45話 オオグルマ
予定外のマリーの退場で、書き溜め分を書き直しています。
辻褄が合わない合わない。
先般の戦闘で変化を感じた。
スキルを使用する都度、空間に文字が浮かぶようになったのだ。
薄氷に朧月の淡い光りが重なった様な窓だ。
慣れないし鬱陶しい。特にストレージに出し入れするたび、何をどう扱ったか表示される。
あの混戦で他の奴らが何も言わないあたり、俺にしか見えないのか。俺専用――なんかいいな!!
それと、スキルにランクとおぼしき表記がある。
授かって間も無い体裁きはⅡに昇格した。既存で取得済みの踊り子(回復)はⅤだ。ストレージにはランクが無い。
心当たりが一つだけ。領袖の器だ。転生の女神から授かったが、今まで用法がわからなかった。
何かを解説する機能かもしれないが、その内にランクが上がれば機能にも変化が出るかも。
お?
この窓のような薄膜。任意で出し消しができる。
翡翠色の輝きが、そのまま文字として浮かぶ様式だ。表示内容は俺のスキル情報かな。
整理すると、
踊りMAX
踊り子(剣)Ⅶ
踊り子(槍)Ⅳ
踊り子(剣/槍)Ⅰ
踊り子(弓)Ⅲ
踊り子(火炎魔法)Ⅱ
踊り子(反射盾)Ⅴ
踊り子(回避盾)Ⅳ
踊り子(回復)Ⅴ
結界・水切りⅠ
ツッコミⅨ
体裁きⅡ
領袖の器Ⅰ
ストレージ
鍛錬で習得した蛇腹剣は表記されないか。
そういや踊り子(回復)は回復術じゃないんだな。数字の上昇で中級、上級に相当するのかな?
ていうか、「踊り」がある。
今まで使ってた踊り子スキルとは別なんだ……何気にショックだ。
結界・水切りは東方の術師に教えてもらった簡易結界だ。
踊り子(剣/槍)は、先の戦闘で追加されたアレか。
え? ってことは、これからも増え続けるのこれ?
色々試したが、馬車はストレージ先輩に峻拒された。テメーは駄目だ、と。
それでユリに引いてもらうことにしたが、君は割とのりのりなのな。
幻獣・鵺。
空を滑るかのような滑らか加速で、荒野を切り裂いた。
静動もスムーズだ。
雪道もイケそうな気がする。四駆だしな。
……使い方、これで合ってるのか?
道中、街道は避けた。
行商人の噂に上がらない為と、待ち伏せ回避の為だ。特に後者。今の俺じゃ、事情聴取の前に皆殺しにしそうだ。
それでも、この日の内にオオグルマに到着したのは、規格外としか言いようが無い。
森林地帯を抜け、広葉樹の隙間からトレーダーの集積所の賑わいを確認した所で馬車を停めた。
さて、この子だ。
試しに、俺の影に潜るか相談したら、りっくりっくと入っていった。お気に召したようで、仮初の主人冥利に尽きる。
問題は馬車だ。
独自の結界があるのか、機構的にストレージと反発するのか。やはり収納出来ない。
よし、森林地帯に隠すか。
木を隠すなら森の中。木じゃ無くても森の中。
不意に、春暁に枝を伸ばす夜桜の色が浮かんだ。
ターミナル市。一緒に回りたいと言っていたな。
あぁ、
やなぎはみどり、
はなはくれない――。
細っそりとした緑にしなる葉のような線に、
血の登る花のような頬で歯に噛む笑みよ。
佳麗と呼ぶには蠱惑的なあの上目遣いが、
嫌に頭から離れなかった。
荒野市場とも呼称されるオオグルマは、その名に反して荒涼たる事も無く、野趣に富んでいた。いい意味で。
ありていに言えば、行商人と商隊の集積所だ。
至る所にテントや出店が看板を上げ、ひっきりなしに馬車が到着し、荷を集積した隊がまた次の街を目指す。
流通の要である街道が五つも交差する中心に、もとは自然と生まれた青空市場だ。
やがて規模は移動店舗に収まらず、大手進出による固定店舗、冒険者向けの武器防具屋、鍛冶師、連れ込みに利用される簡易宿屋、パブ食堂、衣料量販店などが乱立し、カオスの様相を広げていた。
それでも治安が維持されるのは、商人道の誠実さの表れだ。この国に関して言えば、騎士道より信用が置ける。
辺りの魔物は常駐の冒険者に駆逐され、野盗も寄り付かない。悪徳商人なんて居ようものなら、大手組合が全力で潰しにくる。
挙げ句の果て、一つの自治体が出来上がった。
雑踏を迷いなく進む。
目的地は、とりわけ大きなテントだ。
小売りはせず、荷役を目的にしているようだ。集積所の前に、同じ文様を付けた馬車が何台も駐留していた。
「すまないが、こちらの旦那は居るかい?」
荷物の搬入を指示する若者に声を掛ける。
目つきの険しい少年だが、一瞬ぎょっとして俺の顔を見た。
「へぇ、お取引のご相談でしょうか」
「ここで会うよう手配されている者だ」
「かぁー。またこんな別嬪さんを。えぇ、奥に居ます。少々お待ちを」
何か勘違いされたようだ。
「センリョウ様!! えらい弁天さんが来られてますよ!! どこで引っ掛けてきなすったんですかい!!」
大きな声でテントへ入って行った。
……あれ? 俺、女装は解いたよね?
