49話 お誘い
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
マンリョウさんのオダマキ領に関する報告を一通り聞いた後、作業に移った。何事も無かったように。
話の内容、俺とは関係無かったなぁ。
他所の国の工作員だか入国者だかが在国して、そのまま領主内部に潜り込んだってろくでもない話しだ。
一商会のクレマチスが調査に関わったのは、ある地方領の後ろ盾によるものとか。こちらもろくでもない。出て来た領主の名。良く知ってる男だったから。
にしても森林都市ジキタリス――オダマキ領なんだよな……。
名士の件といい、割と不安定な情勢だ。
「いやこれ、俺をこのまま帰すとかあり得ないよね!?」
ていうか、彼らのバックまで聞く必要性が無い。
クレマチス商会の動き、筒抜けにしちゃ駄目だよね?
「そうかもしれませんね」
いや絶対駄目だろコレ。大丈夫かこの男。
「分かりました、サツキさんがそこまで仰るのでしたら、執行役に届け後、その足で夕食などをご一緒に――。」
「に・い・さ・ん!!」
「おやおや、私の頬を抓って、この子はどうしたというんだろうねぇ」
「お仕事、大変になるって言ったじゃないですか!!」
「そりゃそうだがね、ちょっとくらいは――あ。痛い。それはほんと痛いよマンリョウ」
「うちはジキタリスに私が出向くからいいとして、その前に商工会議に緊急の招集を掛けなきゃ、私達だけ先走る訳にはいかないんですからね!!」
「まぁまぁ、せっかくですし、何て言うんですかね、これほど明眸皓歯なお人をそのまま返す訳にもいきませんし、こう、お酒の一杯でも振舞いたいじゃないですか」
「晩酌なら私が付き合うわよ!! 何だったらその後の事も!!」
「おやおや」
面白い兄妹だな。お誘いは断ったが。
<荷物>の積み込みは俺とセンリョウさんだけで行った。
『ちょいと行って来て欲しいんだけどね。万障お繰り合わせの上、ご臨席を賜らなくちゃならない。声掛けは私かマンリョウじゃなくちゃならいないからねぇ』
なんて感じで、いい具合に仕事を与えて席を外させてくれた。実際、周囲が慌ただしくなり忙しいのだろうが、冒険者でもない彼女に積荷を見せるのは酷だろう。
とはいえ、よく通る張りのある声で奉公人らに指示を飛ばす姿は、なかなかの女丈夫ぶりだ。
「彼女は……格好いいな」
思わず漏らすと、センリョウさんは少し複雑な表情になった。
「執行役には先ぶれでお含み頂いていますから、搬入に差し障りはないでしょう」
「お気遣い、有難い」
ほんと仕事の出来る男だ。
「マンリョウですがね」
「うん?」
「あれでいて可愛いところも御座いまして。親類の贔屓目とお笑いになられましょうが、家事もそつなくこなして、特に料理がいい。必ずやサツキさんのお好みの味もご提供できるかと思いますよ」
「うん? んん?」
「それでいて公族の元へ供奉に出しても恥じることのない礼節を備えています。いやぁ、あの様な娘、そうそう見かけないものかと」
「お、おう?」
「どうです? お見合い相手を亡くされてご傷心の事とは存じますが、どうぞ、一つお気に留めてやってはくれませんかねぇ」
何で縁談始めちゃってるの?
自分、縁結びにちょっと怯懦になってるのに。
市場から離れた位置に執行役と呼ばれる役所はあった。普通の商人はまず立ち寄らない、完全隔離施設だ。目的が目的だから。匂いだって気になるし。
何が怖いって、俺が持ち込んだ惨状にセンリョウさんも執行役の職員も顔色一つ変えないところだ。
無残な死体が50体以上。
流石にミンチになったものや頭部が潰れたものは回収するだけ無駄なので省いた。
それと、あの赤鬼が持ち去った最後の一体も。
あの時、一人生き残りが居るって警告はされてたのに。
「では、確かにお預かりしました」
背の低い職員が書類の末尾にサインを入れる。髪を七三にきっちり分け、夕方だというのに身なりが小奇麗な男だ。
手続きや事情聴衆はセンリョウさんの介在もあってスムーズに完了した。
「数が数ですから、首が並ぶのは明日正午を過ぎますが、よろしいでしょうか?」
「えぇえぇ、お手数をお掛けしますが、一つ宜しくなさってぇください」
内容に反して終始穏やかなやり取りだった。
「ただ装飾品や遺品から下手人らの身元はわかるでしょうが、こちらとしましても裏付けが無くては公表できませんので、お時間を頂く事になります。行商人の皆様には首だけでもご安心頂けるかとは思いますが、残党の割り出しに手間取る事とそこに生じるリスクは、クレマチスさんの方からも宜しくご通知頂ければと思います」
「こちらもそのつもりです。ほら、逆恨み、なんてことも御座いましょう? えぇえぇ、はりきって返り討ちにしてやりましょう」
そこで何で俺を見る?
意趣返しにしたって末端を始末しても仕方がないだろ。
それとも、俺が哀愍でも求めていると?
