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44話 幻獣・鵺

異世界に転移したら女騎士の甲冑の胸部装甲のカップを加工する職人になりたいです。

 差しあたっての問題は足だ。

 連中も馬か馬車はあっただろう。利用できればいいが、その捜索とセッティングに裂く猶予が無い。

 車両はストレージに格納するとして徒歩移動になる。進むにしろ戻るにしろ、早急な判断が必要だ。行程的には同等か。なら、


「オオグルマを目指そう」

「? えぇ、予定通りですね?」

「彼らの馬を拿捕したいが、作戦前に全て逃した可能性もある。捜索の時間が惜しい」

「? えぇと、私の事を気遣って頂いているのでしたら無用ですよ? どうしても馬が欲しいってわけじゃありませんから。それに欲しいのはイケメンです」

「よーし、ちょっと待て。待とうか。見解の相違を正すべきだと知ったよ」

「それは何より。ふふ、サツキさんは優しいですね」


 ヤベー。会話、噛み合う気がしない。


「端的に言って馬車用に馬が欲しい」

「あ」


 含羞(がんしゅう)に桜に染まる。

 本当に表情の豊かな子だ。


「で、でしたら丁度良いのが」

「ボタン、と言ったか。アレはダメだぞ?」

「流石に分かります!!」


 今度は面眩(おもはゆ)いように食って掛かる。

 この子との旅が、楽しく感じてきた。


「ちゃんと大丈夫な子が居るんですから」


 ……やはり、あの巨大骸骨は大丈夫じゃない括りになるのか。


「ユリ、出ておいで」


 地から湧き立つように、少女の影がゆらめき盛り上がる。彼女の傍に、全体的に丸みのある物体が生まれた。サイズは、アセビよりも一回りも大きい。

 声に詰まった。

 何だ、これは……?

 こげ茶を基調とした毛並みは神々しく艶やかに陽光を弾いていた。所々で白とのストライプがアクセントに映える。全体的にふっくらして、手足も大きい。そして丸い。ふわふわ丸い。

 極め付けが顔だ。どの動物、魔獣、魔物にも例を見ない――愛らしさ。

 白とこげ茶の模様が隈取りのようだが、その中で黒い瞳がくりくりと好奇心に輝いていた。


「幻獣・鵺。名前はユリっていいます。体は少し大きいですが、人懐っこいのでサツキさんなら直ぐ仲良くなれるでしょう」


 鵺!? 幻獣とも雷獣とも伝えられる、またの名をレッサーパンダ。

 よもや、こんな愛らしい生き物だったとは。


「普段は私の影に潜んでいますが、こうして外に出すと自由に動き回ります。乗る事だってできちゃうんです。馬車を引くなんて造作も無いでしょう。あと林檎が大好物です。さ、ユリ。サツキさんにご挨拶して」


 促されて幻獣・鵺が近寄ってくる。

 目の前でピタリと止まると、ぐんっ、と二本足で立ち上がった。

 短い手足でよたよたと、体を大きく見せる。ほらほら、見て見て、と。


「そうか……。」


 としか言えなかった。

 もはや釘付けだ。

 御丁寧な挨拶いたみいる。


「だが、これは……触ってもいいと解釈しても?」

「ご遠慮無く」


 僥倖。恐る恐る手を伸ばす。

 最大の油断を生んだ。

 ヒュンと、短い風切り音が耳を打った。

 咄嗟に振り向く。マリーの胸から一筋の矢が()えていた。


 そんなの()やして、どうした?


 腹に伸し掛かるような咆哮が響いた。遠くの丘の中腹だ。筋肉の塊のような赤い鬼が何かを叩き付けている。

 何度も何度も叩きつけられボロ雑巾のようになったソレは、元は人の姿をしていたのかもしれない。


 ゆらゆらと。

 小さな体が、危ういように、揺らいだ。


 ――少女の姿が、

 冬の終わりに舞う風花のようで、

 陽炎のように、ゆらゆらと。


 倒れる瞬間、反射的に受け止めた。手から伝わる感触にゾクリときた。

 ()の葉のように軽い。

 今朝、感じた温もり。抱き着かれ、あれだけ熱を帯びていた小さな体が。


 既に、息絶えていた。

 何だ、これは。こんなものを、運否天賦などと言えるものか。

 意味が分からないと言うように幻獣・鵺――ユリが不安そうに頭を擦りつける。


 矢を抜き止血剤を巻き、回復スキルを放つ。踊り子(回復)Ⅴと浮かんだが、んなもんどうでもいい。

 ステップを踏む。

 何度も、何度も。何度も。都度、踊り子(回復)Ⅴが浮かぶ。うっとおしい。目障りだ。

 幾度と繰り返しステップを踏んだ。

 どれくらい回復術を放ったか。

 それでも踊る。

 世界が東から蒼色に染まった。

 ただ、踊る。回復スキルを使う。眼前に浮かぶ表示、目障りだ。

 やがて。

 筋肉が疲労にぐだる。動きが緩慢になり、脚がもつれた。

 受け身もとれず、地面に倒れ込む。


 あぁ、

 マリーは目覚めない。


 まだ鴛鴦(おし)の契りすら結ばぬ、幼い死に顔。

 ユリは傍でただ見守っている。

 絶え間なく回復スキルを注いだ効果か、マリーの体は温かく、柔らかいままで――。



 彼女をストレージに保管したのは、しののめに空が白じんでからだった。



 ストレージは時間の流れが無い。故に光も大気も固形化する。形も色も反射せず、体は固着した空間に囚われる。

 時間が止まるという事はそういう事だ。

 本来、指先すら動かぬ死の世界だ。そこに搬入搬出を可能とした効果こそがストレージと呼ぶスキルだった。

 マリーの為だけに区画を一つ構築した。彼女の時間は、ここで停止する。トレーダー市(オオグルマ)に着いたら花を沢山買ってあげないと。

 せめて、

 彼女の故郷に連れて帰るまでは寂しくないように。



 曙光(しょうこう)が丘を照らした。

 凝然(ぎょうぜん)として俺も陽ざしを浴びていた。

 巨大骸骨と紅蓮の鬼がどうなったかわからないが、ユリと呼ばれた幻獣だけは、ずっと俺の傍に居てくれた。

 離れる気がないようだ。時折り、体を擦り付けたり、後ろ足で立ち上がって見せたりする。この子なりに慰めてくれてるのか。

 桶を出し水を溜める。

 一気に被った。

 何度か繰り返す。

 ユリが目を丸くして見守っている。いい子。

 髪をかき上げ、タオルで無造作に顔を拭いた。

 以前使っていた冒険者の服と防具をストレージから出し装着する。もう、女装の必要はない。初心者Eランクのサツキは、もういらない。

 ここからは、SSランクのやり方でやらせてもらう。



 マリーゴールド。

 君に抱いた情動は貴女が示した恋衣(こいごろも)に同じであったろうか。

 淡雪のような人よ。

 艶麗なお前の袖を通すには怯懦(きょうだ)であり過ぎた。

 お前のその根には、閨秀(けいしゅう)と呼ぶには余りにも怪奇なロマネスクを潜ませていたから。

 ただ、

 魅入るのが怖かった。

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