「おやおや、傾国の美女が私に会いにきてくれたとはね。それで番頭さん、その言語の花とはどんなお人かねぇ」
「へぇ、そりゃもう、どこぞの紅裙かと思うほどの別嬪さんでさあ」
「そんなに美しいお人かい」
「ただの眉目秀麗ってんじゃありません。表情がですね、ゾクリとくるほど冷めてるといいますか。ありゃ白痴美っていうんでしょうね。感情が表に出ないのに、それだけにどえらい色っぽさが――と、いけませんセンリョウ様。ご本人さんをお待たせさせちゃあ、いけませんよ」
いや、もう、なんか全部聞こえてるんだが。
俺が女だったらセクハラだぞ。大丈夫か商人道。
「それはそれは、お目に掛かるのが楽しみだねぇ――。」
テントから出て来た男が、俺を見て数舜だけ固まる。
お互い様だよ。
最初の印象は、綺麗な男、だった。人の事を散々言っておいて、お前の方こそ別嬪さんだ。
浅黒い日焼けした体は筋肉質で、俺よりも長身で、猫科の猛獣を連想させた。なのに顔は小顔で、長い睫毛の大きな瞳は人懐っこそうな笑みを湛えている。
「大変お待たせしました。初めてお会いしますね? 私はこちらを預かっておりますセンリョウと申します。あなたのような見目麗しい方が尋ねて来て下さったのに大したお構いができず慙愧の念ではございますが、本日は何をお求めでしょう」
さっきまでの軽口も無く、感想も無く、直ぐに言葉を繋いできた。
「初めまして、クレマチス商会の若旦那。サツキという。カサブランカの冒険者ギルド支部の紹介で来た。手持ちの情報を頂きに」
カード式の冒険者証を見せる。
名前、ランク、パーティ名が魔術刻印で記されている。偽造は不可能だ。
パーティ名には、グリーンガーデンの名が訂正されていた。マリーと作ったEランクのものじゃない。
「SSランク……お越しになるのはAランクの女性だったはずですが」
「SランクとEランクの彼女らは死んだ。俺はカサブランカから同行していたが、守り切れなかった償いに彼女の依頼を引き継いだ」
「Sランクが? いえ失礼。探るような真似をして申し訳ありません」
「承知している。等閑に付すには看過できないだろう」
「では失礼ついでに――事故か何かでしょうか? まさか戦闘という訳でもありますまい。もしそうでしたら、相手は相当に腕の立つかただったのでしょうね。例えば、SSランク、とか」
ここで初めて値踏みする視線になった。見た目は笑顔のままだ。
流石は大手クレマチス商会。面白い人だ。
「矢が胸を貫けば、それで終わりだ。些細な油断が過怠を生む。生死を分かつまでになれば、SランクもSSランクも無いだろう?」
硬い声になった。品評に晒されるのに慣れてないんでね。
「正味のところ当てようと思っても、そうそう叶える事は難しいのでは? 貴方はどうです? 当たります?」
「陸戦隊を40名越えで混戦に持ち込まれれば或いはな」
褐色の美貌から笑顔が消えた。
「……一体何と戦われてきたのです?」
「野盗だよ。もっとも規模は今言った通りだが」
「立ち話もなんでしょう。奥へどうぞ――おぉい番頭さん、お茶と甘納豆の用意をお願いできるかい」
テント内は居住スペースが無い。
大量の木箱が乱立していた。
合間を縫って奥へ進む。
「中隊規模を相手に、よく凌げたものですねぇ」
不意に、という訳ではないが、先程から聞きたくてうずうずしてる様子だった。
「仲間が死んでるんだ。何も凌げちゃいないさ」
「いやぁ、それでもそれでも。カサブランカの道中で軍隊並の兵用なんて、こちらじゃ把握できておりませんで。迂回経路を模索しなくてはなりませんなぁ」
「それには及ばないぞ」
彼の足が止まる。
目を見開いていた。
「まさか」
乾いた声だった。
商談では絶対に出さないだろうな。
「俺じゃないぞ。Sランクの奴だ」
「……かぁ~、それでも凄い事です。いやぁ凄い」
まぁ凄かったな。
「しかし、そんなお強い人でも」
「油断があれば針の一本でも滅ぶ」
「左様で御座いますなぁ。ですが、お仲間さんのお陰で私らも安心して荷物を運べるってもんです。荷物を受け取る村や町が助かるのです。ありがたいものです」
そんなもんじゃ無いよ。
「俺達の誰かを狙ったものだとしたら?」
「思案に落ちもしましょうが――お心当たりが?」
今度は表情を崩さない。
この人はどこまで本気なのか。
「出来過ぎた連携と訓練の蓄積による立ち回りを散見した。野盗が弓兵を二隊も準備するか? あとは、魔法使いまで居たな」
「お待ちを、ちょっとお待ちを。まるでレイド戦を聴いてるようですが……まさか、そちら様がレイドボス?」
いや、ほんとどこまで本気なの?
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
評価★など頂けましたら嬉しいです。




