43話 マリー無双
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朱袴に純白の千早を羽織り、風に揺れる体を滑るかの様に金銀の輝きが見下ろす様は、傲慢でありながら腹立たしい程に神々しかった。
目元に朱色。唇は毒婦の様な紅を引いて。あぁ、楚々とした佇まいであるのに、異形の清純に、淫靡と禁忌が胸に去来する。
巨大な髑髏に手を添え佇む少女の清楚さが、何と毒々しく婀娜っぽいことか。
彼女の唇が開く瞬間――髑髏の巨体が弾かれる様に跳ね上がった。
忙しい奴だ。セリフぐらい言わせてやれよ。
遠くの丘に、放物線を描きながら着地する。
「ありゃ第一弓兵組みの所だぞ!! おい、何だよアレは!? どう見てもランク外じゃねーか!?」
「俺が知るか!! 正直俺もビビったわ!!」
言い合ってる内に、巨大髑髏が丘の向こうで何か踏み踏み始めた。
あー、弓兵組みとやらは全滅だな。
「なぁ、さっき別方向から撃たれたんだが?」
俺の疑問に冒険者の男がハッとなる。
「撤退だ第二弓兵組み!! 街道奥まで下がって状況見てズラかせろ!!」
「まぁ間に合わんと思うが――あ、飛んだ」
ぐーん、と地上に影を落としながら巨体が別の丘へ着地する。そこにも潜んでたのか。
踏み踏みしてる。
「……なぁ、他にも長距離攻撃隊は布陣してるのか?」
「軍隊じゃねーよ。これだって相当規格外の動員だぞ?」
「だろうな。んじゃ、次は――。」
ある程度踏み慣らして満足したのか、巨体が重さを感じさせない動作でぽーんっと飛んだ。俺たちへ。
「こっちへ来やがった!! ちきしょう、本当にありゃぁ何なんだよ!?」
「馬が一番懐いてたからなぁ。あの子なりに思い入れもあったんだろ」
「それって……。」
「ま、ここにいる奴らは全員敵って事だな」
俺の言葉が終わらぬ内に、髑髏がすぐ脇に着地し砂埃を大量に浴びた。
視界が煙る。
「撤退!! 街道を渡ってカサブランカ方面まで突っ切れ!!」
冒険者が叫ぶが、誰も聞こえちゃいねぇ。森林地帯に入れば撒ける可能性を考慮したんだろうな。
よし、俺もそっちへ行こう。
ていうのも――。
骸骨が踊る様に足を踏み慣らす。
潰れる者、半端に体を損壊する者、圧で飛ばされる者。されるがまま悉皆陵辱されていた。
そして、それら阿鼻叫喚の中で逃げ惑う者。俺の事だ。
「ダイナミックなフレンドリファイアだな……。」
体捌きが昇格して無かったら、とっくにアウトだよ?
転生の女神、か。
リンノウレン。今度会ったら、少しはパンツの話に付き合ってもいいかな。パンツの事ばっか気にしてたもんな。
そんなこんなで、さっき話していた冒険者が盛大に吹き飛んで行った。
あー、もしあの白い部屋に寄る事があったら宜しくお伝えして頂きたかったが。
しかし何だろうな。
さっきから頭上から響く声。
――あはは、あははははははは!!
随分と絶好調だな。
うお!? 今のはやばい。真上に来た。咄嗟に回避盾が発動しなきゃ地面の染みだったぜ。
まさかコイツ、刹那的な快哉の叫びに溺惑してんじゃねーだろうな?
