41話 罠の入り口
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
※運営殿からの警告措置を受け、2021/3/20に26話~41話を削除いたしました。
このたび、修正版を再掲いたします。
ロッジに戻る。
閉じたドアの前で、彼女の振り向く顔が浮かんだ。
玉響時の、
昨日の夕に見た、はにかんだような小娘の表情が。
今日の朝に恋うべきものか。
あれは何だろうか。春の日差しの中を吹き渡る風であろうか。
三和土でサンダルを脱ぎ大広間へ入ると、素肌に大き目のトレーナーをすっぽり纏ったマリーが迎えた。
「ぴゃぅ!?」
あまりの恐怖に、思わず変んな悲鳴が出た。
何故か土下座である。
さっきまで風光ると謳った娘である。
こんなん出会したら、流石に色を無くす。
「何奴だ!? 名を名乗れ!!」
俺、ビビり過ぎだろ。
「マリーゴールドに御座います」
うん知ってる。そして台無しになった。
「この度は、私の不徳のいたすところでして、恐縮の体でございます」
「お、おう……?」
確かに、自慢するだけあって美しいフォームだ。言うほどの事はある。やるじゃん。
いや、ダメだろ。これ自慢しちゃダメだろ。
「サツキさんに一晩中、なんと申しますか、その、よ、よ、……を、……してしまい、慙愧の至りでございます」
俺の顔に一晩中涎を垂らしていた事を気に病んでるらしい。
変人とはいえ年頃の娘だ。できれば気づかない振りをしていたかったが。
本人も、羞恥から血が頬に登ってる。
これは良くない。
本性を現勢性との明確な区別に照らせれば、截然として正視に耐えないと断じるだろう。
だから、ひれ伏さないで。お願いやめて。
湾曲に折られる背中。布地越しに数珠なりになって浮かぶ背骨の凹凸が、あまりにも倒錯に過ぎて、目を逸らしてしまう。
改めて想うが、この子は肉付きが良くない。もっと肉を食え。
今朝の姿。
細い手足は指の先まで白く繊細で、ガラス細工を思わせた。発育途上な胸にすらりとした胴は、肋骨さえ浮き出ている。
唯一、自己主張があるとすれば、腹部の中心に浮き立つ可愛らしいおへそであろう。って何力説してんだ? いや違う。有り体に言えば相反性から来る両面価値だ。視線に晒す事を忌避してみせて、俺の方こそ正常性を再認識する。でないと傾倒しかねない。うん。
そんなゴミみたいな言い訳すら、今は救いになるのか。
あれから、
無駄と知りつつ説得を試みた。
頭を上げてくれ。いいから普通にしろ。あとちゃんと着ろと。着とったらええがな、と。
答えは拒絶だ。
昨夜の失態を償うべく、己を律する為だと言う。
お前はそれでいいだろうが、こっちはいつ削除されるか気が気じゃない。
渋ったら、
「サツキさんにわかりますか!? 初めてのお見合いのお相手の顔を涎塗れにした女の気持ち、サツキさんにわかりますか!?」
そういや、オーナーが仕組んだとはいえ、お見合いが俺達の出会いだったな。
婚活中の娘と同じ住居ってのも、迂闊なわけだ。
「俺だけ馬車で寝るって手もあったか……。」
うっかり口にしたら、拗ねたような目で睨まれた。
「そんな事で、二人が理解し合えると思ってるんですか? 見損ないましたよ」
あれ? 俺がお見合い相手って話し、まだ有効なのか?
いやだから、トレーナー捲っておへその両脇を摘んで強調するな。
一瞬ドキリとしたが、下はちゃんとショートパンツだ。こやつめ、驚かせるな。
「サツキさんはこちらの方がいいのでしょうか?」
「……こっち、とは?」
「胸よりも、おへそを気にされてるのに、感情を押し留めてるご様子。だから」
「あぁ、確かに可愛いかな」
「あ……。」
嘘じゃない。意地悪を言いたくなる程度には。
少女が耳を真っ赤にして、相貌を逸らす。あと胸は女将さんぐらいが理想だ。
だから早くお腹隠せ。ぽんぽん痛くなるぞ。
「すまない失言だった。気に病まないで頂けたら助かる」
「言ったそばから否定しないでください。滅多に言われないんですから、サツキさんにそう思って頂くの、凄く嬉しいんです。ただ、こそばゆいと言いますか、その、恥ずかしい……。」
頑なに腹を出す奴が何か言っている。
「自分ではさ、プラグマティックな人間だって思ってたんだよ」
我ながら、混乱をきたしているな。
彼女との距離は、そういうモノじゃないはずだ。
「今の貴方は虚実を弄んでいると? それって……やはり身体中が熱を帯びるほど居た堪れません」
「俺に関しちゃ慙愧の念なんて気にせんでくれ。お互いラフに行こう」
「ですが――悪い事は言いません。私なんか、女の子っぽくないって何度もパーティを追放されたんです。妄執を抱くならクロユリお姉さんやサザンカさんや、クランさんを使った方が身のためです」
「看過できないな。俺の見合い相手は己を蔑む女性だったのか?」
静かに、怒りを感じた。
冒険者に女性らしさは関係無い。何より、主観の相違が壁になる『らしさ』に如何程の価値があろうか。そして目の前の少女の容色は、絶佳と賛辞を捧げても誰からも文句を言われない程に整っている。
隣国での活動経緯は聞いていた。Sランクに到達する実力者を追放など、あちらは無能の集団か?
