5話 紅い魔女(後編)
今回モノローグの視点がころころ変わります。
幼少の頃。サザンカは中央の教会から異動した父に連れられ地方伯爵領ベリー領都近郊の村に移住した。
当時は器だけで無人だった教会だ。新しい牧師を村人は受け入れ、7歳のサザンカもすぐに馴染んだ。
子供の多い村だった。領主が地域の養育に力を入れたのもあるが、穏やかな気候と魔物の被害が少ない土地柄というのも大きい。長らく教会が無人になる訳だ。
時折、野原を駆ける子供達に領主の息子、娘が混じるのも散見された。息子の方はサザンカよりも3つ上でグループのリーダー格だった。先頭になって野山を探索していた。
領主の娘とは一歳違いだが、姉の様に面倒を見てくれた。サザンカとも仲の良かった同じ年の男の子と、よくお屋敷のお茶会に招待された。幼心でも自分は口実なんだと理解できた。サザンカにも優しかったが、その男の子には甘々だった。サザンカも男の子の事が好きだったから、よくわかる。お姉ちゃんの思いがよくわかる。
8年が過ぎ、領主の息子が武者修行を兼ねた冒険者の旅に出る頃には、自由奔放だったサザンカも美しく育っていた。反して、いつ頃からか領主の娘は陰りを帯び人と話さなくなっていた。同じ頃、男の子も変わっていた。サザンカと出会った頃の記憶を失っていたのだ。
それでもサザンカと話すときの少年の顔は、あの頃の、サザンカが想いを募らせた頃のままだった。それでもいいと思った。4人で冒険者の旅に出るまでは。
ある夜、過去に何があったか問い詰めるまでは。
事実を知ったとき、サザンカは泣いた。領主の娘を痛いくらいに抱きしめ、泣きじゃくった。もう自分は子供のままでは居られないと悟った。彼の事を想ってはいけないと。
どうしてこんなに歪になってしまったのか。
そして2年が過ぎた夜――サザンカは少年に告白された。
なんて、
なんて世界で一番残酷な告白だろうか。
◆
決意の籠もった眼差しで右手を突き出す彼女を、俺はどこか別世界の人のように見ていた。
これ程近いのに、この距離は縮まる事もなければ、受け入れることもまた。
「今日のは……。」
ゆっくりとか細い声で言う。訴える様に。
「小さ目」
ほら、と右手を小さく振る。
「どっちだ?」
聞いてはいけないような気がしたが、聞かざる得ない。
「……匂い?」
そっか。大きさの方じゃなかったのか。
「だからサツキ……頑張ろう、ね?」
なんで俺がわがまま言ってるみたいになってるんだ?
しかも何故、そこで昔の呼び方。
「ほら、大丈夫……噛み付いたりしませんよ……?」
「いや、無理なものは無理だから」
「とーぅとっとっと……。」
「ニワトリか!!」
ヤツがピンクのパンツを持つ手を振るごとに、酷い頭痛と吐き気がこみ上げる。
いい加減に、
はぁ……いい加減にしろ自分、何でパンツ如きでここまで追い詰められるんだ。
「酷くなっていく。おまえ、心当たりがあるのか?」
手が止まった。
それが答えだ。
「……サツキくんがイケナイんです……。サザちゃんに……告白なんかするから……。」
2週間前。俺が追放された夜に聞いた言葉だ。
この気分の悪さはあれ以来だ。
「何故それほどまでに嗅がせたい? いや、最悪嗅がせるのは仕方がないこととしよう。だが何故、脱ぎたてほやほやでなくてはならないんだ?」
あれ? 俺、大分妥協してるよな?