そんな物欲しそうな顔、してたかなぁ。
「それでは、こちらの控えをどうぞ。遅くなりましたが、このたびお亡くなりになられた冒険者様のお悔やみを申し上げます」
「……痛み入る」
こっちはこっちで終始生真面目な顔だった。
いや、にこやかにされても、それはそれで怖いけど。
別れ際、センリョウさんに呼び止められた。まさか夜のお誘いじゃないだろうな。
「先ほどしたためて頂きました書簡ですが、早馬を放ちますので二日後の昼には迷宮都市に到着するでしょう」
かなり急ぐのな。
ターミナル市到着まで予想行程を大幅に短縮したのは鵺とアセビの存在が大きい。
それを鑑みても騎乗スキルに特化した配達員が在籍してるのだろう。
「中身は拝見していませんが、プリムラのオブコニカ様が御覧になれば市場は擾乱に満ち、ジキタリスが紛擾に晒されるのも時間の問題でしょう」
……俺は、何てものをしたためてしまったのか。
「今夜中に各商人ギルドや商会の役員と話し合わなくてはなりませんが、何れにしても先ほど妹が申した通り私らとしましては、ジキタリスにマンリョウを先行させるつもりでいます。つきましては、サツキさんに同道させて頂きたくお願いいたしたいのですが」
「ご容赦頂きたい」
「おやおや」
この人、俺が立つ場所の危うさを理解してると思ったが。
あー、何かの謀計の末か。
「組織立って狙われる俺と同行するリスクだよ。これを無視して堅実とは思えないが」
「街道を一切使わないルートが御座います。私ら独自の経路ですので、道案内には最適かと。待ち伏せを警戒する事もそうそうないでしょう」
スピード優先的な事を言っておいて、よくもぬけぬけと。
「味方の冒険者を死なせた奴だよ? 今の俺では荷が勝ちすぎるんだ」
「本当にサツキさんが狙われたとは限りません。商隊規模ならともかく、単身で先行するならむしろ信頼できる護衛と思いますが、どうでしょう? 無理そうですか?」
「何人になる予定だ?」
「マンリョウ一人を」
思わずため息を吐いた。
「大事な妹を俺なんかに預けるなよ」
「大事だからですよ」
信頼され過ぎて気持ち悪いわ。
「かと言って、同道についちゃさっき了承したも同然だしな。こんな未熟者に何を感じ取っているのやら」
「倦まず弛まず積んだ研鑚を見る目は持ち合わせているつもりですよ。ふふ、サツキさんは律儀でおいでだ。マンリョウが初対面であれだけ懐くわけです」
「商人としては有能だと見たが?」
「元来の気質でして。幼少の頃は極度なお兄ちゃん子で心配もしたものです」
いやそれ今も変わってないと思う。
「“案内の申し出”、了解した。補給を融通してもらえると助かるが」
言っておくが快諾であって受諾した訳じゃなからな。
「ご勘案頂きましてありがとう御座います。食料と水、それと餌料でしょうか。馬はどちらに?」
「車両は大分離れた所に停めているから。早朝に改めて待ち合わせるということで一つ。それとリンゴか果物と――。」
西の空を見た。
鰯雲から射す茜色は夕影に姿を変え、今にも薄暮れに軋もうとしていた。
せめてもの抵抗をと。
「生花は流石に無理か」
あの子の供養に捧げたかった。
「都合をつけましょうか?」
「もう入相だが?」
「これから会合ですので、早朝までには」
他の商会の顔役が集まるって言ってたな。
そういう事なら。
金貨を3枚渡す。
「今後も良い取り引きを望む」
「相場をご存知ない、というわけでも無いのでしょうねぇ。もろもろ合わせても多過ぎます」
「情報量も込みという事で」
「ギルド同士の話ですので」
「なら、もろもろ合わせて融通してもらった分として。駄目か?」
センリョウさんが少しだけ固まった。
俺より背が高い彼は、丁度見上げる位置に瞳が合った。
黙って次の言葉を待つ。
腕利きの商人の脳が、今どんな演算を行い損得勘定を弾いてるのか。
「その上目遣いは卑怯です。この後……御予定は?」
「いいからさっさと会合に行っちまえ!!」
褐色の美貌から逃げるように顔を背けた。
センリョウさんと別れて、オオグルマ中央の飲食区に向かった。
蒼然暮色に染まる中、次々とお店の灯りが夕闇に浮かぶように燈っていく。
軽食の出店やパブ、お食事処、オープンカフェが軒を並べた区域だ。
飲食系が中央に集中するのは理由がある。
仕入れの利便性。
材料の活用に即時性を求められるから。いちいち端から端まで横断してちゃ仕事にならない。
逆に生鮮食品や乾燥物などの食材が、中央区画を起点に集まるようになった。また、新規参入を容易にする為、中央区には手つかずのスペースがある。加えて食材の独占も無い。
市場の衰退を一番に恐れるのが彼ら商人であれば、飲食店のほどんどが各商会の複合出資だとしても納得がいくだろう。
そんな訳で今宵も大賑わいの飲食区だ。一歩足を踏み入れると、
「いよう別嬪さん、俺達と飲まねぇかい? 好きなだけ奢るぞ」
「何? 男だ? そっかそっか、男の振りでもせんと物騒だからなぁ」
「しっかし、どえらいイイ女だねぇ。おじさんが若かったら口説いちゃってるよホント」
くそっ、ここでもか!!
いつもの視線に晒される。
揶揄い、嘲り、また嬲るような男の目もあったろう。だが圧倒的に多いのは娘や孫でも見るような生暖かい視線だ。
今日だけはちょっと違った。
明らかな敵意――コイツらじゃない。ここじゃない。何処だ?
まぁいいか。
「おう、姉ちゃんこっちだ!! じゃんじゃんやってくれ!!」
よく吠えた。
てめぇら、覚悟しろよ!!
腕まくりをして飲んだくれ共の輪に突撃した。
そして一時間後。
「「「さーつーきぃ!! さーつーきぃ!!」」」
「ダーッッッ!!」
テーブルに乗りジョッキを振りかざす馬鹿が居た。俺だ。
さらに、遠くの店で一際大きな歓声が上がった。
「「「――りぃーい!! ――りぃーい!!」」」
「ダーッッッ!!」
どうやら他にも馬鹿が居た。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
次回、サクラ登場回。
やっとここまで来れました。




