46話 褐色の嘱目
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荷箱の森を抜けた先に、簡素な椅子とテーブルを置いたスペースが現れた。
そりゃ契約事もあるだろう。この場を任されるなら荷役だけって訳にもいくまい。
「まずはどうぞ、お平になさって下さい」
楽にしろ、てことか。話が長くなりそう。
向かい合って座ると、先程の目つきの鋭い若者がお茶と茶菓子を出してくれた。
テーブルに置いた時、小声で、
「もし身の危険を感じましたら、どうぞお声を上げて下さいまし。すぐに人が駆けつけますんで」
身を案じられてしまった。
「おやおや番頭さん、それじゃ私が見境なしに女性を口説いてるようじゃ無いですか。心外ですねぇ」
「見境があるからタチが悪いんじゃ無いですかい!! いいですか若旦那。人を控えてもらってるんで、そのおつもりで」
釘を刺して若者は出て行った。
ちょっとだけ、身を引いて椅子の距離を取る。
「さてと、本題に移りましょうか。恐れ入りますが先に、私らの質問をさせて頂いても宜しいでしょうか? 恐らくは、私らが持っている情報でそちらさんの用事は整ってしまうでしょうが、その前に、人の采配を要する可能性を潰しておきたいのでございまして」
「さっきの続きかい? 拘るな」
「いかばかりのお悲しみかと存じます」
ああ、回りくどかったのは気を遣われてたのか。
「ですが、仰る通りの大部隊ともなれば看過はできません。野盗の動向に関しちゃ私らが懇意にさせて頂いてます盗賊ギルドでも目を光らせちゃおりますが、どうも事態の判断認識の所に、何です? 魔法使いに弓兵部隊を擁すると仰いましたか? それだけの規模が動いたのなら、多少情報が錯綜しても良いものです」
気持ちは分かるがね。
「睨んでる通りだと思うよ。だが、統制が取れていたのは情報だけじゃ無い」
「そこが知りたかった。やはりアレでしょうか。野盗は偽装で?」
最初から読んでたか。
話が早くて助かるが、向こうの流は気に触るな。
「知った顔があった。こちらは名目上は個人商店の業者だ。それが何故か誘拐犯に改竄されたらしい」
「それでは、やはり」
褐色に戸惑いの色が差す。
初めて人間らしい表情を見た気がした。
すぐに瞼を揉み解して、元の薄ら笑いになる。
「それだけの数の冒険者が一堂に解せば、事はレイド戦に相当するでしょう。いえ、先ほどはほんの冗談だったのですが、それにしても……。」
俺をレイドボスと言ったあれか。あながち冗談に治らないが。
「お気になされるのは誰が綴った梗概か、といった所しょうか。ご遺体は現場に?」
「全て回収済みだ。こちらは市井の行商人の体を貫かせて貰う。その上で相応の処置を相談したいが」
「えぇ、えぇ。構いませんよ」
和かに応じてきやがる。
損害なしに示威行動の材料が手に入るからか。
ここは、曲がりなりにも商人が主役の町だもんな。
「全員分でよろしいので?」
「間引く余裕はないさ。量はあるが鮮度はいい。おっと俺個人に依存した保管環境だ、そんな目で見るな」
「――いやぁ、いやいやこれは失礼。忘我の極みでしたので、つい」
そりゃ行商人なら目の色を変えるだろうな。
50体以上の遺体を新鮮な状態で運搬してるんだ。
……一瞬、犯されちゃうかと思った。
「お見苦しい所をお見せしました。ところでサツキさん? 大手商業組合に就職される気は――。」
「さらりと勧誘してんじゃねーよ!!」
「一目見た時からあなたの事が――。」
「口説いてんじゃねーよ!!」
「いえ、こちらの方は割と本気で」
タチが悪いな、この色男。
「受け渡しはどうする? それと念のため言っておくが俺は男だぞ」
「何分このような場所ですので、良い執行役が揃っておりまして。それと念のため申しますと、最初からそのつもりでおりますが」
どうしよう。逃げたい。
「いえ、そう警戒なさらずとも。商人なんてやっておりますと、様々なかたを初見で測る機会が多いと言うだけです。冒険者の方が魔物と相対する数の分だけ、我々は人と会っているのです」
「いや、なんか正体を見破ったみたいに言ってるけど、俺、最初から男の子で通してるからね?」
「ははは、ご冗談を」
……泣きそう。
何だって俺なんかに傾慕するんだか。
「では執行役にはこの後向かうとしまして、一つ手を打っておきましょう」
テーブルに綺麗な便箋を出し、さらさらさらと書き始めた。さっと折り曲げ、滑らかな動作で封筒に封をする。一瞬の事で魔法でも見ている気分だ。
「おーい、誰かいますかー? ちょっとばかり用事を頼まれてくれませんかねー?」
木箱の山の向こうに声を掛けると、坊主頭の少年がひょっこり顔を出した。
「へぇ、若旦那。もう寝具の用意でございましょうか?」
「馬鹿な事を言っちゃいけませんよ。いくら私でも段取りくらいは踏みますよ」
むしろ踏み外してるとしか。
あと、叫んで人が来ても、あまり頼りにならない気がしてきた。
「それより丁稚くん、こいつを冒険者寄り合い所の頭目に持って行っちゃくれないかねぇ。えぇ、クレマチスのセンリョウが急ぎ見解を求めてると言ってくれれば、その場で返答をくれるでしょうよ」
坊主くんに先程の封書を渡す。
こういうコネクションは期待通りだ。
「あの、そちらに用意したお布団は……?」
「後でありがたく使わせてもらいますよ」
「俺は使わないからな」
ちょっとだけ坊主頭が困った顔をしたが、すぐに頭を下げて出て行った。
「さてさて、ではここからが本当に本当の本題。まぁ、大した話じゃありゃぁせんから、楽にしておくんなさいまし。おーい、番頭さん、お茶のお替りをお願いしていいですかねぇ」
「へい、ただいま!!」
勢いよく返事が返り、お盆を持ったさっきの若者が現れた。
俺が無事だと知って安堵の表情を見せたが気のせいだろうか。
飲み切った湯飲みを下げ、代わりに新しい湯飲みが湯気を立てていた。
茶請けには厚焼きが並んだ。
「……どんな繋がりなんだか」
「お気に召して頂けましたか?」
「わかる奴にはわかるだろうね。安易に人前に出していいもんじゃないな」
この国を含めた列国で入手が困難ならば。
今まで出された物全てがだ。東方の帝国か北方の職人国のいずれかなら入手は可能だろう。そして、魔大陸もまた。
「手前みそで恐縮ですが、ここまで揃えられるのは私らぐらいかと存じております。クレマチス商会は商業ギルド総会の常任理事と懇意にさせて頂いております。迂闊な事をすれば、それ相応の報いを受けるでしょう」
よくも滔々と述べる。
「世界をまたにかけるパイナスの本拠は不明だったな。彼ら構成員はどこにでも居ると聞く。そして、どこででも要る」
「仰せの通り」
にこやかに笑う褐色の美貌が、なにかとてつもない化け物に見えてきた。
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