「私が……そう、したいから、です。……ただ、そうしたいんです。それに、もう時間も残されていないから」
「この期に及んで、まだ」
体重を落とす。
平行線だ。時間を掛けてはあの三人も危うい。甲冑姿でも重さを感じさせない動き。走って逃げきれるとは思えない。
俺を裏切った若手三人。だが、ただ死なせるわけにはいかない。
「クラン、俺は今からお前にとても酷いことをする。嫌ってくれてもかまわない」
答えを待たず、間合いを詰めた。細い両手を掴み、足を払う。背中に衝撃を受けないよう押し倒す。
ぞっとした。
踊り子と魔法使いの体格差どころではない。なんだこの折れてしまいそうな腕と足は? こんな華奢な、ガラス細工のように繊細な肢体で今まで冒険の旅をしてきたのか。今まで気にかけてやれなかったのか?
一見か弱く、儚げな少女。クラン。何故俺は、かたくなに彼女を拒んでいるのだろう――いや、人の顔にパンツ押し付けるからだが。
では、それ以前は?
胃液が逆流しそうだ。だめだ、こっちも時間が無い。
「や……サツキくん……。」
俺の下でクランが身じろぐ。足で地面を蹴り逃れようとするが、体重をかけ両腕を抑えつつ動きを封じると、大人しくなった。
潤んだ瞳は、単に恐怖の色だけでは無いように見えた。顔が紅潮している。やばい、吐き気が強くなった。
「サツキくん……怖いよ……? 腕……痛い……。優しくして?」
ちょ、おま、な、何雰囲気出してんだよ!? 俺だって怖いよ?
熱をもった吐息が、すぐ近くで、切なげに零れる。とても熱い。クランの甘い匂いに、立ち眩みのような感覚を覚えた。
何だよ? 何でコイツ相手に、心臓が跳ね上がるんだよ?
「……サツキくん?」
えぇい、こうだ!!
ばっ、と深紅のローブをめくった!!
ひゃ、と小さな悲鳴が耳元でした。
「や、やだ……だめ……だめ……!?」
「俺だってしたくしてるんじゃないんだ!」
「どうしてもというなら……いいよ!!」
「よしわかった、よく吠えた!!」
両足を掴み持ち上げる。
ちっ、この歳でまだ生えてないのか。いや、そうじゃない。
「きゃ……だ、だめです、やっぱり……もっとゆっくり……。」
ぐ、ぐ、と股を閉じようとする。
「ええい、じたばたと!!」
力ずくでこじ開ける。
「怖い、サツキん、怖いです……お願い……もっと優しく……。」
両手で真っ赤になった顔を覆い隠していた。
涙声に、一瞬良心の呵責に苛まれそうになったが、よく見ると指の隙間から俺の行動を見逃すまいとこちらを見ていた。わー、わー、て言いながら見ていた。
……。
……。
いいや続けよう。
さらに細い脚をぐっと持ち上げ、既にヤツから奪い取った布地を広げる。右足を通す。左足を通す。そのまま腰までずり上げる。
「ふぅ、これでお前の攻撃力は低下したはずだ」
一瞬、何をされたのかわからず、クランはきょとんとして自分の股間を見ていた。
ピンクのパンツが履かされていた。
「…………リロード?」
ぬかったわ!!
「でも……初めて……初めて男の人にパンツを履かされてしまいました……。」
はじめても何も、健常者でちょくちょくあったら怖いぞ?
別に、介護介助を否定しているわけではないが。
「……この程度で……我が力を封じたと思うたか」
「うるせーよ!!」
「何だか……大事にされてるって、思う」
この扱いがか?