緑豊かな平原と丘陵が溶けあう街道沿いだった。
多少気候は暑いが、穏やかな運輸路だ。本来なら治安だっていいはずだ。
骸骨の巨体は消えていた。
夢幻かの様に、というには酷い悪夢だ。
少女は一人、横たわる愛馬に寄り添う。白い繊指が労わるように傷ついた毛並みを撫でていた。
逞しかった体は何も答えない。
「アセビ……私達、勝ったよ」
「俺を巻き込んだけどね!!」
俺、生きてる。
いや、危なかった。たった数日でまた白い世界に逆戻りとか、女神たちに顔向けができないし。
そもそも、次に死んでも彼女らと再開できる保証は無い。割とレアを引いた風に言ってたもんな。
「それにしても――。」
周囲を見回す。
至る所が死体だらけの地獄絵図だ。その殆どが圧死と空を舞った時の殴打だ。
「本当に全滅にしやがったよ。一人くらい残してれば、事の次第を吐かせたのに」
「……シャクヤク、一人残ってるって」
「ん?」
聴き慣れない名が聞こえた気がするが、風の音に掻き消された。
「デカブツ、お前の使役だったのか?」
「……ボタン」
「何? スイッチがどうした?」
「……あの子の、名前。覚えてあげて。マリーゴールドには、三枚の切り札があるって」
「お、おう」
なんとなくだが、心当たりはある。
だが、まさかあんな怪物をあと二人も侍らせてるとは。
「サツキさん」
黒いボブを弾ませ振り向いた。
泣き笑いのような歪んだ顔に、胸が高鳴った。
「アセビを埋めるの? 手伝ってくださいますか?」
何か戸惑う様な問いかけ。
ああ、そっか。
多分、彼女もなんだろうな。
魔物を埋葬した事が無いや。
「俺にも手伝わせてくれ。彼は仲間思いで、とても勇敢だった」
自分でも不思議なくらい、優しい声が出た。
マリーは短く「はい」とだけ答えた。
アセビを、手近で一番高い丘の上に埋葬した。
ここなら見晴らしもいい。森も草原も一望にできる。あの世でも、逞しく立髪をなびかせて欲しい。思う存分、と。
手持ちの材料で質素な墓標を建てた。
冥福を祈り回向する。
「これからは、見守っていてね。私たち、きっと幸せになるから」
「何!?」
「きっと幸せな家庭を築いて見せる……。」
「何さらっと所帯持つ気でいんだよ!?」
「子供は男の子と女の子がいいです」
「無茶言うな」
「頑張って産んでください」
「俺かよ!?」
あの世でも、なんかスンってなった目で見守られてそうだな。
さて、問題はこっちだが。
背後の平野に目を落とす。
「放っておく訳にもいかないしな……。」
死屍累々である。
「賊を撃退した際の商人の流儀に習ってみてはどうでしょう?」
「……数が多い。無理」
晒し首だ。
街やギルド前に並べる。
行商人は人々の生命線である。全ての地域で何もかもが自給し賄えるわけが無い。過疎地であっても集落が存在する限り流通は発生する。
だからこそ人々は、トレーダー協会や商人ギルドが商隊や行商人へ不利益を与える者に残酷な仕打ちをする事を良しとする。
要は、抑止力を目的にした見せしめだ。
「なぁ。散々暴れて少しは胸が空いたか?」
「少しどころか、実は割と洪水でして」
もじもじと内股になる。
ヤベー女だ。
「溜飲が下がったのなら処分は無しだ。彼らだって謀られたって話だからな。冒険者として死亡届は出せないが、不適合者に仕立て上げ晒すには忍び無い」
「……意外と甘い人」
悪かったね。中には知った顔もあるんだよ。
「死霊使いが居れば、話を聞くぐらいはできるんだが。さっきの骸骨、ボタンと言ったか? あれはどうなんだ?」
「本人が骨ってだけですからね。死人返りはどれも禁忌扱いなんです。聞けたとしても、せめて主犯格に繋がればいいのですが」
「そりゃ――普通に考えて望みは薄いか」
なんせ謀られて個人商人を野襲するくらいだもんな。
元締めに辿れる訳ないか。ここまで手が込んでると、足跡を消すぐらい一通りは心得てるだろう。
結局、結論は出ず、死体はまとめてストレージに保管することになった。取り敢えず腐らずに済む。
いつか黒幕に会ったら、のし付けて返してやろうぜ。
だから、拙い作法で恐縮だが、今は埋葬されておけ。
「むしろ、こちらの方が重労働ですね」
「ぺしゃんこになって破裂したり飛ばされて散らばったり、それも広範囲だからな」
「……あの、ちょっとだけ席を外してもいいでしょうか」
顔を真っ赤にしてもじもじしてた。
……いや、あかんやろ。人として。
いや、決めつけは良くない。
「何をしに行くのか聞いても?」
「御覧になられます? 我慢できなくなったら、そのままいらしても。私もその方が嬉しいです」
どうして、こと変態に関しては人後に落ちないのだろうか。
「君は、少しは弁を弄する努力を怠らない方がいいよ?」
「私は――。」
自分が作った惨状を、愛しい人を想うような眼差しで見つめる。
「雑草が好きなんだと思います」
何か言い出した。
「大衆に踏まれ潰され、踏み固められ。散々荒らされても気づけば人の膝を侵食するまで背を伸ばす。私が斯くありたいと願うのは、果たして分不相応でしょうか?」
理解できるから、この娘は不思議であり、不憫に思えた。
「追放者なんてさ、何とも折り合いが付けないから廻天しようたって歪ばかり受けるから。少しは舌を振るう輩に見え透いた美辞麗句を綴られただけでコロッといくもんだ。そういうのはすぐわかる。俺たちだって討伐してきた。マリーはね、そういうのとは無縁なんだろうね。強いって解釈するよ」
逆に言えば、それは反感にもなろう。
水火は器物を一つにしないんだ。
「そんな風に言われる事こそ、屈辱と感じなくてはならないのでしょうね。思えば、最初に追放されたのは故郷なのかもしれません。私、郷愁に想いを馳せる事ができないんです」
それを悲しい事と感じないあたり、
君は俺よりも強いんだよ。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
さて、次回44話で先般の警告に伴う恒久的対応を行います。
実質、次回が最終話かもしれません(惰性で話は続けようと思いますが)




