつの仲間か!? 何しやがった!?」


 盗賊風の男が声を張り上げる。腹の中に垂れてた畏怖嫌厭(いふけんえん)の一雫が、徐々に広がり侵食するのを恐れるかの様に。

 冒険者なら理解できない異常を感じたはずだ。

 目の前で俺を抱きよせる男。頭一つ抜けて異質だ。


「この子はオレのだ。貴様ら下郎が触れることなど許されない。このサク――。」

「あの、それよりもう大丈夫です。離してください」

「失礼した」


 黒衣の腕の中から解放された。

 僅かに感じた温もりが消えるのを、こうも寂しく思うとは。いかん。何だこれ。

 一瞬、頭の中に薄桃色の靄が掛かった気がして、直ぐに目を(しばた)き、連中に意識を向けた。


「助けて頂いた事には感謝しますが、今はアレを皆殺しにするほうが先決です。少々、お待ちください」


 声が上ずっている。

 口の中が異様に乾く。俺が緊張しているだと?


「ふざけた事を!!」


 魔法使いが火炎を放つ。火炎系、人気だな。

 ステップを踏む。踊り子(反射盾)Ⅴ。直撃の寸前に弾く。横へと――横!?

 隣に居た黒衣の美影身が炎を被った。


「あ」


 誰かの声。


 ……。

 ……。


 おのれ許さん!!


「お前らなんて事しやがる!!」

「俺らが知るかよ!! 姉ちゃんがやったんだろうが!!」


 くそ、通ら(誤魔化せ)ないか。

 かくなる上は、こいつらを皆殺しにして証拠を隠滅してやる。

 あ、最初の目標と変わらないや。


「まぁ、落ち着き給え。冷静さを欠いては仕留められるものも仕留められんぞ」


 今まさに仕留められようとしている奴が何か言っている。


 炎に包まれた彼が人差し指を顔の位置まで上げ、


「ふぅ」


 一息で火炎が消えた。焼失ではなく消失だ。

 キザな黒衣は傷一つどころか焦げ目も無い。

 火炎耐性って訳でも無いな。夜目が効く方だ。彼の足元。畦道の雑草まで焼けずにいるのは異常だ。

 改めて彼を見る。

 俺の視線に気づき、立てた人差し指を自分の唇に軽く当てウインクを送ってきやがった。

 余計な事してんじゃねーよ。


「囚われすぎだ」


 諭すような優しい声だ。

 だから少しイラっときた。


「俺がしたくなくたってさ、連中はそのつもりだ」


 最初から殺す気で来てるし、殺す気で行ってる。

 だが、反発には別の理由もあった。

 覗き込んでくる優しげな表情を、その見上げる頭上の銀盆と合わせ弄月(ろうげつ)に浸りたい。つまる所、意地悪をしてみたくなった。

 うん。分かる。俺、面倒くさい。


「折角生かして捕らえる機会を不意にしても良いのかね?」


 何を今更。

 情報はクレマチスの報告で足りている。だから彼の言動は水を向けてくれたものだと分かる。見え透いてるが、それだってわざとだろう。

 俺の口から言わせる事に意味がある。

 このキザな男が、ちょっとだけ憎らしい。


「確かに、状況証拠以外にも複合チェックができればそれに越したことはありません。では、こうしましょう――。」


 敵を見る。

 あれ? 何で俺、(しな)を作りながら喋ってるんだ?


「証言に6人も必要無い。お前らで殺し合って残った者の命は助けよう」

「だからそういう事を言うんじゃないよ。月夜(つくよ)のように綺麗な顔をして、君は本当に毒々しいやつだな」


 宥めるように、頭にぽすっと手が置かれた。

 ん!?

 今、何でトクンって鳴った!?


「べ、別に綺麗なんかじゃ……。」


 ていうかこの人、本当に何者だ?

 回りくどいことしなくたってさ。力ずくで場を修める事も容易(たやす)いだろ。


「君の(うれ)いは理解できるし、変節するのも頷ける。彼女の事で自責の念に駆られるのは俺も同じだ。なればこそ厭世(えんせい)を露に留っていられては困るのだよ」

「いきなり出てきて、勝っ手な物言いをするんですね……。」

「歪な妄執はいずれ君の桎梏(しっこく)になる。年寄りの忠告だ」


 彼がずいっと前に出る。

 敵の冒険者が得物を構えた。魔法使いが再び呪文を唱える。


「技の精髄(せいずい)に迫ることが如何なるものか、見ておくといい」


 誰に宣言したものか。

 ゆらりと左手が胸まで上がった。

 盗賊が右手を縦に振るほうが早かった。


「お姫様を守る騎士のつもりか!! ふざけてんのかコラァ!!」


 黒衣の前で火花が散り、ナイフが弾かれた。

 反射盾じゃない。何だ?


「コイツを先に囲むぞ!!」


 槍使いの合図で全員が出た。前に。

 指揮者のように左腕が横へ振られたのは、今度こそ同時だ。

 何かが投擲された。

 冒険者達、その全員が(くう)で手足を櫂だまま固まった。

 地面に刺さった物に目を凝らす。

 東方ではクナイと呼ばれた手裏剣だ。


「あの子が母から受け継いだ技だ。その母に伝授したのであれば、これは元祖影縫いと言っても差し支えあるまい――元祖は死ぬほど痛いぞ」

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。

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