「サツキさんの憤りは、その、何故でしょう。頬が火照ってしまいます」
協議の末、辛くも普段通り対応して頂く事で落ち着いた。
……譲歩してもらってこれか。クソっ。
懇篤な態度のはずが、何かが違うと本能が訴える。
そうはならんやろ、と。
朝食の準備に揺れる小さなお尻――のショートパンツ。
目を背けつつダイニングテーブルに着く。
クロユリさんから調達した地図を広げ、旅の行程を再確認する。
ターミナル市まで二日程度か。街道の敷設もあるが、アセビの速度とタフさのお陰でペイロードが稼げた。予定より到着が早まるだろう。
ストレージが機能的で備蓄に余裕があるが、途中に補給のあてがあるのは大きい。
「着いたらまずは商業ギルドですか? カサブランカの」
サラダのボールをテーブルに置いたマリーが覗いてきた。
テーブルの上を片付け、俺も皿を運ぶのを手伝う。
「別行動に出てくれて構わないよ。そっちはショッピングでも楽しんでてくれ」
「いえ特に欲しいものは」
「パジャマの予備は要るだろう?」
何故、脱いだのか。
夜中に涎で濡れたのに気づいて、そのまま脱ぎ出したらしい。
ただ、この子はいつも加減を間違える。
「荒野市って言い方だとそうは思えないが、各地方の品物が集まるんだ。見て回るだけで楽しいだろ」
「それでしたら……サツキさんと回ってみたいですね」
何かをねだる、子供のような上目使いだった。
今朝のハプニング以外、馬車での旅は順調だった。
御者台で手綱を取ると、アセビの気持ちが伝わってくるようだ。
……。
……。
あの、アセビさん? 俺に同情してる?
いや、いやいや、俺元気だし。ちょっと顔から匂いが取れないけど、心穏やかだし?
え? 違う?
前を見る。遠く街道が直線に続く。左右は穏やかな丘陵だ。街道はその前方で狭まっていた。
正面を見据えたまま、御者台に放っていたヘッドセットを頭に当てる。
「マリー? 御召し物はちゃんと着たまえ」
『任せて下さい大丈夫です!!』(ゴドンっ)
元気のいい返事に不安ばかりが募った。
「って、何!? 今の重い音!?」
一瞬、スルーしそうになった。
『あ、お漬物を漬けようかと』
なるほど。漬物石か。
しばらく車内には入れそうに無いな……。
穏やかな日差しの下を馬車が進んだ。
キャンプ地から既に半日は経ったが、昨日同様、動く魔物の姿は見ていない。
静かに続く行程。
余りにも静かだった。
遠くに、ポツンと黒い影が見えた。
影は徐々に冒険者風の男の形をとる。
静か過ぎると思ったんだよ。
左右を警戒する。
この時期に野鳥の囀りが無いってのも、どうもね。
「よぅ、姉さん行商人かい?」
声を掛けてきた。
普通の冒険者だな。ぱっと見た所、腰のロングソードからして剣士系か。
系、てのは、実際の剣士と戦士と騎士と剣術使い(和刀使い)ではその特性が異なるからだ。
流石にこればかりは、その技を見てみない事には判断がつかん。
「えぇ、これからターミナル経由でポーチュラカ入りなんです」
丁寧な口調で答える俺の耳を、マリーの『アセビを解き放って下さい』という固い声が打った。
「ポーチュラカか。それはいい。あそこは気候が穏やかで物資も集まる」
「冒険者さんはお一人で? オオグルマで仕入れの約束がありますが、それまでは空荷です。よろしければご一緒しませんか」
にこやかに誘うと、奴が妙な顔になる。
なんだコイツは、ぐらいは思ったはずだ。
「いや、それは悪いな……。」
「いえいえ、中に連れが居ますがどうぞお気になさらず」
男が一歩退く。
御者台に女一人。多少でかい馬に車両。空荷だから盗る物品は無いが、逆に仕入れの為の金はあるはずだ。もしもの時はこの女を捕らえればいい。相当に上玉だ。高く売れるだろうし、それまでは俺たちで可愛がってやりゃいい。こんな絶世の美女、滅多にお目に掛かれねぇぜ――ぐらいは思っただろう。
だが一歩、後ろへ下がった。
左右から気配は感じていた。
割と多い。
仕込みは奴なりに万全なのだろう。
だが、何かが違う――と、たった一歩。
「さぁさぁ、遠慮なさらず。短い間の死出の旅では御座いますが、俺が水先でも何で案内してやろう――蹂躙せよ、アセビ!!」
「や、やろうども!! やっちま――ベェ!?」
俺が号令を発するのと、アセビの巨体が正面の男を叩き潰すのと、左右の丘が爆ぜ土煙から野盗共が押し寄せたのは同時だった。
ので、俺のキメ台詞が喧騒に消えていた。ちきしょう……。
『これではどちらが悪漢かわかりませんね』
「オメーがアセビを出せってけしかけたんだろ」
『まさか本当に殺すとは……。』
「こっちも出る。そこに居な」
御者台から飛び降りた。
スカートが全開になり中身がもろ見えだが、その辺はサービスだ。
左右から迫る敵が間合いに入る。
その前に、踊り子(剣術)。腰の長剣を振り飛来した矢を地面に叩きつけた。
長距離支援。準備がいい。野盗が俺にステップ踏ませるか。
また矢が降る。しかも別方向!!