まあいい。俺の手を取り上体を起こす。
「ん……。」
「裾、まだ、ほら」
自分で捲っておいてなんだが、白い太ももまで見えている。
「おぉ……セクシー?」
「さて」
そう言うのがやっとだった。
なんだかんだで、全部見ちまったからな。
おどけたくせに、コイツも耳まで真っ赤にしてそっぽを向いた。同じ事、考えたんだろうな。
「今、何考えた?」
試しに聞いてみた。少し意地が悪かったかも。
「……サツキくんに……どうやって嗅がせるか。私にはそれしか無いから」
そんな事言うなよ、そんな悲しい事言うなよ。パンツを嗅がせるくらいしか自分に無いだなんて。いや、普通にちきしょう、俺だけかよ。
それにしても、いい仕事をした。
なるべくクランの方は見ないようにし、ボス部屋から走り出す。
置き去りにするようだが、クランだってSSランクだ。四騎士には及ばないだろうが、並みの魔物に引けを取らない。
それよりも、あいつが再びパンツを脱ぐだけの時間は作った。今のうちに距離を稼ぐ。出口まで迷わず逃げてくれてるといいが。
11層を抜ける。まだ追いつかない。三人の死体が無い。上の階層までは命が保ったようだな。
一気に駆けていく。駆け抜けてゆく私のメモリアルだ。
◆
若者たちは必死の形相で逃走していた。
目的のついでに、先に言った通り高ランク冒険者に寄生し楽なレベリングにありつこうとの魂胆だった。いざとなればサツキを置き去りにして逃げてもいい。
最初からそのつもりでいた。
ハードなレベリングが予定を狂わせた。今、息も絶え絶えで走れるのがレベルアップのおかげなのは皮肉な話しだ。鍛えた肉体は裏切らないのだ。
9層まで登った。多少モンスターの襲撃はあるが、返り討ちか捌き切った。
イケる。強くなった。このまま上層まで。
泳ぐ様に手足をバタつかせ、呼吸も乱れ、顔は涎と涙でぐちゃぐちゃだ。それでも生への確かな足掛かりを感じ、三人の口からは笑いすら溢れたではないか。
8層、7層。まだ体力は保つ。6層。既に通った道だ。さらにその上へと。
あぁ、このままカサブランカに戻れたなら。新人が四騎士から逃げおおせた。ギルドはちょっとした騒ぎになるだろう。あの黒髪の受付嬢だって放って置かない。
あぁ、
このままカサブランカに
戻れたのなら。
ドーンっと、今彼らが通り過ぎた背後の壁が内側から破裂した。
「あはははっ、逃がしはしませんよ!! 己の行った罪をあらためなさい!!」
「「「ひいいいっ!?」」」
壁を突き破って追い付いた黒騎士に、思わず三人の悲鳴が上がった。
そして、
ドーンっと、今黒騎士が通り過ぎた背後の壁が内側から破裂した。
「ふっははははっ、俺から逃げおおせると思ってか!!」
「「「「ひいいいっ!?」」」」
壁を突き破って追い付いたサツキに、思わず四人の悲鳴が上がった。
そして、
ドーンっと、今サツキが通り過ぎた背後の壁が内側から破裂した。
「ふふ……ふふふふ……サツキくん……続き、しよ?」
「「「「「ひいいいっ!?」」」」」
ビジュアル的に彼女が一番ヤバかった。
思わず五人の悲鳴が重なった。
特に、前を行く三人が酷かった。
心が恐怖に犯されていた。さらに叫びに釣られて魔物たちが集まるが――背後から迫る黒騎士と何故か笑いが止まらないサツキとパンツを突き出してくるクランに恐れをなして、ついには一番先頭で走り出した。
地獄絵図ともいえるデッドヒートだ。
既にゲートは開いていた。
戦闘集団ならぬ先頭集団の魔物。命からがら逃げていた。一気に魔物! 魔物の集団が先頭に立った!
それを追う若手三人は三馬身! これも命からがら逃げる!
外側からは黒騎士が抜きに出た! 黒騎士! 黒騎士が差を詰めてきた!
インコースからはサツキ!
そしてノーパンクランも上がってきた! 早くも嗅がせにたい! ノーパンクランは嗅がせたいとタイトルを変えたい!!
先頭から後ろまでほとんど一団であります!!
さぁ4コーナーをカーブして直線コース!!
……。
……。
通り過ぎるとき、他の冒険者が凄く引いていた。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
タイトルがころころ変わって落ち着きません。こんなものですね。