俺の手から白葉が舞う。
狙撃手、複数人も。今、左右から来るのも20は居る。見た目の年齢も性別もバラバラの混合編成だ。多分、他にも伏せてるかも。
どこぞの村が食い扶持を求めて野盗に身を落としたか?
それにしては立ち回りがいいんだが。
一部は連携もいい。
まるでダメな奴らも居る。
練度に差があるんだよな。
今襲ってきた槍使いなんか、Aランクはいけるぞ? 無造作に斬り伏せたのは勿体なかったかな。
ま、いいか。
奴のドロップした槍。野盗にしては手入れしてる。このまま失敬しよう。
……あれ? 俺の方が野盗っぽくね?
右手に槍。左手に長剣。踊り子(槍術/剣術)。転生の女神から授かった加護――体捌きⅠの初実戦だ。
これより舞踊する。
あ、待って、決め台詞にするから。
「――一差し、舞に付き合ってもらうぞ」
飛来する矢を槍術で叩き落とし、手近の敵に長剣で斬りかかる。間合を取られたら体を捻りながら槍の多段突きだ。
ステップを踏む。
躍動的に。槍の芯を中心に回転させ。
月輪のように円を描く。
故に、円舞曲。
別の敵だ。槍の猛威が治まらぬうちに剣の斬撃を幾重にも浴びせる。
距離をとってもダメ、詰めてもダメ。連中からしたら面倒な相手だろうな。
遠くではアセビが別のグループを相手にしている。ただの行商人とタカを括ったら、一人と一頭になす術も無いとは思うまい。
いや、オカシイ。
この布陣もだが、護衛付きの商隊を襲撃するならまだしも、個人商店相手に過剰過ぎる戦力だ。
こっちの中身がSSランクだから苦戦を強いられてるんだ。そうと知らぬなら、本来は長引くはずもない戦況を異常と思うだろう。
だれも疑問に思わないのか? こっちが違和感を覚えるわ。
「お前ら、唯の物盗りじゃ無いな?」
剣を切り結んだ男に聞いてみた。
話しかけられるとは思わなかったのか、奴は目を大きく見開いた。
「だ、黙れ!! 誘拐犯が!!」
えー。
車両の方を見た。まさかマリーの事か?
俺が誘拐したように見えたのか?
だからどこぞの集落が襲ってきてる?
「誘拐犯、とは俺のことか?」
「惚けるな!!」
あ、俺の事か。
「最初から俺狙いで待ち伏せてたな?」
「舐めた真似を」
「まぁいい。惆悵に能わず。取り敢えず数を減らすわ」
剣を滑らせ男の懐に入る。
間合が短い。槍を手放し掌底を当て距離ができたら剣で突き、さらに距離が生まれ、落ちる寸前の槍をキャッチして突く。
……変な三段突き出来ちゃったな。
近くに居た女の剣士が悲鳴を上げた。彼の連れか?
八双に構えた。鬼女の形相だ。瞬間、槍がその胸を貫いた。
何だかやりにくいな。
槍だけに。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
次回は、今まで自由にやってきたキャラが退場します。二階級特進です。
※初回投稿時、今話で運営殿より警告を頂きました。
再度警告が無いか、数日様子を見たいと思います。
次話投稿は5日後を予定しています。
特に警告が無ければ原因が明確になったとみなし、44話で恒久的な対応を行います。




